45 / 54
45.左眼窩奥深くにねじ込む
しおりを挟む
僕という存在の弱点は人の形をしているという一言に尽きる。
あらゆる肉体の中で人体ほど狩りに向かない形状はない。ぱっと思い付く弱点だけでも、二足歩行で相手の側に胸腹部を晒しっぱなし。爪も歯もなければ体重だって大したことないし、持久力はあっても瞬発力がない。エトセトラ、エトセトラ。これらの弱点を補うために人は道具、つまりは武器を使用してきたわけで、浮月さんなんかがその典型だけど。
僕に関してのみ言えば、武器の使用はむしろ弱体化の原因だったりする。
銃火器が素人ゆえ上手く扱えないことはもちろん、刃物や鈍器にしたって直接に殴った方が余程早いし、大方まず相手の身体より先に武器が壊れる。人の肉体形状と僕の怪力はとことんに相性が悪く、下手すれば作用反作用で殴った僕の方が吹っ飛ぶこともしばしば。
されどこんな身体でもひとつだけ僕の気に入ってる箇所があって、何かと言えば。
それは指。
腕部に生えた十本のうちでも特に力の入れやすい右手親指。反らして突き出す第一関節の部分を。
接近に気付いて振り返った男子の左眼窩奥深くにねじ込む。
叫ぶ間も与えずに指を突っ込んだままの側頭部を掴み、三歩半の距離にいた対角線上の女子に向かって投げ飛ばし、共倒れ。
互いから逃れようともがく二人の頭を、駆け寄った勢いの面蹴りで踏み潰す。はみ出た脳脂質が足の裏にこびりつき、温かな感触を床に残す。
玄関前で殺した時とは違って死体の消失を待たずに、僕は再び足音を消して廊下奥へと走っていく。
これだけの動作で、大体五秒弱。一人当たり二秒と考えれば、まぁまぁの戦果だった。とは言えもう少し穏便に進めないものかと思いつつ、次の角を曲がった先には三人程度。直前の二人を殺す時に音を立ててしまったためか、初めからこちらを振り向いている。
うち一人の手元にあるものが面倒そうだったから、思わず心の中で唸ってしまう。
拳銃。
浮月さんの隠し武器コレクションを探し出し、奪い取ったのかもしれないけれど。それを向けられているこちらとしては、対処にコツがいる上に何より音がひどいので、できれば敬遠したい相手だった。
ともあれ泣き言ばかりも言ってられず、春休みに浮月さんと対峙した際の経験を何とか思い出す。確かこうだったかなと構えられた射線を避けつつ間合いを詰め、手近だった生徒の襟を片手で掴んで引き寄せ、盾に。
右腕の肉壁越しに衝突感。
撃たれた銃弾は幸いにして盾役の身体を貫通せず、その脇から怯んだ銃手の手首へと腕を伸ばして骨ごと握り潰す。
後はただの作業だった。悲鳴がうるさい脛骨を喉突きで折り、人数が合わないなと見回してみれば、走り去る五メートル先の背中。
ため息混じりに転がった拳銃を拾う。
爪や歯が脆弱な人間の狩猟方法は今も昔も変わらない。遠距離からの狙撃だ。
そのうちでも銃火器や弓槍が発明される以前。掴むことに手先を特化させたヒト種のみが使用しうる原初の攻撃。
拳銃を振りかぶって、投擲。
逃げようとしていた生徒の後頭部を鉄の塊がえぐり転倒。近寄ってみれば気絶していただけのようだったので、こちらの脛骨も踵で踏み潰す。
血で滑りそうになるのを注意して、左手側に並ぶ教室がすべて空であることを確認しつつ、廊下を駆け抜けた。
えっと。
「……一階、掃討完了してしまった」
本当は会敵の場合だけをやむなく戦闘に当てるつもりだったのに、と少なからず反省しながらも昇降口へと戻ってきて、階段を上る。
すでに崩壊の兆しが見えつつあるけれど、僕が最初に立てた作戦はシンプルそのものだった。
なるたけ早く砂音と接触する。その過程で会敵した相手を出来るだけ殺す、なんて。
前者の理由はすでに述べた通り。後者の理由はと言えば。
僕の奥の手。つまりは浮月さんの遺品たる『彼女』を、敵側に対策されないようにするため。
作戦とも呼べないようなその作戦を実行するために、裸足となった僕は足音を立てずに走りつつ一階の教室を確認してきたのだけど。
如何せん、思ったより敵の数が多すぎる。殺害に際しては流石に無音とはいかず、そのせいで他の連中に警戒を促しては要らない戦闘まで引き起こしてしまうということを繰り返した。その結果としての不本意な掃討完了。思わずため息を吐きかけて。
撃鉄を起こす音。
階段途中、折り返しの踊り場手前で足を止める。気のせいかと考えるけれど、どうにも嫌な予感が拭えない。
想定する最悪は昨夜同様、多人数に囲まれて数で押されるケースで、注意しつつ廊下を走り抜けている限り囲まれることはない。
だから一番怖いのは、開けた場所での待ち伏せ。
「……」
きっかり三十秒だけ待ってみる。が、二階より先に気配は感じられず本当に無人なのではないかという気がしてくる。
楽観だろうと考え直す。一階の戦闘では銃声も立ててしまったし、むしろ誰も降りてこない現状の方がおかしいくらい。
一度ここを退いて別の階段から上ることも考えるけど、もしこちらが待ち伏せされているなら、他の階段も同様だろうと思われた。
二階への道はすべて塞がれている。そう仮定するなら結局最後に頼れるのは自力だけかな、なんて声に出さないまま心中に呟いて。
踊り場の窓を静かに開ける。
あらゆる肉体の中で人体ほど狩りに向かない形状はない。ぱっと思い付く弱点だけでも、二足歩行で相手の側に胸腹部を晒しっぱなし。爪も歯もなければ体重だって大したことないし、持久力はあっても瞬発力がない。エトセトラ、エトセトラ。これらの弱点を補うために人は道具、つまりは武器を使用してきたわけで、浮月さんなんかがその典型だけど。
僕に関してのみ言えば、武器の使用はむしろ弱体化の原因だったりする。
銃火器が素人ゆえ上手く扱えないことはもちろん、刃物や鈍器にしたって直接に殴った方が余程早いし、大方まず相手の身体より先に武器が壊れる。人の肉体形状と僕の怪力はとことんに相性が悪く、下手すれば作用反作用で殴った僕の方が吹っ飛ぶこともしばしば。
されどこんな身体でもひとつだけ僕の気に入ってる箇所があって、何かと言えば。
それは指。
腕部に生えた十本のうちでも特に力の入れやすい右手親指。反らして突き出す第一関節の部分を。
接近に気付いて振り返った男子の左眼窩奥深くにねじ込む。
叫ぶ間も与えずに指を突っ込んだままの側頭部を掴み、三歩半の距離にいた対角線上の女子に向かって投げ飛ばし、共倒れ。
互いから逃れようともがく二人の頭を、駆け寄った勢いの面蹴りで踏み潰す。はみ出た脳脂質が足の裏にこびりつき、温かな感触を床に残す。
玄関前で殺した時とは違って死体の消失を待たずに、僕は再び足音を消して廊下奥へと走っていく。
これだけの動作で、大体五秒弱。一人当たり二秒と考えれば、まぁまぁの戦果だった。とは言えもう少し穏便に進めないものかと思いつつ、次の角を曲がった先には三人程度。直前の二人を殺す時に音を立ててしまったためか、初めからこちらを振り向いている。
うち一人の手元にあるものが面倒そうだったから、思わず心の中で唸ってしまう。
拳銃。
浮月さんの隠し武器コレクションを探し出し、奪い取ったのかもしれないけれど。それを向けられているこちらとしては、対処にコツがいる上に何より音がひどいので、できれば敬遠したい相手だった。
ともあれ泣き言ばかりも言ってられず、春休みに浮月さんと対峙した際の経験を何とか思い出す。確かこうだったかなと構えられた射線を避けつつ間合いを詰め、手近だった生徒の襟を片手で掴んで引き寄せ、盾に。
右腕の肉壁越しに衝突感。
撃たれた銃弾は幸いにして盾役の身体を貫通せず、その脇から怯んだ銃手の手首へと腕を伸ばして骨ごと握り潰す。
後はただの作業だった。悲鳴がうるさい脛骨を喉突きで折り、人数が合わないなと見回してみれば、走り去る五メートル先の背中。
ため息混じりに転がった拳銃を拾う。
爪や歯が脆弱な人間の狩猟方法は今も昔も変わらない。遠距離からの狙撃だ。
そのうちでも銃火器や弓槍が発明される以前。掴むことに手先を特化させたヒト種のみが使用しうる原初の攻撃。
拳銃を振りかぶって、投擲。
逃げようとしていた生徒の後頭部を鉄の塊がえぐり転倒。近寄ってみれば気絶していただけのようだったので、こちらの脛骨も踵で踏み潰す。
血で滑りそうになるのを注意して、左手側に並ぶ教室がすべて空であることを確認しつつ、廊下を駆け抜けた。
えっと。
「……一階、掃討完了してしまった」
本当は会敵の場合だけをやむなく戦闘に当てるつもりだったのに、と少なからず反省しながらも昇降口へと戻ってきて、階段を上る。
すでに崩壊の兆しが見えつつあるけれど、僕が最初に立てた作戦はシンプルそのものだった。
なるたけ早く砂音と接触する。その過程で会敵した相手を出来るだけ殺す、なんて。
前者の理由はすでに述べた通り。後者の理由はと言えば。
僕の奥の手。つまりは浮月さんの遺品たる『彼女』を、敵側に対策されないようにするため。
作戦とも呼べないようなその作戦を実行するために、裸足となった僕は足音を立てずに走りつつ一階の教室を確認してきたのだけど。
如何せん、思ったより敵の数が多すぎる。殺害に際しては流石に無音とはいかず、そのせいで他の連中に警戒を促しては要らない戦闘まで引き起こしてしまうということを繰り返した。その結果としての不本意な掃討完了。思わずため息を吐きかけて。
撃鉄を起こす音。
階段途中、折り返しの踊り場手前で足を止める。気のせいかと考えるけれど、どうにも嫌な予感が拭えない。
想定する最悪は昨夜同様、多人数に囲まれて数で押されるケースで、注意しつつ廊下を走り抜けている限り囲まれることはない。
だから一番怖いのは、開けた場所での待ち伏せ。
「……」
きっかり三十秒だけ待ってみる。が、二階より先に気配は感じられず本当に無人なのではないかという気がしてくる。
楽観だろうと考え直す。一階の戦闘では銃声も立ててしまったし、むしろ誰も降りてこない現状の方がおかしいくらい。
一度ここを退いて別の階段から上ることも考えるけど、もしこちらが待ち伏せされているなら、他の階段も同様だろうと思われた。
二階への道はすべて塞がれている。そう仮定するなら結局最後に頼れるのは自力だけかな、なんて声に出さないまま心中に呟いて。
踊り場の窓を静かに開ける。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~
スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」
王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。
伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。
絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる