もふもふ好きの騎士と毛玉

コオリ

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本編

04

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「早く! 危ないから逃げて!」

 言葉を失うほどに美しい宝石のような瞳を見つめたまま、本当に数秒固まってしまっていた私に、子供は再度慌てた様子で叫ぶ。
 だが、私のほうはそんな子供と反対に落ち着いていた。怯えさせないよう、極力優しい声で応じる。

「―――大丈夫だ」

 黒雪獣―――それならば、何度も戦ったことのある。
 それに私の持つ技とも相性がいい。うまくいけば簡単に仕留められるだろう。息を整えて集中力を高める。子供が居場所を教えてくれたおかげで、化け物の気配はもう完全に捉えていた。
 相手の居場所を確認して、すらりと腰の剣を抜く。
 剣の刀身は私の目の色と同じ、淡い青色の光の粒子を纏っていた。

「え、異界術?」

 子供が驚いた声で何かを呟いているが、まずはこちらに迫る黒雪獣を倒すことが重要だ。
 光を纏う長剣を構えて、すっと息を吸い込む。

「―――はっ!」

 長剣を黒雪獣のいる方向へ大きく振り下ろす。ヒュンという高い音を立てて、剣から青い斬撃波が飛び出した。騎士団の中でも使えるものは少ない特殊な剣技。私が得意とする技の一つだ。私の放った斬撃波は、漸く木々の隙間から顔を出した大型の黒雪獣の体に吸い込まれるように打ち込まれる。
 一拍置いて、黒雪獣の断末魔が森に木霊した。
 何度聞いても酷い声だが、その声に間違いなく手応えがあったことを知る。青い光が吸い込まれた部分から黒雪獣の巨体は解れるように崩れ、ぐしゃりと音を立ててその場に倒れた。

「すごい。一撃なんて―――」

 その傍らで子供が目を丸くしたまま呟く。少し高いが少年らしい声はとても耳障りがいい。

「大丈夫か?」
「あ、うん。平気」

 声をかけると子供はそう言って、ふにゃりと笑った。こんな魔の森の……しかも黒雪獣の倒れる隣にはまるで似つかわしくない、緊張感のない笑顔だ。

「すごいね。こんなに大きい黒雪獣、初めて見た」
「危ない、まだ近づくのは―――!」
「え?」

 瀕死ではあったが、黒雪獣はまだ完全には絶命していない。それはその体の形がまだ保たれているのを見ればわかる。その場から動くことはできないが、近くに獲物がくれば襲い掛かるぐらいのことはする。それが化け物だ。
 私の声にぽかんとした声で振り返る子供の背後から、太い爪が迫る。

「ひゃあッ!」

 その高い悲鳴を、私の腕の中で聞いた。間一髪、子供を引き寄せるのに間に合ったのだ。
 よかった。怪我はしていない。

「危ない。油断をするな」
「ご、ごめんなさい」

 腕の中でぶるぶると震える子供を宥めるように背中をぽんと叩いてから撫でる。
 そして、ふと見下ろした子供の頭と尻に人間にはあるはずのないものを見つけて固まった。


「…………なんだ、これは……獣の、耳? ……それに、尻尾?」
「!」

 逆になぜ今まで気づかなかったのか。美しい輝きの瞳の色ばかりに、目を奪われていたせいかもしれない。
 そんな私の声に即座に反応したのはその耳だった。ぴくりと動いたかと思うと、まるで怯えるかのようにぷるぷると震える。間違いない。これは獣の耳だ。動きも色も形も間違いなくそれだ。
 だが、ついているところがおかしい。なぜ、子供の頭の上……それも毛の隙間から覗くように生えているのだ?  そういう飾りが存在しないわけではない。むしろ、そういった格好を好いた相手にさせるような人間だっている。だが、これはそんな作り物とは訳が違う。ここまで本物のように動くものがあるなんて、見たことも聞いたこともない。

「……本物? まさか…………そうか《》というのは……」

 無意識に口から零れ出たのは、あの手記の中、何度も書かれていた古い言葉だった。
 どう調べてもわからなかった名詞。それは《獣》と《人》を組み合わせた不思議な単語だったが、どう調べてもそんな言葉は存在せず、結局私はそれをずっと《獣》として読み進めていた……が、それが示していたものが、これだというのならば理解できる。
 《獣の人》、それはこの子供のような―――、

「……知ってるの?」
「え?」
「《獣の人》って今、言ったよね?」
「やはり……君は―――君がそうなのか?」

 私の問いに子供はこくりと頷くと、覚悟を決めたような視線を私の方へ真っ直ぐと向けた。
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