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103 不穏は霧に隠されて
しおりを挟む人間をゾンビ化させた毒を取り除けるとわかったおれたちは、ゾンビ兵を倒すのではなく、気絶や麻痺で無力化することになった。
できるなら今すぐ治療したかったけど、とにかく数が多いので、ここでの治療は無理だとイェスコル様が判断したのだ。
「――怪人のお前から『人間を助けたい』なんて言葉を聞くとはな。正直驚いたぜ」
拳の衝撃波だけでゾンビ兵をばったばったと気絶させながら、アカゾメさんが打ち明ける。
その反対側では蠍怪人のイェスコル様が尻尾の針を目にも留まらぬ速さで振り回して、ゾンビ兵を次々と麻痺させていた。
「それは、ほら……おれも向こうで人間に助けてもらったし」
本当はそれだけじゃないけど。
少なからず、前世の記憶が影響しているのは間違いなかった。そんなにしっかり記憶があるほうじゃないけど、人間だった感覚が残っているおれに、人間を簡単に切り捨てるのは難しい。
これが怪人として不自然な行動だってわかっていても、助けられるなら助けたいと思ってしまった。
「お前はその前から、オレが人間だってわかっても態度変えなかったじゃねえか」
「……そうだったっけ?」
本当は覚えているけど、適当にとぼける。
「あーでも、あの蠍の親子も反対しなかったな。変わりもんの怪人はお前だけじゃないってことか」
そう。おれの提案は誰にも反対されなかった。
人間なんて治療する必要ないって、それこそばっさり切り捨てられると思っていたのに。おれの話を聞いたイェスコル様は『では、殺さずに無力化しましょう』って、驚くほどあっさりとおれの提案を受け入れてくれたのだ。
レクセも反対しなかった。
理由くらいは聞かれるかなって思って色々考えていたのに、それもなくて――逆におれから『どうして何も聞かないの?』って理由を聞きたくなったくらいだ。聞かないけど。
「っつうことで、こっちは早く片づきそうだけどよ……ディアのほうはどうなってんだろうな」
「シディア様、心配だよね――――ッ、何!?」
突然、低い地響きが起こった。
訳がわからずきょろきょろしていると、隣にいたアカゾメさんがおれに覆い被さってくる。大きな身体に押し潰されるように、床ぎりぎりの低い姿勢になった。
次の瞬間、強い爆風が吹き荒れる。
「……っ!!」
熱風ではないのに触れたところにじっとりとした熱を感じる、気味の悪い風だった。
爆風が収まったのを確認してから、ぎゅっと閉じていた目を開く。覆い被さるアカゾメさんの腕の隙間から周囲の様子を確認したおれは、ごくりと息を呑んだ。
「……何、これ」
辺りに赤黒い霧が充満していた。
肌に妙な感覚を覚えたのは、この霧が触れていたからだったらしい。霧はかなりの濃さで、数メートル先ですら目視で確認できなかった。
「この霧、もしかして毒!?」
慌てて左目の外殻越しに霧を注意深く観察する。
でもこれは毒ではないようで、あの黒いどろどろは見えなかった。
「どうやら無害みたいだな。とはいえ、あんまり吸い込みたいもんじゃねえが」
身体を起こしたアカゾメさんは、手で口元を覆いながら眉間に深い皺を寄せている。
おれも、できるだけ息を深く吸い込まないように気をつけた。
「この霧の発生源はマッド・ビィだろうな。爆発が起きたのも、やつがいた方向だったし」
「……っ、シディア様は!? 爆発に巻き込まれたんじゃ?」
「おい、落ち着け。まずは自分の安全確保だろうが。さっきの爆発で周りがどうなってるかもわからねえんだ。あと、オレから離れんな」
アカゾメさんの言うとおりだった。
まっすぐ伸ばした自分の手が霞んで見えにくくなるくらいの濃霧だ。このなかを動き回るのは危険しかない。
「……ごめんなさい」
「いや、心配なのはわかるけどよ――しっかし、なんなんだよ。この霧は」
「ただの目くらましってことはないよね……マッド・ビィが発生させた霧だし。今のところ、害はないみたいだけど」
「オレたちには効果がないだけって可能性も充分あるけどな。お前は毒が効かねえし、オレは長年の人体実験のせいで、ほとんどの薬に耐性がついちまってるし」
「……レクセたち、大丈夫かな」
レクセとイェスコル様が戦ってた場所はそんなに離れていなかったはずだけど、もう方向もよくわからない。
何か見えるものはないか、辺りをもう一度きょろきょろと見回した――そのときだった。
「――バン、無事だったか」
「レクセ! それにイェスコル様も!」
霧を掻き分けるように、レクセとイェスコル様が姿を現した。二人とも、どこにも異常はなさそうな様子に、ほっと胸を撫で下ろす。
「よくオレたちの居場所がわかったな」
アカゾメさんがイェスコル様に話しかけた。
「異変を察知してすぐ、レクセがバン様のいる位置を確認していたのですよ。我が子ながら、まず気にするところがバン様とは」
「だって、こいつがいつも危なっかしいから……って、今はそんなこと話してる場合じゃないだろ。この霧の正体、お前とゾメもわからないのか?」
レクセの質問に、おれとアカゾメさんは同時に首を横に振る。
その反応を見たイェスコル様が、いつもはあまり見ない困惑したような表情をした。
「イェスコル様、何か心当たりでも?」
「……いえ、その……」
おれの問いに、今度は珍しく言い淀む。
レクセもそんな父親を見たのは初めてだったのか、目を瞬かせながらイェスコル様を見た。アカゾメさんもイェスコル様が話し出すのを待つように視線を送っている。
「…………この霧から、よく知る方の気配を感じるのです」
イェスコル様が重い口をようやく開いた。
「霧から気配ってどういうことだ?」
「この霧には、怪人因子が含まれているのではないかと。それも――亡くなったダーヴァロード先代首領バルメザド様のものが」
「え……? 先代首領様の怪人因子が?」
どうして、霧に先代首領様の怪人因子が含まれているのだろう。
首を傾げるおれの隣でアカゾメさんが「まさか……」と息を呑む。躊躇いがちに口を開いた。
「やつは……亡くなった先代首領の亡骸を、実験の材料にしたってことか?」
「…………おそらくは、そうなのでしょう。なんということを」
俯いたイェスコル様は、ぎゅっと握りしめた拳を震わせていた。
「でもよ、怪人因子入りの霧になんの効果があるんだ? これがやつの言ってた〈真の実験〉だったとして、オレたちには何も影響ないみたいだが」
「これは、我々を狙ったものではないのかもしれません」
「オレたちを狙ったわけじゃねえって……お前、それ」
「狙われたのは……、シディア様ってことですか?」
「…………」
おれたち以外――それはシディア様しかいない。
そうじゃないと言ってほしくて震える声で尋ねたのに、誰も何も答えてくれなかった。
――本当に? そういうことなの?
シディア様がこの霧の中にいるとは限らない。
でももし、本当にこの霧がシディア様を狙った攻撃だったとしたら――シディア様は今、この霧に苦しめられているかもしれない。
「ッ、シディア様! どこですか!? シディア様!!」
そう考えたら、いても立ってもいられなかった。
おれは立ち込める霧に向かって大声で叫ぶ。
「おい、バン。そんなことしたら、お前にまで危険が――」
「そんなのどうだっていい! シディア様に何かあるほうが嫌だ! ――シディア様! どこですか!! 返事をしてください!!」
おれがこんなに名前を叫んでいるのに、シディア様が応えてくれないなんて、どう考えてもおかしかった。
「シディア様! シディア様!!」
おれの声ならどこにいても聞こえるって……そう言っていたのに。
「シディア様……っ」
嗚咽を堪えて、何度目かの名前を口にしたときだった。
視界の端に弱い光がちらつく。それは、おれの触腕の根元から伸びる細い糸の煌めきだった。
見覚えのある光の糸を、おれはそっと指先でなぞる。
「……この糸の先に、シディア様がいる」
根拠は何もないけど、そう確信していた。
後ろから呼び止める声が聞こえたけど、振り返らずに一人で駆け出す。重く纏わりつく霧の中へ飛び込んだ。
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