月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

黄昏街の名探偵

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 そこは掃き溜め。
 ツィーゲの確かな暗部。
 そもそもツィーゲという街は世界の果てへの入り口である。
 切り立った険しい山脈の切れ目。
 左右の断崖を結ぶが如く厚く高い壁を作り、山脈を背にアイオンの平原に広がっていった半円を描く街。
 それがツィーゲだ。
 平原側に作られた外壁はそのまま黄金街道に通じ、遥か空高くから見下ろしても国境よりもはっきりと目に見えるソレは大国グリトニアの辺境街ロビンまで途切れる事なく続いている。
 規模も歴史も、黄金街道ってのはロマンだ。
 さて、その輝かしい黄金の道の対極、荒野と世界を隔てる山脈側。
 特に荒野を背に東の山側に凹んだ区域を中心に広がる一帯を「黄昏街たそがれまち」という。
 山側は当たり前ながら全体的に陽当たりが悪く、若干ながら地価も安くなり、光の量と反比例する勢いで治安が異様に悪くなる。
 その最悪が黄昏街。
 スラム街、というよりは落ちるとこまで落ちた方々の巣窟だ。
 子年寄りや後遺症を負った弱い人、金のない貧乏な人、或いはその両方。
 そんな類の人は黄昏街には近寄らない。
 生きていけないからだ。
 いわゆる貧民街に当たる場所、ツィーゲでは廃墟が多い場所になるんだけど、彼らはそういう場所を転々としながら生きている。
 転々とするのは単純にツィーゲでは相当する場所が定期的に変わるからだ。
 建築ラッシュに倒産ラッシュが両材しているから。
 スポットの様にできる、人のあまり近寄らない廃墟を特殊な嗅覚で発見しては集まる訳だ。
 金もなく稼ぐ力もない、そしてツィーゲの変化にも対応しきれない。
 いわば取り残された彼らがそれでも生きていけるのは、ひとえに施しの存在がある。
 ウチ、クズノハ商会もこないだ大々的にやったけど、食料や衣料品の炊き出しや配給が積極的に行われている。
 ……ただどこも根本的に問題を解決する気は、はっきりいってゼロだ。
 こんな街への貢献活動もしてますよーってポーズ。
 ただそれで生きていける人がいるのも事実。
 商人が善人面する為の道具になる位なら別に構わないんだけど、スラムの皆さんは時に黄昏街の連中、性質の悪い犯罪者にも雇われて犯罪に手を染める事もある。
 彼らに比べれば孤児院などにいる子どもは凄くマシな部類だ。
 今のツィーゲでは孤児院で子どもたちが飢える事はまずない。
 人員も厳選されているし、特に老舗の商会がこの保護に力を尽くしているからだ。
 子どもにはどんな才能が眠っているかわからない。
 だから子どもの浮浪者なんかはスラムに取り込まれるよりも早く、大抵はどこかの孤児院に連れていかれる。
 そうして優秀そうなのは恩をきせた状態で雇用して忠義厚く活躍してもらおうという訳だ。
 うちも一つだけだけど、ある孤児院のスポンサーをしてる。
 雇用する予定はないけど。
 っと、何が言いたいかと言うと。
 僕が今いる昼でも暗いこの場所は、スラムよりも刺激を求め、それでいて厄介な実力者も混じる治安マイナスの領域であるって事と。
 ここに入り込んだ人物の詳細なんて実際に入っていかなきゃ、どんな情報網でも掴めないって事だ。
 レンブラントさんから聞いた話では確か。
 かつて若き日のレンブラントさんが当時のトップと話をつけ、基本的には相互不干渉、街の危機であれば協力はせずとも足は引っ張らない、という約定を取り付けた。
 代わりに黄昏街の中で起きた事は外に漏れない限りツィーゲは黙認する約束だったとか。
 ……。
 なるほど、と思ったね。
 相手取るのが面倒な濃い闇には蓋をして、薄暗い程度のは踏みつぶして自分が取って代わる。
 レンブラントさんとザラさんはやっぱ根本的には似てる。
 まあ濃い闇の方が「黄昏」ってのは笑えるとこだけど。

「もう一つのツィーゲ、ねえ」

 これまで僕やクズノハ商会が来る事も手を出す事も無かった場所だ。
 正直にいえば興味は今もない。
 しかしだ。
 最近捕らえた革命軍側のスパイが言うには、ここにウチに絡む大問題があるんだと。
 ご丁寧にそいつはそこまでの情報しか持っておらず、何が流れ着くかわからないという事前情報から少々不安もあり。
 澪を伴ってやってきたんですよ。

「美味しそうな匂いは殆どしない場所だから来た事はありませんでした」

「僕も来る予定は無かったけど、クズノハ商会に関わるなんて言われたら気になるからね。しかし」

「?」

「てっきり入ったらすぐにモヒカンでトゲのパッドつけた暴漢が火炎放射器でも持って襲撃してくるかと思ってたけど」

「……静かですね」

「うん、静かだ」

 視線は感じる。
 でも仕掛けてこない。
 僕一人で来たり、商会の店員を下手に連れてくると無茶苦茶絡まれそうだから名前も顔も売れてる澪を護衛に連れてきたのが裏目に出たかな。
 
「中途半端なのがぞろぞろ、それなりのがちらほら、魔将並みは……いないようです」

「同感。ただしスキルの連携やら特化型の得意パターンなんかは一応注意しておいてね」

「はい若様」

 澪なら余程じゃなければ問題無いとは思う。
 ここのお偉いさんが僕らの事をどの程度知っているか、も相手の出方に表れてくるだろう。
 少なくとも澪の事を知っていていきなりの実力行使は無いはず。
 しかし澪が近い。
 目立たないように配慮してくれていても、そっと袖の一部をつままれている。
 理想、いや最終形としては手を握りたい、という意思表示な気もする。
 ……デートだったらまだしも。
 ここは治安悪いの、澪。
 言葉にするのも間抜けで、でも止めさせるのも気が引けて。

「ちっ……若様、お迎えのようです」

 本っ当に小さくだけどね。
 報告の前に舌打ちが聞こえた。
 突き当たりにドア。
 あそこか。
 確かにそれなりに人の気配を感じる。
 ただ不自然に希薄だ。
 何らかの隠蔽を行っている可能性が高い。
 うーん……問題、なし!
 行こ!
 一瞬足を止めるも、すぐに直進を再開。
 
 ガチャリ

 ドアが、え?
 その手前の地面が隠し通路やシェルターの入り口の様に開いた。
 よ、予想外。
 そこ開くのかい。
 
「……クズノハ商会だな」

「はい、僕は代表のライドウ。こちらは護衛の澪です」

「……」

「澪」

「……澪よ。お前は?」

 よく冷えた冷たいまなこで声を掛けてきた男を見ていた澪が僕に促されて名乗る。
 
「偶然ではなくこの黄昏街に用があって入ってきた、という認識で問題ないな?」

「ええ、って澪! ストップ!」

「っ」

 男の首に巻き付いた影の帯が霧散する。
 あぶなっ!
 先手必勝過ぎるぞ!
 霧散する時の魔力の流れで男は自分の身に起きかけていた事を知ったのか、息を呑み顔を汗が伝う。

「死にたいの? それとも命よりも名前を隠したいの? 挨拶の仕方がわからない?」

 そういう事か。
 名前を名乗って相手にもそれを求めたのに、向こうは名乗らず問いを続けたから。
 いや、順番はある程度前後しても良いと思うけどな。

「……あー、貴方の名前は?」

「カンタ、だ」

 カンダタ?
 ああ、カンタね。

「すみません、危険な場所だけに護衛の気も立っておりまして」

「そんな、私はとても充実した気分でご一緒しております若様。でも若様を軽く見るやからを見たら何故か、その、いなくてもいいな、と思ってしまっただけで」

 どんな気分のジェットコースターだ。
 それに今の場合、軽く見られたのは澪って事になるんじゃ。

「いえ、私を軽く見るという事は主である若様をも軽く見ているという証。何故なら若様を丁重に遇する相手ならば当然、護衛と紹介された私にも同様の態度を示すからです」

 テレパシー!?
 心を読まれた、だと!?

「ち、違う。クズノハ商会については最近ここでも話題になる事がしばしばある。代表のライドウも連れの澪も、決して俺たちは侮ってなどいない」

 話題ね。
 それを確認しに来たんだよ。

「口の利き方が侮ってます。お前はもう」

「死んでない! 落ち着け、な? 落ち着こう澪」

 お前はもう、って怖いわ!
 だ、大丈夫だよな?
 膨らんだりじれたりは……良かった。無事だ。
 一瞬手遅れかと。
 焦った。

「っ……っ……」

 ほら!
 何か呼吸が浅くて不規則になってる!
 殺気にあてられた、とか?
 あーもう!
 巴もだったけど澪も最近情緒不安定なとこある!
 あいつはあいつでスパイの扱いが愉快だし、店のお客には立ち話を始めたかと思ったら商品をくれてやったりするし。ちゃんとしているようでポンコツが混じってる状態なんだよな。
 かと思えばこないだライムが、遥歌さんと戦ってやられた時なみの怪我してどっかから敵襲かと焦ったところ、姐さんが爆弾になってますヘヘ、と言い残してぶっ倒れるし。
 今の巴は危険物なんだよ。
 見た感じ、比較的大丈夫そうだったから今回は澪にお願いしたのに、中身はどっちも駄目だったのかい!

「悪かった。本当に、そんな気は、なかった。偉い人への口の利き方ってのは、そうだな、覚えるよ。絶対に、次までに。だから勘弁してくれ。その、それだけくっついて服の袖なんぞ掴んでるから、護衛兼イロ、いや! 恋人か愛人かと、ちょっと勘繰かんぐって邪推じゃすいしちまった。この通り、謝る」

 モヒカンが深々と頭を下げる。
 そう、彼は火炎放射器は持ってなかったけど、両肩には鋭いスパイクの肩当てをしていた。
 外見の割りにはむしろ丁寧、いや話しやすい人だと思う。

「あら! 気にしなくていいんですよカンタ。誰にでも間違いはありますもの」

 はい?

「許してもらえるんで、姐さん。……! いえ、奥さん!」

「まあ、最高に礼儀正しいじゃありませんか! お前、見所がありますねカンタ!」

「……はは、ありがとうございます」

 ……コントか。
 待てよ?
 もしかして巴にやられたライムも、ひょっとしてこの辺りの件で何かあったのか?
 姐さんとかって物言いにちょっとあいつの事も思い出す。
 すると様子がおかしいのも含めて回りまわると僕の所為?

「ではお二人様。門番に過ぎない身ですので色々と失礼もあるでしょうが、どうかご勘弁を。長老衆が待っておりますので、どうぞこちらに」

「わかりました」

「いいでしょう、少々の失礼は忘れてあげます」

 何とか無事に門番カンタの後を付いていき、黄昏街の中枢に一歩前進できそうな雰囲気。
 長老衆か。
 森鬼を思い出すな。
 あの時は酷い目に遭いました。
 でもその話を振るとエリスは全身全霊でブートキャンプのが地獄だった、と反論する。
 今はもう研究も進んで治療もできるようになり、すっかり慣れたけど。
 あの樹刑じゅけいのインパクトはかなりのものだった。

「しかし、クズノハ商会は良い耳をお持ちで。もうここでの噂と例の連中について探りを入れてくる、んですから」

「……まあ今の時期ですから。少しの不安も早めに払拭しておきたい。ただそれだけですよ」

 カンタが振ってきたちょっとした世間話。
 ……さっきの事があるからな、暗い通路で澪に背を晒して黙って歩くのに耐えられなくなったんだろうな。
 だが、彼が次に口にした言葉に僕は内心滅茶苦茶驚いた。
 声に出さなかっただけ我ながらファインプレーだと思った。

「お偉方も対処に迷っているところがありまして。まさかクズノハ商会が蜃気楼都市の出先機関だ、なんて」

『!?』

 なんだって!?
 何の推理もなくいきなり真相を突き付けられただと!?
 一切の助走なしに「犯人はお前だ」なんて展開は創作でも現実でも禁じ手でしょ!?
 おいおいもしもし!?

「そしてあの反神教のトップこそがあの蜃気楼都市を運営しているなんて」

 ナンダッテ?
 いきなり意味不明な事を言い出したぞ?

「あの名無しの蜃気楼都市が実はアークって名前で、反神教の名前に由来してるとか――」

 ……。
 何か、思ってたよりもずっと。
 凄く厄介な問題が起きているようだと僕は思った。
 く、詳しく話を聞かねば。
 場合によってはこの黄昏街ごと解体しちゃる。
 何をしてくれとるんだ反女神集団!!
 嫌がらせのレベルであの虫に張り合うとか、どんだけずれてんだよ!
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