生者の証明

桃色うさぎ

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 その場所は、そんなに離れてはいなかった。

 深夜に揺り起こされて目を覚ました。
 祖父が俺の顔を覗き込んでいる。
 一瞬身体を強張らせたが、その祖父の瞳に、昔の落ち着いた優しい光が宿っているのを見て、俺はおきあがった。

「宗長・・・お別れだ。」

 そしてそっと俺を抱きしめてきた。
 祖父が明日の朝病院に行くことを分っていたから、俺は涙があふれるのを必死にこらえながら祖父の肩に顔をうずめる。

「苦しませて悪かった。許せ。」

 そして俺の身体を離して、自分の顔の正面に身体を持ってこさせた。
 何か言おうとする俺の唇にそっと人差し指をあてて、しーっとする。首を振る。何も言わないでくれ。というかのように俺を見つめた。

「宗長・・・よく聞け。
 男は、引き際時を間違えてはならない。
 その時が来たら決して怯えてはいけない。
 迷ってはいけない。
 でないと・・・・・俺のようにみじめな事になる。」

 ”引き際時を間違えるな”それはここ1年近くの間ずっと言いつづけてきた事だった。
 でも、今この時の言葉は、今まで聞いたどの言葉よりも重く、真に迫っていた。

「もっと早くこうするべきだった。
 俺も年をとった。
 つい恐くなってな・・・・
 おかげでお前達に散々迷惑をかけてしまった。」

 そして祖父はそっと苦笑した。
 俺は祖父が言っていることを病院に行くことだと思ってこう言った。

 「僕、おじいちゃんに必ず会いに行くから。
 おじいちゃんの言うとおりに、ちゃんとした”男”になってみせるから・・・だから、だから・・・・待っていてよ。」

 後は、涙と嗚咽でうまくしゃべれなかった。
 そんな俺の頭を、祖父はしわがれた手で何度も何度も撫でた。

 ごつごつした、温かい手だった。 


 明くる日、祖父は死体となって発見された。

 大きな大きなイチョウの木の下にあぐらをかき、短刀で腹を掻っ捌いたのだ。 

 横に大きく切り裂き、上から縦に再び刃をいれる。そしてその介錯無しの激しい痛みの為に喉がうまく突けず、最後には持ってきた紐で自分の首を締め上げてこと切れるという壮絶な最後だった。

 最初に見つけてしまったのは、俺だった。

「宗長みるなっっ!!!」

 後から来た父さんが俺の目を塞ぎ、母さんは、そのあまりのすごい現場に身体を折り曲げて嘔吐していた。

 父の手に視界を隠される前に、俺は確かに見た気がした。

 鮮やかな鮮血、はみ出した臓物。着衣が乱れて、よほど悶えたろうであるはずの祖父の顔が、うっすらと笑っていたのを。
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