55 / 103
第55話 眠る都市の地下
しおりを挟む
真夜中の藍都学園都市。
地上のざわめきとは無縁の、冷たいコンクリートの下──そのさらに奥へと続く旧式の非常通路を、美佳は駆けていた。
足元には積もった粉塵、壁には旧時代の警告標識。
かつて避難ルートとして設計された通路は、今や都市の記憶の中にさえ存在していない。
「……純……大丈夫だよね……」
呟く声も、コツコツという足音にすぐかき消されていく。
狭く、湿った通路を進むにつれ、空気が変わっていくのを感じた。
人工的な匂い。電気のうなる音。どこかで誰かが「動かしている」気配──。
「……ここ、どこに続いてるの……?」
道は一度右に折れ、下り階段へとつながっていた。
その先に待っていたのは、明らかに「研究施設」の名残だった。
むき出しの配線、半壊したブラインド、そして錆びた金属製のプレートに残されたロゴ。
《LAPIS旧管理区画 No.05》
「LAPISの……旧本部?」
薄暗い光の中で、美佳の指先が震える。
旧施設が都市の地下に封印されていた──それは、都市に住む誰もが知らなかった、あるいは“知ってはいけなかった”事実だった。
持っていた端末の表示が急に乱れ、ノイズ混じりに何かの映像が浮かび上がる。
《……記録再生開始……》
それは、かつてこの施設で行われていた実験記録だった。
映像の中、幼い少女たちが並べられ、無機質な声で何かの質問に答えさせられている。
その形式は――アンケート。
だが、回答によって彼女たちの処遇が変わっていた。
「これは……」
その中に、見覚えのある顔があった。
髪の長い少女。凛とした目をしたまま、答えを口にする。
「……七海、彩音……?」
美佳は絶句した。
彩音はこの場所で――実験対象として、生かされ、そして使われていた?
「嘘……こんな……」
震える手で端末を握りしめた瞬間、通路の奥から扉が自動で開く音が響いた。
誰かが、来る。
美佳は反射的にデータをダウンロードし、端末を懐に隠すと、静かに物陰へ身を隠した。
足音は一人分。だがそのリズムに、聞き覚えがあった。
「……美佳? ……いるんだろ?」
聞こえた声に、美佳の胸が跳ね上がる。
「純……!?」
だが、その姿を確認した瞬間、美佳は違和感を覚えた。
制服は乱れ、目は赤く充血し、口元には血の痕。そして──その表情は、どこか“空虚”だった。
「お前に……渡してもらうものがある」
純はそう言いながら、ゆっくりと手を差し出した。
その手に握られていたのは、あの“鍵”──七海彩音が託した、記憶の鍵だった。
だが──なぜ、彼がそれを持っている?
「それ、どこで……」
問いかけようとした瞬間、美佳の背筋に冷たい戦慄が走った。
“この純は、本当に……朝倉純なのか?”
地上のざわめきとは無縁の、冷たいコンクリートの下──そのさらに奥へと続く旧式の非常通路を、美佳は駆けていた。
足元には積もった粉塵、壁には旧時代の警告標識。
かつて避難ルートとして設計された通路は、今や都市の記憶の中にさえ存在していない。
「……純……大丈夫だよね……」
呟く声も、コツコツという足音にすぐかき消されていく。
狭く、湿った通路を進むにつれ、空気が変わっていくのを感じた。
人工的な匂い。電気のうなる音。どこかで誰かが「動かしている」気配──。
「……ここ、どこに続いてるの……?」
道は一度右に折れ、下り階段へとつながっていた。
その先に待っていたのは、明らかに「研究施設」の名残だった。
むき出しの配線、半壊したブラインド、そして錆びた金属製のプレートに残されたロゴ。
《LAPIS旧管理区画 No.05》
「LAPISの……旧本部?」
薄暗い光の中で、美佳の指先が震える。
旧施設が都市の地下に封印されていた──それは、都市に住む誰もが知らなかった、あるいは“知ってはいけなかった”事実だった。
持っていた端末の表示が急に乱れ、ノイズ混じりに何かの映像が浮かび上がる。
《……記録再生開始……》
それは、かつてこの施設で行われていた実験記録だった。
映像の中、幼い少女たちが並べられ、無機質な声で何かの質問に答えさせられている。
その形式は――アンケート。
だが、回答によって彼女たちの処遇が変わっていた。
「これは……」
その中に、見覚えのある顔があった。
髪の長い少女。凛とした目をしたまま、答えを口にする。
「……七海、彩音……?」
美佳は絶句した。
彩音はこの場所で――実験対象として、生かされ、そして使われていた?
「嘘……こんな……」
震える手で端末を握りしめた瞬間、通路の奥から扉が自動で開く音が響いた。
誰かが、来る。
美佳は反射的にデータをダウンロードし、端末を懐に隠すと、静かに物陰へ身を隠した。
足音は一人分。だがそのリズムに、聞き覚えがあった。
「……美佳? ……いるんだろ?」
聞こえた声に、美佳の胸が跳ね上がる。
「純……!?」
だが、その姿を確認した瞬間、美佳は違和感を覚えた。
制服は乱れ、目は赤く充血し、口元には血の痕。そして──その表情は、どこか“空虚”だった。
「お前に……渡してもらうものがある」
純はそう言いながら、ゆっくりと手を差し出した。
その手に握られていたのは、あの“鍵”──七海彩音が託した、記憶の鍵だった。
だが──なぜ、彼がそれを持っている?
「それ、どこで……」
問いかけようとした瞬間、美佳の背筋に冷たい戦慄が走った。
“この純は、本当に……朝倉純なのか?”
0
あなたにおすすめの小説
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
退屈令嬢のフィクサーな日々
ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。
直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる