悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

文字の大きさ
126 / 143
物語の終わり、創造の始まり

実紗希とアリシア_3

しおりを挟む
魔法については現実世界での予習があったからか、それとも『アリシア』としての特性なのかごく自然とヒートスパイクを使うことができた。

街の人は私の魔法に一喜一憂してくれて、ソフィアも魔法を見ると自分の事のように喜んでくれた。

現実世界でソニカとばかり対峙していた人と違って、ここにいる人たちはちゃんと俺の事を正面から見てくれる。
大好きな世界と、大好きな街の人たち。

「マイラおばさん!こんにちは!」
「あら、今日はひとりかい?」
「うん!お母さんはおうちで休んでる!」
「おやおや。今日も持っていくかい?」

マイラおばさんからバスケットを受け取る。中にはエーテルプラムのほかにもたくさんの種類のフルーツが入っている。

「こんなにもらっていいの?」
「もちろんさ!アリシアちゃんがいてくれるおかげで最近野菜たちもよく育つよ」
「またそんな大げさな冗談言ってー」

そう言って頭をなでてくれる手は暖かくて心地いい。

「ありがと!また来るね!」

マイラおばさんと別れてからも、街の人に挨拶をして回った。
この街に俺が来た日を祝ってくれる人がいて、みんなが嬉しそうにしてくれることが嬉しかった。
アリシアとしてではなく青山実紗希としてこの世界に受け入れられたような気がした。
……そして、多分調子に乗ってしまった。

「あらあら、そんなにもらってきちゃったの?」
「えへへー」
「こんなにたくさん食べたら太っちゃうわよー」

ソフィアが困ったように笑いながらバスケットを受け取けとった。
別に悪気があったわけでも、嫌みを言われたわけでも、なんでもないただの日常会話だった。

でも、少しだけムっとした。

多分いつものように「こんなにたくさん持てて凄いわね」とか「アリシアは力持ちね」とか褒められるのを期待していたんだと思う。

「もーそんなこと言うおかーさん嫌い!どっか行っちゃえ!」

別に俺も本心で言ったわけではない。甘えもあって売り言葉に買い言葉のように返した。
でも、その言葉を言った瞬間ソフィアの表情からは笑顔が消え、「はい、わかりました」と一言つぶやいた。

「えっ……?」

またそんなこと言ってー。そんな会話を求めていたのに。
でもソフィアはそのまま俺に背中を向けて、靴も履かずに家を出て行った。呆気に取られているとそのままソフィアの姿は見えなくなった。

(あれ……?どういうこと……?)

怒らせてしまったのだろうか。だとしたらちゃんと帰ってきたときに謝らないと、と玄関でソフィアの帰りを待っていたが、日が暮れてもソフィアは帰ってこなかった。
街に行こうかも迷ったけど、連絡手段もないため入れ違いになってしまうかもしれないと思うとどうにも身動きが取れなかった。
お腹は空いたけど、食べている最中に帰ってきたらと思うと食べる気も起きなかった。

(ちゃんと……ちゃんと謝ろう)

現実世界でも謝れば経験は少ないけど、あの優しいソフィアだしそれでもしっかり頭を下げて謝れば許してくれるだろう。

(ごめんなさい、ごめんなさい……うん、大丈夫)

一人きりの家は少しだけ心細くて、世界が静かになってしまったように感じた。

―――ザッ、ザッ、ザッ

遠くからこちらに向かって歩いてくる音が聞こえてくる。
ソフィアが帰ってきたのだろう、少しだけ深呼吸をして顔を上げた。

「おかーさんおかえり!それにごめんなさい!」

玄関の扉を開けて入ってきたソフィアに向かって言った。

「ただいま」
「……えっ……?」

帰ってきたのはソフィア、だ。
でも……髪の長さも雰囲気も若干異なっていた。

「ん?どうしたんだ?っていうかこんな夜遅くまで一人で起きてちゃダメだろー」

豪快に笑いながらソフィアらしき人物は俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「おかーさん……?」
「お?どうした?そんな顔して……。あ、さては眠いんだろー!ほら、もう24時も過ぎてるからな!ほら、早く寝るぞー」

ソフィアはやれやれといった様子で手を腰に当ててため息をついた。

「あの……あなたは……?」
「え?」
「あなた誰ですか?」
「……おいおいアリシア、冗談きついぞー!私だよ、お前の母さんだ!」
「いや、だから……」
「ったく……。あ、もしかして帰ってくるのが遅かったから拗ねてるのか?ごめんって!ほら、アリシアの好きなエーテルプラムも買ってきてやったから許してよ!」

俺が困惑している中、ソフィアは能天気に笑って背中をバンバンとたたいてくる。
こんな人俺は知らない。でも、自分の事を母と名乗り、俺がエーテルプラムを好きということも知っていた。

「ほら、アリシアもいつまでも玄関に立ってないで早く家に入りな!」

そう言って背中を押されて無理やり家の中に押し込まれる。
でも、その押し方は今まで知っているような優しいものではなくて、少し痛かった。

***

深夜一つ仮説を立てた。そしてそれは本当に突拍子もない仮説だった。

「ほら、どうしたどうした。まだ機嫌治らないのか?」

テーブルには今までと同じ、私が大好きなオムレツが並んでいる。昨日もらってきたフルーツも一緒に食卓に並んでいる。
でも俺の向かいに座っているのはソフィアと名乗る人物だけが昨日までと明らかに違う。

「あの……今から変なこと言うんですけど……」

少し声が震える。

「おう、どうした」

正面には俺に対して純粋な好意だけを向けてくれる人がいる。
こんな人にこれから思いついた仮説を試すためにとても失礼なことをする。
一瞬だけ躊躇して、それでもやっぱり意を決して言葉にした。

「私、あなたより昨日までのおかーさんのほうが好きなので変わってくれませんか?」

我ながらとんでもないことを言っていると思う。怒られても仕方がないと思う。でも、もし仮説通りなら……。

「はい、わかりました」

そういって、正面の人、いや、人の形をした何かは立ち上がり、昨日と同じように玄関から出て行った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...