49 / 103
第49話 断層の記憶
しおりを挟む
旧校舎の階段を上りきったところで、三枝美佳はふと足を止めた。空気が変わった気がした。埃と静寂、そして──記憶の匂い。古びたドアの前で、彼女はポケットの中の銀色の鍵を握りしめる。
(本当に、この先に──?)
足元で、ささやくような声がした。
「……開けて。ここに、まだ“誰か”がいる」
美佳は振り返ったが、そこには誰もいなかった。ただ、ほんの一瞬、誰かの影が壁をよぎったように見えた気がした。
鍵を差し込むと、カチリ、と控えめな音を立ててドアが開いた。旧校舎の一番奥、誰も近寄らない資料室──LAPISが非公式に“保管室”と呼ぶ場所だ。
中に入ると、そこはまるで時が止まったような空間だった。埃をかぶったモニター、閉じられたファイル、そして壁に貼られた無数の写真と記録用紙。そのすべてが、あるひとつの“事件”を中心に配置されている。
「……プロジェクト・コード:ECHO(エコー)……?」
呟いた瞬間、背後でドアが音もなく閉まった。美佳は振り返らず、代わりに壁に貼られた1枚の写真に目を留めた。
それは、七海彩音、朝倉純、そして──自分自身の姿。
けれど、写っている“美佳”は明らかに今の自分とは違っていた。少し幼く、少し怯えていて、それでいて何かを知っている目をしている。
(私、こんな写真、覚えてない……)
その瞬間、室内に設置された端末が、静かに起動した。
──再構築プログラム:コードR.I.(Rebuild Identity)起動準備完了。
画面に浮かぶ文字列に、美佳は息を呑んだ。
(コードR.I.… それって……“記憶の再構築”?)
端末に近づくと、自動的に読み取りセンサーが彼女の瞳をスキャンし、認証された。
「ようこそ、三枝美佳さん」
合成音声がそう告げると同時に、壁に投影されたホログラムに映像が現れた。
そこには、かつての彩音がいた。今よりずっと若く、けれど凛とした表情で、こう語っていた。
──「この鍵を、彼女に託す。そうすれば、真実の扉は開かれる。私がいなくなっても──彼女なら、きっとたどり着ける」
(彩音……)
まるで時を越えて“託された想い”が、美佳の胸に流れ込んでくるようだった。
その時、端末がもう一つのメッセージを表示した。
──“選択”の時です。記憶を上書きしますか? Y/N
震える指先が、キーボードの上で止まる。
(私は……選ぶべきなの? それとも、もう選んでいた?)
答えは、まだ出せなかった。
けれど、美佳は知っていた。
この記憶の断層の奥に、“自分自身の真実”があることを──。
(本当に、この先に──?)
足元で、ささやくような声がした。
「……開けて。ここに、まだ“誰か”がいる」
美佳は振り返ったが、そこには誰もいなかった。ただ、ほんの一瞬、誰かの影が壁をよぎったように見えた気がした。
鍵を差し込むと、カチリ、と控えめな音を立ててドアが開いた。旧校舎の一番奥、誰も近寄らない資料室──LAPISが非公式に“保管室”と呼ぶ場所だ。
中に入ると、そこはまるで時が止まったような空間だった。埃をかぶったモニター、閉じられたファイル、そして壁に貼られた無数の写真と記録用紙。そのすべてが、あるひとつの“事件”を中心に配置されている。
「……プロジェクト・コード:ECHO(エコー)……?」
呟いた瞬間、背後でドアが音もなく閉まった。美佳は振り返らず、代わりに壁に貼られた1枚の写真に目を留めた。
それは、七海彩音、朝倉純、そして──自分自身の姿。
けれど、写っている“美佳”は明らかに今の自分とは違っていた。少し幼く、少し怯えていて、それでいて何かを知っている目をしている。
(私、こんな写真、覚えてない……)
その瞬間、室内に設置された端末が、静かに起動した。
──再構築プログラム:コードR.I.(Rebuild Identity)起動準備完了。
画面に浮かぶ文字列に、美佳は息を呑んだ。
(コードR.I.… それって……“記憶の再構築”?)
端末に近づくと、自動的に読み取りセンサーが彼女の瞳をスキャンし、認証された。
「ようこそ、三枝美佳さん」
合成音声がそう告げると同時に、壁に投影されたホログラムに映像が現れた。
そこには、かつての彩音がいた。今よりずっと若く、けれど凛とした表情で、こう語っていた。
──「この鍵を、彼女に託す。そうすれば、真実の扉は開かれる。私がいなくなっても──彼女なら、きっとたどり着ける」
(彩音……)
まるで時を越えて“託された想い”が、美佳の胸に流れ込んでくるようだった。
その時、端末がもう一つのメッセージを表示した。
──“選択”の時です。記憶を上書きしますか? Y/N
震える指先が、キーボードの上で止まる。
(私は……選ぶべきなの? それとも、もう選んでいた?)
答えは、まだ出せなかった。
けれど、美佳は知っていた。
この記憶の断層の奥に、“自分自身の真実”があることを──。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる