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50.遅いよ、お兄ちゃん
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「遅いよ、お兄ちゃん」
……。まさか再びその台詞を聞くことになると思っていなかった僕は、とっさに上手く返事ができなかった。
時計を見れば午前四時半。場所は偽浮月さんが教えてくれた通り、教室棟三階一番奥の教室。教壇に座ったままこちらを見もせずにそんな台詞を吐いた砂音は、スマホをポケットにしまいながら。
「ここに来てるってことは、本当に浮月さん倒せちゃったんだ」少し考える素振りをした後、違うな、と。「これたぶん、ただ殺したんじゃなくて、存在そのものを消し去っちゃってるっぽいよね」
どうやったんだろう、なんて。面白そうに首を傾げるところを見ると、便利なことに砂音は『影化』した配下の生き死に程度なら察知できるらしい。
それにしても。
「……余裕そうだね」、と。
恐らく今から僕と戦うことになるだろうに。
「そりゃね。たかがお兄ちゃんだし」
……。安い挑発とはわかっていても多少へこむ。実際には一度も手合わせしたことないけれど、やってみればほぼ間違いなく僕より妹の方が強いだろうし。
というより理論上、一対一の戦闘において砂音よりも優れた『異常』は存在しない。
世界最強の『異常』。それこそが吸血鬼という種であり、素性も曖昧なただの食人鬼でしかない兄なんかとはそれこそ『異常』としての格が違う。
「血を吸った相手の能力を模倣するから、なんて」
チートも良いとこでしょう、とは不出来な兄の個人的な意見。
『異常』同士の戦いは基本的に、その能力のぶつけ合いとなる。となれば必然、能力の差がほとんどそのまま実力の差であり、噛みさえすれば相手以上の能力値が保証される砂音の模倣は、敵の能力ポテンシャルが高ければ高いほど彼女の有利に繋がる。
同じ血が流れているのかも疑わしい超エリートな妹様は屈託なく笑う。
「でも私が一番怖いのは浮月さんみたいなタイプなんだよね。自分の能力にほとんど頼ることないどころか、むしろ凶器とかばんばん使って、しかも裏をかいてくるタイプ」
確かに砂音の場合、相手の能力が使い勝手の悪いものであれば、模倣したところで短い戦闘中にその真価を発揮するほど習熟できるはずもなく、それよりは手持ちの能力で交戦した方がマシだろう。あるいは電撃戦や不意打ちを仕掛けられれば、対処の選択に手間取って、本来勝てるはずの戦いにすら負けてしまうかもしれない。
一方、浮月さんの場合は能力の使い勝手云々といった話以前の問題で、逆にその能力のせいであそこまで強くなる必要に迫られたとも言えそうだけれど、そこはそれ。
「だから昨日みたいに浮月さんと一緒だった時はともかく、一人で向かってくる今日のお兄ちゃんなら、結構余裕なんだ」
「……左様で」
「とすると、」微笑みを溶かして。「やっぱり気になるのが。お兄ちゃんは浮月さんをどうやって殺したのか」
「……」
もちろん『彼女』が何であるかなどとバラすつもりはないし、向こうとてそれが簡単に明かされるとは考えてもいないだろうけれど。そちらばかり警戒されても面倒だったから。
深呼吸。
「そもそも僕は、君らに勝つつもりがあまりないんだ」
と、話を逸してみる。
いつかの繰り返しになるけれど、鬼たる僕の能力は食欲や怪力だけというわけでもない。
「ふーん」
と、返ってきたのは信じてなさそうな声音。むろんそんな反応は想定通りで、僕は構わず続けた。
「今はこうして敵対しているわけだけど、君らに勝つことは目的の第一段階であって、最終目標ではないんだ」
「……なら。訊いてもらいたそうだし、一応尋ねておこうか」と、微笑みを溶かして。「ありえないとは思うけど、もしも私たちに勝ったら、お兄ちゃんはそれからどうするつもりなのかな」
と、その言葉に僕は笑みが浮かびかけるのを我慢した。何故なら疑い半分に聞いている姿勢なつもりの砂音は、僕の話にひっそりと含まれた前提をいつの間にか鵜呑みにしてしまっていたりするから。
僕が砂音に勝つ手段を持っていない、なんて。
だからこそ僕はすでに不足気味の時間をさらに浪費してでも、砂音との戦いを回避するためにこんな会話を行っている。と、彼女はいつの間にか思い込まされてしまっている。ついさっきまで偽浮月さんを殺した手段の存在を訝しんでいたのと同じ頭で、もうこちらの手の内を読み取る努力を放棄してしまっている。
鬼の恐ろしさの本質は、それが人でないにも関わらず人の形をしているという一言に尽きる。
人の脳は二足歩行生物に対して意思疎通を試みてしまうように出来ている。
人の脳は三つの点が集まった図形を顔と見るようにプログラムされている。
人の脳は自身と同じ言葉を話す動物に同族愛を覚えるように作られている。
だから彼らは簡単に騙される。
「浮月さんはもういないにも関わらず、もしもお兄ちゃんが勝てば、『抑止力』に目を付けられるし私たちの恨みは買うしで散々な結果が待ってると思うけど」、どうするつもりなの?
種明かしをすれば簡単な理屈で、言語においては字義通りの意味以上に、文脈や背景知識によって交換される情報量の方が大きな役割を占めることが多い。それは端的に言えば発話の際の表情や声音であったり、あるいは場所や状況、国籍、文化であったりする。
逆に人は受け取った言葉の表層上の情報量が極端に少ない場合、無意識に言外の情報を推定することで相手の意味するところを読み取ろうとしてしまう。
それは例えば、そんな台詞を吐く相手側の事情とか。
演技と呼んでしまえばそれだけなのだけど、人は言葉の嘘に対しては過剰な注意を払うのに、言葉の外側に仕込まれた嘘に対しては何故か極端なまでに脆弱だったりする。
とは言えあくまでこれははったりのたぐいで、数を撃てば当然リスクが高まるのがネック。加えてそもそもこの会話がどこまで漏れているのかわからない以上、砂音の問いに愚直に答えるわけにはいかず、ここは人間関係の潤滑油たるお茶目な誤魔化しをひとつ。
「それは君らが負けてみてからのお楽しみということで」
「うわぁ……その返し腹立つね」
「……」
まったくウケなかったどころか、火に潤滑油。正直に理由を吐露していればあるいは、戦いそのものさえ回避できそうな流れではあったものの、まぁそう思い通りにはいかない。
もっと悪かったのは。
「ま、どうせ勝てないだろうから良いんだけど」
と、砂音が教壇から飛び降りてしまったこと。
「……」、あ。
恐らく今彼女が元の場所から動いてしまったのは、あまり良くなかったのだと思う。
静寂の中に焦りのような気配が混じったのを感じる。
「今度こそ」
きちんと殺してあげるね、と。踏み出しかけたのを。
「浮月さんが、」と話し始めて、足止めを試みる。
「?」
「……浮月さんが」苦し紛れに。「君を裏切っているとは思わなかったの?」
砂音は少し考えたような沈黙の後。
「もしかして時間を稼ごうとしてる?」
「……」
にゃーん。
とか脳内で鳴いている場合でもなく、『彼女』が砂音の位置を補足し直すまでの時間くらいはせめて稼がなくちゃいけなくて。
「まだ勝てる気でいたのかな。それともただの逃避?」
「……浮月さんが用意していたのは、武器でもなければ式神のたぐいでもなかった」
図星なのを無視して。もちろん情報の出し惜しみなんてしてる余裕はなかった。
ついさっき自分で隠した『勝てる手段』を足止めの端緒としたからには、ここで仕留めなければもう後がない。
「はぁ……じゃあ、何だったの?」
呆れたようにため息を吐きながらも、律儀に待ってくれるらしき妹。
合いの手まで入れてくるところは、流石ニチアサキッズ、なんて。
「どうやって僕が浮月さんに勝てたかって、訊いたよね」
「手加減されたんでしょう?」
確かにそれもあるけど。というより結果的にはそっちが九割だったけれど。残りの一割については、僕が『影化』された浮月さんを消し去る手段を持っていたからこそ、彼女は僕に殺されることを許容したんだ。
なんて細々とした説明をするにしても、オチまで妹の興味を引き続けられる自信もなく、別方向からの話へと変える。
「本来のドッペルゲンガーという『異常』は、本物がそれに出会うと本物の方が消えてしまうはずだよね」
「……私のは逆だけどね」
消えてしまうのは偽物の方。つまりその方法を使えば『影化』されて不死となった人間を存在の根本から消せる。
ルールその三。『遭遇消滅』、なんて。
それは白地さんがデート(仮)の際に、何気なく漏らしてくれた情報。しかし砂音はもちろん、ここまで来ても訝しむばかりで僕の言葉に対して警戒心を覚えることはない。
「……でも浮月さんは、その方法じゃ殺せないはず」、と。
何故なら浮月さんの場合は、焼却炉で焼かれた時点で本物の側も殺されてしまったから。
だからこそ彼女の母親は帰ってこない娘のことで僕を尋ねてきて浮月さんの遺品を渡してくれたのだし、もし浮月さんが白地さんと同じように本体も生き残っていたならば、『影化』の事実は外部から観測され得ず、彼女の自宅には別の浮月さんがいつも通りに帰宅をしていただろう。
どういう原理かは知らないけど、浮月さんのケースだけは白地さんらとは別の殺され方をして、そういう結果になってしまったのだと思う。
「だけど、そのルールには砂音も気付いていない穴がある」
「……」
疑いを含んだ沈黙に晒される。されどこれはもう、ブラフじゃない。
「僕も実際にこの目で見るまでは半信半疑だった。だけど何事にも例外というものはあって、偶然にも、浮月さんはその条件を満たしてしまっていたんだ」
もう時間は十分稼いだだろうと、見計らって。
あとは君に任せたと、放り投げる勢いで。
「例えば浮月さんが二人いたら。三人いたら。あるいは」二百十四人、いたのなら。
浮月さんの過剰な再生能力。それは首を落としてさえ生き残るほどの。
そして浮月さんは誰よりも自身が死ぬことに対して臆病だ。
保険は何個も掛けてこそ意味がある。
「あ」
それらの思考の点に砂音はようやく思い至り、点同士が線で繋がり始める。
「そう……」
しかしその時すでに。
僕は爪先で床板を。
「浮月さんは『分裂』する」
三回叩いている。
砂音の意識は完全にこちらの言葉へと向いていた。さらには音のした足元の動作が合図だとは気付けなかったらしく、頭上の天井が突き破られる音で素直に驚いてしまって。
「っ!」
取るべき対処を間違える。愚直に見上げるのではなく、即座にその場所から退くべきだった砂音は、位置を過たず降ってくる『彼女』の放つ斬撃を躱せない。
……ちなみに。落ちる角度の関係で僕にだけ見えてしまったスカートの中身はもちろん包帯なんかで代用されていなくて。一方のナイフで首を切り落とす手元は相変わらずの包帯まみれ。
「違う」と、砂音は叫んだ。「違う違う違う! ……あなたは殺されたはずなのに……あなたは、」
誰?
なんて、首だけになっても砂音がシームレスに喋れてしまう辺り。影血鬼とて人間離れが並でなく、似たようなレベルの『彼女』も、流石に嫌そうな顔をした。あるいは、いくら私でも首だけでは話せないのに、なんて思っていたのかもしれない。
振り返って、少しぎこちない微笑みを浮かべる。
「言って伝わるとは思いませんが」
私は二百十三人目の私です、と。
「初めまして、星田くんの妹さん」
……。まさか再びその台詞を聞くことになると思っていなかった僕は、とっさに上手く返事ができなかった。
時計を見れば午前四時半。場所は偽浮月さんが教えてくれた通り、教室棟三階一番奥の教室。教壇に座ったままこちらを見もせずにそんな台詞を吐いた砂音は、スマホをポケットにしまいながら。
「ここに来てるってことは、本当に浮月さん倒せちゃったんだ」少し考える素振りをした後、違うな、と。「これたぶん、ただ殺したんじゃなくて、存在そのものを消し去っちゃってるっぽいよね」
どうやったんだろう、なんて。面白そうに首を傾げるところを見ると、便利なことに砂音は『影化』した配下の生き死に程度なら察知できるらしい。
それにしても。
「……余裕そうだね」、と。
恐らく今から僕と戦うことになるだろうに。
「そりゃね。たかがお兄ちゃんだし」
……。安い挑発とはわかっていても多少へこむ。実際には一度も手合わせしたことないけれど、やってみればほぼ間違いなく僕より妹の方が強いだろうし。
というより理論上、一対一の戦闘において砂音よりも優れた『異常』は存在しない。
世界最強の『異常』。それこそが吸血鬼という種であり、素性も曖昧なただの食人鬼でしかない兄なんかとはそれこそ『異常』としての格が違う。
「血を吸った相手の能力を模倣するから、なんて」
チートも良いとこでしょう、とは不出来な兄の個人的な意見。
『異常』同士の戦いは基本的に、その能力のぶつけ合いとなる。となれば必然、能力の差がほとんどそのまま実力の差であり、噛みさえすれば相手以上の能力値が保証される砂音の模倣は、敵の能力ポテンシャルが高ければ高いほど彼女の有利に繋がる。
同じ血が流れているのかも疑わしい超エリートな妹様は屈託なく笑う。
「でも私が一番怖いのは浮月さんみたいなタイプなんだよね。自分の能力にほとんど頼ることないどころか、むしろ凶器とかばんばん使って、しかも裏をかいてくるタイプ」
確かに砂音の場合、相手の能力が使い勝手の悪いものであれば、模倣したところで短い戦闘中にその真価を発揮するほど習熟できるはずもなく、それよりは手持ちの能力で交戦した方がマシだろう。あるいは電撃戦や不意打ちを仕掛けられれば、対処の選択に手間取って、本来勝てるはずの戦いにすら負けてしまうかもしれない。
一方、浮月さんの場合は能力の使い勝手云々といった話以前の問題で、逆にその能力のせいであそこまで強くなる必要に迫られたとも言えそうだけれど、そこはそれ。
「だから昨日みたいに浮月さんと一緒だった時はともかく、一人で向かってくる今日のお兄ちゃんなら、結構余裕なんだ」
「……左様で」
「とすると、」微笑みを溶かして。「やっぱり気になるのが。お兄ちゃんは浮月さんをどうやって殺したのか」
「……」
もちろん『彼女』が何であるかなどとバラすつもりはないし、向こうとてそれが簡単に明かされるとは考えてもいないだろうけれど。そちらばかり警戒されても面倒だったから。
深呼吸。
「そもそも僕は、君らに勝つつもりがあまりないんだ」
と、話を逸してみる。
いつかの繰り返しになるけれど、鬼たる僕の能力は食欲や怪力だけというわけでもない。
「ふーん」
と、返ってきたのは信じてなさそうな声音。むろんそんな反応は想定通りで、僕は構わず続けた。
「今はこうして敵対しているわけだけど、君らに勝つことは目的の第一段階であって、最終目標ではないんだ」
「……なら。訊いてもらいたそうだし、一応尋ねておこうか」と、微笑みを溶かして。「ありえないとは思うけど、もしも私たちに勝ったら、お兄ちゃんはそれからどうするつもりなのかな」
と、その言葉に僕は笑みが浮かびかけるのを我慢した。何故なら疑い半分に聞いている姿勢なつもりの砂音は、僕の話にひっそりと含まれた前提をいつの間にか鵜呑みにしてしまっていたりするから。
僕が砂音に勝つ手段を持っていない、なんて。
だからこそ僕はすでに不足気味の時間をさらに浪費してでも、砂音との戦いを回避するためにこんな会話を行っている。と、彼女はいつの間にか思い込まされてしまっている。ついさっきまで偽浮月さんを殺した手段の存在を訝しんでいたのと同じ頭で、もうこちらの手の内を読み取る努力を放棄してしまっている。
鬼の恐ろしさの本質は、それが人でないにも関わらず人の形をしているという一言に尽きる。
人の脳は二足歩行生物に対して意思疎通を試みてしまうように出来ている。
人の脳は三つの点が集まった図形を顔と見るようにプログラムされている。
人の脳は自身と同じ言葉を話す動物に同族愛を覚えるように作られている。
だから彼らは簡単に騙される。
「浮月さんはもういないにも関わらず、もしもお兄ちゃんが勝てば、『抑止力』に目を付けられるし私たちの恨みは買うしで散々な結果が待ってると思うけど」、どうするつもりなの?
種明かしをすれば簡単な理屈で、言語においては字義通りの意味以上に、文脈や背景知識によって交換される情報量の方が大きな役割を占めることが多い。それは端的に言えば発話の際の表情や声音であったり、あるいは場所や状況、国籍、文化であったりする。
逆に人は受け取った言葉の表層上の情報量が極端に少ない場合、無意識に言外の情報を推定することで相手の意味するところを読み取ろうとしてしまう。
それは例えば、そんな台詞を吐く相手側の事情とか。
演技と呼んでしまえばそれだけなのだけど、人は言葉の嘘に対しては過剰な注意を払うのに、言葉の外側に仕込まれた嘘に対しては何故か極端なまでに脆弱だったりする。
とは言えあくまでこれははったりのたぐいで、数を撃てば当然リスクが高まるのがネック。加えてそもそもこの会話がどこまで漏れているのかわからない以上、砂音の問いに愚直に答えるわけにはいかず、ここは人間関係の潤滑油たるお茶目な誤魔化しをひとつ。
「それは君らが負けてみてからのお楽しみということで」
「うわぁ……その返し腹立つね」
「……」
まったくウケなかったどころか、火に潤滑油。正直に理由を吐露していればあるいは、戦いそのものさえ回避できそうな流れではあったものの、まぁそう思い通りにはいかない。
もっと悪かったのは。
「ま、どうせ勝てないだろうから良いんだけど」
と、砂音が教壇から飛び降りてしまったこと。
「……」、あ。
恐らく今彼女が元の場所から動いてしまったのは、あまり良くなかったのだと思う。
静寂の中に焦りのような気配が混じったのを感じる。
「今度こそ」
きちんと殺してあげるね、と。踏み出しかけたのを。
「浮月さんが、」と話し始めて、足止めを試みる。
「?」
「……浮月さんが」苦し紛れに。「君を裏切っているとは思わなかったの?」
砂音は少し考えたような沈黙の後。
「もしかして時間を稼ごうとしてる?」
「……」
にゃーん。
とか脳内で鳴いている場合でもなく、『彼女』が砂音の位置を補足し直すまでの時間くらいはせめて稼がなくちゃいけなくて。
「まだ勝てる気でいたのかな。それともただの逃避?」
「……浮月さんが用意していたのは、武器でもなければ式神のたぐいでもなかった」
図星なのを無視して。もちろん情報の出し惜しみなんてしてる余裕はなかった。
ついさっき自分で隠した『勝てる手段』を足止めの端緒としたからには、ここで仕留めなければもう後がない。
「はぁ……じゃあ、何だったの?」
呆れたようにため息を吐きながらも、律儀に待ってくれるらしき妹。
合いの手まで入れてくるところは、流石ニチアサキッズ、なんて。
「どうやって僕が浮月さんに勝てたかって、訊いたよね」
「手加減されたんでしょう?」
確かにそれもあるけど。というより結果的にはそっちが九割だったけれど。残りの一割については、僕が『影化』された浮月さんを消し去る手段を持っていたからこそ、彼女は僕に殺されることを許容したんだ。
なんて細々とした説明をするにしても、オチまで妹の興味を引き続けられる自信もなく、別方向からの話へと変える。
「本来のドッペルゲンガーという『異常』は、本物がそれに出会うと本物の方が消えてしまうはずだよね」
「……私のは逆だけどね」
消えてしまうのは偽物の方。つまりその方法を使えば『影化』されて不死となった人間を存在の根本から消せる。
ルールその三。『遭遇消滅』、なんて。
それは白地さんがデート(仮)の際に、何気なく漏らしてくれた情報。しかし砂音はもちろん、ここまで来ても訝しむばかりで僕の言葉に対して警戒心を覚えることはない。
「……でも浮月さんは、その方法じゃ殺せないはず」、と。
何故なら浮月さんの場合は、焼却炉で焼かれた時点で本物の側も殺されてしまったから。
だからこそ彼女の母親は帰ってこない娘のことで僕を尋ねてきて浮月さんの遺品を渡してくれたのだし、もし浮月さんが白地さんと同じように本体も生き残っていたならば、『影化』の事実は外部から観測され得ず、彼女の自宅には別の浮月さんがいつも通りに帰宅をしていただろう。
どういう原理かは知らないけど、浮月さんのケースだけは白地さんらとは別の殺され方をして、そういう結果になってしまったのだと思う。
「だけど、そのルールには砂音も気付いていない穴がある」
「……」
疑いを含んだ沈黙に晒される。されどこれはもう、ブラフじゃない。
「僕も実際にこの目で見るまでは半信半疑だった。だけど何事にも例外というものはあって、偶然にも、浮月さんはその条件を満たしてしまっていたんだ」
もう時間は十分稼いだだろうと、見計らって。
あとは君に任せたと、放り投げる勢いで。
「例えば浮月さんが二人いたら。三人いたら。あるいは」二百十四人、いたのなら。
浮月さんの過剰な再生能力。それは首を落としてさえ生き残るほどの。
そして浮月さんは誰よりも自身が死ぬことに対して臆病だ。
保険は何個も掛けてこそ意味がある。
「あ」
それらの思考の点に砂音はようやく思い至り、点同士が線で繋がり始める。
「そう……」
しかしその時すでに。
僕は爪先で床板を。
「浮月さんは『分裂』する」
三回叩いている。
砂音の意識は完全にこちらの言葉へと向いていた。さらには音のした足元の動作が合図だとは気付けなかったらしく、頭上の天井が突き破られる音で素直に驚いてしまって。
「っ!」
取るべき対処を間違える。愚直に見上げるのではなく、即座にその場所から退くべきだった砂音は、位置を過たず降ってくる『彼女』の放つ斬撃を躱せない。
……ちなみに。落ちる角度の関係で僕にだけ見えてしまったスカートの中身はもちろん包帯なんかで代用されていなくて。一方のナイフで首を切り落とす手元は相変わらずの包帯まみれ。
「違う」と、砂音は叫んだ。「違う違う違う! ……あなたは殺されたはずなのに……あなたは、」
誰?
なんて、首だけになっても砂音がシームレスに喋れてしまう辺り。影血鬼とて人間離れが並でなく、似たようなレベルの『彼女』も、流石に嫌そうな顔をした。あるいは、いくら私でも首だけでは話せないのに、なんて思っていたのかもしれない。
振り返って、少しぎこちない微笑みを浮かべる。
「言って伝わるとは思いませんが」
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