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第64話 最奥の扉
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分厚い扉の隙間から、冷え切った空気が流れ込んできた。
美佳は肩をすくめながら一歩、また一歩と暗闇へと踏み出す。
足元は滑らかな石床で、かすかに湿り気を帯びている。壁際に並ぶ無数の金属棚が、まるで墓標のように沈黙していた。
「……ここ、本当に学園都市の地下なの?」
息を呑む美佳の背後から、純が低く答える。
「そうだ。藍都学園都市の設計図にも載っていない“影”の層だ」
彩音は手にした小型ライトを点け、淡く照らす。光の輪が棚を滑り、その間に無造作に置かれた黒いケースを浮かび上がらせる。ケースにはひとつひとつ、刻印のような数字と名前が貼られていた。
美佳は手を伸ばし、そのひとつをなぞった。
──「SAE_03_MIKA」。
見覚えのある、自分の名前。
思わず息が詰まり、指先が冷たくなる。
「見なさい」
彩音の声が硬く響く。
「これは“アンケート”の対象者ファイルよ。あなたもその一人」
純がケースを開けると、中には厚いファイルと数枚の写真、そして──ひとつの小型デバイスが収められていた。
「これ……送られてきたアンケートの端末……?」
「そう。送信と同時に、対象者の行動、思考、接触した人間すべてを記録する仕組みだ」
美佳の頭に、あの日のメールがよみがえる。
“送信後のキャンセルは如何なる場合でも出来ません。謝礼は必ずお受け取りください。”
あの言葉が、冷たい鎖となって胸に絡みつく。
「じゃあ……私は、もうずっと前から監視されていたってこと?」
「ただの監視じゃない」
純の声が低く、硬く響く。
「選別だ。ある条件を満たした者だけが、“次の段階”に進める」
美佳は息を呑む。
次の段階──その言葉が、底知れない闇を想像させる。
そのとき、奥の闇の中から低く軋む音がした。
ライトを向けると、さらに奥にもう一枚、黒鉄の扉がそびえている。
扉の中央には、先ほど彩音が言っていた鍵穴があり、美佳の持つ鍵と形状が完全に一致していた。
「開けるの?」
震える声で問う美佳に、彩音は静かにうなずいた。
「あなたしか開けられない」
手のひらに鍵の重みを感じながら、美佳は前へ進む。
鍵を差し込み、ゆっくりと回すと、重い金属音が部屋全体に響き渡った。
──その瞬間、頭の奥に、耳元で誰かが囁くような声が響く。
『ようこそ、三枝美佳。あなたの選択が、都市の行方を決める』
美佳は思わず振り返るが、そこには純と彩音しかいない。
しかし二人の表情もまた、何かを聞いたように強張っていた。
扉が、ゆっくりと開き始める。
その向こうには、薄明かりの中で蠢く巨大な装置と、無数のケーブルに繋がれた端末群が見えてきた──。
美佳は肩をすくめながら一歩、また一歩と暗闇へと踏み出す。
足元は滑らかな石床で、かすかに湿り気を帯びている。壁際に並ぶ無数の金属棚が、まるで墓標のように沈黙していた。
「……ここ、本当に学園都市の地下なの?」
息を呑む美佳の背後から、純が低く答える。
「そうだ。藍都学園都市の設計図にも載っていない“影”の層だ」
彩音は手にした小型ライトを点け、淡く照らす。光の輪が棚を滑り、その間に無造作に置かれた黒いケースを浮かび上がらせる。ケースにはひとつひとつ、刻印のような数字と名前が貼られていた。
美佳は手を伸ばし、そのひとつをなぞった。
──「SAE_03_MIKA」。
見覚えのある、自分の名前。
思わず息が詰まり、指先が冷たくなる。
「見なさい」
彩音の声が硬く響く。
「これは“アンケート”の対象者ファイルよ。あなたもその一人」
純がケースを開けると、中には厚いファイルと数枚の写真、そして──ひとつの小型デバイスが収められていた。
「これ……送られてきたアンケートの端末……?」
「そう。送信と同時に、対象者の行動、思考、接触した人間すべてを記録する仕組みだ」
美佳の頭に、あの日のメールがよみがえる。
“送信後のキャンセルは如何なる場合でも出来ません。謝礼は必ずお受け取りください。”
あの言葉が、冷たい鎖となって胸に絡みつく。
「じゃあ……私は、もうずっと前から監視されていたってこと?」
「ただの監視じゃない」
純の声が低く、硬く響く。
「選別だ。ある条件を満たした者だけが、“次の段階”に進める」
美佳は息を呑む。
次の段階──その言葉が、底知れない闇を想像させる。
そのとき、奥の闇の中から低く軋む音がした。
ライトを向けると、さらに奥にもう一枚、黒鉄の扉がそびえている。
扉の中央には、先ほど彩音が言っていた鍵穴があり、美佳の持つ鍵と形状が完全に一致していた。
「開けるの?」
震える声で問う美佳に、彩音は静かにうなずいた。
「あなたしか開けられない」
手のひらに鍵の重みを感じながら、美佳は前へ進む。
鍵を差し込み、ゆっくりと回すと、重い金属音が部屋全体に響き渡った。
──その瞬間、頭の奥に、耳元で誰かが囁くような声が響く。
『ようこそ、三枝美佳。あなたの選択が、都市の行方を決める』
美佳は思わず振り返るが、そこには純と彩音しかいない。
しかし二人の表情もまた、何かを聞いたように強張っていた。
扉が、ゆっくりと開き始める。
その向こうには、薄明かりの中で蠢く巨大な装置と、無数のケーブルに繋がれた端末群が見えてきた──。
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