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テンペトゥス・ノクテム

氷に覆われた未来の種_1

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『お前のせいだ!!!』
『お前が生きていなければ!!!』
『お前がうちの子にケガさせたんだろう!!』
『お前がいなければ!!』
『お前なんて生まれなければよかったのに!!』

あぁ、またこれだ。
夏休みからしばらく見ていなかったのに。

『アレは危険です。あの年で魔力の制御ができないなんて』
『また触れただけで家の扉を壊していたわ』
『扉だけじゃないわ!うちの子も殺されそうになったって聞いたわ!』
『きっと【魂の理】外のモノなのよ』
『きっとアレは【人ならざるもの】の手先よ』

何度この夢を見ただろう。
私はただみんなと仲良くしたかっただけなのに。

『おとうさーん!おかーさーん!!!』
『なんで……なんでこんなことするの……?はやく、はやくあそこからおとーさんとおかーさんをおろしてよ!!ひをけしてよ!!!』
『わたしのせいでおとーさんと、おかーさんが……?』
『わかんない、わかんないわかんない!!!!』
『ぜんぶいなくなっちゃえ!!!』

世界が平らになった。
何もなくなった大地に私の恩人がやってくる。
世界を無くして、私が生まれた日、絶対に忘れちゃいけない日。

『―――っと、あぶねーな』
『お前、名前はなんて言うんだ?』
『なんだ、名前ねーのか。じゃ、あたしがつけてやるよ』
『……そうだな。よし、【ナタリー】ってのはどうだ?』
『あたしの大事な奴だったやつの名前だ。下の名前はちょっともじって【グレイシャルソング】にするぞ』

ここでいつも夢は終わる。でも、今日は少し違った。

(――――あれ……ここはどこでしょうか?)
(ここは……モンスターの森……ですよね?)
(――――あ、私。あと誰でしょうか……この緑色の髪の女の子)
(逃げて……!そっちに行っちゃだめです!)
(あ……囲まれてしまいました。これは……夢……ですか?)

今まで経験したことを繰り返し夢に見ることがあった。
でもこんな記憶私には……。問いかけても誰も返してくれない。

(私を逃がしてくれるんですか?なんで私のことなんて……)
(え……なんで泣いて……。話が違います……)
(ちがう……だってにげるって、一緒に逃げるって!)
(やだ……そんな顔しないでください!やだ、やだ!!!)

「やだ!!!!」

ナタリーはベッドから跳ね起きた。
そして自分が泣いていることに気付く。
胸に手を置き動悸を落ち着かせる。

(誰だったのでしょうか……。最後に何か言ってたような……?でもあれは私?思い出せない……)

ベッドの上でぼーっとする。

「……って、へ!?ベッド!?」

あたりを見渡すといつも見慣れた自分の部屋だった。

(そうだ私……テンペストゥス・ノクテムに……)

徐々に記憶が戻ってくる。
慌ててお腹に触れると、あれだけ痛かったケガがきれいになくなっていた。

あの時、テンペストゥス・ノクテムに殺されかけたとき、遠くから光の柱が差した。そして私はその光に吸い込まれ……た? よく覚えていない。記憶があいまいだった。

(もしかしたらあの女の子が助けてくれたのでしょうか……?)

知らない女の子に対してのそんなありえない妄想を軽く笑い、ベッドから降りいつものように机に座りリボンに触れる。

「ふーっ……」

シュルシュルと指の間に絡ませていると少しだけ落ち着く。二本あるリボンのうち、1本は夢の中の女の子が持っていたものと似ている。でも、このもう一本のリボンはよく知らない。

「そういえば……このリボンも、いつの間に?」

最近よくわからないことが多い。このイヤリングも私が率先してイヤリングを買うなんて考えられないのに、いつの間にかこうして持っている。

「私……なんで生きているんでしょう……?」

そして、一番最近の定かでない記憶はこれだ。
やっと終われたと思ったのに、それも大好きな人の役に立って終われたと思ったのに。

「ずっと怖かったんですよ」
「生徒会に入って、キラキラしている皆さんに囲まれて」
「いつか私は生徒会にふさわしいような生徒じゃないってばれちゃうじゃないかって」
「ずっと怖かったんです」

何か形にしておかないと消えてしまいそうだったから声に出す。その声も一人きりの部屋に吸い込まれていく。

「アリシアさんはすごいです。そこにいるだけで場の雰囲気が明るくなります」
「レヴィアナさんが大丈夫っていうと、本当に大丈夫っていう気持ちになります」
「イグニスさんも、セシルさんも、ガレンさんも、そして、マリウスさんもすごいです」
「ノーランさんもいつもふざけて明るくふるまっているのに不思議な雰囲気を持っている人です」
「私だけ何もありません。ただ師匠に誰よりも恵まれて、たまたまあんな素敵な人たちと一緒に過ごすことができました」
「……私だけ何もありません」

一息でそこまで言って外を見る。あの戦いの結末にふさわしいきれいな月が出ていた。
月の光が部屋の中を照らして、今の私にはまぶしすぎるくらいだった。

「テンペトゥス・ノクテムとの戦いでも結局足を引っ張っただけです」
「決めていたことも……決めていたことすらも何もできませんでした」

テンペストゥス・ノクテム……。本当に怖かった。
その姿を見るだけで正直逃げ出したかった。
途中レヴィアナさんやマリウスさんを攻撃してしまってどうしていいかわからなかった。
でもあの場所から逃げるわけにはいかなかった。
テンペストゥス・ノクテムは私にとって救いでもあった。
ずっと決めていた。
もし身を挺して誰かを守れるチャンスがあったら「そう」しようって。

そしてそのチャンスは訪れた。そしてあのマリウスさんを庇って自分が犠牲になることができた。

あんな素敵なみんなの一員になれた。
生徒会のみんなで過ごした日々は本当に楽しかった。

きっとこれが私の人生のピークなんだ。
きっともうこれ以上何も望むことはない。

これで少しはみんなの役に立てたかな?
これで少しは私も生徒会に居てよかったかな?

テンペストゥス・ノクテムの攻撃は本当に痛かったけど、それでもホッとしていた。

―――でもその幕を引くことにすら失敗して今こうして生きている。

今まで抑えていた感情が涙となってあふれるように次から次へとあふれてくる。

「……うっ……うぅぅ……」

もうだめだ。我慢していたものが全部出てしまう。

「うぅっ……うぐっ…………ひくっ……」

小さな嗚咽が止まらない。とめどなく流れる涙を手で拭うけれど追いつかない。
悲しみとも苦しみともつかない感情をどうすることもできず、ただ机の上で声を殺して泣き続けた。

どれくらい経ったのだろう。涙が少し枯れ、感情の波が収まってきたころ扉がノックされる音が聞こえた。
慌てて袖で顔をぬぐい、呼吸を整えてドアの向こうにいる人物に返事をする。

「どなたですか?」
「……あ、よかった、起きていたのですね。あ、もしかして起こしてしまいましたか?」

扉の奥にいるのはレヴィアナさんだった。少し申し訳なさそうな声色で彼女は言う。

「……ううん、大丈夫です、起きてました」

そう言うとレヴィアナは少し安心したような口調で続ける。

「もし体の調子が良ければナタリーもどうかなと思いまして。マリウスを守った主役ですし。あ、それにセオドア先生が明日は学校をお休みにしてくれたんですのよ」

主役という言葉が胸に突き刺さる。
本当はこんな気持ちのまま会うのは嫌だった。
でもここで断ってしまったら次から誘ってもらえなくなってしまうかもしれない。
少し回答に迷っていると、レヴィアナの言葉が先に出た。

「わたくしだけ盛り上がってしまって申し訳ありませんわ。やっぱり疲れていますわよね?」
「あっ、いや、そんなことないです!今さっき目を覚ましてびっくりしただけです!着替えるので少し待っていてもらえますか?」

そう言って慌てて洗面台に向かい顔を洗い、着替えを済ませてドアを開ける。
するとそこにはいつもの、いや、いつも以上の笑顔で立っているレヴィアナの姿があった。

「お待たせしました!わざわざ迎えにきてくれてありがとうございます!」

さっきまで泣いていたせいでまだ少し目が赤いかもしれないと思い、少しうつむきがちに彼女の後をついていく。

「やっぱりナタリーはすごいですわよね。あんなふうに守るなんてわたくしには無理ですわ」
「……私も自分でびっくりしました。目を覚ましてみんなのところに向かったらあんなことになっていて、皆さんのことを守らなきゃって思ったら体が勝手に動いていました」
「あまり無茶しないでくださいまし?もう少し自分を大切にしたほうが良いですわ。ちゃんと長生きしていっぱい楽しい事をしましょう!」

レヴィアナさんの言葉になんだか見透かされているような気がしてドキッとする。
そしてそれと同時に自分をさらけ出してしまいたい衝動に駆られた。でもその気持ちをグッとこらえる。

「そ、そうですね、気をつけます」

そんな会話を交わしながら私たちは寮を後にした。さっきまであれだけ明るかった月も今は雲に隠れてしまっているようだった。

「……ねえ、ナタリー、何かあったんですの?」
「え……?なにかって……?」
「なんだか元気がないというか、いつもよりテンションが低いような気がして……その、気のせいだったらごめんなさい」
「あ、ぅ……」

優しい声だった。
レヴィアナさんならこの言いようのない気持ちをわかってくれるかもしれない。
そんな期待をしてしまう。そんな思いが言葉になって口から漏れ出そうになる。

―――でもそんなことを話して、もし嫌われてしまったら?
―――でもそんなことを話して、もし彼女に拒絶されたら?
―――でもそんなことを話して、もし生徒会にふさわしくないと思われてしまったら?
―――でもそんなことを話して、もし友達として面倒だと思われたら?

今の私にはそのどれも耐えられないと思った。
そして今評価を下げてしまったらもう下がった評価を取り戻すこともできないとも思った。
代わりに出てきたのは別の言葉を絞り出す。

「心配をおかけしてしまい申し訳ありません。さすがにいろいろありましたから少し疲れてしまっただけです。あ、そうです、あのテンペトゥス・ノクテムも怖かったですからね」

今の私には現状維持しかできない。笑え。心配をかけるな。いつもみたいに笑ってちゃんとしないと。

「ああ、確かにあれは手強い相手でしたわね、でも無事に倒せて本当によかったですわ」

私は自分に言い聞かせるように笑顔を貼り付け、いつものように他愛もない話をする。これでよかった。きっとこれが正解だ。
そう思いながら夜の道を歩いた。


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