【完結】ステージ上の《Attract》

コオリ

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第5章 中間審査

22 評価

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 審査結果の発表は翌日の九時から行われることになった。朝一にそう予告されて、朝食が喉を通るはずがない。
 純嶺すみれは野菜ジュースだけを無理やり胃に流し込むと、十五分前には到着するように会場となるスタジオを目指した。
 今日は珍しく、ドラとは別行動だった。
 すぐに目的地に到着し、扉を押してスタジオの中に入る。
 その場にいるだけで気分が悪くなりそうなほどの緊張感に純嶺は入り口すぐのところで立ち止まると、小さく息を呑んだ。

 既に集まっていたオーディション参加者は皆、手持ち無沙汰に立ち尽くしていた。誰かに指示されたわけでもないのに、自然とチームメンバー同士で固まる形になっている。
 純嶺も、先に到着していたドラたちの姿を見つけ、その近くを目指した。
 その気配に気づいたドラと田中が一瞬ちらりとこちらを見たが、いつもは賑やかな彼らも今日は口を開く余裕がないのか、すぐに視線を逸らされてしまう。
 純嶺も今は何も話せる気がしなかった。
 近くの壁に背中を預け、ぐるりとスタジオの中を見回す。
 周囲には参加者以外に撮影班と思しきスタッフも何名かいたが、こちらも静かに準備を進めているだけだ。

 そんなスタジオ内の空気が一気に変わったのは、それから十分後のことだった。
 景塚けいづか社長がスタジオに姿を現す。
 その後ろに続いて、今回審査員を務めた五人も一緒に入ってきた。
 社長はオーディション参加者全員の顔を確認するように全体を見回した後、部屋の前方に用意されていた審査員席の真ん中に腰を下ろす。その両側の席を埋めるように他の審査員も着席した。
 その様子を、参加者たちは固唾を呑んで見守る。
 まずは社長の指示を受けたスタッフがマイクを持ち、評価について説明を始めた。

 今回の中間審査はチーム単位ではなく、個人別での評価になるらしい。
 総合評価はAからDの四段階。
 これは六人の審査員がつけた点数を単純に合計した総合点によって振り分けられるそうだ。
 それに加えて、ダンスの表現力や歌唱力といった細かい項目でも評価される。こちらは点数ではなく、細かくコメントが書かれているとのことだった。
 そしてさらに、それらのコメントとは別に各審査員からの講評もある。六人ともがそれぞれ全員分を書いたというから驚きだ。

 ――時間がかかっていたのはこれか。

 参加者十八人全員分の評価をし、その上で詳細な講評を書くなんて、かなり骨が折れる作業だ。
 審査員たちは昨晩、きちんと眠れたのだろうか。

「……あー、無理。口からなんか出そう」

 呻くように呟いたのは、ドラだった。
 青い顔をして、ずっと口元を押さえている。
 こちらは審査員とは違った意味で眠れなかったのか、よく見ると目の下にうっすらクマができていた。

「それではまず、評価用紙の入った封筒を配ります。まだ開けないでください」

 そう説明した後、スタッフが一人一人に封筒を手渡していく。人によって、封筒の色や厚みに違いはないように見えた。
 しかしこの中に、自分の評価が書かれた用紙が入っているのだと思うと、緊張は増す一方だ。

 ――すぐに開けるな、というのは演出上の都合か?

 普通のオーディションであれば、こんな回りくどいことはしない。おそらくこれは配信時の盛り上がりを考えてのことだろう。
 思ったとおり、手渡された封筒を不安げに眺める参加者にカメラが向けられている。

「焦らすね……」
「だな」

 ドラの呟きに、短く同意を返す。
 封筒を持つ純嶺の手は、小刻みに震えていた。
 それを誰にも悟られないように後ろに隠しながら、大きく息を吐き出し、なんとか気持ちを落ち着けようとする――がそれもあまり、うまくはいかなかった。

「――それでは、総合評価から発表する」

 全員に封筒を配り終えた後、席に着いたまま、社長が静かな声色で宣言した。
 スタジオ内にいる全員の注目が、社長へと向けられる。

「まず、A評価――春日之かすがのせん

 その名前が読み上げられた瞬間、全員の視線が一斉に染のほうへと移動した。
 本人はというと、自分が呼ばれることがわかっていたのか、その表情に驚いた様子は一切ない。

「これって、返事したほうがいいの?」
「特に必要はない」
「そ」

 相手は社長だというのに、その態度も普段と変わらなかった。
 自分に視線を向ける参加者と向けられたカメラに対して、ひらひらと手を振ってみせる。

「続いて、蘭紗らんしゃ
「はぁーい」

 もう一人、名前が呼ばれる。
 染と同じようにカメラに向かって、ふりふりと手を振った青年には見覚えがあった。
 腰まである長い髪を編み込んだ、特徴的な髪型――三チーム目の中心で踊っていた青年だ。染とはまた違った意味で目立っていたので覚えている。

「A評価なのは、彼ら二人だけだ。続いてB評価――」

 評価の厳しさはあらかじめ予想していたことだったが、まさかA評価がたった二人だとは思わなかった。
 この場にいる全員に、先ほどよりさらに緊張が走る。
 社長は淡々と感情のこもらない声で名前を読み上げていった。
 一人一人、少し間をあけながら読み上げられるせいで、社長が声を発するたび鼓動が強く跳ねる。

「B評価、最後は――真栄倉まえくら桜聖おうせい

 B評価のラスト、全体の七人目として名前を呼ばれたのは真栄倉だった。
 呼ばれた本人が一番驚いた表情を浮かべている。大きく目を見開いたまま、なぜか純嶺のほうを見つめていた。

「うちのチーム……B評価をもらえたのが、一人だけなんて」

 小さな声でそう呟いたのは、叶衣かなえだった。
 その表情は不安げに揺れている。
 他のチームはもう半分が名前を呼ばれているのに、純嶺のチームだけはまだ真栄倉しか名前を呼ばれていなかった。

 ――こんなにも、厳しいのか。

 チームとしての実力差はわかっていたことだった。
 だがまさか、個人としてもここまで評価されないとは想像もしていなかった。

「続いて、C評価を発表する」

 動揺する参加者を無視するように、社長が再び名前を読み上げ始める。
 ようやく、真栄倉以外のチームメンバーの名も呼ばれ始めた。ドラ、田中が続けて名前を呼ばれ、ほっとした表情を見せている。
 その後も、次々に名前が読み上げられた。

「……あと、三人か」

 参加者の誰かがぽつりと呟いた言葉に、純嶺はハッとして顔を上げた。自分の名前がいつまで経っても読み上げられない不安に、いつの間にか俯いてしまっていたらしい。
 慌てて、状況を確認する。

 ――残ってるのは、おれと叶衣とルーネだけか。
 
 他の二チームのメンバーはもう全員、呼ばれた後のようだった。その視線がこちらに集まっている。
 先に名前を呼ばれたドラたちも、困惑の視線を純嶺たちに向けていた。

「なんで、スミレちゃんがまだ呼ばれてないの……?」

 小さな呟きだったが、ドラの震えた声は純嶺の耳にも届いた。
 社長にもそれが聞こえたのか、一度顔を上げて、純嶺たちのほうを見る。意味深に細められた目に、より一層不安が掻き立てられた。

「続けて、C評価――……叶衣」
「……はい」

 叶衣は自分の名前が呼ばれたことに安堵しつつも、まだ純嶺とルーネが残っていることを気にしている様子だった。
 しきりにこちらに視線を向けていることには気づいたが、今はその目を見ることはできない。

「次がC評価、最後だ」

 どくん、と一際強く鼓動が跳ねた。
 すぐ隣にいるルーネが、短く息を呑んだのが伝わってくる。緊張しているのは二人とも同じだった。

「――ルーネ」
「え……」

 せっかく自分の名前が呼ばれたのに、ルーネは浮かない表情だった。今にも泣き出しそうな顔で、純嶺のほうを見つめてくる。
 純嶺は今すぐにでも、ここから逃げ出したい気持ちだった。

 ――何を、調子に乗ってたんだ……おれは。

 この中で上位を目指し、勝ち抜くつもりでいた。それだけの実力はあると――ダンスに関しては自信があるつもりだった。
 それが、認められなかった。
 ここにいる誰よりも評価されなかったということは、そういうことだ。

「最後にD評価――」

 続く言葉は聞きたくない。
 十八人の中で、名前を呼ばれていないのは自分だけだ。聞かなくても、結果はわかりきっている。

芦谷あしや純嶺」

 だが無情にも、社長の言葉は止まらなかった。
 告げられた自分の名前に、純嶺の頭は真っ白になる。
 スタジオ内が急に賑やかになったような気がしたが、そんな音すら今の純嶺には、自分には関係のない雑音のようにしか聞こえなかった。

「――……っ」

 この場に立っているのが精一杯だった。
 手足の震えが止まらない。
 血の気が引き、体温が一気に失われていくような感覚に焦りを覚えつつも、どうすることもできない。

 ――きもちが、わるい。

 身体の感覚が遠ざかっていく。
 頭を後ろから引っ張られるような気持ち悪さに、身体の重心を見失う。ぐにゃりと足元から崩れ落ちそうになった。

「おい、しっかりしろ」
「……ッ!」

 純嶺の腰を支えるように、誰かの手が触れた。
 近くから聞こえた声は、純嶺のよく知っている声だ。

「…………染」
「気をつけろよ。ショックなのはわかるけどさ……っつうか、アレ。放っておいていいのか?」
「え……?」

 染の体温に触れ、その声を聞いたおかげなのか、ゆっくりと周りの感覚が戻ってきた。
 遠くに感じていたスタジオ内がざわめきが、急に近くに聞こえ始める。

「――どういうことだって聞いてんだよ! 俺がB評価で純嶺のやつがD評価なんて、納得できるわけねえだろ!」
「おれもおかしいと思います。純嶺さんは間違いなくおれたちよりも実力があります。それに、誰よりもチームを引っ張ってくれたんです。それを評価しないなんて――」
「僕も同じ気持ちです。この評価に抗議します」

 声を張り上げ、社長に詰め寄っていたのは、純嶺のチームメンバーたちだった。
 先頭に立っているのは真栄倉だ。
 社長の正面に立ち、何度も目の前にある机にバンッと手のひらを強く打ちつけている。
 その両側に立って声を上げていたのは、叶衣とルーネだった。
 真栄倉たちの後ろには田中とドラもいる。二人は「そうだそうだ!」と三人の意見に同意を示していた。

「アンタは何も言わなくていいの?」
「……おれ、は」

 染に背中を押されたが、純嶺は動けずにいた。
 まだ、先ほどのショックが残っている。
 審査員たちに対し、強い語気で不服を訴える五人の姿を見ても現実感はどこか薄いままで、頭もうまく回らなかった。

「あーあ、社長さん。どうすんだろうね」

 染の声はなんだか楽しそうに聞こえた。
 純嶺の肩に触れてくる手も、ぽんぽんと軽快なリズムを刻んでいる。

「あの、景塚社長……」

 困惑したした声で社長に話しかけたのは、社長の隣に座っていたプロデューサーだ。
 この騒ぎはまずいと思ったのだろう。
 言葉を続けようとしたプロデューサーに対し、社長は手のひらを向けただけでその言葉を制する。

「それで――」

 そう短く言葉を発しただけなのに、社長が口を開いた瞬間、しん、とスタジオ内に静けさが戻った。
 社長は椅子に腰掛けたまま、自分のすぐ前に立つ真栄倉の顔を見上げ、スッと目を細める。

「――君たちの要求はなんだ?」

 あくまで冷静な口調の社長の問いに、真栄倉の興奮は少し落ち着いたようだった。
 自分の両側に立つ叶衣とルーネに目配せした後、両手でもう一度強い力で机を叩き、ずいっと社長のほうへ顔を近づける。
 すっ、と短く息を吸い込んだ。

「――もし、芦谷純嶺をここで落とすって言うんなら、俺たちもこのオーディションを辞退します」

 舞台で鍛えられた声量ではっきりと告げられた真栄倉の宣言に、一番驚いたのは純嶺だった。
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