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菊池まりな

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第49話 断層の記憶

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旧校舎の階段を上りきったところで、三枝美佳はふと足を止めた。空気が変わった気がした。埃と静寂、そして──記憶の匂い。古びたドアの前で、彼女はポケットの中の銀色の鍵を握りしめる。

(本当に、この先に──?)

足元で、ささやくような声がした。

「……開けて。ここに、まだ“誰か”がいる」

美佳は振り返ったが、そこには誰もいなかった。ただ、ほんの一瞬、誰かの影が壁をよぎったように見えた気がした。

鍵を差し込むと、カチリ、と控えめな音を立ててドアが開いた。旧校舎の一番奥、誰も近寄らない資料室──LAPISが非公式に“保管室”と呼ぶ場所だ。

中に入ると、そこはまるで時が止まったような空間だった。埃をかぶったモニター、閉じられたファイル、そして壁に貼られた無数の写真と記録用紙。そのすべてが、あるひとつの“事件”を中心に配置されている。

「……プロジェクト・コード:ECHO(エコー)……?」

呟いた瞬間、背後でドアが音もなく閉まった。美佳は振り返らず、代わりに壁に貼られた1枚の写真に目を留めた。

それは、七海彩音、朝倉純、そして──自分自身の姿。

けれど、写っている“美佳”は明らかに今の自分とは違っていた。少し幼く、少し怯えていて、それでいて何かを知っている目をしている。

(私、こんな写真、覚えてない……)

その瞬間、室内に設置された端末が、静かに起動した。

──再構築プログラム:コードR.I.(Rebuild Identity)起動準備完了。

画面に浮かぶ文字列に、美佳は息を呑んだ。

(コードR.I.… それって……“記憶の再構築”?)

端末に近づくと、自動的に読み取りセンサーが彼女の瞳をスキャンし、認証された。

「ようこそ、三枝美佳さん」

合成音声がそう告げると同時に、壁に投影されたホログラムに映像が現れた。

そこには、かつての彩音がいた。今よりずっと若く、けれど凛とした表情で、こう語っていた。

──「この鍵を、彼女に託す。そうすれば、真実の扉は開かれる。私がいなくなっても──彼女なら、きっとたどり着ける」

(彩音……)

まるで時を越えて“託された想い”が、美佳の胸に流れ込んでくるようだった。

その時、端末がもう一つのメッセージを表示した。

──“選択”の時です。記憶を上書きしますか? Y/N

震える指先が、キーボードの上で止まる。

(私は……選ぶべきなの? それとも、もう選んでいた?)

答えは、まだ出せなかった。

けれど、美佳は知っていた。

この記憶の断層の奥に、“自分自身の真実”があることを──。
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