悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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物語の終わり、創造の始まり

実紗希とアリシア_4

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「マイラおばさん、このお店にある果物、全部ちょうだい」
「おじさん、この荷物運ばせてあげる」
「あ、きみ、その大切にしてるそれちょうだい。あ、やっぱりいいや。自分で粉々に壊しておいてね」
「おねーさん、この服全部自分でハサミで切り刻んでおいて」

街の人々に次々と声をかけ、「お願い」をしていく。
いつかどこかで誰かに何かで嫌がられるのを、怒られるのを期待して。

「おじさん、私この川わたりたいから橋になって。そのあとは一人でずっとこの川の魚全部捕まえるまで川から出てこないで」
「おねーさん、私がいいよって言うまでずっとそのへん走り回って声出してて」
「そこの人、わたしのために家燃やしておいて」
「ねぇ、私が今から魔法であなたを攻撃するけど避けないでね」

どれだけ繰り返したのだろう。
これほど多くの人々にお願いしても、誰一人として俺に嫌な顔をしなかった。
むしろ、皆喜んで「いいよ」と言ってくれた。

そして、俺が何をしてもこの世界は24時を境に元通りになる。
何もなくなった果物屋さんには同じように瑞々しくておいしそうな果物が並んでいる。
俺がわがままを言った人々は、次の日も変わらず俺を迎えてくれる。
そしてまた同じ一日が始まる。

「灼熱の炎よ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイク!」

モンスターと戦っているときは少しだけ気がまぎれた。

「ぐぎゃあぁぁっぁぁっ!!」

魔法で戦うということ自体がとても新鮮で、こうして体を動かしていると余計なことを考えないでいられた。
ヒートスパイクがモンスターの心臓を貫くと断末魔をあげてその身を消滅させていく。

「あともう一体!」

今倒したモンスターより、何倍も強そうなモンスター。

「がるぁっ!!」

自分に向かって飛び込んでくる巨体を間一髪で躱し、反撃の魔法を唱えるために口を開く。

「灼熱の炎よ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイク!」
「があっ!」
「ーーーーっ!無数の炎が舞い踊る戦場、灼き尽くせ!炎の結界、イグニッションフィールド!」

俺の魔法を飲み込みそのまま俺に向かってきた炎の塊を、間一髪結界魔法で防御する。

「いってー……」

しかし防御が少し遅れ、腕に軽い火傷を負ってしまう。痛みがピリピリと走る。

「はあっ……はあっ……はあっ……」

攻撃を防御しただけで魔力がごっそりと削られてしまった。まだこの小さなアリシアの体では魔力が足りない。
成長するにつれて魔力も増えていくのは感じる。セレスティアル・アカデミーに通い始めるころには十分に戦えるほどの魔力が手に入るだろう。
でも、今こうして対峙しているモンスターは、モンスターシーズン後に出てくるような強力なモンスターだった。

「灼熱の炎よ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイク!」

再び攻撃を仕掛ける。今度は3発同時に。全身から力が抜ける感覚を覚えながら、炎の槍がモンスターへと一直線に飛んでいく。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」

今度はダメージが通ったみたいだが、倒すには至っていなかった。こちらを鋭い眼光でにらみつけ、その強靭な牙をむき出しにし、こちらを威嚇してくる。
そして、そのままこちらに向かって、俺を倒して余りあるほどの巨体で勢いよく突進してくる。
魔力に対して強力な魔法を使った反動で、思うように体が動かない。このまま直撃したらきっと俺は死ぬだろう。

「ぐぎゃうっっっ!」

しかし、その攻撃は俺の体にあたることはなかった。モンスターの突進は俺の体を逸れ、そのままの勢いで地面を滑り転がる。
俺はそんなモンスターを、きっと相当冷めた目で見ていたことだろう。いつしか冷や汗すらかかなくなってしまった。

「ん、まぁ、まだ通用しないか」

大きく伸びをして、全身に血液をいきわたらせる。
魔力が尽きて脱力しているときにこうしていると、なんだか俺も生きているんじゃないかって錯覚できていい。

「はい、私は逃げるので追いかけてこないでくださいね」

そう口にしてモンスターの横を通りそのまま街へと向かっていく。
モンスターはただ悔しそうにこちらを見つめながら地面に爪を立てるだけだった。

***

「ふぅ、疲れた……」

やけどした右手を何度か握る。動かせないことはないけど、かなり痛い。でも、ちゃんと痛みを感じることはできている。
それに24時を過ぎるまでの付き合いだ。

「ただいまー」
「おかえりー……、って、アリシア!どうしたのその右手!」
「大丈夫、ちょっと転んだだけだから」

家に帰るとこちらがまだ玄関から上がってすらいないのに、ソフィアが血相を変えて救急セットを取りに行った。

「ん……、あれ?」

見慣れない靴があった。この家に俺がいないタイミングで誰かが来ることは今までなかった。
やけに目につく。

「ほら、早く見せて!」
「そんなに慌てなくてもだいじょーぶだってば、おかーさん。それより誰か来てるの?お客さん?」
「えぇ、そうなの。アリシアに会いに来たんだって」

誰だろう。
マリウス様だったら嬉しい。でも、ゲームでの設定では、彼ら攻略対象者との幼少期の思い出は存在しない。

「よ、始めまして」

……誰?

初めて見る男。少なくともこの街で見たことはない。今のアリシアと同い年くらい。

「初めてお会いする方ですよね?すみません、今日少し疲れていて、また後日にしてください」

これは本当。今の自分では戦うことも難しいモンスターと対峙して、なんとか撃退してきたばかり。

「――――ま、せっかく来たんだしそんなつれないこと事言うなよ」
「えっ?」

その男は私の『お願い』を聞くことなくそう言った。

「こんなにおいしい、ラング・ド・シャっぽいクッキーもあるんだし、ちょっとゆっくり話そうぜ――――」

***

「――――シア、アリシア、大丈夫か?」
「んっ……あ、はい、平気です。ありがとうございます、マリウス様」

顔を上げ辺りを見渡す。
少しの間ぼーっとしてしまっていたようだ。
右手に握ったラディアント・エテルナは今も俺の魔力を吸い取り、セレスティアル・アカデミー地下の封印をかき乱している。

(あいつ……こんなもの渡しやがって……)

全パラメーターを最大まで鍛えた今の俺でも、若干荷が重い。それだけナディアの封印魔法が強力であるという証拠でもある。
あのアルドリックと言いつくづくあの三賢者というのは規格外だ。

「ん。来たみたいだよ。どうする、もう一回距離を置く?」

セシルがふわりと浮き上がり、着地してくる。

「いや、もういいよ。ここで迎え撃とう」

どうせ何も変わらない。別に逃げたいわけでもない。そろそろラディアント・エテルナの役目も終わる。
気配で何となくわかる。一気にこっちまでの距離を詰めてきている。
目の前に氷の道が現れ、それと同時に3人が俺の目の前に降り立った。

「実紗希!!」

全然違う姿で、全然違う声で、でもどこか懐かしい響きがモンスターの森に木霊した。


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