悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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物語の終わり、創造の始まり

ナタリー vs マリウス

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「マリウスさん、私怒ってるんですよ」

マリウスとナタリーが対峙したまま、ナタリーが口を開く。

「マリウスさんは私の事攻撃してこないんですか?」

ナタリーが先ほどから聞こえる轟音のほうに視線を送る。土煙が巻き上がり、ガレンとセシルの戦闘の激しさが伝わってくる。
ナタリーはその戦闘をただじっと見ていた。

「俺は……、君と戦うつもりはない」
「じゃあなんでアリシアさんの事守るみたいなこと言ったんですか?このまま何もしてこないなら私、アリシアさんを攻撃しに行きますよ」
「それは……それは止めてくれ」
「そうですか。アリシア様、ですもんね」

ナタリーがにっこりとほほ笑む。その笑顔に底知れぬ恐怖を感じたのか、マリウスはごくりと唾を飲み込んだ。

「なんで私が怒ってるか分かりますか?」
「いや、それは……。こうしてレヴィアナの邪魔をしているから?」

その言葉にナタリーは首を振る。

「……イグニスを、その、イグニスを……」

ナタリーはマリウスが言い終わる前に同じように首を振った。

「その……アリシアに……」
「全部違います」
「……」

ナタリーが、はぁーと大きく息を吐く。

「マリウスさんが誰を守ろうと、何をしようとマリウスさんの自由です」
「あ、あぁ」
「前に、いつでも俺の事を頼ってくれって言いましたよね」
「魔法訓練場で……だよな。あぁ、言った」
「その時に『俺に何かあってもナタリーが助けてくれるか』と言いましたよね?」
「あぁ、それも言った」
「マリウスさん、こうなる事予想していたんじゃないですか?」
「……」

マリウスがここで初めて視線をそらした。

「マリウスさんは私なんかよりもずっと頭がいい人です。私が気づくようなことはとっくに気づいてたはずですよね。きっと、ミーナさん、ミールエンナ・スカイメロディーさんの事も」

ナタリーはその名前を口にして、一瞬だけ苦しそうに顔を歪ませた。だがすぐに表情を戻した。
その表情には様々な感情が入り乱れているようにマリウスは感じたが、その感情の正体を推し量ることはできなかった。

「私が読んだ【解体新書】なんて知らなくても、きっとレヴィアナさんの家の襲撃事件の事も何かに気づいていたんじゃないんですか?」
「……」

ナタリーの問いにマリウスは何も答えられなかった。
その沈黙を肯定と受け取ったのか、ふぅーと大きく息を吐いてナタリーはにっこりとほほ笑んだ。

「本当に……。そんなに私、信用無いですか?」
「違うっ!そういう事じゃない!!」

マリウスが慌てて反論する。

「では、どうして何も言ってくれなかったんですか?」
「それは……」

ナタリーと視線を合わせられないまま、何とか言葉を探す。そして意を決したように口を開いた。

「……君を、ナタリーを巻き込みたくなかった」

マリウスが絞り出すような声で、ナタリーの目をしっかりと見つめながら言う。

「ナタリーには何も知らずに楽しく笑っていて欲しかったんだ」
「……」

ナタリーは何も言わなかった。そしてマリウスもこれ以上言葉を重ねることができなかった。
森の中に沈黙が流れる。遠くから魔法の衝突音だけが聞こえてくる。
先に口を開いたのはナタリーだった。

「それで、結果がそれですか」

ナタリーがマリウスの胸の【陽光の薔薇】を指さす。

「あぁ、油断、していたつもりはなかったんだが、まさか先生も取り込まれているとは思っていなかった」
「そうですか。それで?これからどうするつもりですか?私がアリシアさんと敵対しに戻ろうとしたら?」
「俺はナタリーを攻撃するだろう。そうしなければならないと思わされている」
「……そうですか、わかりました」

ナタリーはマリウスの目をしっかりと見つめ、そしてにっこりと笑った。

「では、私もそんなに弱くないというところをお見せしましょう。私が勝ったら今度は私の事頼ってくださいね?」
「あぁ、もちろんだ」

2人の会話はここで終わった。
マリウスの攻撃が迫る前に、ナタリーは辺り一面に展開したグレイシャルスライドで躱していく。
マリウスはアクアショットを次々に放っていく。ナタリーは防御魔法でその攻撃を防ぎながら、マリウスの隙を窺っていた。

「はぁっ!!」

一瞬で魔力を練ったウェイブクラッシュがマリウスから放たれる。その攻撃をナタリーが躱しきれなかった。

「きゃっ!!」

ウェイブクラッシュが直撃して大きく後ろに吹き飛ばされる。地面に叩きつけられ転がりながらも何とか体勢を立て直すとすぐにまた攻撃に備えた。

「くっ!!」

マリウスが追撃するために迫ってくるが、設置式の魔法陣から次々放たれるアイシクルランスに防御を強いられる。

「氷河の奔流、我が意志に従い押し寄せよ!冷たき波動、グレイシャルウェーブ!」

その間にナタリーは魔法を完成させ、マリウスの足元から凍てつくような冷気が吹き出していく。

「くっ!!」

マリウスはすぐさま後ろに飛び退きその攻撃を避けるがナタリーは間髪入れずに次の詠唱に入っていた。

「轟く雪崩の如き力にて蹂躙せよ!氷雪の轟音、アバランチブラスト!」

ナタリーの目の前に巨大な氷の塊が現れマリウスに向かって飛んで行く。

「渦巻く水の力、我が身を包み込み、薙ぎ倒せ!激流の舞踏、ウォーターホイール!」

即座に自身の周りに水を展開し、その渦がナタリーのアバランチブラストを受け止め砕いていく。

「さすが……ですね」
「ナタリーも、本当に強くなった」
「みんなのおかげです」

お互い魔力を右腕に集中させていく。ナタリーの周りには氷の花が、マリウスの周りには水の花が、それぞれ詠唱とともに展開されていく。
そして両者から同時に魔法が放たれた。

「凍てつく氷の輝き、我が手に集結せよ!結晶の煌めき、アイスプリズム!」
「水の輝きを纏いし結晶、我が手に集結せよ!滴る煌めき、アクアプリズム!」

2つの魔力がぶつかり合うと、その中央で爆発を起こした。辺りに冷気が広がり、霧が発生する。

「極寒の渦を巻き起こし、捕らえ滅ぼせ!氷の螺旋、フリーズヴォルテックス!」

ナタリーが続けざまに魔法を放つ。放たれた極寒の渦がそのままマリウスを飲み込み、凍てつくような寒さが辺りを襲う。
そのあとには静寂が訪れていた。

「ふっ、負けてしまったな」

胸元にあった【陽光の薔薇】は氷漬けになり、ぽろぽろと崩れ落ちていた。
辺りの木々も同じように崩れていく。その中で防御魔法に体を包んだマリウスが微笑んでいた。

「ほら、マリウスさんは優しいんですから……」

ナタリーはそのまま歩み寄り、そっとマリウスの事を抱きしめた。

「次は、ちゃんと私の事頼って下さいね」

マリウスもそっとナタリーの事を抱きしめる。

「あぁ……わかった。今度こそ本当に約束する」
「本当ですよ?今度約束破ったら……」
「あぁ、覚悟しておく」

ナタリーは抱きしめていた手をそっと放し、マリウスの顔を見つめた。その目には涙が浮かんでおり、必死に泣くのを堪えているかのようだった。

「絶対ですよ」
「絶対だ」

マリウスはもう一度ナタリーの事を抱きしめた。今度は強く、しっかりと抱きしめる。
2人はそのまましばらくお互いの体温を感じていた。


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