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第3話 再会の約束
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一週間後の土曜日、美咲は京都駅のホームに降り立った。
今度は仕事ではない。完全にプライベートな旅行だった。小さなボストンバッグを肩にかけ、春らしい淡いピンクのワンピースを着ている。心は高鳴っていた。
悠人とのメールのやり取りは、この一週間で数回続いていた。何気ない日常の話から、京都の季節の移ろい、和菓子作りのこと。短い文章の中にも、互いの人柄が滲み出ていた。
『今度京都に行く時は、お店以外の京都もご案内しましょうか?』
悠人からのそんなメールに、美咲は迷わず返事をしていた。
『ぜひお願いします。京都のことをもっと知りたいです。』
桜月庵に着くと、悠人が店先で美咲を待っていた。前回よりも少しおしゃれな服装で、緊張しているような様子が微笑ましい。
「美咲さん、お疲れさまでした」
「悠人さん、お忙しい中、ありがとうございます」
二人は少し照れながら挨拶を交わした。一週間ぶりの再会なのに、まるで長い間会えなかった恋人同士のような心地よい緊張感があった。
「今日は店を友人に任せているので、ゆっくり京都をご案内できます」
「本当にありがとうございます。でも、お店は大丈夫ですか?」
「ええ、春の繁忙期も落ち着きましたから。それに...」
悠人は少し頬を染めて続けた。
「美咲さんとお話しできる時間を作りたかったんです」
美咲の心臓が高鳴った。この素直さが、悠人の魅力の一つだった。
「私も、悠人さんともっとお話したかったです」
二人は午前中、哲学の道を歩いた。桜の季節は終わっていたが、新緑が美しく、観光客もそれほど多くない。静かな小径を歩きながら、自然と会話が弾んだ。
「美咲さんは、なぜ出版の仕事を選ばれたんですか?」
「小さい頃から本が好きだったんです。でも、自分で書くより、誰かの想いを形にするお手伝いをする方が向いているような気がして」
美咲は微笑んだ。悠人の質問は、いつも相手のことを深く知ろうとする温かさがあった。
「素敵な仕事ですね。僕も和菓子を通じて、季節の美しさや日本の文化を伝えたいと思っているので、似ているのかもしれません」
「和菓子作りは、いつから?」
悠人の表情が少し曇った。
「実は、最初は違う道を考えていたんです。でも...色々あって、この道を選びました」
美咲は悠人の表情の変化を感じ取り、それ以上は聞かなかった。誰にでも、話したくない過去があることを理解していた。
昼食は、悠人お勧めの小さな料亭で取った。京料理の繊細な味付けに、美咲は感動した。
「京都の料理は、本当に美しいですね」
「見た目だけじゃなく、季節感を大切にするんです。和菓子も同じで、その時期にしか味わえない美しさがある」
悠人の話を聞いていると、彼がいかに仕事に情熱を注いでいるかが分かった。しかし、時折見せる影のある表情が気になった。
食事の後、二人は清水寺へ向かった。石段を上りながら、美咲は息を切らした。
「大丈夫ですか?」
悠人が心配そうに声をかける。
「はい、運動不足で...」
美咲が苦笑すると、悠人は自然に彼女の手を取った。
「ゆっくり行きましょう」
その手の温かさに、美咲の胸がときめいた。こんなに自然に手を繋がれたのは、いつ以来だろう。
清水の舞台に立つと、京都の町並みが一望できた。夕日が古い建物を美しく染めている。
「綺麗...」
美咲は感嘆の声を上げた。
「この景色、何度見ても飽きません」
悠人は美咲の横顔を見つめながら言った。夕日に照らされた美咲の表情は、とても美しかった。
「悠人さんは、ずっと京都にいらっしゃるんですか?」
「生まれてからずっとです。一度も京都を離れたことがないんです」
「それって、素敵なことだと思います。故郷を愛しているんですね」
悠人は複雑な表情を見せた。
「愛している、というより...離れられない理由があるんです」
美咲は悠人を見つめた。その表情に、深い悲しみが隠されているのを感じた。
「お話したくなった時は、いつでも聞きますから」
美咲の優しい言葉に、悠人の心が動いた。
「ありがとうございます。美咲さんといると、不思議と心が軽くなります」
夕食は、悠人の案内で祇園の小さな居酒屋に入った。地元の人しか知らないような隠れ家的な店で、美味しい京都の地酒と共に、二人の会話は夜遅くまで続いた。
「美咲さんは、ご家族は?」
「両親は小さい頃に亡くなって、今は養母と二人です」
美咲は少し寂しそうに微笑んだ。
「そうでしたか...すみません、辛いことを」
「いえいえ。恵子さん、私の養母はとても優しい人で、本当の母親以上に大切にしてくれました。でも...」
美咲は少し迷った後、続けた。
「幼い頃の記憶がほとんどないんです。事故の後遺症で」
悠人の表情が変わった。
「記憶が...」
「五歳以前のことは、ほとんど覚えていません。たまに、断片的に何かを思い出すような感覚はあるんですが」
悠人は美咲の顔を見つめた。五歳。その年齢に、何か引っかかるものがあった。
「でも、最近少し変わったんです」
「変わった?」
「悠人さんにお会いしてから、なんだか懐かしい感覚を覚えることが多くて。特に桜餅を食べた時は、確かに昔食べたことがあるような気がしました」
悠人の心臓が激しく鼓動し始めた。桜餅。五歳。そして、美咲という名前。
「美咲さん、もしかして昔のお名前は...」
悠人が聞きかけた時、美咲の携帯電話が鳴った。
「すみません」
美咲は電話に出た。養母の恵子からだった。
「はい、もしもし...え?体調が?」
美咲の表情が心配そうになった。
「分かりました。すぐに帰ります」
電話を切った美咲は、申し訳なさそうに悠人を見た。
「養母の体調が少し悪いようで...すみません、今日はこれで」
「もちろんです。お大事に」
悠人は心配そうに言った。
「新幹線の時間まで、お送りします」
京都駅まで送る道中、二人は静かだった。美咲は養母のことが心配で、悠人は先ほど聞きかけた質問のことを考えていた。
「悠人さん、今日は本当にありがとうございました」
新幹線のホームで、美咲は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」
美咲が新幹線に乗る直前、悠人は言った。
「美咲さん、また京都にいらしてください。今度は、もっとゆっくりと」
「はい、必ず」
美咲は微笑んで手を振った。
新幹線が動き出すと、悠人は一人ホームに残された。美咲の笑顔が、心に焼き付いている。
「美咲...いや、もしかして...」
悠人は小さくつぶやいた。彼の心の中で、ある確信が芽生え始めていた。
しかし、それが本当だとしたら...
悠人の表情が複雑に歪んだ。喜びと不安が、心の中で激しくせめぎ合っていた。
今度は仕事ではない。完全にプライベートな旅行だった。小さなボストンバッグを肩にかけ、春らしい淡いピンクのワンピースを着ている。心は高鳴っていた。
悠人とのメールのやり取りは、この一週間で数回続いていた。何気ない日常の話から、京都の季節の移ろい、和菓子作りのこと。短い文章の中にも、互いの人柄が滲み出ていた。
『今度京都に行く時は、お店以外の京都もご案内しましょうか?』
悠人からのそんなメールに、美咲は迷わず返事をしていた。
『ぜひお願いします。京都のことをもっと知りたいです。』
桜月庵に着くと、悠人が店先で美咲を待っていた。前回よりも少しおしゃれな服装で、緊張しているような様子が微笑ましい。
「美咲さん、お疲れさまでした」
「悠人さん、お忙しい中、ありがとうございます」
二人は少し照れながら挨拶を交わした。一週間ぶりの再会なのに、まるで長い間会えなかった恋人同士のような心地よい緊張感があった。
「今日は店を友人に任せているので、ゆっくり京都をご案内できます」
「本当にありがとうございます。でも、お店は大丈夫ですか?」
「ええ、春の繁忙期も落ち着きましたから。それに...」
悠人は少し頬を染めて続けた。
「美咲さんとお話しできる時間を作りたかったんです」
美咲の心臓が高鳴った。この素直さが、悠人の魅力の一つだった。
「私も、悠人さんともっとお話したかったです」
二人は午前中、哲学の道を歩いた。桜の季節は終わっていたが、新緑が美しく、観光客もそれほど多くない。静かな小径を歩きながら、自然と会話が弾んだ。
「美咲さんは、なぜ出版の仕事を選ばれたんですか?」
「小さい頃から本が好きだったんです。でも、自分で書くより、誰かの想いを形にするお手伝いをする方が向いているような気がして」
美咲は微笑んだ。悠人の質問は、いつも相手のことを深く知ろうとする温かさがあった。
「素敵な仕事ですね。僕も和菓子を通じて、季節の美しさや日本の文化を伝えたいと思っているので、似ているのかもしれません」
「和菓子作りは、いつから?」
悠人の表情が少し曇った。
「実は、最初は違う道を考えていたんです。でも...色々あって、この道を選びました」
美咲は悠人の表情の変化を感じ取り、それ以上は聞かなかった。誰にでも、話したくない過去があることを理解していた。
昼食は、悠人お勧めの小さな料亭で取った。京料理の繊細な味付けに、美咲は感動した。
「京都の料理は、本当に美しいですね」
「見た目だけじゃなく、季節感を大切にするんです。和菓子も同じで、その時期にしか味わえない美しさがある」
悠人の話を聞いていると、彼がいかに仕事に情熱を注いでいるかが分かった。しかし、時折見せる影のある表情が気になった。
食事の後、二人は清水寺へ向かった。石段を上りながら、美咲は息を切らした。
「大丈夫ですか?」
悠人が心配そうに声をかける。
「はい、運動不足で...」
美咲が苦笑すると、悠人は自然に彼女の手を取った。
「ゆっくり行きましょう」
その手の温かさに、美咲の胸がときめいた。こんなに自然に手を繋がれたのは、いつ以来だろう。
清水の舞台に立つと、京都の町並みが一望できた。夕日が古い建物を美しく染めている。
「綺麗...」
美咲は感嘆の声を上げた。
「この景色、何度見ても飽きません」
悠人は美咲の横顔を見つめながら言った。夕日に照らされた美咲の表情は、とても美しかった。
「悠人さんは、ずっと京都にいらっしゃるんですか?」
「生まれてからずっとです。一度も京都を離れたことがないんです」
「それって、素敵なことだと思います。故郷を愛しているんですね」
悠人は複雑な表情を見せた。
「愛している、というより...離れられない理由があるんです」
美咲は悠人を見つめた。その表情に、深い悲しみが隠されているのを感じた。
「お話したくなった時は、いつでも聞きますから」
美咲の優しい言葉に、悠人の心が動いた。
「ありがとうございます。美咲さんといると、不思議と心が軽くなります」
夕食は、悠人の案内で祇園の小さな居酒屋に入った。地元の人しか知らないような隠れ家的な店で、美味しい京都の地酒と共に、二人の会話は夜遅くまで続いた。
「美咲さんは、ご家族は?」
「両親は小さい頃に亡くなって、今は養母と二人です」
美咲は少し寂しそうに微笑んだ。
「そうでしたか...すみません、辛いことを」
「いえいえ。恵子さん、私の養母はとても優しい人で、本当の母親以上に大切にしてくれました。でも...」
美咲は少し迷った後、続けた。
「幼い頃の記憶がほとんどないんです。事故の後遺症で」
悠人の表情が変わった。
「記憶が...」
「五歳以前のことは、ほとんど覚えていません。たまに、断片的に何かを思い出すような感覚はあるんですが」
悠人は美咲の顔を見つめた。五歳。その年齢に、何か引っかかるものがあった。
「でも、最近少し変わったんです」
「変わった?」
「悠人さんにお会いしてから、なんだか懐かしい感覚を覚えることが多くて。特に桜餅を食べた時は、確かに昔食べたことがあるような気がしました」
悠人の心臓が激しく鼓動し始めた。桜餅。五歳。そして、美咲という名前。
「美咲さん、もしかして昔のお名前は...」
悠人が聞きかけた時、美咲の携帯電話が鳴った。
「すみません」
美咲は電話に出た。養母の恵子からだった。
「はい、もしもし...え?体調が?」
美咲の表情が心配そうになった。
「分かりました。すぐに帰ります」
電話を切った美咲は、申し訳なさそうに悠人を見た。
「養母の体調が少し悪いようで...すみません、今日はこれで」
「もちろんです。お大事に」
悠人は心配そうに言った。
「新幹線の時間まで、お送りします」
京都駅まで送る道中、二人は静かだった。美咲は養母のことが心配で、悠人は先ほど聞きかけた質問のことを考えていた。
「悠人さん、今日は本当にありがとうございました」
新幹線のホームで、美咲は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」
美咲が新幹線に乗る直前、悠人は言った。
「美咲さん、また京都にいらしてください。今度は、もっとゆっくりと」
「はい、必ず」
美咲は微笑んで手を振った。
新幹線が動き出すと、悠人は一人ホームに残された。美咲の笑顔が、心に焼き付いている。
「美咲...いや、もしかして...」
悠人は小さくつぶやいた。彼の心の中で、ある確信が芽生え始めていた。
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