13 / 32
第13話 その音の記憶
しおりを挟む
週明けの月曜。
昼休みの中庭には秋の光がやさしく差し込んでいた。
心音は、校舎裏にあるベンチに静かに座っていた。
そこに、背後からオーボエケースを抱えた美月が近づいてきた。
「ひとりですか?」
「うん。ちょっと、音の整理してたの」
「……ご一緒してもいいですか?」
心音はうなずいて、隣をぽんと軽くたたいた。
しばらく、風の音だけが二人を包んでいた。
そして、美月が小さく口を開いた。
「前の学校で、私は──演奏ができなくなった時期がありました」
唐突な告白だった。
「……え?」
「演奏会の直前に、オーボエのリードが壊れて。代えも効かなくて、本番で音が出なかった」
美月は、まるで他人事のように淡々と話す。
「会場には、推薦の審査員がいたのに。自分のせいで、グループの評価が下がって……それで、私は、辞めたんです」
心音の胸が、ぎゅっと痛んだ。
「でも、どうしてこの学校に……?」
「──神谷くんが声をかけてくれました」
その名に、心音の胸が少しだけざわめいた。
「前の演奏を、どこかで聴いてくれてたみたいで。
“あのときの音を、もう一度聴きたい”って」
美月は、ほんの少しだけ笑った。
その笑みは、悲しみと照れと、微かな期待が混ざっていた。
「それが……うれしくて、逃げたままじゃいけないって思ったんです」
(奏多くん……)
心音の中で、あたたかな感情と、ちくりとした痛みが交錯する。
美月を救ったのは、奏多の音だった。
そして今も、美月の支えになっているのは───彼の言葉だ。
「……私、朝比奈さんの音、好きだよ。深くて、やさしくて、すごく丁寧で……。
なんか、言葉よりも正直に伝わってくる感じがする」
心音の言葉に、美月の目がわずかに見開かれた。
「ありがとう。あなたのヴァイオリンも……すごく、まっすぐで、温かいです」
その言葉に、心音は照れくさそうに笑った。
でも、心の奥では、小さく胸がきしむ。
(あの人の“好き”が、誰かに向いていたとしても──)
(それでも、私は、私の音で応えたい)
音楽でしか伝えられないことが、あるのなら。
私は、それを信じたい。
秋風がふわりと二人の間を吹き抜け、ベンチの上に落ち葉が舞った。
昼休みの中庭には秋の光がやさしく差し込んでいた。
心音は、校舎裏にあるベンチに静かに座っていた。
そこに、背後からオーボエケースを抱えた美月が近づいてきた。
「ひとりですか?」
「うん。ちょっと、音の整理してたの」
「……ご一緒してもいいですか?」
心音はうなずいて、隣をぽんと軽くたたいた。
しばらく、風の音だけが二人を包んでいた。
そして、美月が小さく口を開いた。
「前の学校で、私は──演奏ができなくなった時期がありました」
唐突な告白だった。
「……え?」
「演奏会の直前に、オーボエのリードが壊れて。代えも効かなくて、本番で音が出なかった」
美月は、まるで他人事のように淡々と話す。
「会場には、推薦の審査員がいたのに。自分のせいで、グループの評価が下がって……それで、私は、辞めたんです」
心音の胸が、ぎゅっと痛んだ。
「でも、どうしてこの学校に……?」
「──神谷くんが声をかけてくれました」
その名に、心音の胸が少しだけざわめいた。
「前の演奏を、どこかで聴いてくれてたみたいで。
“あのときの音を、もう一度聴きたい”って」
美月は、ほんの少しだけ笑った。
その笑みは、悲しみと照れと、微かな期待が混ざっていた。
「それが……うれしくて、逃げたままじゃいけないって思ったんです」
(奏多くん……)
心音の中で、あたたかな感情と、ちくりとした痛みが交錯する。
美月を救ったのは、奏多の音だった。
そして今も、美月の支えになっているのは───彼の言葉だ。
「……私、朝比奈さんの音、好きだよ。深くて、やさしくて、すごく丁寧で……。
なんか、言葉よりも正直に伝わってくる感じがする」
心音の言葉に、美月の目がわずかに見開かれた。
「ありがとう。あなたのヴァイオリンも……すごく、まっすぐで、温かいです」
その言葉に、心音は照れくさそうに笑った。
でも、心の奥では、小さく胸がきしむ。
(あの人の“好き”が、誰かに向いていたとしても──)
(それでも、私は、私の音で応えたい)
音楽でしか伝えられないことが、あるのなら。
私は、それを信じたい。
秋風がふわりと二人の間を吹き抜け、ベンチの上に落ち葉が舞った。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる