悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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反乱

ヴォルトハイム邸での攻防_1

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(――――もう……朝……)

よく眠れたような、眠れなかったような、ずっと変な空気に包まれながらベッドに入っていたら気づいたらいつの間にか外が明るくなっていた。

この世界に来てから一番寝苦しい夜だった。

(それは……まぁ当然よね)

いくらお父様の強靭な防御魔法に包まれているとは言え、この屋敷を、そしてフローラを攻撃した反乱軍に囲まれたここはまぎれもない戦場だった。
いつ魔法が飛んでくるかも分からないこんな状況でしっかりと眠れる方がどうかしている。

クロークの中から比較的動きやすい服を選んで身に包む。
いつもこの屋敷では着替えさせてくれていたお手伝いさんも今日は誰も居ない。こんなことからも今が非常事態だという事を嫌でも認識させられる。

「よし……」

鏡の前で、もう一度右耳に付けたイヤリングに触れ、そして「妖精の音符」を確認する。

(大丈夫……きっとうまくいくわ。今度はきっと……!)

昨日は遅くまでガレンとありえない仮定を元にした最悪の想定も練り上げた。きっと大丈夫。

大広間に行くとまだ日も上がり切っていないというのにみんな集まっていた。

「なんだ?なんだか眠そうだなレヴィアナ」
「こんな状況で爆睡できるのはあなた位でしてよ?イグニス」

いつものようにけたたましいイグニスだったけど、その日常が今は少しうれしかった。
ガレンも既に広間にいて、その隣にはお父様も座っていた。

「よく眠れたかい?レヴィ」
「ええ、お父様のエレクトロフィールドのおかげですわ。お父様こそ一晩中結界魔法を使っていらしたのでしょう?」
「はっはっはっ。これくらいなんともないさ。昔はもっと無茶していたからね」

お父様はおどけながら笑っていた。でもその瞳は昨日と変わっていなかった。

「では、少し軽食を取ったら昨日の作戦会議通り行こうか」

お父様の提案した作戦は【対話】だった。
お父様が素直に正面から相手のリーダーに話しかける。
まずは相手が何を望んでいるのかを聞き出すというのが、まぁ、正攻法という事になった。

「私もご一緒します」

そうフローラが言い立ち上がった。

「私も旦那様ほどではないですが防御魔法も使えますし、昨日相手のリーダーと思われるものと会ったのも私だけです。少しでもお役に立てると思います」
「でも……ケガの方は大丈夫ですの?」
「えぇ。もちろん。これくらいじゃ何ともないです。昔お嬢様との魔法の訓練で受けた怪我の方が痛かったくらいです」
「まぁ!」

フローラの冗談に思わず吹き出してしまった。そしてみんなでひとしきり笑いあった。
本当にいつも通りの空間だった。

***

「おーい、反乱軍のリーダーさーん!!」

まるで食事ができたから呼びに来たとでも言わんばかりの間の抜けた声でお父様が声をあげる。

「対話をしようじゃないか。君たちの望みは何だい?」

屋敷から50mほど離れた位置で、そして、屋敷に張られたエレクトロフィールドの外側にお父様とフローラが2人ポツリと佇んでいる。
風魔法を使えない私たちではすぐに駆け付けることが出来ない距離だ。

もう少し近くで!と提案はしたが、別に戦いに行くわけでは無いからと、この距離を提案したのもお父様だ。

私たちは見晴らしが良い様にと屋敷の最上階からその様子を眺めていた。
少しの間静寂が辺りを包む。私たちもどこから攻撃が飛んできても対応ができるように息を殺して集中する。
遠くから仮面を付けた人間が現れた。その姿を見た瞬間息をのんだ。

「ねぇ……あの服……?」
「あぁ、間違いねぇ、俺たちの学校の制服だ」

てっきりこのヴォルトハイム家に仕えている農民の誰かによる反乱だと思っていた。
昨日もあの服装だったのだろうか?だったらなぜお父様もフローラもそのことを教えてくれなかった?

「なりすまし……ってことかしら?」
「そんな事する意味がないだろ。それに、なーんか俺様あいつの事知ってる気がするんだよな」

遠くなので男性という事くらいしかわからない。でも、言われてみればその立ち姿や、動きに見覚えがある気がする。

「望みか。俺たちの望みは平民の解放だ!!!!」

現れた反乱軍のモノは喉がちぎれるのではないかと言うほど大声でそう宣言した。
仮面越しで声は籠っていたが、それでも純粋な敵意の様なものがビリビリと伝わってくる。

「お前たち貴族は俺たち平民を常に見下している!!!だから粛清しないとならない!!!」

そういって今度はお父様を指さし、叫びを上げる。
お父様が今どんな表情をしているのか私からは見えない。フローラはこれだけの明確な敵意をぶつけられても、あのいつもの温和な表情を崩していないのだろうか。

「貴族の象徴であるヴォルトハイム家を堕として、平民が貴族を倒すんだ!!!」

反乱軍のリーダーと思しきモノは両腕を天に掲げながらそう叫んだ。

「みんな行くぞ――――!!!!!」

その合図とともに、森の中に隠れていた仮面の男の仲間が現れる。人数は20人程度、想像よりももっと少ない。
でも問題はそんな事では無かった。

「おい……あれ、一体どういうことだよ……?」

イグニスが戸惑いの声を上げる。私も言葉を失い、ただただその光景に呆気にとられていた。
全員が仮面の男と同じくセレスティアル・アカデミーの制服を見に纏っていた。

「やっぱり……」

固まる私たちの横でガレンがぽそりとつぶやいた。

「ガレン……やっぱりって……?何か知っているんですの?」
「――――ん?いや……ほら……リーダーが制服を着てたから……もしかしてって」

ガレンにしては歯切れの悪い物言いだった。でも今はそれを問い詰めている場合ではなかった。反乱軍の面々が魔法の詠唱を始める。

「でもよ、これなら俺様たちが出る幕はないんじゃないか?」
「どうしてですの?」
「あの学校で俺様たちに敵う奴はいねーだろ?ましてやあいつらが本当に平民たちならアルドリックおじさんに勝てる訳がねぇ」

私もイグニスのいう事はもっともだとだと思う。

(……でも、だとしたらどうしてあんなに堂々とお父様と対峙して立っていられるの?)

そんな心配をよそに反乱軍の魔法の攻撃が始まった。しかしいずれの魔法もお父様が展開しているエレクトロフィールドを突破することはできずに霧散していった。

***

(こんなものかい?)

アルドリックは相対する反乱軍の稚拙ともいえる魔法を冷静に見据えながら素直にそう感じていた。

リーダー格と思われる少年の攻撃からは少しの筋の良さを感じるが、それでもアルドリックと渡り合うには程遠いレベルだ。

(さて、どうしたものかな?)

少なくとも作戦上は対話を望んだ手前いきなり攻撃するわけにはいかないが、かといってこのままだと何も起きずに終わってしまう。

「君たちは一体何者なんだい?貴族を倒すと言ってはいるが、私を倒した後の目的はあるのかい?」

アルドリックは穏やかに問いかける。

「うるさい!俺たちはお前を倒さないといけないんだ!!」

そうリーダー格の少年が叫び魔法を練り上げる。

「お前たちも俺に合わせろ!!」

反乱軍は口々にアルドリックに対する罵声を飛ばしながら魔法の詠唱を始める。そしてそれが次第に一つにまとまり、やがて一つの魔法へと変わっていった。

(なるほど、複合魔法)

珍しい複合魔法、しかもこれだけの人数が組み合わさって練り上げていく術式は本当に久しぶりに見る。最近の学校ではこういったことも教えるのだろうか。アイザリウムあたりが見たら小躍りしながら喜ぶだろう。

「ヴォルカニックウィンドっ!!!!」

(しかし……)

複合魔法だろうが何だろうが、もともとの魔法が未熟なために、威力も精度も中途半端だ。
アルドリックは右手を正面に向け、もともとの防御魔法に重ねてエレクトロフィールドを展開させた。
爆炎はアルドリックのエレクトロフィールドの前に、その勢いを徐々に失い次第に消えていく。

「やっぱり……俺たちだけの力じゃびくともしないか」
「いやいや、君たちの魔法も立派だよ」

アルドリックはそう笑いかけたが、少年は苦々しい表情を浮かべるだけだった。

「昨日フローラから聞いたよ。その制服を着ているという事はセレスティアル・アカデミーの生徒だね?うちの娘も生徒なんだよ。だから今日のところは矛を納めて、またしっかりと学校で研鑽を積んで成長してから挑んできなさい。勝負ならいつでも受けてあげるから。それに今やめたらうちのフローラに対して攻撃してきたことも不問にしてあげよう」

覚悟は決めていたとはいえやはり未来のある子供たちを巻き込むのは忍びない。
彼らにはここで帰ってもらえば、また別の選択肢が生まれるだろう。

「だから……そういうところが見下してるって言ってるんだ!!!!」
「見下してはいないよ。私のほうが君たちよりも長く生きている、ただそれだけだ。それにこのまま反乱を続けているとほかの貴族たちに包囲されて君たちは殺されてしまうかもしれない」

少年は根っからの悪人ではないのだろうとアルドリックは考えていた。
きっと彼らもそう言う事なんだろう。
そしてアルドリックはリーダー格の少年の持つ杖についている魔導石に目を留める。

(あれは、まさか……)

少年が持っていた杖には見覚えがあった。というよりもその持ち主をよく知っている。そして魔導石を持っているという事は――――

「死ぬなんて、より良い人生を送れるならいいさ!おい!!お前ら!!!手筈通りにやるぞ!!!」
「おう!」

その掛け声とともに仮面の反乱軍たちは一斉に杖を天に掲げた。


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