アンケート

菊池まりな

文字の大きさ
81 / 103

第82話 闇の対峙

しおりを挟む
突如、廊下の蛍光灯がすべて消え、深い闇が美佳たちを呑み込んだ。
 視界は完全に奪われ、空気が一層重苦しくなる。息をする音すら、敵に聞き取られてしまいそうな緊張が漂った。

 「純……」
 美佳が小さく呼びかけると、すぐ隣から低い声が返る。
 「大丈夫だ。動くな」

 次の瞬間、闇の奥で何かが擦れる音がした。
 布が揺れるような、しかし金属質を帯びた不気味な響き。

 「……やっと会えたな」
 あの声が、再び耳を震わせる。機械を通したような歪んだ声。それでも、明確に美佳へと向けられているのがわかった。

 「あなたは……誰なの?」
 闇の中で、美佳は声を震わせながら問い返す。

 影は笑ったようだった。空気がかすかに歪み、その気配が肌を刺す。
 「お前が持っている“鍵”……それこそが、すべてを繋ぐものだ。お前が答えるべき“アンケート”の、最後の問いだ」

 「アンケート……?」
 その言葉に、美佳の心臓が跳ねる。
 最初に届いた不可解なアンケートの依頼。軽い気持ちで答えたはずのあの出来事が、今もなお彼女を縛り続けている。

 「ふざけるな」
 純が鋭く声を上げ、一歩踏み出す。その足音が闇に響くと同時に、玲が光源を展開しようと手を動かした。
 だが、その瞬間——。

 耳をつんざくような高周波が鳴り響き、玲の魔術回路が強制的に遮断された。
 「くっ……! 干渉されてる……!」

 翔も端末を操作するが、画面には意味不明な文字列が次々と流れ、制御を奪われていく。
 「……こっちもやられたか」

 闇の中で、影の声が低く囁く。
 「答えろ。お前は、未来を選ぶか。過去に縛られるか」

 その言葉に、美佳の胸の奥で熱いものが揺らいだ。
 未来か、過去か。
 まるであのアンケートの設問のように、二者択一を迫る響きだった。

 「美佳!」
 純の声が鋭く響く。
 「惑わされるな! 選択を急ぐ必要はない!」

 だが美佳は、影の声に囚われていた。
 彩音から渡された“鍵”を握る手が震え、その冷たさが逆に現実感を増す。

 そのとき、影がはっきりと口にした。
 「お前が“扉”を開くのだ、三枝美佳——」

 バチッ、と火花が散り、闇の一角に光が走る。
 純が懐から閃光弾を投げ込んだのだ。
 眩い光が廊下を焼き、一瞬だけ影の輪郭が浮かび上がる。

 それは確かに人の形をしていた。しかし、その顔は奇妙に歪み、まるで複数の人物の顔を重ね合わせたような、不安定な存在だった。

 「なっ……」
 美佳の喉から声が漏れる。
 「これは……人なの……?」

 影は光を嫌うように後退し、歪んだ声を残して闇の奥へと消えていった。
 「また会おう。答えを出す、その時にな」

 残されたのは、焦げた匂いと、不気味な余韻だけだった。

 純は深く息を吐き、美佳の肩に手を置く。
 「……大丈夫か」
 美佳は震える声で答えた。
 「うん……でも、私……きっと、逃げられない」

 その言葉が、誰よりも重く響いていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...