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第11話 色とりどりの日常
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春の朝は、どこかせわしない。
通学路の並木道には、制服に袖を通した生徒たちが列をなして歩いている。
冬の間は裸だった枝に若葉が芽吹き、風が吹くたびにかすかな青い匂いが漂った。
制服は同じでも、歩く顔ぶれが少しずつ変わる。それだけで、新しい学期が始まったことを実感する。
私は校門をくぐりながら、無意識に空を仰いだ。
雲ひとつない、澄んだ青。
あの日、海の上で見た色と似ているけれど、違う。
そこに澪の横顔も、夕陽の橙も混ざってはいない。
けれど心の奥で、まだあの“名前のない色”は静かに残っていた。
「おーい、蒼!」
声の方を見ると、サッカー部の海野陸が、片手を大きく振ってこちらへ駆けてくる。
髪は少し伸びて、日焼けした顔が春の光に照らされている。
「新学期初日から遅刻ギリギリじゃねーだろうな?」
「……失礼な。ちゃんと時間通りに来たよ」
そう返すと、陸はにっと笑い、肩を軽く叩いてきた。
「ま、蒼がいないと美術室も静かすぎるしな」
「それは褒めてるの? けなしてるの?」
「両方!」
彼の調子に思わず笑みが漏れる。
廊下を進むと、今度は文芸部の青山千尋がノートを抱えて現れた。
彼女は眼鏡を直しながら、落ち着いた声で言う。
「二人とも元気そうね。……春は始まりの季節だから、体力勝負よ」
「お前は体力勝負しなくてもいいだろ」
陸が笑い飛ばすと、千尋は肩をすくめて小さくため息をついた。
「部誌の入稿締め切りは体力より気力なの。徹夜は体力勝負に含まれるわ」
その真顔に、私と陸は思わず顔を見合わせて苦笑した。
そして──教室の窓際に、澪の姿を見つけた。
頬杖をつきながら外を見ている彼女の横顔は、春の朝の明るさに溶け込みながらも、どこか遠くを見ているようだった。
教室のざわめきから切り離されたように静かで、まるで海辺にいたときの表情と重なる。
私の胸の奥で、まだ名を持たない色がふっと揺れた。
──今日も、あの色に名前はつけられないまま。
けれど、日常の始まりは確かに目の前に広がっていた。
通学路の並木道には、制服に袖を通した生徒たちが列をなして歩いている。
冬の間は裸だった枝に若葉が芽吹き、風が吹くたびにかすかな青い匂いが漂った。
制服は同じでも、歩く顔ぶれが少しずつ変わる。それだけで、新しい学期が始まったことを実感する。
私は校門をくぐりながら、無意識に空を仰いだ。
雲ひとつない、澄んだ青。
あの日、海の上で見た色と似ているけれど、違う。
そこに澪の横顔も、夕陽の橙も混ざってはいない。
けれど心の奥で、まだあの“名前のない色”は静かに残っていた。
「おーい、蒼!」
声の方を見ると、サッカー部の海野陸が、片手を大きく振ってこちらへ駆けてくる。
髪は少し伸びて、日焼けした顔が春の光に照らされている。
「新学期初日から遅刻ギリギリじゃねーだろうな?」
「……失礼な。ちゃんと時間通りに来たよ」
そう返すと、陸はにっと笑い、肩を軽く叩いてきた。
「ま、蒼がいないと美術室も静かすぎるしな」
「それは褒めてるの? けなしてるの?」
「両方!」
彼の調子に思わず笑みが漏れる。
廊下を進むと、今度は文芸部の青山千尋がノートを抱えて現れた。
彼女は眼鏡を直しながら、落ち着いた声で言う。
「二人とも元気そうね。……春は始まりの季節だから、体力勝負よ」
「お前は体力勝負しなくてもいいだろ」
陸が笑い飛ばすと、千尋は肩をすくめて小さくため息をついた。
「部誌の入稿締め切りは体力より気力なの。徹夜は体力勝負に含まれるわ」
その真顔に、私と陸は思わず顔を見合わせて苦笑した。
そして──教室の窓際に、澪の姿を見つけた。
頬杖をつきながら外を見ている彼女の横顔は、春の朝の明るさに溶け込みながらも、どこか遠くを見ているようだった。
教室のざわめきから切り離されたように静かで、まるで海辺にいたときの表情と重なる。
私の胸の奥で、まだ名を持たない色がふっと揺れた。
──今日も、あの色に名前はつけられないまま。
けれど、日常の始まりは確かに目の前に広がっていた。
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