私たち、不協和音

菊池まりな

文字の大きさ
31 / 32

第31話 名前のないハーモニー

しおりを挟む
文化祭本番が、目前に迫っていた。

 六人はいつもの音楽室に集まり、通し練習を繰り返していた。けれど、音はどこか“噛み合わない”。

「ごめん、私、今のとこ間違えた」

 心音が苦笑いを浮かべると、美月がそれをかぶせるように言った。

「違う。心音のせいじゃないよ。たぶん……私も、焦ってるのかも」

 室内に、沈黙が流れた。

 譜面には正しい音が並んでいる。
 でも、そのどれもが「響かない」。

「不協和音……って、こういうこと?」

 ぽつりと澄香が言った言葉に、誰も否定できなかった。




「ねえ、私たち……どうして、今、合わないのかな」

 綾乃が静かに問いかけた。

 陸は、膝の上で弓を持ったまま、しばらく黙っていた。そして口を開く。

「……それぞれが、ひとりで演奏してる気がするんだ」

「どういう意味?」と心音が問う。

「自分の音を、誰かに届けることばかり考えて……誰かの音を“聴く”こと、忘れてたかもしれない」

 その言葉に、美月が目を伏せた。

「……私、ずっと心音のこと、意識してた。奏多の隣にいるのが、羨ましかった」

「私もだよ」と心音がぽつりと返す。

「美月の音、澄香の音……全部が、まぶしくて。自分がここにいていいのか、わかんなくなる時があった」

 それを聞いた澄香も、小さく笑った。

「私も、ずっと……皆が、怖かった。私の音なんか、誰も必要としてないんじゃないかって」

 重なる“言えなかった気持ち”。
 でも今、すべての音が「本当の声」になっていた。




「じゃあ、さ──次の一回、本番だと思って弾いてみよう」

 奏多が立ち上がり、譜面を閉じて言った。

「譜面にある音じゃなくて、“誰に何を届けたいか”を、音にしよう。ルールも正解もいらない。6人の、今だけのハーモニーをさ」

 それは、彼にしては珍しい、感情のこもった言葉だった。




 誰もが小さく頷き、楽器を構える。

 音楽室に再び響く、最初の旋律。
 でも今までと違うのは、それが「名前のない思い」から始まっているということ。

 ひとりのための音ではなく、誰かと“分かち合う”音。

 不協和音は、やがて時間をかけて調和へと変わっていく。

 重なり、溶け合い、混ざり合う六つの音。
 まるで誰かの気持ちが、そっと背中を押してくれるような旋律。

 涙が、こぼれた。
 けれどそれは、悲しみではなかった。




 最後の一音が静かに消えたとき──
 全員が、黙ったまま、微笑み合っていた。

 言葉はいらない。
 あの瞬間、あの音こそが、六人だけの“答え”だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...