悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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テンペトゥス・ノクテム

希望の光

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「遅れてしまってごめんなさい。もう大丈夫だから」

鈴のような声が響いた。

うっすらと目を開くとナディア先生が私たちとテンペストゥス・ノクテムの間に立っていた。

「神々の光よ、我が身に宿り、絶対の清浄をもたらせ。全てを照らす聖なる光となれ!サクレッド・イルミネーション!」

ナディア先生の体からまばゆい光があふれ出す。
そしてその光はどんどん大きくなっていき、私たちの体を包み込む。
すると、先ほどまで感じていた痛みが嘘のように引いていった。それどころか体の奥底から力が湧き上がってくるような気さえした。

先生はこちらを振り返り優しい笑みを浮かべると、再び前を向いて立ち上がった。

「思ったより準備に時間がかかってしまって。ナタリーも無事ですよ」

そういってナタリーに近づき優しく頭を撫でる。
あれだけ回復アイテムを使ってもふさがらなかった傷もすっかり治っていた。

「あ、ありがとうございます!」

涙を流しながら何度も頭を下げる。

「それにみんなももう大丈夫ですから安心してください」

ナディア先生が告げる何度目かの「大丈夫」でようやく呼吸ができたような気がした。
あたりに散らばって気絶していた人もナディア先生の魔法によって運ばれてくる。
そして先生の魔法に包まれると、次々と意識を取り戻していった。中にはジェイミーの姿も見えた。先ほどのテンペストゥス・ノクテムに変えられた姿ではなく、元のいつもの姿に戻っているようだった。

「ナディア!!早く……!早く戻るんだ!!もういいから!!俺が、俺が何とかするから!!」

セオドア先生が悲痛な叫びをあげる。しかしナディア先生はその声に優しく微笑んで応じた。

「大丈夫です。ギリギリまで結界魔法につぎ込んできました。それで少し遅れてしまったのだけれど」
「そんなこと……そんなことどうでもいい……」

なぜかセオドア先生は泣いていた。そして握りしめたこぶしからは血がにじんでいた。

「さあ、ここは私が引き受けるわ。あなた達は休んでていてください」

そう言ってナディア先生はテンペストゥス・ノクテムの方へ向き直る。

「先生!!無茶です!!」

セシルが叫ぶが、ナディア先生はいつもの学校で見せるような優しい雰囲気だった。

「大丈夫ですよ。私が倒せなかった時のために旧知のお友達もお誘いしてきましたから」
「いやいや、君が倒せなかったら私にも無理だよ」

突然背後から声が響く。振り返るとそこには――――。

「お父様!?」
「やあやあ、レヴィ、元気にしてたかい?それにみんなお久しぶり」
「な……なんで……?」

あまりの事態に頭が追い付かない。なぜここにお父様が?それに……どうしてテンペストゥス・ノクテムのことを知っているの?

「それにしてもおっかない格好だねぇ。ボスってのはなんでこうも趣味が悪いのかな?」
「アルドリックさん……!」
「セオドア君じゃないか。いつもレヴィがお世話になってるみたいでどうもありがとう」

こんな状況なのにお父様は涼しい顔で頭を下げる。

「アルドリック、あとは頼みましたよ」
「うん、わかった。頑張って」

そのままナディア先生はテンペストゥス・ノクテムのほうへ向かっていった。

「私たちの会話を待ってくれてありがとうございます。それともそういった存在だからですかね?」

そうナディア先生が微笑みかけると、テンペストゥス・ノクテムは腕を振り上げ、先生に叩きつけた。
魔法でも何でもないただそれだけで天が揺れ、大地が震えるほどの衝撃だった。
しかし、ナディア先生はその場から微動だにせず、それを片手で難なく受け止める。その光景を私たちは呆然と見ていた。

「私のかわいい、大切な生徒たちに手を出したのですから覚悟はできていますよね?」

テンペストゥス・ノクテムは何度も何度も腕や足を叩きつけるが、ナディア先生はその全て受け止めていた。
やがて、痺れを切らしたのか、距離を置き魔法攻撃へと切り替えたようだった。

『原初の炎よ、立ちふさがりしモノを焼き尽くせ!イミテーション・フレア!!』

テンペストゥス・ノクテムの周囲に炎がいくつも出現する。まるで小さな太陽が現れたかのような輝きだった。
そしてナディア先生に目がけて炎の球体が一斉に襲い掛かった。
一瞬、ナディア先生の姿が炎の渦の中に消えたように見えたが、次の瞬間にはテンペストゥス・ノクテムの後ろに現れて、思い切り蹴り飛ばしていた。
テンペストゥス・ノクテムは避けることもできずに地面を転がる。

「天空の星々よ、我が創造の力となり、絶対の光をもたらせ。無限の煌めきとともに、全てを焼き尽くせ!スターシャイン・ノヴァ!!!」

空を覆い尽くすほど巨大な魔法陣が出現する。その中心には眩い光を放つ球体が出現しており、今にも弾けそうなほど膨れ上がっている。
次の瞬間、その光球が一気に縮小し、そして目にも止まらぬ速さでテンペストゥス・ノクテムの体を貫いた。
あたり一面が真っ白になり、耳を劈くような轟音と激しい閃光に飲み込まれた。

「あら……結構耐久性もあるのね」

貫かれたテンペストゥス・ノクテムは一瞬で再生する。一対一では敵わないと判断したのか空中に魔法陣を展開し、空を埋め尽くすほどの眷属のモンスターを召喚した。
一体一体がモンスターシーズンで現れたモンスターよりも強大な力を秘めているように感じた。
テンペストゥス・ノクテムは眷属のモンスターに攻撃を命令すると無数の火属性の魔法が降り注ぎ、それに合わせてテンペストゥス・ノクテムも漆黒に染まった魔法の矢を放った。

「空と大地の境界よ、我が声に応え、不可侵の砦を築け。天と地の力を合わせ、絶対の防御と成せ!エーテリアル・フォートレス!」

テンペストゥス・ノクテムと無数のモンスターの魔法はナディア先生の周りに展開された魔法陣に激突すると何事もなかったかのように消滅していった。

戦いが始まるまでは多少回復をしてもらった魔力でナディア先生の援護をしようと思っていた。しかし目の前で繰り広げられる戦いは次元が違いすぎて、見ていることしかできなかった。

「ナディア先生ってこんなに強かったんだ」

誰かがこぼした。先ほどナディア先生に回復してもらった生徒が次々と目を覚まし、眼前で起きている、おおよそ非現実的な戦いに目を輝かせている。
でもその中でもセオドア先生だけは違った。彼は今にも泣き出しそうな悲痛な表情をしていた。

「セオドア先生……どうしたんですか……?」

ナディア先生はテンペストゥス・ノクテムを圧倒している。私たちもナディア先生の魔法で全員無事だ。それなのになんでこんな表情をしているのかわからなかった。

「なんでもない。……やっぱりナディア先生は強いな」

そう小さくつぶやいた。

テンペストゥス・ノクテムは眷属のモンスターを次々と召喚し、ナディア先生へとけしかける。しかしナディア先生の守りは固く、まるで攻撃が通らない。

「光と影の境界よ、我が言葉を叶え、無償の裁きを下せ。神々の力を借り、究極の判決を示せ!ディヴァイン・ジャッジメント!」

空に巨大な魔法陣が現れる。そこから幾千もの光の槍が現れ、召喚されたモンスターに向かって降り注ぐ。一撃一撃が私の全力のヴォルテックテンペストよりも強力で、それはまるで神の鉄槌のように見えた。見た目通りの圧倒的な力の前に、モンスターたちは為すすべもなく蹂躙されていった。

『人の子よ、なぜ抗う。汝は滅びを望んでいるはず』
「あら、その言葉そっくりお返しするわ」
『我が意に背くというのか……?』
「あなたは私の生徒に大きな厄災を振りまいた。そんな存在を生かしておくわけにはいかないのよ」
『ならば我も役目を果たそう』

テンペストゥス・ノクテムは魔法陣を展開し、その中心から白と黒のエネルギーが溢れ出し混ざり合っていく。そして数秒後、大きな塊となったエネルギーがナディア先生に向かって解き放たれた。

「エーテリアル・フォートレス!!」

ナディア先生の前に先ほどと同じバリアが展開される。ぶつかり合ったエネルギーはせめぎ合い、激しい衝撃波と稲妻をまき散らす。

『我を倒せると思っているのか?』
「えぇ、そのために長い間準備をしてきました」

ナディア先生の周囲に無数の魔法陣が展開される。その一つ一つに限界まで魔力が込められており、魔力の威圧感だけで押しつぶされてしまいそうだ。

「私たちはこの世界から退場しましょう」

その言葉と同時に、テンペストゥス・ノクテムの周りに突如現れた光の檻に閉じ込められた。中から抜け出そうと暴れ回るがびくともしない。

「永遠の光よ、我が創造の力となり、不朽の時間をもたらせ。終わりなき煌めきとともに、全てを凍結せよ!ルミナス・エタニティ!」

その瞬間テンペストゥス・ノクテムと魔法陣の中心から眩い光があふれ出し、一気に収縮した。
テンペストゥス・ノクテムは抵抗できずにそのまま静止してしまう。そして徐々に体が透けていき、その存在自体が希薄になっていき、最後には消えていったのだった。

静かな結末だった。

こうしてテンペストゥス・ノクテムは完全にこの世界から消滅した。


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