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菊池まりな

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第61話 鍵の継承

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彩音が去った記憶の空間──教室が再び静寂に包まれ、美佳と純はしばらく言葉を失っていた。
そこにはもう彩音の姿はなかったが、不思議と寂しさはなかった。
それよりも、残された温もりと想いの重さが、ふたりの胸に静かに息づいていた。

「……ねぇ、純。彩音、きっとずっと見ていてくれたんだと思うの」
美佳がぽつりと呟く。

「そうだな。あいつ、全部分かってた。俺たちが何を悩んで、何を見失ってたかも──」

純の視線は、かつての黒板に残る「記憶の断片」に注がれていた。そこには、かつて生徒たちが残した言葉や、笑い声の痕跡がうっすらと残っていた。

『未来に何を残すかは、今をどう生きるかだ』

それは、彩音が高校時代に書いたという言葉。かつての卒業文集に書かれた一節だった。
そのとき、純はポケットからある小さな装置を取り出した。LAPISの中枢とリンクするための補助キー──彩音の記憶とともに託されたもうひとつの「鍵」だった。

「これはお前に渡すべきだと思う」
そう言って、美佳に差し出した。

「えっ、でも……私は、そんな責任あるもの、扱える自信ないよ」

「違うんだ、美佳。これは“管理”するための鍵じゃない。“守るため”の鍵だ。
記憶って、閉じ込めておくと腐っていく。でも、共有されて、語られて、残されることで、誰かの生きる力になる。……そういう“継承”のための鍵だよ」

美佳はその言葉に、ふと胸の奥が震えるのを感じた。
自分の中にある痛みも、後悔も、そして決意も──きっと誰かの未来に繋がる。

彼女は両手でキーを受け取ると、静かに頷いた。

「分かった。これは私が、ちゃんと引き継ぐ。彩音ちゃんの気持ちも、みんなの想いも、全部……」

そのとき、空間がゆっくりと変化を始めた。
教室の窓の外に広がっていた過去の景色が、新しい色彩に塗り替えられていく。未来の都市──再構築された藍都学園都市の光景だった。

すべてが新しくなるわけではない。
記憶の層はそのまま都市の地層となり、新しい記録と共に共存していく。
それが、この都市が選んだ「未来のかたち」だった。


数日後。藍都学園都市にあるメモリアルホール。
彩音の「記憶の記録式」が、静かに執り行われていた。

出席したのは、ごく限られた関係者──純、美佳、ユリ、東郷、玲、そしてLAPISの関係者数名。
祭壇の代わりに設けられたのは、一冊のメモリーブックだった。
ページには、彩音の記憶の断片──日常の写真や日記、仲間たちとのメッセージの記録が並んでいた。

「こんなふうに、記憶が残されていくの、いいよね」
ユリが呟いた。

「ええ。悲しみのためだけじゃなくて、前に進むために」
玲が答える。

静かにページをめくっていた美佳は、最後のページに書かれた一文に目を止めた。

> 『あなたが笑ってくれたら、私は、もう十分だよ。』



その言葉を見つけた瞬間、涙が一筋、頬を伝った。

「彩音ちゃん……ちゃんと届いてるよ。あなたの“鍵”、私たちが守っていくから」

手にしたキーを握りしめ、美佳はそっと笑った。
それは、誰かの選択に導かれた笑顔ではない。
自分自身が選んだ未来へ向けての、確かな一歩だった。

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