悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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対人模擬戦闘

3対3の集団戦闘3

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イグニスは違和感を覚えていた。

(これだけ戦闘が長引いたらナタリーも合流できるはず……何でそうしねぇ?)

レヴィアナが3人の猛攻に耐えることができているのはもちろんレヴィアナの魔法と対応力が秀でているということもあったが、俺様はもちろん、おそらくマリウスもナタリーの不意打ちを警戒しているからでもあった。

(人数を減らすならさっきのチャンスを逃しゃしねぇ、俺様なら絶対にそうする。あっちは何を考えてやがる?)

先ほど右足を負傷して硬直したカムランを守るために防御魔法を使ったことで、一瞬戦場が硬直した。案の定レヴィアナはその僅かな隙で詠唱魔法を使ってきたし、そのタイミングでナタリーの攻撃が飛んで来たら危なかった。

(つーか、無詠唱魔法と詠唱魔法の同時使用とか相変わらず反則じみてんよな)

イメージしようとしてみたが今の自分自身ではそんな離れ業を実現できるイメージが全くできなかった。

現状は少なくとも押しているが、レヴィアナがこの無詠唱魔法と詠唱魔法を同時展開に慣れて他の範囲魔法などもされ始めると厄介だ。

「まぁ、いいか。灼熱の炎よ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイク!」

先ほどまではナタリーの不意打ちを対応できるように無詠唱魔法を使っていたが、何もしてこないのであれば一気にレヴィアナに集中して堕とすまでだ。

それにさっきの様子だとカムランのマナも後どの程度持つかわからない。この辺りで一気に決めに動いてもいいのかもしれない。

「マリウス!カムラン!一気に行くぞ!!!」

俺様は戦場に響くように大きく声を上げた。

***

マリウスは戦場に響き渡った声に眉をひそめた。

(相変わらず…うるさい男だ!)

マリウスは正直イグニスとウマが合わなかった。別に嫌いという訳ではないし、どちらかと言うと好意的な感情も持っている。

小さなころから家の都合で顔見知りだ。
取っ組み合いのけんかも、一緒に泊まりに行ったことも、冒険と称して知らない街にいって後から一緒にこっぴどく怒られたことも、2人の思い出話を上げればきりがない。
飛び切り優秀で尊敬すべき俺の友人。
それでも何かある度に、都度こうして神経を逆なでしてくる。

「潮騒をまといし流れる矢、撃ち貫き、灼熱の刻印を刻め!激流の射撃、アクアショット!」

イグニスが何をしたいかは相談することなく手に取るようにわかる。

きっとイグニスはレヴィアナをこの先の反り立つ壁に誘導して逃げ場所を制限したいはず、そう判断しレヴィアナの進路をふさぐように牽制のための魔法を放つ。

「灼熱の炎よ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイク!」

予想通りイグニスはレヴィアナがアクアショットを避けた先にちょうど直撃するように放っている。
レヴィアナはかろうじて躱したが、こちらの思惑通りの場所へ進んでいく。
このまま範囲魔法にマナを練り込んで高威力魔法をたたき込むために詠唱を始める。

「天空の雷光よ、我が意志に従え!煌めく一撃、サンダーボルト!」

レヴィアナもそんな俺たちの攻撃魔法の間を縫って攻撃をしてきた。詠唱魔法の直撃コース、しかし俺はそのまま詠唱を続ける。

「無数の炎が舞い踊る戦場、灼き尽くせ!炎の結界、イグニッションフィールド!」

当然アイコンタクトを取るまでもなくイグニスが防御魔法を展開して詠唱中の俺の防御をする。

「おら!カムラン!てめぇも攻撃しろ!今がチャンスだ!」

その指示通りにカムランも風魔法を次々とレヴィアナめがけて放つ。

この戦場での指揮官は間違いなくイグニスだった。
俺はそれが気に食わない。

昔からずっとそうだった。

兄と一緒に居ても、イグニスと一緒に居ても、必ず俺はこのポジションに収まってしまう。いくら悪態をついても気づけば場面は兄が言うように、イグニスが言うように進んでいく。
そして、そのことに心地よさを覚えている俺も間違いなくいる。

俺は何よりそれが一番気に食わなかった。

一瞬レヴィアナの気が緩んだのか膝が崩れた。その瞬間詠唱し続けた魔法を一気に開放する。

「潮騒の音を轟かせ、蹂躙せよ!波濤の破壊、ウェイブクラッシュ!」

レヴィアナに相対するためには充分なマナを込めた魔法をこれ以上ないタイミングで放った。

「爆炎の力、我が手に集結せよ!爆炎の閃光、フレアバースト!」

まるで俺が魔法を放つタイミングが分かっていたかのように丁度良いタイミングでイグニスも爆発系の魔法を放つ。

挟撃になる形での巨大魔法、これでどちらかは間違いなく直撃するだろう。
レヴィアナを倒せば3対1、ナタリーの氷魔法も強力だが負けることはない。

そして、イグニスの指揮の下ではあったが、あのレヴィアナに対しての勝利に貢献できたことは誇らしかった。

***

ナタリーは待っていた。

ひたすら、目を見開いて、戦場のわずかな揺らぎも見逃さないように。
とても心苦しかった。

ミーナさんがイグニスさんの攻撃を受けたときは叫びそうだった。
視線の先には3対1で必死に耐えるレヴィアナがずっと映っていた。何度飛び出そうと思ったかわからない。

でもここで飛び出したら何もならない。攻撃を喰らったミーナも、いまこうして必死に耐えてるレヴィアナも私の作戦を信じて頑張ってくれてるんだ。

(もう少し……もう少し……っ)

レヴィアナさんは計画していたポイントに誘導してきてくれた。私の魔法の詠唱のためのマナも練り終わっている。あとは相手チームが大きな攻撃魔法を放とうとする瞬間、周りへの警戒を緩めてくれる瞬間があれば――――。

(落ち着け……落ち着け私……)

チャンスは一度しかない。

こんな大技何度もできないし、ばれてしまっては通用しないだろう。

(……――――っ?)

一瞬レヴィアナさんがこっちを見た気がした。
次の瞬間イグニスさんとマリウスさんが同時に巨大魔法を放つ。カムランさんも2人に応じて魔力の詠唱を始める。

(今だっ!!!!)

「轟く雪崩の如き力にて蹂躙せよ!氷雪の轟音、アバランチブラスト!」

ずっと練り続けた最大限の氷魔法を展開する。一気に大気が冷え、地面が凍り付き、木々に霜が降り、そして一面を覆いつくした氷が既に発動していたイグニスさんとマリウスさんの魔法を飲み込みながらそのまま3人に対して襲い掛かる。

完璧なタイミングだった。
そのまま私の魔法が眼下の3人を飲み込んだ。

***

マリウスは衝撃をもって目の前の光景を見つめていた。
ナタリーの魔法にではなく、イグニスの作戦について、だ。

---

「もし先にレヴィアナを見つけて、しばらく交戦してもナタリーが出てこなかったときの作戦を決めておこう」
「なんだそのやけに具体的な作戦は」
「向こうの作戦がレヴィアナを囮にして俺たちをおびき寄せて一網打尽にする事かもしれねーだろ?」

イグニスは随分と自信ありげだ。

「そんなことあるのか?―――認めたくはないが、俺はともかくとしてお前ら2人の攻撃に1人で耐えきれるとは思わねぇぞ?」
「まぁ、常識で考えたらそうだけどよ。相手はレヴィアナだぞ?マリウス、お前はどう思う?」
「確かに……あいつなら耐えることもあるかもしれないな……」

思わず考え込んでしまう。確かにレヴィアナならその可能性は0ではない。

「だろ?万が一ってこともある。レヴィアナを3人で攻撃して追い詰めた、けど実は一か所に纏められていて、ナタリーの詠唱に詠唱を重ねた魔法で一網打尽。さすがに決めに行った直後に大規模魔法を受けたら俺様も避け切れねぇ」

なるほど、確かに作戦としてはあり得る。

「だからよ、もし3対1でレヴィアナと戦って、俺様たちが優勢だけど倒し切れなくて2人で決めにかかったとき。カムランは万が一に備えて攻撃には参加しないでいつでも俺様たちを上空に跳ね上げられるように準備をしておいてくれ―――」

---

確かに俺たちはレヴィアナを壁に追い詰めた。しかし俺たちの場所も攻撃魔法の発動によって完全に把握されてしまっている。
頭上から一気に氷魔法が俺たちに襲い掛かる。必殺のタイミングだった。――――俺たちが何の準備もしていなければ。

「ガストストーム!!」

事前の打ち合わせの通りカムランの風魔法が俺たちを包み込み上空へと逃がしてくれる。
足元では途轍もない氷魔法が炸裂し、爆音ともにさっきまで俺たちがいた地点を一気に飲み込んでいる。

(―――――みつけた!)

上空からナタリーの姿を見つける。
あれだけの大呪文を唱えたばかりだ、きっとすぐにナタリーは動けないだろう。
このタイミングで魔法を唱えれば間違いなく直撃する。

そう思いマナを練り始めた瞬間――――

「猛威を振るう風の暴力、破壊の渦を巻き起こせ!無慈悲なる暴風、ガストストーム!」

さらに頭上からの衝撃で俺の意識は刈り取られた。

***

始めの邂逅で撃墜されたと思われていたミーナはやられていなかった。

大量に迫りくるヒートスパイクに対して器用に上昇気流を起こすことでいなし、いくつかは風魔法と直撃させることで爆発させ直撃したと思わせることに成功した。

土煙を巻き上げ地面に横たわるミーナに対して追撃されてしまったら本当にやられてしまったかもしれないが、対戦相手の3人はこの見た目が愛くるしいミーナにそこまではしないだろうというのがナタリーの見立てだった。

実際はカムランの静止によって追撃がなかったのだが、結果としてミーナが自由に動ける時間ができる。

そして事は進み、最後の最後に、文字通り切り札としてミーナのカードは切られた。

カムランで浮かされた3人よりもより高く舞い上がったミーナは、ナタリーと同じくずっと練り続けていたマナを一気に開放し、3人を地面へと叩きつけた。

「はぁ……っ……はあっ……勝った……?」

ナタリーは最大威力の魔法を放った後の全身の倦怠感から膝に手をつきながら、目の前の光景を凝視していた。
勝ったはずだ。
ミーナの最大威力の魔法を、それも不意打ちで直撃させたんだ、勝っているはず。
でも相手はあのイグニスとマリウスだ。もしかしたらという事もある。

「ナタリー!!!勝った!!!勝ったよ!!!」

遠くからレヴィアナが駆け寄ってきて抱きしめられる。服はボロボロになっていたが幸い大きなケガはしていない様だった。

「レヴィアナさん、傷は大丈夫ですか?」
「そんな事どうでもいいよ!!すごい!ナタリーの読み通り!すっごい!!!」

全身で喜びを爆発させるレヴィアナにつられてこちらもつられて笑ってしまう。

「ナタリーさーん!レヴィアナさーん!!!」

文字通り空からミーナが降ってきて器用に着地したかと思ったら同じように抱き着いてくる。

「ナタリーさんの作戦完璧でした!!すごい!!すごいです!!!」

抱き着いてきたナタリーもレヴィアナと同じように大きなケガはしていないもののボロボロだった。

「ミーナ、傷大丈夫?痛くない?」
「大丈夫でっす!意外とミーナって頑丈なんですよ?」

ナタリーは2人が無事な事を確認し勝利を確信した瞬間、一気に緊張の糸が切れて全身から一気に汗が噴き出てくる。
追って体からも完全に力が抜けてしまい、いまさら思い出したかの様に体が震え出す。

「うまくいって……よかった」
「わっ…!」
「きゃっ!」

安心した表紙に力が抜けてしまい、そのまま2人の事も巻き込んで地面に倒れこんでしまった。
2人を巻き込んだまま、ナタリーは大の字に倒れる。
この勝利をかみしめるようにナタリーはまだちょっとだけ震える両腕で、多分人生で初めて自分から2人をぎゅっと抱きしめた。

「2人のおかげです。信じてくれてありがとうございます」
「何言ってるんですの?ナタリーが立てた作戦のおかげですわ」
「ですです!なんだかちゃんと作戦って感じでした!」
「それ……どういうことですの?」
「しらないですー!」

2人はナタリーの横で楽しそうにころころと笑い声をあげていた。

「いやー……かんっぜんに負けたわ。最後の攻撃はミーナ…だよな?」

視線を上げると起き上がった3人がこっちに歩いて向かってきているのが見えた。

「はいです!思いっきりヒートスパイクを打たれたお返しです!」
「そういう割にはあんまりダメージ受けてなさそうじゃねーか。どうやって躱したんだ?」
「内緒ですー。また模擬戦するかもしれないですからね!」
「お、いいねぇ、俺様そういうしたたかなの好きだぜ。で、この作戦を考えたのは誰だ?やっぱりレヴィアナか?」
「わたくしがこんな事できる訳ないじゃありませんの。ナタリーですわよ」

その一言で男性3人の視線が一気にナタリーに集中する。

「本当か?本当にナタリーが考えたのか……?ナタリーの策がイグニスを上回ったのか?」
「けっ!何喜んでるんだよ。俺様達負けたんだぜ?」

しかしそんなイグニスの声も届いていない様でマリウスはぶつぶつと衝撃を受けているようだった。

「おい!お前ら!早く戻ろうぜ!頑丈なお前ら生徒会メンバーと違って俺はもう全身がいてぇ」

カムランが少し離れた場所でぶっきらぼうに声を上げた。

こうしてイグニス・マリウス・カムラン対レヴィアナ・ナタリー・ミーナの集団戦闘はレヴィアナチームの勝利で幕を下ろした。


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