17 / 35
第2章:公の役割(オフィシャル・ロール)
第17話:届かなかった指輪(幼馴染・健太視点)
しおりを挟むあんまり登場シーンのない俺だけど、今日は少しだけ、主人公に代わって話をさせてほしい。
俺の名前は、健太。
奈月とは生まれた時からの付き合いで、家族同然に育ってきた。幼馴染。正直に言えば、ずっと前からアイツのことが好きだ。
子供の頃なんて、奈月と喧嘩するたびに俺はボコボコにされて、いつも泣かされていた。そのたびにおばさんが慌てて謝りに来ていたっけ。アイツ、本当に喧嘩が強かったんだ。恥ずかしい話だけど、俺がいじめられていると、自分より断然体格のいい奴にだって、迷わず飛び蹴りしてなぎ倒すような奴だった。
俺にとってのヒーローは、いつだって奈月だった。
成長して大人になった頃には、奈月もさすがに飛び蹴りはしなくなった。世間一般の「女性らしい」とは少し違うかもしれないけど、俺にとっては、誰よりも綺麗で、自慢の女だ。
アイツ、ああ見えて、とにかく甘いものが好きでさ。ケーキ屋に連れて行くと、「三つも買ってもいいの?」なんて、子供みたいに目をキラキラさせて飛び跳ねて喜ぶんだ。買ったケーキは毎回、全部、本当に幸せそうに平らげる。あの食いっぷりの良さを見ている時間が、俺は一番好きだった。
だから、よくコンビニの新作スイーツを半分こして笑い合ったり、進路のことで悩んで一緒に夜道を歩いたり。
そうそう、半分こ、とは言っても、奈月はいつも『足りない』と言わんばかりにじっと俺の手元を見つめてくるから、結局は俺の取り分の方がずっと少なくなるんだ。幸せそうに頬張るあいつを見てると、文句を言う気なんて失せてしまう。
たまに俺だって「これはどうしても食べたい新作だから、今日はきっちり半分ずつだぞ」なんて意地を張った日は、露骨に機嫌を悪くしてしばらく口をきいてくれなかったっけ。結局、俺が折れて自分の分を一口差し出すと、さっきまでの不機嫌が嘘みたいにパッと顔を輝かせる。「女の人は、きっとみんなこんなもんだろうな」なんて苦笑いしながら、結局、俺が折れて自分の分を一口差し出す。現金なやつだ。でも、そんな顔が見たくて、俺はいつも最後には負けてしまうんだ。そんな、なんてことないやり取りさえ、今の俺には手の届かない贅沢になってしまった。
……あの日、本当はプロポーズする予定だったんだ。
奈月がずっと行きたがってたケーキバイキングで。プロポーズするにはおしゃれ感も何もないって、自分でも分かってる。指輪の箱を開けるには、周りは少し騒がしすぎるかもしれない。
それなのに、予約したランチの時間は、空っぽのまま過ぎていった。
奈月から届いたSMSには、短い拒絶と、謝罪の言葉。
「多分、会えなくなると思う」
そんなの、納得できるわけがないじゃん。だから、自分の親に聞くより、奈月のお母さんに直接聞いた方が早いと思って、俺は震える指で電話をかけた。そこで聞かされたのは、耳を疑うような話だった。膨れ上がった膨大な借金。それを肩代わりする条件としての、神谷というわけのわからない財閥への嫁入り。
「……15億?」
おばさんの泣き声と一緒に受話器からこぼれたその数字は、俺が一生かかっても稼げない、天文学的な金額だった。俺が一生懸命貯めた金で買った指輪、予約したケーキバイキングの、数百円のキャンセル料を気にしていた自分が馬鹿みたいだ。
お前が、あんな冷たい男のところへ行くのも、俺にごめんなんて謝るのも、どっちも本心なわけないよな。本当は、嫌だって叫びたいんだろ?俺と一緒にケーキを食べて、バカみたいに笑ってたいんだろ?
金の力で、あの自由な奈月を黙らせていいはずがないんだ。居ても立ってもいられず、俺は神谷の屋敷へ車を飛ばした。
門越しに再会した奈月は、俺の知らない高価な服を着せられて、震えていた。鉄格子越しに触れたアイツの頬は、死人みたいに冷たかった。あんなに強かったアイツが、俺の前で初めて涙を見せたんだ。奈月の泣き顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
「その男は誰だ。離れろ」
そこに現れたのは、アイツの許嫁の神谷瑛斗だった。あの男の目は、俺を人間としてすら見ていなかった。路傍の石ころをどかすような、退屈そうな眼差し。これだから財閥っていうの奴は嫌いなんだ。
――その冷え切った心を温めるのは、今度こそ、俺の役目だ。
「奈月……ごめん。……ごめんな」
……そういえば、一つだけ引っかかることがある。あのバカみたいにデカい屋敷に、どうしてあんなにすんなり近づけたんだ?
(……裏口で電話していた男、誰だったんだ)
俺を見ても騒ぎ立てることもなく、ただ顎で「行け」と門を指した。おかげで俺は、門番たちに気づかれずにあそこまで辿り着けた。そのこと自体は、ありがたいとは思う。
だが、思い返すと背筋が寒くなる。あの男の目は、俺を助けようとした親切心から出たものじゃない。……何か面白い見世物でも眺めているような、そんな冷ややかな、実験動物でも見るような目をしていた気がする。
暗かったし、俺の憶測でしかないのかもしれないけどさ。どうしても、あの無機質な視線が頭から離れない。せっかく作られた隙だったのに。わざわざ用意してくれた「チャンス」だったはずなのに、俺は奈月を連れ出すどころか、鉄格子を掴んで叫ぶことしかできなかった。
(誰だったんだ?)
健太の話を最後まで聞いてくれて、本当にありがとう。正直、あのアスファルトみたいな男(瑛斗)に勝てる気がしないけど……俺のことを推しだって言ってくれる人が一人でもいたら、それだけで救われる。
――さて。
それでは、皆さんが今か今かとお待ちかねの、あの男に場所を譲るとしよう。
そう、奈月の許嫁であり、神谷の若き副社長、神谷瑛斗。どうやら「俺だけのシーンが少なすぎる」と、完璧な仮面の裏でお怒りだったみたいだから。
皆さん、瑛斗の本性に飲み込まれないよう、気をつけて。
10
あなたにおすすめの小説
冷たい外科医の心を溶かしたのは
みずほ
恋愛
冷たい外科医と天然万年脳内お花畑ちゃんの、年齢差ラブコメです。
《あらすじ》
都心の二次救急病院で外科医師として働く永崎彰人。夜間当直中、急アルとして診た患者が突然自分の妹だと名乗り、まさかの波乱しかない同居生活がスタート。悠々自適な30代独身ライフに割り込んできた、自称妹に振り回される日々。
アホ女相手に恋愛なんて絶対したくない冷たい外科医vsネジが2、3本吹っ飛んだ自己肯定感の塊、タフなポジティブガール。
ラブよりもコメディ寄りかもしれません。ずっとドタバタしてます。
元々ベリカに掲載していました。
昔書いた作品でツッコミどころ満載のお話ですが、サクッと読めるので何かの片手間にお読み頂ければ幸いです。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉
朝陽七彩
恋愛
突然。
同居することになった。
幼なじみの一輝くんと。
一輝くんは大人しくて子羊みたいな子。
……だったはず。
なのに。
「結菜ちゃん、一緒に寝よ」
えっ⁉
「結菜ちゃん、こっちにおいで」
そんなの恥ずかしいよっ。
「結菜ちゃんのこと、どうしようもなく、
ほしくてほしくてたまらない」
そんなにドキドキさせないでっ‼
今までの子羊のような一輝くん。
そうではなく。
オオカミになってしまっているっ⁉
。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・*
如月結菜(きさらぎ ゆな)
高校三年生
恋愛に鈍感
椎名一輝(しいな いつき)
高校一年生
本当は恋愛に慣れていない
。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・*
オオカミになっている。
そのときの一輝くんは。
「一緒にお風呂に入ったら教えてあげる」
一緒にっ⁉
そんなの恥ずかしいよっ。
恥ずかしくなる。
そんな言葉をサラッと言ったり。
それに。
少しイジワル。
だけど。
一輝くんは。
不器用なところもある。
そして一生懸命。
優しいところもたくさんある。
そんな一輝くんが。
「僕は結菜ちゃんのこと誰にも渡したくない」
「そんなに可愛いと理性が破壊寸前になる」
なんて言うから。
余計に恥ずかしくなるし緊張してしまう。
子羊の部分とオオカミの部分。
それらにはギャップがある。
だから戸惑ってしまう。
それだけではない。
そのギャップが。
ドキドキさせる。
虜にさせる。
それは一輝くんの魅力。
そんな一輝くんの魅力。
それに溺れてしまう。
もう一輝くんの魅力から……?
♡何が起こるかわからない⁉♡
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる