群青色-まだ名前のない色-

菊池まりな

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第74話 友からの手紙

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放課後の教室。窓の外からは、グラウンドで響く掛け声が聞こえていた。

 夏の光は強くなり始め、机の影がくっきりと伸びている。



 私は机の上に置かれた封筒を見つめたまま、動けずにいた。

 「夏季展 審査結果」の文字。

 もう何度も読んだのに、文字は胸の奥でずっと重たく響いていた。



 ──結果は、落選。

 それだけのことなのに、心の奥の色が少しだけせて見えた。



 「……蒼」



 声に振り向くと、白川澪が立っていた。

 カーテン越しの光が彼女の髪を透かして、金色の縁を描いている。



 「みんなもう帰ったよ。……待ってたの?」



 「ううん。ちょっとだけ、残ってただけ」



 私はかすかに笑ってみせた。

 澪は一瞬ためらってから、そっと机の横に座る。



 「紺野先生から聞いたよ。結果、出たんだって」



 私は無言でうなずいた。

 澪はその反応に、小さく息をついた。



 「……ねえ、結果って、そんなに大事かな。

  わたし、あの絵すごく好きだったよ。“まだ名前のない色”」



 「……ありがとう。でも、なんかね、空っぽになっちゃって」



 澪は少し考えるように下を向いた。

 机の上で手を重ねながら、一通の封筒を差し出す。



 「これ、渡そうと思って。変かもしれないけど……手紙、書いたの」



 驚いた私が封を開くと、便箋の中には丁寧な文字が並んでいた。



> “蒼へ。

 描くときのあなたは、だれよりも強い。

 その色は、どんな結果にも消えないと思う。”







 読み終えた瞬間、胸の奥があたたかくなる。

 誰かが自分をちゃんと見ていてくれた──その事実だけで、

 群青の中に小さな光が戻った気がした。



 窓の外では、海野陸の声がグラウンドから響く。

 「ナイスパス!」

 その明るい声が、夏の風と一緒に教室に流れ込んできた。



 澪が微笑む。

 「ねえ、また描こうよ。今度は、“夏の群青”にしてみたら?」



 私は小さくうなずいた。

 「うん……描く。もう一度、描いてみる」



 澪の笑顔を見ていると、不思議と筆を取りたくなる。

 “まだ名前のない色”は、まだ終わっていない。

 その群青は、きっとこれからも続いていくのだと思った。

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