悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

文字の大きさ
90 / 143
テンペトゥス・ノクテム

風に乗せる生の賛歌

しおりを挟む
「本当にそんな子がいたんですか……?」

全てを聞いたナタリーは信じられないといった様子で言った。

「ええ、これがミールエンナ・スカイメロディーって名前の女の子、私たちが大好きなミーナのお話」

ナタリーとマリウスに、いつも笑顔で笑って物知りでムードメーカーだったミーナの事を話した。
ミーナのことを覚えていないナタリーを見るのが怖くて先延ばしにしてしまった結果がこれだ。あんなにたくさんの思い出を言葉で伝えるなんてできなかったけど、それでもきっとほんの少しは伝わったと思う。

「今まで黙っていて本当にごめんなさい」

私は頭を下げて謝る。
やがて最初に口を開いたのはマリウスだった。

「なるほどな……。確かに言われてみれば思い当たる節があるな。だがまさかそんな事になっていたとは……」
「……ごめんね、二人とも。私もなんていったらいいかわからなくて」

私が謝ると、マリウスは気にするなと言って首を横に振った。

「私……本当に……その子と……?」

やっぱりナタリーは混乱しているようだった。
学校に入って一番仲が良かった、自分の親友を忘れていると言われて誰が信じるだろうか?

「うん。本当。それに今ナタリーが握りしめてるリボンもミーナが気に入ってつけていたものよ。そしてさっき話した通りこのイヤリングも」

それを聞いて彼女の手の中にあるリボンを見つめるナタリー。

「私……やっぱり思い出せない……なにも……なんにも……」
「でも、作り話じゃない、本当の話よ」

ナタリーは1分ほど目をつむり、そして何かを決心したようにゆっくりと目を開けて、リボンをぎゅっと握った。

「不思議だったことがたくさんあったんですけど、ようやく納得いきました。ありがとうございます。ミーナさん」

それはまるで自分自身に言い聞かせるかのように、一言一言を噛みしめるように、そして大切にするようにナタリーははっきりと言った。

「それに、ナディア先生はナタリーの身代わりになって死んだわけじゃないわ。あの夜ちゃんと伝えなくて、変な心配をさせてごめんなさい」
「いえ、私もちゃんと確認しませんでしたから、そんなに謝らないでください」

ナタリーは笑顔を浮かべる。

「でも……どうしてレヴィアナだけそのミーナという子の事を覚えているんだ?」

回答する答えは持っていたが、その答えを口にすることはできなかった。
もしそれを説明するとしたらきっと「あなたたちはゲームの中のキャラクター」という事を伝えないといけない。
私の口からそんな事を伝えることは出来なかった。

「……これはあくまで私の予想だけど、私の魔力量が多いから私だけミーナに関する記憶を失わずに済んだのかもしれない」

私の答えを聞いて考え込む二人だったが、ナタリーが口を開いた。

「私ももっと師匠みたいに強かったら、そのミーナさんの事もずっと忘れないでいられたのでしょうか……」
「ち、ちがっ、そんなつもりで言ったわけじゃ」
「ふふっ。冗談ですよ」

そう言ってナタリーは笑った。無理していることは明らかだったけど、きっと私たちのことを思ってのことだろう。

「ま、なんにせよ、今度はこんな無茶をしないでくれよ」
「本当ですわよ?マリウスってばわたくしに会うなり『ナタリーが危ないかもしれない!』って真っ青な顔で言うんですもの」
「お、おい!そんな真っ青な顔なんてしていないだろう!」
「いーえ、わたくしも初めて見た顔でしたわよ?」
「も、もういいだろう!その話は!」

恥ずかしそうにそっぽを向くマリウス。そんな様子を見てナタリーが笑う。

「……私……、本当にこの学園に来てよかったです」

ナタリーが空を見上げて言った。

「師匠以外の人と、それも同年代の人とこんな風にずっと話したことがなかったから、本当は入学するのも怖かったんですけど、今は本当に来てよかったって思ってます」

そう言って彼女は手の中のリボンを月明かりに照らして眺める。

「私……決めました」

ナタリーのその声はしっかりとしていた。

「何をですの?」
「私、ナタリー・グレイシャルソングは、今からナタリー・スカイメロディーになります」

突然の宣言に呆気にとられる私たち。しかしナタリーの顔はとても晴れやかだった。

「前に師匠から名前をもらったって言っていませんでしたの?よいのですか?」
「はい。きっと私がこうして今、マリウスさんやレヴィアナさんたちと仲良くできているのもミーナさんのおかげですし、こうすればもう絶対に忘れないと思いますから」

そう言って彼女は笑って見せる。きっとナタリーなりに考えて、結論を出した答えなんだろう。

「うん……いいと思う」
「そうだな、俺もそれがいいと思う」
「じゃあ、改めてよろしくお願いしますね!レヴィアナさん……マリウスさん!」

ナタリーがそう言って手を差し出してきた。

「もちろんよ!よろしく」

すぐに手を取った私と対照的に、マリウスは少しだけ考え、ナタリーの目をまっすぐに見つめて口を開いた。

「その代わり条件がある」
「条件……ですか?」
「あぁ。何か困ったら必ず俺に伝えてくれ。何があっても、何を差し置いてでも力になるから」

マリウスの言葉を聞いてナタリーは顔を赤らめる。

「マリウス?それさっきも聞きましたわよ?」
「いや、ナタリーには何度も言わないとだめだ」

そう言い切り、手をナタリーに差し伸べたままのマリウス。

「どんな面倒なことでも……いいんですか?」
「あぁ、俺は君のためなら『何でもできる天才』になろう」

ナタリーはそんなマリウスを数秒見つめたあと、嬉しそうな顔で彼の手を取った。

「はい!よろしくお願いしますね!」
「……でも……逆に俺に何かあってもナタリーが助けてくれるか?」
「もちろんですよ!」

ナタリーはまるでミーナのような満面の笑顔を浮かべて即答する。マリウスも同じように嬉しそうに笑顔を浮かべるのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...