彼女はこのあと、僕がおいしく頂きました

なしひと

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49.私は生き残らなければならないのです

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 正直なところ。僕は浮月さんと出会うまで『異常』であることが即ち、生きていく上での枷であるとは知りもしなかった。

 浮月さんの身体的な痛みは、彼女が生きる現実そのものだった。

 浮月さんお得意の切ったり増えたりだってもちろん、痛みを伴わなかったわけじゃない。彼女が自分の四肢を切り落としたり生やしたりするたびに感じていたのは、きっとあくまで等身大の痛みで、それでも顔色一つ変えなかったのは単に慣れてしまっていたからだと思う。

 末期のがん患者は病状のもたらす痛みに耐えかねて、治療薬を拒みモルヒネの処方を希望する。

 その真逆を地で突き進んでいた浮月さんの生への執着は、異常の一言に過ぎた。

「この痛みは私の人生の一部なんです」

 と、彼女は話してくれたことがあった。

「生まれた時からこの身体でしたから。この痛みが含まれない私自身というものが想像できません。もしもこの痛みを経過せずに育った私なんてものがどこかにいるとしたら、それはたぶん今ここにいる私とはまったく別の存在だと思います」

 少し考えるように沈黙を挟んだ後。

「これまでずっと、それこそ我が身のこととして想像できる自分の死を、この私ではない別の自分へと押し付け続けてきました。だからこそきっと」

 私は生き残らなければならないのです。

 ……。

 かつてそう言葉を区切った彼女は、ついさっき。僕の目の前で死んでしまった。何度も何度も、痛みを伴う自身の命のために誰かの平和な命を踏みにじってきた彼女が、生き返ることは二度とない。

 そもそも今までだって、浮月さんが生き返ったことなんて一度もなかったのだろう。彼女はただ分裂し続けてきただけだ。そのうちの片方が致命傷を引き受けて、もう片方が痛みある生を引き受けてきただけに過ぎない。それは魔法でも奇跡でもない。残酷な『異常』という名の地獄の様相だ。

 しかしそんな悲劇もたった今、僕の手によってここに幕を下ろした。

 浮月さんの遺品。

 むろん別段それは、こんな状況を想定して用意されたものでもなかっただろうけれど、あるいは運良く、彼女自身の存在を根本から消し去るためには必要不可欠なものだった。だからといってようやく浮月さんを救えたなどと言ってしまおうものなら、それこそ偽善だろう。

 今回の彼女は生まれて初めて自身の死を真っ向から引き受けた。

 その代わり、僕には痛みある生が与えられた。

 たぶんたったそれだけの話なのに。ふと気付けばしばらくの間、僕は浮月さんが消えてしまった場所から動けず、佇んでいたみたい。

「……」

 振り向けば、恐らく用は済んでしまったにも関わらず、未だ同じ場所で『彼女』は立ち尽くしていた。敵に見つかってしまうとまずいから、正直早めに隠れて欲しいところではあったのだけど。

 僕は浮月さんと同じ姿形をした『彼女』に何を言うことも出来なくて、ただ見つめ合ってしまう。物怖じせず僕を見つめ返すその瞳の色からは何を思っているのかさえ読み取れない。

 しばらくの沈黙ののち、僕へとどんな声をかけることも諦めたかのように去っていった。

 きっとまた、今まで隠れていた場所へと戻るのだろう。

「僕は……大丈夫だよ」

 虚空へ言ってしまった口元に触れると、微かに震えていて。少し笑えた。
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