【完結】ステージ上の《Attract》

コオリ

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第6章 新たなスタート

26 新しいチーム

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「おっはよー、スミレちゃん!」

 食堂に着くなり、ドラの賑やかな声に出迎えられた。
 同じテーブルの向かいの席には、田中と真栄倉まえくらの姿もある。

「お前たちは、今朝も一緒なんだな」
「オレと田中くんは同室だからね! マエくんは気づいたらそこに座ってた!」
「……悪いかよ」
「悪いなんて言ってないよー。可愛いなぁって……おおっと!」

 ブンッと真栄倉が振り回した拳を、ドラがすんでのところで避けた。
 代わりにその拳を食らったのは、真栄倉の隣に座る田中だ。裏拳が見事に頬にめり込んでいる。

「いったぁ……」
「どんくさいな。避けろよ」

 部屋が変わっても、この二人の関係は相変わらずらしい。
 ぶーぶーと不満を垂れる田中を無視して、真栄倉が食事を再開する。

「そこ座んの?」
「……っ、ああ。そうだな」

 少し遅れてやってきたせんが、純嶺すみれの後ろから話しかけてきた。
 そこと言って指し示したのは、ドラたちのいる隣のテーブルだ。
 一緒に朝食をとる約束はしていなかったはずなのに、染の中で純嶺と同席することが確定事項のようだった。

 ――別に、嫌なわけではないが。

 ドラと同室のときだって、普通にそうしてきた――そのはずなのに、ドラには抱くことのなかった複雑な感情が純嶺の中で渦巻いている。
 その明確な理由まではわからなかった。

「じゃあ、この席取っとくね。あ、今日のチーズオムレツ絶品だよー」

 そんなドラの声を後ろに聞きながら、純嶺はビュッフェ形式の朝食を取りに向かう。
 当たり前のように隣を歩く染を、意識せずにはいられなかった。



「……?」

 料理を取って、テーブルに戻る。
 席につき、真っ先にドラにおすすめされたチーズオムレツを口に運ぼうとした純嶺は、視界に入ってきたものに気を取られ動きを止めた。
 気になったのは、染が手に持っているものだ。

「…………なんだ、それは」
「何って、スムージーだけど?」
「……スムージー?」

 別にスムージーを知らないわけではない。
 野菜ジュースとどう違うのかと聞かれれば、うまく説明できる自信はないが、どろりとした野菜ジュース――という認識ぐらいはある。
 だが、染が手に持っているそれは純嶺の知っているスムージーとは違って見えた。
 ジョッキに並々と入っているそれは、どこか不気味さすら感じさせる謎の物体のようにしか思えない。

「…………スムージー」
「なんで二回言ったんだよ。アンタも飲んでみる?」
「いや……」

 染がジョッキを差し出してくる。
 即座に断ろうとした純嶺だったが、ふと途中で言葉を止めて、ジョッキの中身を見つめた。

 ――これが、この男のパフォーマンスを高めているものだとしたら。

 染のパフォーマンスが素晴らしい理由がそれだけでないのは、きちんとわかっている。
 踊りに対する探究心は純嶺以上だし、基礎練も手を抜くことは絶対にしない。そんな染だからこそ、あれだけのパフォーマンスができるのだ。
 だが、それ以外にも何か秘訣があるのだとすれば――染のようなストイックなダンサーが口にしているものに、興味が湧くのは仕方ない。
 
「じゃあ、一口だけ……」

 思わず、そう口にしていた。
 怖いもの見たさ――飲みたさ、というのもあったのかもしれない。
 どうぞ、と言って手渡されたそれを、先ほどよりさらにまじまじと凝視する。

「え、何それ。色やばっ!」

 二人のやり取りに気づいたドラが、隣から割り込んできた。
 両手で口元を押さえて、ありえないものを見るような目でこちらを見ている。

 ――やっぱり、この色はおかしいよな?

 あえて口にはしなかったが、純嶺もドラと同じことを考えていた。
 純嶺の目はおかしくなかったようだ。
 染がスムージーだと言った液体――もはや固体のようにも見えるそれは、表現の難しい色をしていた。全体的に緑がかってはいるが、とにかく美しいものではない。
 人が口にするものとは到底思えない、という表現が一番的確かもしれない。
 そんな見るからにヤバい代物を、ゆっくりと口元に近づける。匂いを嗅ぐ勇気はなかった。

「わあ……スミレちゃん……」

 息を呑むドラの声を聞きながら、どろりたしたを口に含む。
 ぐっと眉間に力を入れ、嚥下した。

「ひでえ顔で飲むじゃん。どう?」

 そんな純嶺の様子を終始窺っていた染が、愉快そうに笑いながら聞いてくる。
 感想を求められ、純嶺は改めて自分の口の中の味を確認した。
 さらに、眉間の皺が深くなる。

「…………草、だな」
「っふは、なんだよ。草って」

 そうとしか表現できなかった。
 見た目ほど酷い味ではなかったが、純嶺にはこれが〔草〕としか思えなかった。
 それもたくさんの種類の草を一気に口に詰め込まれたかのような――バリエーション豊富な草の味が口の中に広がっている。

「染くんって、いつもそんなの飲んでるの?」
「毎朝、飲んでるよ。っつうか、なんで飲んでないそっちが涙目になってんの」
「いや、だってそれ……味想像しただけでヤバいんだもん。スミレちゃん、大丈夫?」

 ドラが本気で心配そうに純嶺の顔を覗き込んできた。
 染が指摘したとおり、こちらを見つめるドラの目には涙が浮かんでいる。

「平気だ。見た目ほど酷い味じゃなかったし」
「草だけど?」
「……そうだな。草だった」

 もう一度、確認するように呟く。
 神妙な表情を浮かべる純嶺とは対照的に、向かいの席では染が全身を震わせて笑っていた。


   ◇


「じゃあ改めて、自己紹介から始めるか」

 手を上げて、そう発言したのは先ほどからこの場を取り仕切っている銀弥ぎんや――純嶺の新しいチームメンバーの一人だ。
 朝食の後、新しいチームメンバーが発表された。
 予想していたとおり、純嶺は染と同じチーム――これから最終審査まで一緒に踊ることになる。

 今回も六人ずつの三チーム。
 前回と同じメンバーは叶衣かなえだけだった。
 発表の後は中間審査の時と同じようにチームごと、それぞれスタジオに集まり、ミーティングを行う。
 純嶺たち六人はスタジオの中央でそれぞれの顔が見えるように、円になって座っていた。
 
「んじゃ、オレからいくな。古市ふるいち銀弥、ストリートダンス出身でダンス歴は十年ちょい。普段はバックダンサーの仕事がほとんどだな。よろしく」

 まず、言い出しっぺの銀弥がさくっと自己紹介を終えた。
 笑うと尖った八重歯がちらりと覗く、愛嬌のある男だ。ツンツンと立ち上げた髪は自分の名前をイメージしているのか、ところどころにシルバーのメッシュが入っていた。
 耳だけでなく口元にもピアスをつけているが、そんな見た目でも近寄りがたさを全く感じないのは、本人が明るく人懐っこい性格だからだろうか。

「じゃあ、あとはオレから時計回りで。いい?」
「あ、はい! 叶衣です。ダンスは初心者ですが、皆さんの足を引っ張らないように頑張ります。よろしくお願いします!」

 銀弥の左隣に座っていた叶衣が、慌てたように立ち上がって自己紹介した。
 全員に対して、ペコペコと頭を下げる仕草がなんとも叶衣らしい。

「よろしくなー、叶衣。ダンスはオレも教えるから、歌のコツとか教えてよ」
「もちろんです!」

 銀弥はコミュ力も高いようだった。
 パチパチと拍手をしながら、さっそく叶衣のことを呼び捨てにして気さくに話しかけている。

「はい、次。染ちゃん」
「……春日之かすがの染だ。よろしく」
「またそんだけかよ。せめて、ダンス歴とか言えよ」
「数えたことねえし」

 染と銀弥は中間審査でも同じチームだったので、かなり打ち解けている様子だった。お互いがお互いをぞんざいに扱っているように見えるが、仲はよさそうだ。
 しゃあないやつだなー、と笑った銀弥の視線が、その隣に座る純嶺のほうを向く。

「んじゃ、次」
芦谷あしや純嶺だ――ダンス歴は十七年。講師や振付の仕事がほとんどで、ダンサーとしての実績はほぼない」
「噂の純嶺ちゃんだな。聞きたいことは色々あるけど、長くなりそうだから後にするわ。よろしくー」

 噂の、というのはどういう意味だろう。
 意味深な発言をした銀弥はパチパチと拍手をしながら、次のメンバーを指名する。

「……ヤミト…………よろしく」

 俯いたまま、消え入りそうな声でそう名乗ったのは、純嶺の左隣に座っていた青年だ。
 歳は叶衣と変わらないぐらいだろうか。長い前髪で顔を隠しているので表情は全く見えないが、本人が話しかけられたくないと思っているのは、その雰囲気だけでわかる。
 純嶺もそこまで社交的な性格ではないが、ヤミトはそれ以上のようだった。

「ヤミト、よろしくー。んじゃ次、ラスト」

 銀弥も空気を読んだのか、ヤミトのことはさらりと流す。
 最後に自分の右隣に座るメンバーを指名した。

「自分は帯刀おびなた帝次ていじだ。ダンス歴はまだ浅いがその分、どんどん吸収していけると思っている。よろしく頼む」

 帝次はそう言うと、掛けていた眼鏡の横を持って、くいっと持ち上げた。

「ちなみにこの眼鏡は伊達だ」
「っぷ、え、何それ。どういうこと」

 真面目な口調で告げられた突然の告白に、銀弥が噴き出した。
 純嶺も思わず顔を上げ、帝次の眼鏡を確認する。

「オーディション参加者に眼鏡を掛けている者がいないようだったのでな。自分はあまり目立つ容姿ではないので、これを小道具として使わせてもらうことにした」

 真面目な表情でそう言いながら、くいっくいっと眼鏡を何度も持ち上げる。

「っふは。めっちゃ考えてんじゃん。でも確かに小道具としては優秀かも。帝次のキャラにも合ってるし」
「そうだろう」

 銀弥に褒められたのが嬉しかったのか、帝次がふふんと唇の端を上げて笑った。


   ◇


 新しいチームでのミーティングの後、夕食と風呂を済ませ、純嶺は自室に戻っていた。
 今日は午前も午後も話し合いばかりで身体はほとんど動かしていないはずなのに、全身に疲労が溜まっている気がする。
 気疲れというものだろうか。
 純嶺はベッドにうつ伏せに寝転がると、枕に向かって大きく息を吐き出した。
 染はまだ風呂から戻ってきていない。
 入ったタイミングは同じだったので、長風呂を好むタイプなのだろう。

「昨日は、どうなることかと思ったが……」

 意外なことに、染と同じ部屋で過ごす時間にストレスはあまり感じなかった。
 もっとこちらに干渉してきそうな気がしたのに、実際はそんなこともなく、意外とリラックスしたオフの時間を過ごせている。

「……不思議なやつだ」

 強引なのかと思えば、こうして距離を取るのがうまい。
 ミーティングのときだって、自分から進んで発言することは少なかったが、聞けば正確な答えが返ってくる場面がほとんどだった。ああ見えて、頭の回転はかなり早いのだろう。
 だからこそ、相手の気持ちを酌んで行動できるのかもしれない。
 一つのことに夢中になると途端に周りが見えなくなる純嶺とは、全く別のタイプに思える。

「ふ、ぁ……」

 急に眠気が襲ってきた。
 部屋の電気をつけたまま、目の前にあった布団を抱きしめてうつらうつらしていると、ガチャリと部屋の扉が開く音が聞こえる。
 だが、瞼は開けられそうになかった。

「やっぱ、先に戻ってたんだな……と、寝てんの?」

 染の声が間近から聞こえる。
 部屋を仕切る真ん中のカーテンを閉めていなかったことも思い出したが、やはり身体は動きそうになかった。
 ふわふわと心地よい微睡みが純嶺の意識を包み込んでいく。

「――おやすみ、いい夢を」

 眠りに落ちる瞬間、そんな声とともに額に柔らかいものが触れたような気がした。
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