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104 狂気との対峙
しおりを挟む「だめ……消えないで」
光の糸は今にも消えてしまいそうなくらい、とても弱々しい。
この光が完全に消えてしまう前に、シディア様のところに辿り着かないと――進むたび、手脚に纏わりつく赤黒い霧を必死に振り払う。
息が苦しい。胸が痛い。足がもつれる。
それでもなんとか、前に進む。
――ここって、こんなに広い場所だったっけ……?
どれだけ走っても果てに届かないような錯覚に陥りかけた、そのときだった。
突然、おれの目の前に黒い壁が現れる。
光の糸は吸い込まれるように、その壁の中へ消えていた。
「行き止まり……?」
立ち止まって、呆然と呟く。
壁に触れようとした瞬間、耳障りな声が響いた。
「おやぁ、客人かい? キミは確か――そうだ、バン・クラードゥ。ガラディアークのお気に入りだったな」
「ッ!!」
それは今おれが誰よりも聞きたくない声――マッド・ビィのものだった。
声が聞こえたのは近くからじゃなかったけど、慌てて後ろに飛び退く。警戒しつつ、声のほうを見た。
「……っ!」
そこにいたマッド・ビィの姿を見て、おれはひゅっと喉を鳴らす。その姿がおれの知っているマッド・ビィの姿とかけ離れていたからだ。
――身体が、機械と同化してる?
マッド・ビィは自らが座っていた玉座と一体化していた。
身体の大きさは何倍にも膨れ上がっていて、胸から下はもう人型を保っていない。
肉と金属が溶けてくっついたような身体からは、無数の管が飛び出していた。管の中には泡立った赤黒い液体が、ぐちゅぐちゅと気味の悪い音をさせながら流れている。
おれには悪夢のような姿にしか見えなかったけど、マッド・ビィ本人は至極満足そうな表情だった。
「いひっ、驚かせたようだねぇ。一人で来たのかい?」
「…………」
マッド・ビィは、おれを脅威と思っていないんだろう。攻撃を仕掛けてくる素振りはなく、普通に話しかけてくる。
――シディア様は、どこに。
おれはそんな問いかけを無視して、近くにいるはずのシディア様の姿を探した。
「ガラディアークを探しているのかなぁ?」
「……っ!」
「それなら、キミの目の前にあるそれがそうだよ」
「え…………」
おれの目の前にあるのは、黒い壁だけだ。
――これが、シディア様……?
確かに、光の糸はこの壁に吸い込まれていた。
でも、これがシディア様だなんて信じられるわけがない。おれはふらつきながら壁に近づくと、おそるおそる手を伸ばす。
表面の凹凸は、シディア様の外殻にあった鱗と似ていた。だけど、それ以外に共通点を見つけることはできない。おれはまだ信じられない気持ちのまま、ゆっくりと視線を上げた。
大きすぎて壁に見えていたけど、よく見ると、逆さに伏せた半球形の物体だった。中に何かを閉じ込めているように見える。
「シディア様は、この中にいるってこと……?」
「いーや、違うよ。それそのものがヤツなのさ。わからないなら、もっと詳しく説明してあげようか! このボクが成し遂げた偉業をね!!」
おれが首を横に振って拒絶しても、マッド・ビィはそれを無視して饒舌に語り始めた。
「真正面から戦っても、ガラディアークに勝てないことはわかっていた。だから、ボクは考えたんだよ――そして気づいた。魔神獣は魔神獣に殺らせるのが一番だとね。先代首領はヤツと同じ魔神獣の怪人。同属の怪人因子は影響しやすいのがわかっているからね、その因子を限界以上に注ぎ込んで、ヤツの力を暴走させてやったのさ。するとどうなると思う? 過ぎたる力に器は裂け、自我は壊れ、ヤツはただ破滅を撒き散らす醜悪な怪物に成り下がるんだ!! そうなれば死んだも同然!! いっひひひ! だが、そこで終わりじゃないぞ。その怪物を御するのがボクだ!! ボクは世界を恐怖で支配する――この世界はボクと、ボクに従う者だけになるのさ!!」
そう高らかに宣言するマッド・ビィは、狂人としか思えなかった。
おれはその言葉を全力で否定するように、首を大きく横に振る。いつの間にかあふれていた涙が、はらはらと飛び散った。
「嘘だ……そんなのは嘘だ!!」
「そう思うなら、自分の目で確かめるといい。特別にヤツの目覚めに立ち合わせてやろう――そして、お前の絶望の悲鳴をボクに聞かせるのだ!! いひっひひひひ!」
マッド・ビィの笑い声を聞きながら、おれは自分が触れているものを、もう一度確かめるように撫でる。
すると、指先にほんの少し、鼓動のようなものを感じた。
――……シディア様、なんですか?
心の中で話しかける。
その問いに応えるように、鼓動が少し強くなった。
――本当に、シディア様なんだ。
マッド・ビィの言葉は全部嘘だと思いたかった。
だけど、もうわかってしまった。気づいてしまった。
これは本物のシディア様なんだって。
「シディア様……負けないでください」
おれは縋りつくように、シディア様の外殻にぴたりと身体をくっつけた。
とくとくと聞こえるシディア様の鼓動に意識を集中させる。そのとき――異変は起こった。
「――っ」
触れた場所から、強い魔力が流れ込んできた。
それがすぐにシディア様の魔力だと気づいたおれは、起きている異変がマッド・ビィにバレないように、ぐっと唇を噛み締める。
そうしないと、声が出てしまいそうだったからだ。
――もしかして、おれ……また、シディア様の魔力を食べてる?
そうだ。おれにはこの能力もあったんだ。
シディア様が見つけてくれた特殊能力。魔力を喰らう能力なんて、どんなときに使うんだろうって思っていたけど――それが、今なんだろうか。
――怪人因子と魔力が同じものかはわからないけど……力の暴走の原因になってるものを取り除ければ、シディア様を助けられるかも。
今のは、シディア様がそれを教えてくれたのかもしれない。
そして、それができるのはおれしかいなかった。
――やるしかない。
おれは泣いて縋りつくふりをしながら、シディア様の魔力を自分の体内へ取り込んでいく。
マッド・ビィにバレたら終わる。
だからできるだけ慎重に、魔力の動きに気づかれないよう、気をつけていたつもりだったのに――。
「――お前、何をしている」
すぐにバレてしまった。
ひゅん、と風が高く鋭く鳴る。
それがマッド・ビィの放った攻撃の音だとわかっても、おれはぎゅっと身を縮めることしかできなかった。
「――てめえこそ、オレの息子に何してくれてんだ」
攻撃は当たらなかった。
代わりに、聞こえてきた声に胸がぎゅっとなる。
「バン、そのまま続けなさい。あなたのことは私たちが守るわ」
肩に触れたぬくもりは、おれのよく知っている人のものだった。
「……父さん、母さん……っ」
マッド・ビィの攻撃からおれを守ってくれたのは、父さんと母さんだった。
「オレたちもいるぞ」
「っ……アカゾメさん」
「勝手に走り出すな……お前はもう少し、落ち着きというものを覚えろ」
「そうですよ。まあ、うちの馬鹿息子もすぐにバン様の跡を追って駆け出してしまったわけですが」
「レクセ……イェスコル様」
気づけば、皆がおれを守るように立っていた。
いつから話を聞いていたんだろう。
説明しなくても、皆この状況をちゃんと理解しているみたいだった。
「バン! こんな雑魚のことは気にしなくていい! お前はディアを救うことだけ考えとけ!!」
「何を、小癪な――っ!」
「ビィ、余所見をしている場合ですか?」
わざと挑発するように叫ぶアカゾメさんに、冷静に容赦なく攻撃を撃ち込むイェスコル様。そこに父さんと母さんが加わって、四人がかりで攻撃を仕掛ける。
マッド・ビィに、おれを邪魔する余裕はなさそうだった。
「バン。シディア様を救えるのはお前だけだ――大切な人を取り戻すんだ」
レクセの言葉は、おれの背中を支えるように押してくれる。
「絶対に助ける!!」
決意を強く口にする。
おれは自分のすべてをシディア様に捧げる覚悟で、魔力と意識を集中させた。
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