悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

文字の大きさ
110 / 143
悲しみの向こう側

世界の真実_1

しおりを挟む
「ガレンさん、この本のこと、知っていたんですか?」

ナタリーが不思議そうにガレンに聞く。

「あぁ。昔、もう少し小さいころレヴィアナと一緒に見つけた」
「これが【本】なんですね……。そして、この手紙はアルドリック様からですか?」
「そうね、お父様からの手紙。きっと私がこうすることもわかっていたんだわ」

そうじゃないとこの鍵をわざわざ手渡したりしないだろう。まったく最初から最後まで本当に敵わない人だ。でも、こういったのは嫌いじゃない。

『レヴィの役に立てばと思い、これをここに置いておくよ。ここまで来て引き返すことはないと思うけれど、それでもはっきりと伝えておく。この本の中を見れば、もう以前の君でいられなくなるかもしれない。それでも見かい?』

「ですって?どうする?ガレン、ナタリー」
「まぁ、ここまで来て今更感もあるけどな。俺は少し見たことあるからいいとして、どうする?ナタリー」
「はい、私も、レヴィアナさんに全部教えてくださいって頼んだんです。いまさら何が書いてあっても驚きません」
「そう?何となく書いてある事わかるんだけど、絶対驚くわよ?」

そういいながらナタリーに【解体新書】と書かれた本を手渡す。

「これは……魔法紙……ではないですよね?こんな本見たことありません……」

初めのうちは表紙を丁寧に観察し、少しずつ読み進めていたナタリーだったが、ページが進むにつれ目を見開いて、ページをめくる速度が速くなっていく。

「そんな……」

そしてナタリーは本を閉じると、私のほうに向き直り困惑した顔で口を開いた。

「これ……何の本なんですか……。アリシアさん、イグニスさん、マリウスさん、セシルさん、ガレンさん、それにレヴィアナさんも……」

ナタリーの困惑した表情に、ガレンがそっとフォローを入れる。

「まぁ、驚くよな」
「ガレンさん……この本……」
「俺は初めの数ページで読むのやめちまったけどな。すげぇな、読み進められるのか、その本」
「そう……え?でも、だって、これ……」
「な?見なかったほうがよかっただろ?」

ナタリーはまた沈黙をしたまま本の先頭から読み返しはじめる。ナタリーの手は震えていて、顔は真っ青になっていた。
それでも気丈にナタリーは読み進めた。
ゆっくり、ゆっくり、少しずつ、それでも止めることなく読み進めた。
1時間以上が経った。その間、私もガレンも一言もしゃべらなかった。
そしてページが最後のページをめくり終えると同時に、ぺたんとその場に座り込んだ。
少しの間そのままの体勢で放心していたナタリーが、呆然とした表情のまま私のほうに向き直る。

「レヴィアナさん……これは……」
「ええ、【解体新書】、この世界の攻略本よ」

私はナタリーに笑いかける。ナタリーが唾を飲み込む音が聞こえる。

「この世界の……攻略本……?」
「そう、この世界は、1人の女の子が素敵な男性と恋をして、幸せになるために作られた世界なの」

***

ナタリーが三度目になる初めのページから読み直しを始める。

「ということは4月に行ったアーク・スナイパーは」
「えぇ。主人公になるアリシアに対しての魔法の説明ね」
「じゃあ、3人でペアを組む訓練は?」
「アリシアとほかの登場人物が仲良くなるため。そのあとに起こるある事件も、アリシアとあの4人を仲良くするために必要なイベントよ」

そのあとも知っていることを交えながらナタリーからの質問に答え続ける。再度、最後まで読み終えると、ナタリーは本を閉じた。
ナタリーが落ち着くまでしばらく待った後、私は「大丈夫?」とナタリーに問いかけた。

「私に着いてきて、そんな本を知って後悔してない?」
「それは……」

ナタリーは少しだけ戸惑った様子を見せる。でも、ナタリーは何度か深呼吸をして、しっかりと私の目を見て「後悔していません」と言い切った。

「私、来てよかったです。これで師匠が言っていた『卒業式の翌日にまた会おう』と言っていた理由がわかった気がします」

再びページをめくり、最後のページを開く。【解体新書】は【卒業式】というイベントが書かれたページで終わっていた。
何度も、何度も、何度も見た、アリシアが笑顔で攻略対象の4人と幸せそうに抱き合っているイラストとともに、卒業式の日の出来事が事細かに書かれている。

「きっと師匠もこの本を読んだことがあるんですね」

ナタリーは空を見上げ、大きく息を吸う。そして、はぁと息を吐きだした後、憑き物の落ちたような顔で私に笑いかけた。

「レヴィアナさんはいつからこのことを知っていたんですか?」

ナタリーの質問に、私はなんと答えたものかと少しだけ考える。

「ガレンと同じ時――――」
「ではないですよね?ガレンさんは先ほど少しと言っていました。きっと自分のことが書いてある本を見て読むのをやめたのでしょう。でも、この本を最後まで読んで疑問に思わないわけがないんです」

そこまで言い切ってナタリーは言葉を止め、私の顔、ガレンの顔、そしてまた私の顔と何度も往復させた。
そして、意を決したかのように口を開いた。

「その前に一つ。実はずっと不思議だったんです」
「不思議?」
「はい。ミーナさんの事」

まっすぐ私を見たまま、ナタリーは話を続ける。

「レヴィアナさんはミーナさんのことを覚えていた理由を【魔力が強かったから】と言いましよね?」
「ええ、そうね」

もう観念していた。あとは私が覚悟を決めるだけだ。

「でも、それならセシルさんが覚えていないわけがないんです。セオドア先生も『そんな生徒はいない、知らない』って」

少しだけ悲しそうにつぶやいた。きっとミーナのことを聞いてから自分なりにいろいろ調べていたんだろう。

「そして、イグニスさんのこと、そして、ナディア先生のこと、アルドリックさんの事、この3人のことは私も覚えていました。それは、きっと……」

そういいながら【解体新書】に目を落とす。

「ミーナさんの事、本当はレヴィアナさんも他のみんなと同じように忘れていないといけないんです。でも、レヴィアナさんだけ、どうして覚えているんですか?」

どうして、と聞いた。ある程度推測はついているんだろう。

「それに、ほかの皆さんは【解体新書】の通りでした」

【解体新書】の表紙を見せながら続ける。

「マリウスさんも『きっとこういうことをするんだろうなぁ』と思います。ほかの人もそうでした。……でも、レヴィアナさん。レヴィアナさんだけが、違いました。私の知ってるレヴィアナさんは、アリシアさんにこの本みたいなこと、絶対にしません」
「……ふふ、ありがとう」

本当にこの子はいい子だ。まっすぐで、誠実で、可愛くて、そして強い。まるで、本当のアリシアみたいだ。
そんな子が今私をしっかりと見据えて話を聞いてくる。
ガレンの表情も伺い見る。驚いた顔をしているが、それでも今のナタリーの会話から何かを察したのか私の顔をしっかりと見ている。
もうはぐらかすこともないだろう。私は一度目を瞑り大きく息を吸い込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「……そうね、どこから話そうかしら」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...