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07 興奮するなってほうが無理
しおりを挟む戦闘員の仕事は、その名のとおり戦うことだ。
相手は人間――目的は、侵略と支配。
といいつつも、出撃の機会はそこまで多くなかった。
昔はそれなりに人間と戦うことがあったらしいけど、首領が今のガラディアーク様になってからは、ずっとこんな感じだって父さんが言っていた。
それでも戦闘が全くないってわけじゃないので、いつでも戦えるよう準備が必要になる。
そのための訓練や準備も、戦闘員にとっては日々の仕事というわけだ。
悪の組織ダーヴァロードに所属して七日目。
今日もおれは組織施設内にある訓練場で、先輩に戦い方を教わっていた――といっても、入団式でやらかしたおれは今日までずっと、魔力操作の基礎練ばっかりだったんだけど。
「基礎練、そろそろ卒業できそうじゃねーの。魔力のお漏らし、なくなってよかったなぁ」
「ちょっと、ラーギ先輩! そんないつも漏らしてるみたいに言わないでください。入団式以外でやらかしたことないですから!!」
「あんな大事な場面で漏らしちまうほうがやべーだろうが。次どこでやらかしても、おかしくねーわ」
そう言っておれの頭を小突いてくるのは、戦闘員六年目のラーギ先輩。入団式のごたごたの後、遅れて合流したおれにいろいろ詳しく教えてくれた人だ。
今じゃ、おれの教育係みたいになっている。
ラーギ先輩は坊主に近い短髪だけど、鮮やかな青髪だから結構派手に見える。左の眉とこめかみには剃り込みが入っているおかげでヤンチャな印象だった。
見た目どおり、口もちょっと悪い。
だけど面倒見がよくて、いつも何かと助けてくれるので、おれはラーギ先輩に頼りっぱなしだった。
「んじゃ、今日からはあいつらに混ざってみっか」
ラーギ先輩がそう言って指差したのは、おれの同期である新人戦闘員の集団だった。
全員、頭をすっぽり覆うマスクをつけているから顔の見分けはつかないけど、戦闘員タイツに白ラインと所属を示すマークがないのを見れば、入ったばかりの新人だってことがわかる。
「訓練は別でも、仲良くしてんだろ?」
「はい! 他の研修や仕事は一緒なので。今日もこの後の休憩は皆で食堂行こうって――」
ラーギ先輩とそんな話をしながら、同期たちに近づく。
こちらに気づくなり、その場にいた全員が揃った動きで敬礼の姿勢を取った。鳥肌が立つレベルのぴったり具合だ。
「いいねー。統率取れてきてんじゃん。よし、バン。お前もマスクつけろ」
「あ、はい!」
言われたとおり、マスクを被る。
基礎練の間は被っていなかったから、このマスクをつけるのは入団式の日以来だった。
穴がないのに視界に影響がないのは、やっぱり変な感じがする。暑いとか息苦しいとか、そういう不快感とも無縁だし、本当にすごいマスクだ。
――あ、ラーギ先輩もマスクつけるんだ。所属マークつきのマスク、かっこよすぎなんだけど!!
戦闘員はそれぞれ、幹部が束ねるチームへ所属することになる。
その所属先を示すのが、タイツの肩とマスクにペイントされたマークだった。
おれたち新人はまだ所属先が決まっていない。所属は、入団後一か月間の研修期間を終えてから言い渡されることになっていた。
――にしても……やっぱり、やばい。
初めてつけたときも思ったけど、このマスク、めちゃくちゃ興奮する。
全員が同じ格好をしている倒錯的な環境の影響も大きいんだろうけど、そわそわして落ち着かなかった。
タイツとマスクで個性は消され、個の意思を奪われ――組織の駒の一つにされてしまったような、そんな感覚に襲われる。
『バン――我に尽くせ』
「……っ」
ふいに、あのとき首領様に言われた言葉を思い出した。背筋に甘い痺れが駆け抜ける。
「おい、バン。何、ぼーっとしてんだよ」
「あ! すみません!」
「お前のために説明してやってんだが、ちゃんと聞いとけよ」
こくこくと頷く。
数日の遅れを取り戻すため、おれは必死で訓練に励んだ。
◆◆◆
「んじゃ、いったん休憩にすっか」
午前中の訓練だけでヘトヘトだった。
身体的な疲労はもちろんのこと、精神的な疲労も大きい。
……まあ、正式に組織の駒になった自分に興奮してテンション上がりまくってた、おれが悪いんだけど。
「おい、バン。床に転がってんじゃねーよ。同期と飯行くんだろ?」
すぐ起きるから、足蹴にするのはやめてください。ラーギ先輩。
踏みつけてくる足をどかせて、立ち上がろうとした瞬間だった。
訓練場の空気が急に変わる。
あれだけ賑やかだった空間が一気に静まり返っていた。
「――全員、敬礼!!」
鋭い号令が聞こえた。これは、ただごとじゃない。
おれは急いで姿勢を正し、敬礼の姿勢を取る。
――え、何。誰か偉い人来たの?
号令で咄嗟に敬礼したので、全然状況が把握できていなかった。でも、ラーギ先輩も敬礼しているってことは、それよりも目上の人ってことだよな。
「おう、お前ら。楽にしていいぞ」
訓練場の入り口のほうから聞こえてきたのは、おれのよく知っている声だった。
振り返ってそちらを見ると、思ったとおりの人がそこに立っている。その人はおれのほうを見るなり、ずかずか大股で近づいてきた。
「……父さん」
訓練場に突然顔を覗かせたのはおれの父さん――ダーヴァロード幹部の一人、オクトスだった。
長身でムキムキの父さんは、触腕がない状態で普通に歩いているだけでも、かなり迫力がある。
「楽にしていいっつったろ」
父さんはおれの前に立つと、そういってニヤッと笑った。
自分がまだ敬礼のままだったことに気づいて、おれは胸に当てていた拳をそっと下ろす。
「休憩中に悪ぃな」
「いえ、問題ありません」
「ちょっと、こいつ借りてくわ。場合によっちゃ、今日は戻せねえかもしれん」
「かしこまりました」
――わぁ、ラーギ先輩が丁寧な受け答えしてる……って当たり前か。相手は幹部だもんな。
周りの皆も『楽にしていい』って言われたのに、誰一人として一歩も動かずに、父さんの動向を気にしている。
これが、幹部と戦闘員の違い。
見た目も話し方も家にいるときの父さんと大きな違いはないのに、不思議と幹部としての強い圧を感じていた。
周りの緊張感もあるからか、おれの心臓もバクバクだ。やばい。
「バン、ついてこい」
「うん……あ、はい!」
「いつもどおりで構わねえって」
実の親とはいえ、幹部相手にそういうわけにはいかない。
首をふるふると横に振ると、笑った父さんがマスク越しに頭をがしがし撫でてきた。
小さい頃から、よくやられるやつだ。
父さんに撫でられるのは嫌じゃないけど……もう成人なんだから、人前でそういうのはやめてほしい。
◆◆◆
「それで、急にどうしたの?」
父さんと一緒に廊下を歩く。
少し後ろを歩くのは、相手に敬意を示すのと従うという意思表示だ。本当は話し方も敬語にしようとしたんだけど、『それは本気でやめてくれ』って父さんに止められてしまった。
息子に嫌われたみたいで嫌なんだって。
そういえば、母さんは父さんに対してマジギレしたとき、話し方が敬語になる。それを思い出しちゃうのもあるのかな。
「最近、忙しくてあんまり帰れてなかったろ? お前のために時間を取れてねえ気がしてな。オレに聞きたいことがあるんだろ?」
「母さんから聞いた?」
「ああ。悪かったな、後回しにして」
「いいって。この時期、父さんが忙しいのは知ってたし。時間が取れるときで全然」
もしかしたら、後回しにしすぎて母さんに怒られたのかな。
父さんも母さんも、おれにはものすごく甘いから。
「あ、さっきさ。マスク被ってたのに、どうしてすぐにおれってわかったの?」
訓練場で父さんがおれに向かってまっすぐ歩いてきたとき、本当にびっくりした。
周りには同期がいて、全員同じ格好だったのに。
「息子を見抜けないわけねえだろ。それにお前のタイツに空いた穴、アラネアが直したろ? あいつの魔力が残ってる」
「そっか、それでわかったんだ。母さんの魔力を父さんが間違えるはずないもんね」
触腕が生えたときに空いたタイツの穴を直してくれたのは母さんだった。
母さんは蜘蛛怪人だから、能力で糸を出すことができる。特別な力がある糸だ。その糸を使って服を直すなんて本当はすごく贅沢なことなんだけど、母さんは惜しみなく糸を使って、おれのタイツの穴を直してくれた。
「お前の魔力も絶対に間違えねえけどな」
笑顔でそう言って、父さんはまたおれの頭をガシガシと乱暴に撫でる。
――今すれ違った戦闘員の人、めちゃくちゃおれたちのこと見てたけど……父さん、幹部の威厳とかそういうの大丈夫?
「そういえば、どこに向かってるの?」
「オレの執務室だ」
「えっ」
幹部の執務室に入れるの?
それはちょっと……いや、かなり嬉しい。
浮かれてスキップしそうなのを堪えるのは、なかなか大変だった。
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