田舎のお婆ちゃんから聞いた言い伝え

菊池まりな

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第25話 白い影

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 ヘッドライトが切り裂く雨の夜。古びた車のワイパーが必死に視界を確保しようとするが、視界の端には常に、何かが蠢いている気配を感じていた。時刻は午前2時を回っていた。ラジオからは、ノイズ混じりの雑音だけが流れ、不気味な静寂を際立たせている。
 
私は、この田舎道を、一人、車で走っていた。  仕事で遅くなった帰り道だ。  普段なら賑やかな国道も、この時間帯は車がほとんど通らず、静まり返っている。  その静寂が、私の不安を煽る。
 
最初は、気のせいだろうと思っていた。  しかし、再び視界の端で、白くぼやけた影が、まるで霧のように揺らめいた。  それは、はっきりとした形を持たない、曖昧な白い塊だった。  人間の姿にも見えるような、見えないような、不思議な形をしていた。  その影は、私の車の後を、ゆっくりと、しかし確実に追いかけてくる。
 
アクセルを踏むと、古びた車のエンジンから、金属の悲鳴のような音が響き渡る。  その音に呼応するかのように、雨は激しさを増し、車窓を叩きつける。  ピチピチ、ピチピチ…  まるで、無数の小さな手が、私の車を引っ掻いているかのようだ。  そして、その音の隙間から、何かが囁いているような、かすかな音が聞こえてくる気がした。
 
恐怖で、心臓が激しく鼓動し始めた。  後続車は、全く見えない。  しかし、あの白い影の存在感は、ますます増していく。  それは、視界の隅に常に存在し、私の視線を感じ取るかのように、時折、その形を変え、大きさを変える。  まるで、私の恐怖を餌にして、その姿を変化させているかのようだ。
 
雨粒が車窓に張り付き、視界をさらに狭める。  それでも、私は、その白い影を見失わないように、必死に目を凝らした。  その影は、まるで、私の恐怖を吸い取るように、闇からゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。  その不気味な存在は、私の背筋に冷たい息を吹きかけてくるようだった。
 
私は、何度も後方を確認した。  しかし、何も見えない。  後続車は、全く存在しない。  にもかかわらず、あの白い影は、確実に私の後を追いかけている。  それは、まるで、私の車と一体化しているかのように、ぴったりと後をついてくる。  その距離は、まるで、私の息遣いすら聞こえるほど近い。
 
恐怖で、視界が歪んでいく。  道路の白線が、蛇のようにうねり、周りの景色がゆがんで見える。  私は、必死にハンドルを握りしめ、スピードを上げた。  しかし、その白い影は、一向に離れる気配がない。  むしろ、だんだん近づいてきているようにさえ感じられた。
 
そして、ついに、その影が、私の車のすぐそばまで迫ってきた。  それは、白い着物をまとった、女性のシルエットだった。  しかし、その顔は、全く見えない。  ただ、真っ白な布が、まるで顔面を覆い隠しているかのようだった。  その布の隙間から、わずかに見えるのは、鋭く光る、黒い瞳孔だけ。  それは、まるで、深い闇の底から覗いている、冷たい、そして、空虚な瞳だった。
 
その瞳孔は、私の魂を奪うかのように、じっと私を見つめていた。  その視線は、冷たく、そして、恐ろしく、私の全身を凍りつかせた。  私は、恐怖のあまり、ハンドルから手を離しそうになった。
 
その瞬間、激しいブレーキ音と共に、車は制御不能になり、ガードレールに激突した。  けたたましい金属音と、ガラスが割れる音が、夜の静寂を破った。  そして、私の意識は、闇に沈んでいった。
 
…ドンッ…
 
 目を覚ました時、私は病院のベッドの上にいた。  医師は、事故の状況を説明してくれたが、私の脳裏には、あの白い影、そして、その冷たい、空虚な瞳だけが焼き付いていた。  多発性骨折と、脳震盪を負ったという。  しかし、身体の痛みよりも、あの白い影の恐怖の方が、はるかに大きかった。
 
 あの夜、私は、この田舎に伝わる、最も恐ろしい物語の一つを、体験したのかもしれない…  あの白い着物の女…  あの冷たい視線…  そして、あの不気味な、ピチピチという音…  それらは、今も、私の心に深く刻み込まれている。  そして、私は、二度と、夜間の運転はしないだろう。
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