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第2章:公の役割(オフィシャル・ロール)
第11話:パーフェクト・レディの計算(佐伯涼子視点)
しおりを挟む皆様、ごきげんよう!この物語を楽しめています?……ふふ、楽しめないなんてことは、絶対にあり得ませんわよね。だって、この私、佐伯涼子が登場しているのですから!
さて、完璧な女である私、佐伯涼子の、生まれて初めての屈辱の話を聞かせてあげますわ。これは私という選ばれた存在が、あんな路傍の石のような女にペースを乱された、神谷家の歴史に残る異常事態なんだから。
……いい?
瞬き厳禁で、私の華麗なはずだった立ち回りをその目に焼き付けなさい。
(……何よ、あの女)
日高に案内されて現れた――水野奈月を一目見た瞬間、私は心の底から冷笑したわ。
地味でパッとしない顔立ち。自信なさげに泳ぐ視線。フリルのひとつもない、どこにでもあるリクルートスーツのような格好。
(……は?何であの女が、私の好きなブランド品の最新コレクションを着ているのよ)
それは、私が展示会でチェックしていた、いつか瑛斗様との特別なデートで着ようと狙っていた極上のスーツだったのです。最高級のシルク混ウールが描く独特の光沢と、職人技が光る完璧なカッティング。
それなのに、あの奈月って女ときたら。
ブランドの意図を全く理解していない着こなし……。せっかくのシルエットが台無しじゃない。お願いだから、私の大好きなブランドの名に傷をつけないでほしいですわ。
そのスーツの値段なら、彼女のような一般職の数ヶ月分の給料が飛ぶはず。
(まさか、パパでもいるのでしょうか?)
私は鏡の前で何時間もかけて作り上げた完璧な自分を、わざとらしく彼女の視界に滑り込ませた。
艶やかなデジタルパーマ、しなやかなマーメイドスカート。指先のネイル一本に至るまで、私は勝つための武装を怠らない。
彼女が私を見て、勝手に打ちのめされているのが手に取るように分かりましたわ。格の違いを分からせる。それが、私が幼い頃から叩き込まれてきた淑女の戦い方なの。
(ふふ、せいぜい惨めな気分に浸ればいいわ。……あら?)
一つだけ、計算外のことがありましたの。あの女、私より背が高い。
一瞬だけ、私の眉間に力が入りました。私は155cm。可憐に見える黄金比の身長ですわ。けれど、あの女の170cmという高さはあるかしら。
(まぁ~よく見ると、手足が長いのね)
私がどれほど高いヒールを履いても手に入らない、物理的な威圧感を放っていらっしゃるようですけれど、私の可愛らしさには絶対に勝てませんわ!
私はすぐに心の平穏を取り戻しました。そして、最高の営業スマイルを日高に向けましたの。ついでに、視線の端で、あの女が必死に何かをこらえていたわ。
……まさか、身長で私に勝ったつもり?
「佐伯、持ち場に戻れ!」
その時、背後から突き刺さるような低い声が響きまして、振り返るとそこには、瑛斗様がいらっしゃったのですけれど……あぁ、私の心臓が跳ねましたわ。だって、その怒気を含んだ声は明らかに私に向けられていましたもの。
(あり得ないことです。この、佐伯涼子に)
一瞬、顔が引きつるのを止められなかったですわ。屈辱、けれど、私のプロ根性がそれを一秒以上は許さない。
(落ち着いて、涼子。いつも通りにやればいいのよ)
私は即座にスイッチを切り替えたわ。筋肉の一つひとつを制御し、瞳に潤いを含ませ、語尾を甘く跳ね上げる。それだけ、男性はいちころですから。
「瑛斗副社長ぅ!」
この声、この表情、この角度。今までの男たちは、これだけで私にひざまずいてきたわ。わざとらしく舌をちょこんと出し、世間知らずなお嬢様を演じてみせるの。そうしますと、ごきぶりホイホイのように、男たちがどんどん虜になっていきますのよ。
お聞きになって?
私の天性の魅力か、非の打ち所がない美貌か、あるいはこの恐ろしいほど冴えわたる策略か……一体どれが彼らを狂わせるのかしら。罪な女ですわね、私って。
瑛斗様はそんな私を、あろうことか、
(……は?今、無視したのですか?)
瑛斗様は私の隣を通り過ぎ、あの石ころ――奈月の前に立ったわ。しかも、日高に案内を任せたことを怒っているようですし、……そう、あれは私個人への怒りではございませんでしたわ。仕事の不手際を叱責しただけ。そうに、決まっていますわ!
(……ですけれど。嘘ですわよね。私を遠ざけるために、わざわざ出てきたっていうの?)
そこに、黒瀬蓮まで現れましたの。あの男も油断ならないですわよ。笑顔の裏で何を考えているか分からない、底意地の悪い食わせ者ですもの。
その蓮が奈月をコーヒーに誘い、あろうことか瑛斗様がそれを必死に遮る……。
ちょっと、何なのこの状況!?
完璧な私がここにいるというのに、あんな石ころ一人のために、二人の御曹司が火花を散らすなんて……。
とんだヒロインを、奈月が演じるのですか!認めませんわ。こんなこと、絶対に認めませんことよ!
……神谷家を舞台にした華やかな恋の騒動、その中心に、この私、佐伯涼子がいないなんて酷すぎますわ。
私は溢れ出しそうな涙の演技を堪え、プライドという名のヒールを鳴らして、休憩スペースへ向かう瑛斗様の斜め後ろを死守したわ。
……せめて、カメラワークには私を収めなさい!
「ついてくるな」と言われても、聞こえないふりをする。厚かましさも武器のうちです。
瑛斗様が自販機の前に立ちました。
ここがチャンスだわ。彼の好みを知っているのは、私だけ。
「副社長は、お砂糖たっぷりの甘いものがお好きなんですよぉ」
わざと奈月に聞こえるように、勝ち誇った笑みを浮かべてボタンを指差しました。瑛斗様、さあ、いつものカフェオレを選んで。そして、私たちが過ごしてきた時間の深さをこの女に見せつけて――。
ガタンッ。
落ちてきたのは、無愛想なブラックコーヒーだった。
「……余計な世話だ、佐伯。」
その瞬間、頭を殴られたような衝撃が走ったわ。瑛斗様は、私の差し出した手を振り払うように、その苦いだけの缶をあの女に押し付けましたの。
(私は、佐伯涼子ですわよ!)
目の前が一瞬、真っ白になりましたわ。追い打ちをかけるように、蓮がココアを差し出し、瑛斗様が苛立ちを露わにするという状況。
(今の私は、何?シンデレラの義姉妹の内の一人ということかしら!?)
私という存在が、この空間で完全に背景と化していました。
「行くぞ。案内は一気に済ませる。」
瑛斗様は一度も私を振り返ることなく、奈月の手首を乱暴に、けれど確かに「離さない」という意志を持って掴み、歩き出しました。
「そんな、副社長ぅ……っ!」
私の叫びは、虚しく廊下に響くだけだった。
三人の背中が見えなくなった瞬間、私は口元に貼り付けていた営業スマイルを、指先で引き剥がすように拭った。
「……あの、女……!!」
人生で初めて味わう、泥を飲まされたような敗北感ですわ。
(すぐに追い出してやる。瑛斗様の隣に立っていいのは、世界で私一人だけ!)
私は、誰もいなくなった休憩スペースで、燃えるような憎しみを奈月の背中に叩きつけてやりました。
(つづく)
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