アンケート

菊池まりな

文字の大きさ
56 / 103

第56話 もうひとりの“純”

しおりを挟む
「どうした、美佳。受け取れよ、鍵を。君が、選ばれたんだろ?」

その声は確かに純のものだった。
だが、目の奥に宿る光が──違っていた。冷たく、計算された光。

美佳の手は震えていた。
純の姿をした“何か”が、差し出す鍵。
それは、彩音から直接託されたはずのもの。なのに、なぜ今、彼の手の中に?

「純……あなた、純じゃない」

ようやく絞り出した声に、“純”はふっと口角を上げた。

「そう思うか? でも、おれはおれだ。記憶があって、意志がある。それだけで人間は人間になるんだよ」

「……何を言って……」

「LAPISの旧研究区画には、“人格模倣プログラム”の端末がまだ生きてる。残留記憶と接続すれば、身体がなくても“誰か”を再構成できる。今の俺は、朝倉純の記憶と意志、そしてこの施設の意思から構成された存在さ」

彼の瞳が、淡く蒼く光る。人工的な光だった。

「君がここに来るよう、彩音が“鍵”を託したのは計算じゃない。だが、この場所はその想いすら利用する。君が“過去”を暴こうとすればするほど、“今”が揺らぐんだ」

「やめて……!」

美佳は一歩後ずさった。

「私は、真実を知りたいだけ! 彩音が見てきた世界を──あなたたちが奪ったものを!」

その叫びに、“純”の表情がわずかに揺れる。

「……君のその感情すらも、想定内なんだよ、美佳。だってこれは……君自身が最初に選んだことだから」

「……選んだ?」

「そう。最初の“アンケート”を覚えてるかい? あの問いは、単なる調査じゃなかった。君が、この実験に参加するかどうかの意思表示だったんだ」

胸が締めつけられた。

美佳の頭の中に、あの何気ない選択肢がフラッシュバックする。

──あなたは、真実を知りたいですか?
□ はい
□ いいえ

「……“はい”って……答えた」

「その時点で、君は選ばれてた。そしてこの都市の深層構造にアクセスする“鍵”として、君の意識はリンクされた」

“純”の声は静かに続く。

「彩音はそれを知っていた。君に鍵を託すことで、都市に真実が広がることを。だが、それは同時に、この都市の終わりを意味する。すべての制御を失い、記憶が暴走し、人々が過去に縛られる」

「……それでも……私は、受け取る。彩音がくれたものだから」

美佳は、震える手を伸ばした。
“純”が持つ、冷たい金属の鍵を握りしめる。

その瞬間──

頭の中に、無数の映像と声が流れ込んできた。
彩音の記憶、施設の記録、失われた過去と、選ばれた未来。

美佳は叫びそうになる意識の嵐に耐えながら、ただひとつの想いを胸に抱く。

「これは、終わらせるための物語だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~【after story】

けいこ
恋愛
あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~ のafter storyです。 よろしくお願い致しますm(_ _)m

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】エレクトラの婚約者

buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。 父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。 そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。 エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。 もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが…… 11万字とちょっと長め。 謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。 タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。 まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...