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44 くれたら、食べるよね?
しおりを挟むいつもより豪華な食事にお腹はぱんぱんに満たされて、隣にシディア様がいるというシチュエーションに心もたっぷり満たされる。
デザートまでしっかり胃に収めたおれは、ほわぁっとした気持ちで、シディア様の横顔を見つめていた。
――シディア様って食べ方にまで品があるんだよな……食べ終わったあとのお皿まで綺麗だし。やっぱり憧れちゃうなぁ。
こんな素敵な人が自分の上司だなんて幸福でしかない。
思わず顔がにやけてくる。
「どうした、バン。食べ足りないのか?」
おれの視線に気づいたシディア様がそう言って目を細める。デザートのケーキを見惚れるほど美しい所作で一口ぶん切り分けると、おれの口もとに近づけてきた。
条件反射で口をぱかっと開くと、咥内に少しほろ苦いケーキの味が広がる。
「んー! 美味しい! ありがとうございます、シディア様」
「……バン、あなたいつもそんな感じなの?」
母さんの呆れた声にハッとする。
そうだった。ここはいつもの執務室じゃなかった。
いや、別にいつもシディア様のご飯を狙っているわけじゃないけど……たまにこうやってくれるから、ぱくっと美味しくいただいているだけで。
「バンに餌づけしたくなる気持ちはわかるぞ」
「オクトス、あなたまで……」
うんうんと頷く父さんの隣で、母さんは深い溜め息をついていた。
◆◆◆
「シディア様、もう帰っちゃいますか?」
リビングのソファーに腰を下ろして、食後のお茶を口に運ぶシディア様に、そっと話しかける。
隣に座るよう、とんとんと座面を叩かれた。
「俺に尋ねたいことがあって食事に誘ったのだろう? 帰るのはその話を聞いてからだな」
「あ! ありがとうございます!!」
おれ自身、シディア様を夕食に誘った理由を忘れかけていたのに、シディア様はちゃんと覚えていてくれた。
すぐにシディア様を自分の部屋に案内しようと思ったけど、その前に今夜やろうと思っていたことがあったのを思い出す。
「話の前に、少しいいですか?」
「どうした?」
「今日、父さんと母さんに制服をお披露目しようと思ってたので、その……シディア様も一緒にいてくれたら嬉しいなぁって」
別にシディア様が帰ってからでもいいんだけど、せっかくなら一緒にいてほしい。
さすがに、わがまますぎるかな?
「構わない。付き合おう」
「やった! ありがとうございます! じゃあ、準備してくるのでここで待っててください!」
おれは急いで立ち上がると、制服に着替えるため、一度自分の部屋へと戻った。
◆◆◆◇◇◇
アラネアの胸中は穏やかではなかった。
それどころかずっと荒れ狂っていて、少しでも気を抜けば、全身が震え始めてしまうほどだ。
それもこれも息子のバンが、とんでもない人物を自宅に招いてしまったせいだった。
――どうして首領様が、幹部と身分を偽っているの? しかも、バンの直属の上司だなんて。
幹部シディア・ラコンの名は最近まで耳にしたことがなかった。上級幹部のイェスコル曰く、地方支部から本部に移ってきた人物だということだったが――真実は違っていたらしい。
相手の正体に気づいても、アラネアは平然を装い続けた。『必要ない』と言った首領の言葉を、そういう意味だと受け取ったからだ。
なんとか食事を済ませ、これで無事乗り切れたかと思ったのに――バンはまだ何かするつもりでいるらしい。
組織の首領をリビングに待たせて、自分だけ部屋に戻るなんて、いったい何を考えているのだろう。
――オクトスは、どうして気づかないのかしら。
最初は気づいていないふりかと思ったが、そんな器用なことができるタイプではない。鈍感すぎる連れ合いが恨めしく思えてならなかった。
自分が正体を教えたほうがいいのだろうか。
しかし、簡単にボロを出しそうなオクトスに、この真実を告げるのはリスクでしかない気もする。
「すまん、アラネア。部下から連絡が入った。部屋で少し話してくる」
「えっ」
「どうした? 都合が悪いのか?」
「い、いえ……いってらっしゃい」
息子に続いて夫まで、このタイミングで席を外すなんて。
アラネアは、リビングを出ていくオクトスの背中を見送ってから、堪えきれなかった溜め息を吐き出した。
「気が重そうだな、アラネア」
「……っ、シディア様。申し訳ございません」
まさか声をかけられるとは思っていなかった。
アラネアは反射的に姿勢を正して、右の拳を胸に当て敬礼する。シディアに視線を向けられていたことに気がついていなかった自分を、心の中で激しく罵倒した。
「そんなに畏まるな。こちらへ来い」
「はっ」
アラネアは、ソファーでくつろぐシディアの前にすぐさま移動し、その足もとに跪く。
「そういうのは必要ないと言わなかったか?」
「……っ」
「とはいえ、我に額づくことを悦びとするお前には酷な話か」
アラネアの頬に、硬く尖った外殻に覆われた指先が触れた。
胸の奥から、ぞくっと震えが込み上げる。
恐怖ではなく、歓喜の震えだ。
「……首領様」
「今はシディアだ」
「シディア様。発言を許していただけますか?」
「構わん。だが態度は改めよ。二人はまだ戻ってこないだろうが、お前のその顔ではすぐにバレる」
「仰せのままに」
アラネアが顔を上げると、シディアが手に纏っていた外殻はすでに消えていた。
雰囲気も先ほどとは明らかに違っている。
ダーヴァロードの首領ガラディアークではなく、幹部シディア・ラコンの表情に戻っていた。
「それで、俺に話とはなんだ?」
「恐れながら、気になったのですが……バンは、御身の真の姿に気づいていないのでしょうか?」
「ああ、疑ってもいないようだ。バンの鈍感さはオクトスに似たのか?」
「おそらくは。あ……オクトスの非礼についても謝罪を」
「気にしなくていい。あれは組織によく尽くしてくれているからな」
「寛大な御心に感謝します」
「お前ももう少しくだけてはどうだ? アラネア」
「ご容赦ください」
バンやオクトスの前で演技する必要があるならいざ知らず、シディアと二人きりのこの場面でいきなり態度を変えられるほど、アラネアの肝は据わっていなかった。
シディアもそれはわかっているのか、それ以上強要してくることはない。
「俺に聞きたいのは、それだけではないだろう?」
「……なぜ身分を偽っているのか、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「察しはついているんじゃないのか?」
シディアの言うとおりだった。
アラネアの中には、こうではないかという答えが一つだけある。だが、そうであってほしくないという気持ちが強かった。
だからこそ勇気を出して尋ねたのだが、シディアがこう答えるということはおそらく――自分の予想は合っているということだろう。
アラネアは唇を震わせながら、言葉を紡ぐ。
「バンを手元に置くため、ですか?」
「正解だ」
「……シディア様は、バンをどうするおつもりなのですか?」
これは幹部アラネアではなく、バンの母親としての質問だった。
シディアはそんなアラネアの問いにすぐには答えず、じっと瞳を見つめてくる。
しばらくして、ふっと唇を緩めた。
「それは、言葉で答えるより見てもらったほうが早いだろうな」
「――お待たせしました!!」
シディアが言い終わるのと同時に、リビングの扉が勢いよく開き、元気のいい声が飛び込んでくる。
振り返ると、制服姿のバンが満面の笑みで立っていた。
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