孤独な大賢

橘伊鞠(ろさ)

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「あ、はい。あの話でしたか。着工されるのですね」

ジオリオの言う話の内容が、さっきと繋がらない。レオンは自分が話を聞いていなかったことを悟られないよう、当たり障りのない返答をした。
ジオリオは、レオンに合わせてやや背を屈め、

「レオンが前の御前会議でいい案をくれてから、ようやくね。こんな賢い子がいるなら、この国の未来は安心だな」

などと、目に見えて愛情の籠った言葉と笑みで言って見せた。
……ああ、“ 優しいひと”なんだ、この方は。
あれこれと無礼な考えを巡らせていたレオンだったが、すっかり毒気を抜かれてしまった。
こんなに明け透けな顔で笑われて、嫌な気を起こす者はいない。
だが、レオンはそれを信じようとはしなかった。社交辞令にいちいち喜んでいたら、キリがない。

「俺の意見が役に立ったわけではないと思いますが、ありがとうございます」

こういう言い方こそが駄目なのだと、ミリアに言われたばかりであったのに、レオンのこの言い回しはすっかり癖になってしまっているようだ。
国王相手にすら出てしまうその悪態に、ノルテが頭を抱える。レオンはそれに気づいておらず、代わりにヒルが不安げにジオリオを一瞥する。だが、ジオリオはきょとんとした顔で黙りこんだ後、顎に手をやって首を傾げた。
これは怒られるぞ、とヒルがそわそわとしている。
するとジオリオは、何か言いにくそうにしながらレオンの耳元に近づき、囁いた。

「今のは喜んでいいところだよ」

「は……」

「私の言うことはそのままの意味だから大丈夫だよ」

「えっと……」

何を言っているのか、よく分からない。
気遣われていることも理解できないでいるレオンに、ヒルが見兼ねて口を挟んだ。

「お前壁作りすぎ。陛下が誉めてんだからそれでいいんだって」

ヒルに注意されて、やっとジオリオの意図に気づいたレオンは、カッと頬を赤くした。
苛々とした心は物の見通しを悪くし、目の前の人の心遣いすら曇らせてしまっていたのだ。

「申し訳ありません。俺……」

そう言って、ジオリオの肩越しにノルテを見る。ノルテは口をパクパクさせて「バカだね」と言った。
これはまた後で怒られると考えると、ため息しか出ない。
ジオリオはそのため息を汲み取るように、優しく言葉をかけた。

「軍部で色々あるのは聞いている。でも、ここでそのまま足踏みしちゃいけないよ」

足踏みなど、していないつもりだ。毎日毎日、勉強ばかりしてるのに。
言い返しかけたレオンに、ノルテの視線が突き刺さる。消化不良のような顔をして言葉を飲み込むレオンに、ジオリオは目尻を下げた。

「もっと人と関わっておいでレオン」

「関わる、ですか」

「うん。軍部だけじゃなく、色んな人と話をするんだ。それも軍議ばかりじゃなく、王妃の茶会や、ラオフェンの夜会なんかにね」

「そんなこと……」

人と関わり話すことが、戦争で一体何の役に立つといううのか。
戦争なんてものは、殺し合いだ。人と関わり情にほだされれば、決断を鈍らせることになる。
どんな軍師になりたいとか、ならなければとか、そんなことは考えていない。
ただ、「最高軍師」になりたいという野心が、彼を動かしていた。
レオンは、八つ当たり気味にヒルを睨み、腰から真直に頭を下げた。

「陛下」

「何だい?」

「俺、紅茶は嫌いなんです。人前での食事も」

「レオン! あんたは……!」

ノルテが怒声を上げたが、ジオリオがそれを制した。

「紅茶嫌いなのか……。じゃあケーキは?」

この優しさが、疎ましくてまどろっこしい。そんなもの、欲しがる自分ではない。
レオンは、吐き捨てるように言った。

「……俺は、知識を貪ることしか知りません。それだけ出来ていればいいんです」

「レオン!」

ヒルの言葉も聞かず、レオンは扉を後ろ手に開けて出ていってしまった。
彼の、申し訳程度の会釈の影に見えた葛藤に、ジオリオが眉を下げる。そうしてノルテに振り返ると、頭を掻いて笑った。

「嫌われたかな」

「国王があんな反抗期をまともに相手するんじゃないよ。どこまでお人好しなんだい」

「うん、でも。彼の考えていることはなんとなく分かるんだよ」

ジオリオは、その腕にはめられている腕輪の宝玉の部分を、指先でそっと撫でた。
そして、その瞳の奥に記憶の波紋を浮かべ、自嘲気味に笑った。

「何も無いところで一人なのは、悲しいからね……」
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