悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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舞踏会

約束された敗北

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(うん、この様子だと鉢合わせないで済みそうだね)

アルドリックはレヴィアナが去っていったほうをしばらくじっと見つめていた。
ちゃんと寮に向かって歩いて行っている。もしかしたら行動力のある彼女がまた何かしないか不安ではあったが杞憂に終わったようで一安心だ。

「そういえばこれをするのも久しぶりだね」

指先に魔力を圧縮した球を作り出すと、それを両の掌で転がしながら、先ほど去っていった彼女の事を思い出す。

「もう少しちゃんと話してみたかったけど、あんまり鬱陶しい父親っぽくなってもあれだしね」

徐々に球は大きくなっていき、初めは爪の先ほどだった大きさの玉も掌に収まりきらないほどのサイズまで大きくなる。
大きく息を吐くと、アルドリックは魔力の球を空高く放り投げた。

「うん、久しぶりでこれなら上出来かな」

自由落下するように舞い降りてきた魔力の球をそっと手に取ると、アルドリックは満足そうに微笑んだ。

「さて、そろそろ出てきたらどうだい?」

暗闇に声をかけると、ローブで全身を包んだ人物が姿を現した。

「なぜ俺がいることが分かった?」
「いやぁ、ほら、私、探知とか得意なんだよね。ほら、もうちょっとあっちに行こうか」

アルドリックはそのまま寮と反対側の森の奥へと歩き始める。

「ほら、君もおいでよ。この場所が焼け野原になってしまうのは心苦しくてね」
「……」

少し離れたところにいたもう一人のローブの人物は、無言でアルドリックの後ろをついて歩く。

「どうしてここに、とか聞かないのか?」
「君は変なことを聞くんだね。君は私のことを殺しに来たんだろう?」
「……。それを知っていて何故?」
「何故って?」
「何故逃げなかった?」
「君がそれを聞くのかい?結構残酷なんだね、君も。それとも、優しさからだったりするのかな?」

アルドリックはおかしそうにくすくすと笑いながら森を奥へと進む。

「あの屋敷はあの子が一生懸命守った家だからね、きれいな状態のまま次のステージに渡したいんだ」
「ステージ……だと……?」
「そう。それに君もセレスティアル・アカデミーは”まだ”壊したくないはずだ」
「お前……本当にどこまで……?……お前は登場人物の分際で知りすぎたようだ」

もう一人のローブの人物は怒りをあらわにしながらそうつぶやく。
だがアルドリックはそんな様子を気にも留めずに話を続ける。

「んー、もう少し離れようか。きっとあの子には祈る場所、悲しむためのこの場所が必要だろうから」
「何を言って……きゃっ!?」

アルドリックが風のように舞い、ローブの人物に襲い掛かる。高威力で圧縮した魔力の塊をそのままぶつけ、思い切り弾き飛ばす。
ローブの人物は宙を舞い、そのまま地面にたたきつけられたようだった。

「うん、でもきっと君は無事なんだろうね」

アルドリックも同じように宙を舞い、ローブの人物の前にふわりと舞い降りる。

「……当たり前だ。俺のことを知ってると思ったがまだそこまで理解していないのか?」

あれほど高所から地面にたたきつけられたのに、何事もなかったように立ち上がるとローブの人物はそう答えた。

「ははは、一応知っているつもりだよ。それよりもそんな質問をするなんて、君のほうこそ【三賢者】という言葉の意味するところを知らないようだね?」
「……」
「いや、むしろ知らないふりをしたがっているのかな?ま、いいか。私も今までずっと諦めてきたんだけど、あの子のおかげで少しだけあがいてみようかなと思ったんだ」

アルドリックは少しずつローブの人物との距離を詰めていく。それに伴って何かの気圧されたかのようにローブの人物も一歩ずつ後ずさった。

「例えばこういったのはどうだろう?天空に渦巻く雷雲よ、我が力に応えて轟け!稲妻の竜巻、サンダーストーム!!」

アルドリックが掌をローブの人物に向けると、その手から巨大な魔力がうねりを上げながら放たれた。

「くっ……!」

ローブの人物はそのまぶしさから顔を隠し、アルドリックの魔法を受ける。
しかしその途方もない雷魔法も、ローブの人物に触れた瞬間きれいに四散して消えていく。

「いくらお前が強力な魔法を使う三賢者だとしても、俺にはお前たちの攻撃は通用しない」
「まぁ、そうみたいだね。でも今目を覆ったってことは私が発した光くらいは見えるらしい」

そういうと今度は無詠唱のサンダーボルトをローブの人物の顔めがけて放つ。

「くっ!小癪な真似を……っ!」
「これはどうだい?」

アルドリックは目くらましをしている間に、高速で回り込み足払いを仕掛けた。

「なるほどなるほど。強力な結界が張ってある感じかな?」

アルドリックの足払いはローブの人物までもう少しというところで止まっていた。
ローブの人物はすかさず剣を抜き、アルドリックに向かって切り付ける。しかし、その剣筋が見えていたかのように軽々とそれをよけるとアルドリックはそのまま距離をとった。
すかさず追撃のヒートスパイクが飛んでくるが、アルドリックは躱し、時に相殺しながらいとも簡単にやり過ごした。

「本当に攻撃が無効化されているんじゃなくてよかったよかった」
「それがどうした。俺に攻撃が届かないことには何も変わりはないだろう」
「無効と結界じゃ大違いさ。結界を張るってことはそこには何かしらの弱点があるってことだからね」
「いくらお前の攻撃が強くても、俺の結界は破れない!一方的に俺が攻撃するだけだ!フレアバーストっ!!」

ローブの人物はそういうと、魔力が凝縮された球体をアルドリックの足元に打ち込んだ。その衝撃で地面が爆ぜ、あたりに炎が舞い上がる。

「それに君の魔法は私の防御魔法でも守れるみたいだ。これならむかーし戦ったテンペトゥス・ノクテムの変異体のほうが幾分戦い辛かったかな」

アルドリックは舞う炎など気にも留めず、ローブの人物と会話を続ける。

「弾き飛ばすことはできるみたいだし、このまま遥か遠方まで弾き飛ばし続けるというのも一興かもしれないね」
「……」
「なーんて。ライトニングチェイン!」

アルドリックがそう唱えると地面が一気に爆ぜた。巻き上がった土砂が一斉にローブの人物に襲い掛かり、そのままローブの人物を押しつぶした。

「一応これくらい準備はしておいたけど、どうなったかな?」

アルドリックは土ぼこりの中をじっと見つめる。ただアルドリックも当然警戒は緩めない。それどころか次の詠唱の準備もしているようだった。

「あらら、まぁそうだよねぇ」

目の前の地面がカッっと光を放ち、一瞬で消失した。中央には土埃一つついていないローブの人物が立っていた。
手には黄金に輝く巨大な杖が握られている。

「なるほど、それがディヴィニティ・エンブレイスかい?」
「……もう今更驚かんと思っていたが、この【創造主の杖】も知っているなんて、本当に何者なんだ?」
「君と同じだったりして」
「そういう冗談は嫌いだ。そして、さようなら」

ローブの人物はそう言うと、持っていた杖を天に掲げた。杖から目にもとまらぬ速さで幾重もの光線がアルドリックに襲い掛かる。
―――そして、その攻撃をアルドリックは躱した。

「なっ……!?」
「まぁ確かに速いけど、それでも戦場を縦横無尽に駆け回り【魔王】とだけ呼ばれた私に当てるには、まだまだ足りないかな?」

アルドリックはそういうとローブの人物に掌を向け魔法を唱えた。

「私もささやかながら【雷の極光】と呼ばれたことがあるんでね、君の障壁を破れないか試してみよう」

そういうとアルドリックは手のひらから魔法陣を展開し、ローブの人物に向かって魔力を放出した。

「星々の嵐よ、我が力と共鳴し、雷鳴を轟かせろ!稲妻と嵐の融合、ヴォルテックテンペスト!!!」
「くっ……!!」

アルドリックが詠唱を終えた瞬間、あたり一帯に嵐が巻き起こり、まるで雷の竜のごとくうなりをあげながらローブの人物に向かって襲い掛かった。
地面はえぐれ木々は吹き飛び、森を一瞬にして荒野へと変貌させるほどだった。しかしそんな強力な魔法を受けてもなおローブの人物はその場に立っていた。

「はっ……ははっ……すごい、すごいよ!」
「ありがとう。じゃあもう一発だ!星々の嵐よ、我が力と共鳴し、雷鳴を轟かせろ!稲妻と嵐の融合、ヴォルテックテンペスト!!!」
「だから何度やっても……!」
「星々の嵐よ、我が力と共鳴し、雷鳴を轟かせろ!稲妻と嵐の融合、ヴォルテックテンペスト!!」
「っ!?どうしてこんな……!?」

ローブの人物は何度もヴォルテックテンペストを受け、膝をつく。攻撃自体は結界で防ぐことができたものの、あまりの衝撃に立っているのもやっとだった。

「くっ!ディヴィニティ・エンブレイス!!!」

次々に迫りくるヴォルテックテンペストに合わせて、ローブの人物は杖を天に掲げて再び光線をアルドリックの魔法に向けて放つ。
光はアルドリックの魔法を飲み込み、そのままアルドリックに向かって真っすぐ襲い掛かった。

「なるほど、なるほど。このくらいじゃ破れない……けど……、まぁ予想は当たってたかな?」
「何が予想だ!!この世界では俺が全てなんだ!!お前らごとき登場人物が邪魔をするな!」
「じゃあこれはどうだい?ヴォルテックテンペスト!!」
「それはもう見切った!」

今度はアルドリックが魔法を発動すると同時にローブの人物がディヴィニティ・エンブレイスを発動し相殺した。

「その強大な雷魔法は相手に直撃させるためにストリーマが発生する。タイミングがわかれば詠唱はもちろん無詠唱だろうが怖くない」
「ふっ」
「何がおかしい!!」
「いや、本当に申し訳ない。本当は君にもそうやってもっとこの世界を楽しんでほしかったんだけど」
「何を言っている……?」
「これは三賢者でもない、レヴィアナの父親としてでもない、ただの私の意見だよ」
「なんだ、いきなり……」
「私はね、思うんだ。強大な力は人を孤独にさせる。その力ゆえに恐れられ、恨まれ、疎まれる」

そのままアルドリックは独白に似た言葉を続けていく。

「そして、それならまだマシだね。何をしても恐れられず、恨まれず、疎まれない、そんな絶対的な力と恐怖を君はどう思う?」
「だから何を言って……」
「でも、それでももし、人はどんどん君から遠ざかっていかなかったら?怖いかい?それとも、もう怖くないかな?」
「そ、それは……」

ローブの人物はアルドリックの言葉を受け、怯えたような表情を浮かべた。そして次第に顔を歪ませていく。

「うるさい……!うるさい!うるさい!!」

ローブの人物はそう言うと再び杖を天に掲げた。

「この行為はレヴィアナに嫌がらせをするためだけの、ただの俺の憂さ晴らしだ。お前はそんな理由で消え去るような存在なんだよ!」
「そうかい。でもそれでいいんだ。私はそのために君と対峙しているんだから」

アルドリックはそういうと、天に掲げられた杖を見つめる。ローブの人物の周りに光が集まってくるのが視認できる。

「負け惜しみか!この最大出力のディヴィニティ・エンブレイスで塵も残さず消してやる!」
「雷の王座に君臨する嵐よ、我が命令を聞き入れよ!地の果てまで鳴り響け―――――」

(私ができるのはこの程度かな。あとは……)

「消え去れ!!!」」
「テラ・ボルティック・エクスプロージョン!!!!」

ローブの人物が放った光は一直線にアルドリックを貫いた。そして、アルドリックの放った魔法は、ローブの人物が持っているディヴィニティ・エンブレイスを的確に弾き飛ばし、彼方の空へと消えていった。

「はは……これでもうお前は終わりだ」
「うん、そうみたいだね。でも、これでいいんだよ」

貫かれたところからぱちぱちと音を立て、アルドリックの体は少しずつ消滅していっていた。

「強がりを……。いい気味だ、俺を怒らせるからだ」

ローブの人物は勝ち誇ったような笑みを浮かべそう言い放った。しかしアルドリックは何もなかったかのように話を続ける。

「大丈夫だよ。君はまだ誰も殺していないし、ただの登場人物がいなくなるだけだ」
「な……っ」

アルドリックがそういうと、ローブの人物は面食らったように口を開けたまま言葉を失う。
その様子を見たアルドリックはふっと笑うと空を見上げた。

「頑張っても、頑張らなくてもいいからね。ぜひこの世界を楽しんで―――レヴィ」

そう言い残して、アルドリックはローブの人物の前から、そしてこの世界から姿を消した。



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