悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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テンペトゥス・ノクテム

氷に覆われた未来の種_2

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「ナタリー、本当にありがとう。ナタリーが居なかったら俺は今頃ここでこうしてお礼を言うこともできなかった」
「マリウスさんってば大袈裟ですよ。そもそも私も助けてもらったじゃないですか」
「さすがナタリーだよなー。俺全く動けなかったもん」
「もう……ノーランさんまで」

祝勝会の魔法訓練場はいつもの雰囲気はまるでなく、笑顔と、感謝の言葉が飛び交う場所となっていた。

来るのを迷いはしたけど、レヴィアナさんに誘ってもらって祝勝会に行って良かった。あのまま部屋に一人でいても布団にくるまりながら、ただ漠然と暗くなるだけだったかもしれない。

「それに、皆さんのほうがすごいですよ。私なんて操られてしまって邪魔してばっかりだったんですから。少しでも皆さんのお役にたててよかったです」

マリウスさんを助けるために前向きな感情で動いたわけでは無い。
それでもこうやって誰かの役にたって褒められるのはうれしかった。

楽しい時間というのはあっという間に過ぎていき、さすがにそろそろ解散しようとセオドア先生から声がかかった。レヴィアナさんやノーランさんは「みんなで朝日を拝もう!」とか言っていたが、流石の2人も今日は疲れたようで、瞼も重そうだった。

「申し訳ないですわ。中途半端なところから誘ったばかりに……ナタリーを移動させてばかり……」

寮への帰り道、そんな風にレヴィアナさんに声をかけられる。

「そんなことありません!参加できて本当によかったです。ありがとうございます!」

そう答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。どこか私と違うレヴィアナさんの笑顔が大好きだった。
レヴィアナさんだけじゃない、生徒会メンバーたちの笑顔が本当に大好きだった。
本当に、本当に楽しい時間だった。

でも、祝勝会の会場に参加していた生徒が遠くで言っていた「ナディア先生が犠牲になった」という一言がやけに耳に残っていた。

***

部屋に戻ってから、結局眠れなかった。
中途半端に眠ってしまったことと、また同じ夢を見るのが怖くて、ただただずっとベッドの上でゴロゴロとし続けていた。

(そういえば……ナディア先生は結局いらしたのでしょうか……)

さっきの誰かの言葉を思い出す。

そういえばレヴィアナさんが作戦会議で切り札としてナディア先生にも声をかけたと話していた気がする。
マリウスさんを庇ってから意識を失ってしまい、あの戦場ではナディア先生の姿を見ていない。でもなんとなくあの場所で一緒に戦ってくれていた気もする。

―――でも、ナディア先生は祝勝会の会場に居なかった。

そんなことがずっと頭の中で渦を巻き、気づくと太陽はすっかり昇っていた。時計を見ると針は10時半を指している。
昨日は夜遅くまで起きていたせいもあってか頭が痛い。体も重いような気がする。

でも、これ以上ベッドに転がっていても寝れそうになかったので、目を覚まそうとシャワーを浴びようと脱衣所に向かう。
私のおなかに空いたはずの穴が綺麗さっぱりなくなっている。

シャワーを終え着替えると、ふと鏡に映った自分の顔が目に入った。
目の下にはうっすらとクマが出来ていて顔色はあまりよくない。

――――まるで死人みたい

あの時の痛みは今でもちゃんと覚えてる。痛くて苦しくて、正直もう一度同じことをしろと言われても絶対にできないと思う。
あの時、私は死んだとおもった。それとも致命傷だと思った傷は思ったより浅かったのだろうか?

そして私が知っている限り、死んだ人間を生き返らせる魔法は存在しない。そんな魔法があるなら、師匠とあれだけ長い時間一緒にいた私が知らないわけがない。そんなことが出来るなら私も助けたい人が居た……気がする。

――――でも普通じゃない方法だったら?例えば、蘇生ではなく身代わり……

私が気を失ってから何があったのかセオドア先生に確認しないと。もしかしたら誰かが助けてくれたのかもしれない。
私は急いで自室を出て、職員室へと向かうことにした。

学校が休みだからか職員室にはセオドア先生一人だけだった。

「お、ナタリーじゃないか。相変わらず真面目だなぁ、昨日の今日なんだからもっと休んでいればいいのに」
「先生こそ私のこと言えないですよ」

突然やってきた私を特に気にするでもなくいつも通りの対応をするセオドア先生を見て、少し心が落ち着いた。

「ところで先生?少しお聞きしたいことがあるんですけど」
「ん、なんだ?」
「昨日の夜、私が気を失った後、何があったんですか?」
「あぁ……その事か」

そう言って彼は少しだけ顔を曇らせる。

――――やっぱり何かあったんだ。

心臓が高鳴る。まさか……いや、きっと大丈夫、そんなはずない。
心の中で必死に自分を落ち着かせようとする。

「あのあと俺たちもテンペストゥス・ノクテムに手が出なくてな。それでナディア先生が来て倒してくれたんだ」

――――違う。

本当かもしれないけど、それだけならこんな言いづらそうにしない。何かがあったはずだ。

「倒してくれただけですか?」
「……っ」

今度ははっきりと動揺の色を見せた。

「それともう一つ、私のお腹にあったはずの、テンペストゥス・ノクテムの攻撃でできたはずの穴が消えているんです」

そういうとセオドア先生はしばらく考え込むように下を向いていた。

「それに……昨日の祝勝会にナディア先生は居ませんでしたよね?」
「……」

セオドア先生は何も答えなかった。

「教えてください!昨日何が起きたんですか!?ナディア先生はどうなったんですか!?」

思わず声を荒げてしまう。自分でも驚くくらい大きな声が出てしまった。でも今はそんなことを気にしていられなかった。

「落ち着いてくれ、ナタリー。順を追って話すから」

そう言われても落ち着けるはずもなく、心臓の鼓動が速くなるのがわかった。私は今どんな顔をしているんだろう?わからない。

「まず結論から言うと、ナディア先生は亡くなったよ」

頭を思いっきり殴られたような衝撃が走った。

――――やっぱり…やっぱりそうなんだ……

そこから先、セオドア先生が何を話したかよく覚えていない。

話の内容は耳には入っていたが、頭では理解していなかったと思う。
ただ、最後に彼が言った言葉だけは、なぜか鮮明に記憶に残っている。

『ナディア先生のおかげで生徒に被害はなかった』

その言葉を聞いた瞬間、自分の中で何かがふっと切れる音がした。

「ありがとうございました……」

絞り出した声はかすれていた。
もうそれ以上何かを言う気力もなく、ただ静かに一礼してその場を後にした。
それからどうやって自分の部屋に戻ったのかはよく覚えてない。気付いた時には自分の机に突っ伏していた。

何も考えられなかった。
いや考えたくなかった。
ただただ頭の中を後悔だけが支配していくようだった。

――――きっと私を助けてナディア先生は死んでいった。

セオドア先生がナディア先生を慕っていて、それが先生と校長と言った関係性以上だったことはなんとなく薄々気付いている。

時々学校で会った時も全員の生徒を名前で呼び、一人一人の事をしっかり見ていてくれた優しい先生だった。
ほかの生徒会メンバーもナディア先生を慕っていた。
そして、私も一対一で話したことはなかったけど、その雰囲気も落ち着いた物腰も、心の底から私たちのことを大切にしてくれている先生が私も本当に大好きだった。

――――私がいなければナディア先生は死ななかったかもしれない

誰かを助けて死ぬつもりが、みんなが大切にしていたナディア先生の命を奪ってしまった。
みんなはなんて思ったんだろう。きっとみんな優しいから祝勝会の会場でも「よかった」と言ってくれた。でもほかの生徒のみんなは?それにセオドア先生は?

――――みんなはどう思ってたの?
――――あいつがいなければって思っている人はいなかった?
――――ほんとはみんなどう思ってたの?
――――みんなはちゃんと笑ってた?

何度も何度も繰り返して、やっと理解できた気がした。
そこでようやく涙が出てきた。

――――私……ナディア先生の死が悲しいんじゃない。

自分が嫌われたらどうしよう、失望されたらどうしよう、みんなに見放されてしまったらと想像すると、胸が張り裂けそうなほど痛かった。
一度そう思うと、どんどん涙が溢れてきた。

――――これからどうすればいいのだろう。
――――みんなに謝るべきだろうか。
――――でも謝って許されるのだろうか。
――――もし許してもらえなかったらどうしたらいい。
――――許してもらえなくても私はナディア先生を生き返らせることなんてできない。

そんな考えが頭の中でぐるぐる回り、答えが出ないままただ時間だけが過ぎていく。

みんなの事は大好きだ。
もしナディア先生のおかげでみんなと遊ぶ時間がもらえたのなら、それはとても幸せなことだと思えるほどに大好きだった。
だからこそ怖かった。もしみんなに見捨てられたら、もう生きていけないと思った。
恐怖と不安で押しつぶされそうだった。

――どうしよう……。

そして、今の私にみんなの評価を覆せるほどの魅力はない。
もし嫌われちゃってるならどうすることもできない。
だれがこんな心の底から一緒に笑えない人間の事を好きになるというんだ。

考えれば考えるほど答えは見つからない。
次第に考えること自体が怖くなり、私はそのまま目を閉じた。

***

目を覚ました時、喉の渇きと空腹を感じた。

こんな状況なのにお腹がすく自分に呆れつつ、とりあえず水を飲もうと思いキッチンへ向かうことにする。
部屋を出るときに鏡に映った自分の顔が見えた。昨日よりも目は赤く腫れあがり、頬には涙が伝った跡が残っている。なんともひどい顔だ。

このままではみんなに心配をかけてしまう。そう思い、顔を洗い、髪を梳き、リボンを結ぶ。いつもの緑色のリボンはなぜか触る気になれなかったので、新しく増えていた紫色のリボンを手に取った。これで少しはマシになっただろう。

キッチンに着くとコップに水を注ぎ一気に飲み干す。
冷たい水が喉を通り胃へと流れていくのがわかる。

キッチンには祝勝会の残りの焼き菓子が置いてあったのでとりあえず頬張る。甘い味が口に広がる。
食欲はあまりなかったが、それでも少しずつ食べ進めていると、不思議とお腹は満たされていった。

「う"っ……!」

突如吐き気に襲われる。慌てて口元を抑えトイレへ駆け込む。

――――私の体は私より正直ですね。

こんな状態で生きるための行動なんてとれなかった。
私の体は食べ物を受け付けなくなっていた。

――――でもナディア先生が救ってくれたこの体……生きないと……

だから無理やりにでも胃袋に押し込み、吐きそうになりながらも飲み込む。

――――そうだ、ナディア先生の分まで、私は生きなきゃ……

ナディア先生の死を無駄にしてはいけない。

「笑え……笑顔を作って……笑う……」

こんなこと相談できない。相談しても仕方がない。そもそもなんて相談するんだ。

――――私とナディア先生、どっちが生きてたほうがよかったですか?


そんなこと聞けるわけがない。みんな気を遣ってくれるに決まってるし、それに何よりそんなことを聞いたらみんなが悲しむだけだ。

せめて笑顔でいよう。精一杯笑うようにしよう。そうすればまだ嫌われずに済むかもしれない。

――――私は幸せだ、これ以上は何も望まない。みんなともっと楽しい事ができるんだ。

鏡に映った自分は今にも泣き出しそうで、到底笑顔とは言えない表情だったが、少しでも笑顔でいられるように口角を上げる。
今できる最高の作り笑いをしようとしたが、その顔はひどく歪んでいるように見えた。

――――でも、あなたはこれから何をするの?

リボンを結んだ鏡の中の自分が問いかけてくる。

私はナディア先生のようにはなれないし、そもそも、少なくとも今の私じゃ誰も好きになってくれないのではないか?そんな思いが頭の中に浮かんできそうになる。

「―――――っ…!う”ぅ……」

また吐き気に襲われて、急いで口を手で押さえる。口の中が一瞬にして酸っぱくなる。

――――だめ、そんなこと考えたら……

そう思っていても、思考は止まってくれなかった。


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