彼女はこのあと、僕がおいしく頂きました

なしひと

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9.『普通』の青春ですね

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 僕らは白地さんだけを一人残して倉庫から出る。

 外は一寸先も見えないほど真っ暗で、遠い車道の喧騒がこの辺りにほとんど人家のないことを思い出させてくれる。

 ずっと山の麓まで一面、畑と田んぼ。たまに案山子。

 くるりと振り返る。

「今日の部活はおしまいです。星田くん、お疲れ様でした」

 そう残した浮月さんは本当にすたすたと先に行ってしまいそうだったので、慌ててその背中を追う。

「待ってよ。途中まで一緒でしょ」
「あら、送ってくれるんですか」

 澄ました顔で振り返りつつ内心では期待していたような返事を寄越して、『普通』の青春ですねと浮月さんは楽しそうにする。平素ならそのあまりのわざとらしさにむっとさえしかねない彼女の様子が、今の僕には少し可笑しかった。お互い、返り血塗れの制服で何を言っているんだろうと。

 浮月さんの両手に今、凶器はない。

 夕暮れと呼べる時間はとうに過ぎていて、時計を見れば午後十時少し前。もし僕らがまともな家の子どもだったら、深夜徘徊ということで捜索願いのひとつも出されそうな時間帯だった。街灯がぽつぽつと突き放したような明かりを投げかけていて、いくつかのアスファルトが丸く暗がりに切り出される。

「お父様は相変わらずですか?」

 ふと思い出したように尋ねられる。

「変わりようがないよ」
「ごもっとも」

 訊いてみただけというように頷く。

「そっちの家族は」
「相変わらずの腫れ物扱いです」と苦笑が返ってくる。

 彼女は街で一番古い祭祀施設たる浮月神社の一人娘だったりする。だからというわけでもないけれど、彼女の答えだって僕のそれに負けず劣らず予想通りで、特にコメントもせずただ頷くに止める。あぜ道の手前で僕らは手を振って別れた。

 僕はといえば、特に曰くのない普通の新興住宅地に建てられた、変哲ない戸建てたる我が家へと足を向ける。

 一人歩く道中、何気なく目をやった先の電信柱に白地さんの名前を見付けてぎょっとする。

 色のすっかり褪せてしまっている貼り紙には手書きで行方不明と書いてあって、白地なんたらと言う名前の上に顔写真があった。一瞬、こんなに早く白地さんの手配書が出回ったのかと思いかけたけど、しかしよく見なくとも、その顔写真は僕が知る白地さんと比べて些か年老いすぎていて、下の名前だって彼女のそれとはまったく別物だった。

 あんまりに驚いたから「脅かすんじゃないやい」なんて声が出て、誰にも見られていないキャラ作りの虚しさに寒気がする。

 こほんと咳払いをひとつ。改めてその写真を眺めてみればやはり白地さんとは似ても似つかないけれど、どこかしら面影があるような気もして。名字の一致もあるし、もしかしたら彼女の親族かもしれないなんてことを思った。付け加えるなら、目の前のこれはどう見ても昨日今日貼られた紙質ではなかった。少なくとも数年前から雨風に晒されてきた形跡があって、文字もかすれて読めない。子どもの字らしき弱い筆圧に語尾の整わない文面。つまり恐らくは、この老女だって失踪から数年が。

「……」

 どうにも、やたら見覚えがある気がして首を傾げた。

 白地さんに少し似てるというのはあるけれど、もしかしたらそれ以前に僕自身、この人と直に会ったことがあるのかもしれない。

 ともあれ、白地さん当人の手配書ではないことがわかって一安心したので、くるりと踵を返す。

 あるいは覚えていないだけで。

 その老女を殺して食べたのは僕だったのかもしれない、なんて思いながら。
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