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六章 アイオン落日編
敵の敵
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「そ、澪には向こうで調査を進めてもらってる。ライムは冒険者と駆け回ってるよ」
「あ奴、いきなり若に泣きついてはあべこべじゃろうに。まったく」
「巴と行くって話したのに同行しようって雰囲気は無かったな、そういえば」
「色々とバツが悪いのでしょう。顔を合わせられんと思う程には、アレも恥と思っておるようで」
自分まで一緒に行ったら効率が悪いとか何とか言ってたけど、巴と顔合わせにくいってのも当然あったんだろうな、ライムの奴。
ウェイツ孤児院への訪問について、昼過ぎの約束を取り付け僕らに知らせた後。
ウチの噂の方に対処すると言って冒険者と連携して街を回っている。
あの分だと相当精力的に走り回る気だろう。
「巴が最近ライムをしごいてるからじゃないの?」
「……はは、撫でてやっていた気でいたのですが。ええ、ちと甘い顔をし過ぎていたかもしれませんな」
「巴の期待に応え続けるってのは、何だかんだきつい道だろうからさ。頑張ってるんじゃないかな」
実際、元はトア達と大した差もない冒険者だったんだ。
それを思うとライムは凄く必死に働いて、力もついてきていると思う。
僕の一言でウルトラハードモードがルナティックモードに昇格しないように一応フォローを入れておく。
これでも上がっちゃったらゴメン、ライム。
「若にフォローを頼もうなどと考える事自体が小賢しいというもの。たかだか幼馴染の女一人、自分で黙らせいと言うのです。しかもあそこはライムの古巣ですぞ、古巣」
「まあまあ、おかげで寄場作りが試せるじゃないか」
「それは! まあ、楽しみではありますが」
「だろ? 亜空では人足寄場なんて必要ないものだけど、ツィーゲの孤児院を、って考えたら手の入れ様はあるもんな」
「今のままでは孤児院には未来がありませんからなぁ。冒険者も商人も、それらの金に連なる者どもも後先考えずにぽんぽん子を産みますし。親が早世して孤児になるというのならまだしも、邪魔になって捨てられる子も多いようで……欲望渦巻くツィーゲとはいえ、困ったモノですな」
「だからちょーっとだけ受け皿の孤児院の方を、僕らの商会の企画って体で変えてみようってね。巴が乗り気になってくれたら、だけど」
僕がメインになると甘くなる自信がある。
色んな意味でね。
そして、多分、誰にとっても良い結果にならない気がする。
仏様の蜘蛛の糸というのは、切れない糸であっちゃいけないと思うから。
あれは時に無情に切れるからこそ意味があるもの、じゃないかな。
澪だと文字通りの蜘蛛の糸だけど、ぷっつんぷっつん切れそうで。
識は学園周りで忙しい。し、多分僕に近い甘さを見せる。
相手が子どもだと識も弱そうな気はする。
適任者という意味では候補になる、サリや環を亜空から引っ張ってくるつもりは僕の方で全く無い。
巴が適任なんだよなあ。
……まあ僕が巴に甘えているだけ、とも言えるかもしれない。
「若が儂が楽しめそうだと話して下さった。なれば儂にNOはありませんよ」
「ありがと、助かるよ」
「……寄場の件はライムとの長湯で思いつかれたとか?」
「そうだね。言われてみれば孤児院の事なんて報告を受けているだけ、僕も一度は顔を見せておいても不思議でもない。でもただ誤解を解くだけってのも何か悔しい。だって僕らの方は探られて困る腹は何もないんだからさ」
「ごもっともで」
「なら僕らを良く知ってもらえて、かつ向こうも嬉しい手土産は何か無いかなと。その上でお茶目な嫌がらせにもなったら」
「ふふふ、なるほど。似たようなのを若の記憶でちらと見た覚えがありますな。御父上でしたか、ご友人から出産祝いに2tトラック一杯の紙おむつをプレゼントされておりました」
トラック……。
いや小さめの2tとはいえ、使いきれないような。
それはお茶目ではないリアル嫌がらせなのでは。
僕の記憶にあるって事は妹の真理の時?
僕、という事は無いような……。
当然ながら僕はまるで記憶にない、初耳のエピソードだったりする。
ご友人ね、父さんはそれほど仕事以外の交友関係が広い人では無かった印象がある。
誰だろ、僕も知ってる人かな。
「多すぎるだろ。いやそれ以前に巴が時代劇やら江戸やら刀やら歴史以外の記憶を見て、ちゃんと記憶してるなんて意外だな」
「……そうですかな。ともあれ、深澄家では部屋を一つ潰され難儀な思いをしたようですぞ」
「だろうねえ」
「きっちり使い切る事が出来た辺り、送った側の目算も大したものかと」
「余らなかった。マジか。そりゃかさ張るだろうけど……マジか」
「マジです」
「っと。あそこか、ウェイツ孤児院」
「そのようですな」
「ところでさ、巴。これなんだけど」
僕は手のひらにすっぽり収まってしまうサイズの凝った意匠の小瓶をポケットから出す。
「……香水瓶ですな」
一瞬警戒を見せた巴。
でもすぐに安堵した様子で僕の手から瓶を摘み取った。
「何の魔力も感じぬ、ただの香水のようですが」
「……ああ。ただそれ、例の黄昏街のトップからもらったんだ。出発前、澪といる時にね」
「ふむ……」
「ツィーゲで長く流行ってる上流階級の男性用の香水で自分も愛用している品だから、だってさ」
だが香水だ。
贈り物として自分が使ってるのと同じ物をって、不自然な気がした。
その場でどんな匂いなのか嗅いでみたけど、正直格別良い物とも思えなかった。
エルフにはこういうのが好まれるのか、と思ったくらい。
普段常用してる香りなんて無いから、折角のプレゼントだし吹きかけるなり振りかけるなりで使って見せるべきかと悩みもした。
しかし、香水だ。
もう凄く最近、一番嫌な思いをさせてくれた魔道具が、香水なんだ。
何の魔力も無いただのアイテムと理解してなお、疑念が残った。
念のため、巴と合流する前に残り香も除去して、使用するかどうかについても彼女の意見を聞いておこうと僕は考えていた。
「はて、そのような話はとんと聞き覚えがありませんな。確かに知っている香りではありますが……そのトップはエルフでしたな?」
香りを確かめる巴。
知ってるんだな。
ならオリジナルの特殊なブレンド香水とかでもないと。
「うん。ちなみに男だよ」
やっぱ男同士のプレゼントで香水は無い気がする。
「高価な部類には入りますが普通に売られている香水かと。しかしツィーゲに香水を他人に贈る習慣はありませんし、エルフはそもそも香水を余り好みませぬ」
「へぇ」
「意図は読めませぬが、嫌な思惑はあるやもしれません」
「だよな。黄昏街、やっぱかなり居心地が悪いし。それぞれ嗜好と拘りはあるようだけどさ、基本胸糞悪いとこなんだ。ツィーゲでも更にぶっ飛んだ欲望に忠実な連中の巣窟だから、確かにあそこでしか出来ない事は……あるんだろうけどなぁ」
例えば盗む。
当たり前に犯罪、でも黄昏街だとライトな嗜好の一つ。
お金が無いから盗むんじゃなく、盗むのが楽しいから盗む。
もっと言えば盗られて困る奴を見るのが好きだから盗む。
そういうのが集まってる。
騙す、殺す、攫うなんてのも似た様なもの。
もしも。
ただ技術を究めていく為、なんてベクトルだったら。
僕個人としては実の所そこまで嫌悪感を覚える事もなかっただろう。
「ならば一番ストレートなケースを念頭に動くとしましょう」
巴が自分と周囲に漂っていた香りを吹き飛ばす。
自分についた匂いをこんな風に自在に消し飛ばせるのは、現代の科学より魔術のが便利だな。
最先端の科学なら意外とワンプッシュで匂いがまとめてなくなる超ファ〇リーズみたいのがあるかもしれんけど。
トイレの強力版のが即効性は……いや、どうでもいいや。
「一番?」
「儂らがこれから会う相手に何らかの意味がある場合、でしょうな。これを常用している相手に嫌な記憶でもあるかもしれません」
「なるほど……ね」
僕からすれば今のところリオウもカンタも黄昏街の案内人にして一時的な協力関係にある相手だ。
でもあの二人も何か特殊で外道な犯罪性癖を確実に持ってる。
あそこをまとめているのが常人であるはずがない。
長寿のエルフが好んで長い間あんなとこに潜んでるんだ。
まともじゃないのは確かだ。
カンタ、の方は血の臭いが染みついてるから強盗か殺しか拷問辺りかな?
リオウはどうだろう。
一見すると犯罪の臭いがしない。
わかりやすいのは詐欺とか?
もしそうなら一時的な協力関係も危ういな。
「話が落ち着いた辺りで孤児院の主要な人物に嗅いでもらえばいいでしょう」
「嫌な記憶や相手の事を素直に話す……な。巴なら質問するまでもなかった」
嗅覚や味覚は記憶と深く結ばれている。
香りを吸い込んだ瞬間、何かあるなら確実に脳裏に思い浮かべる。
そして巴はそこを見逃さない。
良い手だ。
「おや、出迎えの様で」
「そこかしこから子どもの視線が突き刺さってくるのが先だったけどね」
外からの客人はやっぱり珍しいか。
多分僕らと直接会わないよう部屋を分けて軟禁、或いは監禁されてるんだろう。
せめてメインの話が済むまでは脱走者が出ませんように。
孤児院の門をくぐって少し。
建物までの石畳を二人で歩いていると、職員らしき大人が急ぎ足でこっちにやってきた。
一人。
奥には大分年を取ったお爺さんもいる。
彼の周りには大人が集まっているから、多分あれが院長か。
てっきり門の前で待ってるかと思ったけど、建物の入り口に皆集まっていた。
微妙に防衛部隊みたいな雰囲気があるな、どうして?
で、こっちに来るのは若い女性。
身なりはきちんとしている。
というか、亜空で作った服だな。
率先して一人で来るという事は彼女がセーナか。
ライムの幼馴染。
「彼女がセーナ?」
「はい、儂は何度か」
小声でやり取りしてセーナの到着前に確認を済ませる。
「ようこそおいで下さいました! クズノハ商会巴様、そして代表ライドウ様! 初めまして、セーナです!」
勢いよく頭を下げて良く通る気持ちの良い声が響いた。
……。
歓待の気持ちは伝わる。
だけど、うん。
不慣れなの丸わかりだな。
そういえばウチ以外の援助をどれだけ受けているのか把握してなかったけど、他のとこはこれで大丈夫なのか。
待てよ、僕がこういうタイプに好感を抱きやすいのを事前に把握していたのかも?
「若、一応普段はもう少しまともな娘です」
「あ、そう」
違うみたい。
巴ははっきり呆れている。
栗色の髪。
ブルネットとか言うんだっけ。
見た感じはモデルさんのすっぴん、て感じだ。
孤児院でばっちりメイクなんてしないだろう。
条件を考えてみると冒険者ギルドの良いとこのお嬢さん職員何かと比べても全く遜色ない素材じゃなかろうか。
「……若?」
「ん?」
「……いえ」
「あの、ライドウ様」
「え、ああ。初めましてセーナさん。私はクズノハ商会代表、ライドウと申します。中々顔を出す機会が作れず失礼いたしました」
「っ、こちらこそ突然のお呼びたてになってしまって! ライムにはそんな急じゃなくても良いって言ったんですけど、あいつ。昨夜急に来て明日時間を作れって、もう」
「彼には常日頃から商会の様々な仕事で頼りにさせてもらっています。その御縁でウェイツ孤児院の事を知るに至り微々たるものではありますが支援を、と考えたものですが。どうやらセーナさんや職員の皆さんには誤解を与えてしまう事もあったようで」
「セーナ殿、これは儂が前に出て引き受けていた件でな、若には報告を上げるのみとなっていた。まさか、斯様な誤解が生まれていようとは。まことに申し訳ない」
僕の言葉に合わせて巴が頭を下げる。
目に見えてセーナが焦る。
わかる。
多分これまでに巴が彼女に頭を下げる場面など、一度も無かっただろうから。
わかっていてやってる巴も悪い。
でも、もう遅いんだなあ。
ウェイツ孤児院には目立ってもらいますよ、ふふふ、と。
「ええ、え、ええ!? いえいえいえいえ!?」
「あちらにおいでの方が責任者の方でしょうか」
院長らしき男性を見て、セーナに尋ねる。
「はい! 院長のキマロ=ハンザです! 昔あった大きな商会の遠縁でこの孤児院も――」
「……そうだ。セーナさん、今日は折角お招きいただいたので手土産を持参しておりまして」
何か関係なさそうな話題で話が伸びそうだったから、悪いけど割り込ませてもらう。
凄く、長くなりそうな予感がした。
姉妹に挟まれて育った男子の感だ。
「手土産、ですか!? いえ先日もライムから差し入れだと頂いておりますが」
「それはライム君が個人的に用意したものでしょう。こちらはクズノハ商会から。巴」
「はっ。どうぞセーナ殿」
「あ、ありがとうございまっ! 重っ!!」
巴からセーナに、ずしっとした布袋が手渡される。
片手で担いでいた巴だが、それは巴だから出来る事で。
セーナはやはり、予想通りに両足で踏ん張って両手で何とか持っているような状態になった。
さて、中に入れてもらいましょうか。
「では、そろそろお邪魔させてもらってもよろしいですか?」
何食わぬ顔でセーナに問いかける。
「は、はい。ご案内、します!」
「ええ、私どももそろそろ収穫を、と考えておりましたので。丁度良いタイミングのお招きで、本当にありがたい事です」
わざと不穏な言葉を織り交ぜてにこにこと彼女に続く。
ちなみにこれは巴の発案だ。
ちょっと慇懃で悪そうな感じで行きましょう、と言われていた。
おかげでというか。
セーナに頭を下げ、かつ手土産を片手に荷物持ちに使われた巴は上機嫌だった。
一方、収穫なんて言葉を聞いたセーナは肩をびくりとさせていた。
「若、ナイス越後屋でしたぞ」
忍び笑いまで聞こえてきそうな嬉し気な巴の声を背に。
僕はウェイツ孤児院に足を踏み入れた。
そうそう。
ここにいる子ども、216人らしい。
それにしては建物が狭いような……ではなく。
煩悩の二倍の数字、凄い偶然だよね。
と思ったんだけど。
こじつけですな、と。
巴にはあえなく一蹴されました。
さーて。
越後屋による孤児院寄場仕様改造劇場、始まり始まり。
「あ奴、いきなり若に泣きついてはあべこべじゃろうに。まったく」
「巴と行くって話したのに同行しようって雰囲気は無かったな、そういえば」
「色々とバツが悪いのでしょう。顔を合わせられんと思う程には、アレも恥と思っておるようで」
自分まで一緒に行ったら効率が悪いとか何とか言ってたけど、巴と顔合わせにくいってのも当然あったんだろうな、ライムの奴。
ウェイツ孤児院への訪問について、昼過ぎの約束を取り付け僕らに知らせた後。
ウチの噂の方に対処すると言って冒険者と連携して街を回っている。
あの分だと相当精力的に走り回る気だろう。
「巴が最近ライムをしごいてるからじゃないの?」
「……はは、撫でてやっていた気でいたのですが。ええ、ちと甘い顔をし過ぎていたかもしれませんな」
「巴の期待に応え続けるってのは、何だかんだきつい道だろうからさ。頑張ってるんじゃないかな」
実際、元はトア達と大した差もない冒険者だったんだ。
それを思うとライムは凄く必死に働いて、力もついてきていると思う。
僕の一言でウルトラハードモードがルナティックモードに昇格しないように一応フォローを入れておく。
これでも上がっちゃったらゴメン、ライム。
「若にフォローを頼もうなどと考える事自体が小賢しいというもの。たかだか幼馴染の女一人、自分で黙らせいと言うのです。しかもあそこはライムの古巣ですぞ、古巣」
「まあまあ、おかげで寄場作りが試せるじゃないか」
「それは! まあ、楽しみではありますが」
「だろ? 亜空では人足寄場なんて必要ないものだけど、ツィーゲの孤児院を、って考えたら手の入れ様はあるもんな」
「今のままでは孤児院には未来がありませんからなぁ。冒険者も商人も、それらの金に連なる者どもも後先考えずにぽんぽん子を産みますし。親が早世して孤児になるというのならまだしも、邪魔になって捨てられる子も多いようで……欲望渦巻くツィーゲとはいえ、困ったモノですな」
「だからちょーっとだけ受け皿の孤児院の方を、僕らの商会の企画って体で変えてみようってね。巴が乗り気になってくれたら、だけど」
僕がメインになると甘くなる自信がある。
色んな意味でね。
そして、多分、誰にとっても良い結果にならない気がする。
仏様の蜘蛛の糸というのは、切れない糸であっちゃいけないと思うから。
あれは時に無情に切れるからこそ意味があるもの、じゃないかな。
澪だと文字通りの蜘蛛の糸だけど、ぷっつんぷっつん切れそうで。
識は学園周りで忙しい。し、多分僕に近い甘さを見せる。
相手が子どもだと識も弱そうな気はする。
適任者という意味では候補になる、サリや環を亜空から引っ張ってくるつもりは僕の方で全く無い。
巴が適任なんだよなあ。
……まあ僕が巴に甘えているだけ、とも言えるかもしれない。
「若が儂が楽しめそうだと話して下さった。なれば儂にNOはありませんよ」
「ありがと、助かるよ」
「……寄場の件はライムとの長湯で思いつかれたとか?」
「そうだね。言われてみれば孤児院の事なんて報告を受けているだけ、僕も一度は顔を見せておいても不思議でもない。でもただ誤解を解くだけってのも何か悔しい。だって僕らの方は探られて困る腹は何もないんだからさ」
「ごもっともで」
「なら僕らを良く知ってもらえて、かつ向こうも嬉しい手土産は何か無いかなと。その上でお茶目な嫌がらせにもなったら」
「ふふふ、なるほど。似たようなのを若の記憶でちらと見た覚えがありますな。御父上でしたか、ご友人から出産祝いに2tトラック一杯の紙おむつをプレゼントされておりました」
トラック……。
いや小さめの2tとはいえ、使いきれないような。
それはお茶目ではないリアル嫌がらせなのでは。
僕の記憶にあるって事は妹の真理の時?
僕、という事は無いような……。
当然ながら僕はまるで記憶にない、初耳のエピソードだったりする。
ご友人ね、父さんはそれほど仕事以外の交友関係が広い人では無かった印象がある。
誰だろ、僕も知ってる人かな。
「多すぎるだろ。いやそれ以前に巴が時代劇やら江戸やら刀やら歴史以外の記憶を見て、ちゃんと記憶してるなんて意外だな」
「……そうですかな。ともあれ、深澄家では部屋を一つ潰され難儀な思いをしたようですぞ」
「だろうねえ」
「きっちり使い切る事が出来た辺り、送った側の目算も大したものかと」
「余らなかった。マジか。そりゃかさ張るだろうけど……マジか」
「マジです」
「っと。あそこか、ウェイツ孤児院」
「そのようですな」
「ところでさ、巴。これなんだけど」
僕は手のひらにすっぽり収まってしまうサイズの凝った意匠の小瓶をポケットから出す。
「……香水瓶ですな」
一瞬警戒を見せた巴。
でもすぐに安堵した様子で僕の手から瓶を摘み取った。
「何の魔力も感じぬ、ただの香水のようですが」
「……ああ。ただそれ、例の黄昏街のトップからもらったんだ。出発前、澪といる時にね」
「ふむ……」
「ツィーゲで長く流行ってる上流階級の男性用の香水で自分も愛用している品だから、だってさ」
だが香水だ。
贈り物として自分が使ってるのと同じ物をって、不自然な気がした。
その場でどんな匂いなのか嗅いでみたけど、正直格別良い物とも思えなかった。
エルフにはこういうのが好まれるのか、と思ったくらい。
普段常用してる香りなんて無いから、折角のプレゼントだし吹きかけるなり振りかけるなりで使って見せるべきかと悩みもした。
しかし、香水だ。
もう凄く最近、一番嫌な思いをさせてくれた魔道具が、香水なんだ。
何の魔力も無いただのアイテムと理解してなお、疑念が残った。
念のため、巴と合流する前に残り香も除去して、使用するかどうかについても彼女の意見を聞いておこうと僕は考えていた。
「はて、そのような話はとんと聞き覚えがありませんな。確かに知っている香りではありますが……そのトップはエルフでしたな?」
香りを確かめる巴。
知ってるんだな。
ならオリジナルの特殊なブレンド香水とかでもないと。
「うん。ちなみに男だよ」
やっぱ男同士のプレゼントで香水は無い気がする。
「高価な部類には入りますが普通に売られている香水かと。しかしツィーゲに香水を他人に贈る習慣はありませんし、エルフはそもそも香水を余り好みませぬ」
「へぇ」
「意図は読めませぬが、嫌な思惑はあるやもしれません」
「だよな。黄昏街、やっぱかなり居心地が悪いし。それぞれ嗜好と拘りはあるようだけどさ、基本胸糞悪いとこなんだ。ツィーゲでも更にぶっ飛んだ欲望に忠実な連中の巣窟だから、確かにあそこでしか出来ない事は……あるんだろうけどなぁ」
例えば盗む。
当たり前に犯罪、でも黄昏街だとライトな嗜好の一つ。
お金が無いから盗むんじゃなく、盗むのが楽しいから盗む。
もっと言えば盗られて困る奴を見るのが好きだから盗む。
そういうのが集まってる。
騙す、殺す、攫うなんてのも似た様なもの。
もしも。
ただ技術を究めていく為、なんてベクトルだったら。
僕個人としては実の所そこまで嫌悪感を覚える事もなかっただろう。
「ならば一番ストレートなケースを念頭に動くとしましょう」
巴が自分と周囲に漂っていた香りを吹き飛ばす。
自分についた匂いをこんな風に自在に消し飛ばせるのは、現代の科学より魔術のが便利だな。
最先端の科学なら意外とワンプッシュで匂いがまとめてなくなる超ファ〇リーズみたいのがあるかもしれんけど。
トイレの強力版のが即効性は……いや、どうでもいいや。
「一番?」
「儂らがこれから会う相手に何らかの意味がある場合、でしょうな。これを常用している相手に嫌な記憶でもあるかもしれません」
「なるほど……ね」
僕からすれば今のところリオウもカンタも黄昏街の案内人にして一時的な協力関係にある相手だ。
でもあの二人も何か特殊で外道な犯罪性癖を確実に持ってる。
あそこをまとめているのが常人であるはずがない。
長寿のエルフが好んで長い間あんなとこに潜んでるんだ。
まともじゃないのは確かだ。
カンタ、の方は血の臭いが染みついてるから強盗か殺しか拷問辺りかな?
リオウはどうだろう。
一見すると犯罪の臭いがしない。
わかりやすいのは詐欺とか?
もしそうなら一時的な協力関係も危ういな。
「話が落ち着いた辺りで孤児院の主要な人物に嗅いでもらえばいいでしょう」
「嫌な記憶や相手の事を素直に話す……な。巴なら質問するまでもなかった」
嗅覚や味覚は記憶と深く結ばれている。
香りを吸い込んだ瞬間、何かあるなら確実に脳裏に思い浮かべる。
そして巴はそこを見逃さない。
良い手だ。
「おや、出迎えの様で」
「そこかしこから子どもの視線が突き刺さってくるのが先だったけどね」
外からの客人はやっぱり珍しいか。
多分僕らと直接会わないよう部屋を分けて軟禁、或いは監禁されてるんだろう。
せめてメインの話が済むまでは脱走者が出ませんように。
孤児院の門をくぐって少し。
建物までの石畳を二人で歩いていると、職員らしき大人が急ぎ足でこっちにやってきた。
一人。
奥には大分年を取ったお爺さんもいる。
彼の周りには大人が集まっているから、多分あれが院長か。
てっきり門の前で待ってるかと思ったけど、建物の入り口に皆集まっていた。
微妙に防衛部隊みたいな雰囲気があるな、どうして?
で、こっちに来るのは若い女性。
身なりはきちんとしている。
というか、亜空で作った服だな。
率先して一人で来るという事は彼女がセーナか。
ライムの幼馴染。
「彼女がセーナ?」
「はい、儂は何度か」
小声でやり取りしてセーナの到着前に確認を済ませる。
「ようこそおいで下さいました! クズノハ商会巴様、そして代表ライドウ様! 初めまして、セーナです!」
勢いよく頭を下げて良く通る気持ちの良い声が響いた。
……。
歓待の気持ちは伝わる。
だけど、うん。
不慣れなの丸わかりだな。
そういえばウチ以外の援助をどれだけ受けているのか把握してなかったけど、他のとこはこれで大丈夫なのか。
待てよ、僕がこういうタイプに好感を抱きやすいのを事前に把握していたのかも?
「若、一応普段はもう少しまともな娘です」
「あ、そう」
違うみたい。
巴ははっきり呆れている。
栗色の髪。
ブルネットとか言うんだっけ。
見た感じはモデルさんのすっぴん、て感じだ。
孤児院でばっちりメイクなんてしないだろう。
条件を考えてみると冒険者ギルドの良いとこのお嬢さん職員何かと比べても全く遜色ない素材じゃなかろうか。
「……若?」
「ん?」
「……いえ」
「あの、ライドウ様」
「え、ああ。初めましてセーナさん。私はクズノハ商会代表、ライドウと申します。中々顔を出す機会が作れず失礼いたしました」
「っ、こちらこそ突然のお呼びたてになってしまって! ライムにはそんな急じゃなくても良いって言ったんですけど、あいつ。昨夜急に来て明日時間を作れって、もう」
「彼には常日頃から商会の様々な仕事で頼りにさせてもらっています。その御縁でウェイツ孤児院の事を知るに至り微々たるものではありますが支援を、と考えたものですが。どうやらセーナさんや職員の皆さんには誤解を与えてしまう事もあったようで」
「セーナ殿、これは儂が前に出て引き受けていた件でな、若には報告を上げるのみとなっていた。まさか、斯様な誤解が生まれていようとは。まことに申し訳ない」
僕の言葉に合わせて巴が頭を下げる。
目に見えてセーナが焦る。
わかる。
多分これまでに巴が彼女に頭を下げる場面など、一度も無かっただろうから。
わかっていてやってる巴も悪い。
でも、もう遅いんだなあ。
ウェイツ孤児院には目立ってもらいますよ、ふふふ、と。
「ええ、え、ええ!? いえいえいえいえ!?」
「あちらにおいでの方が責任者の方でしょうか」
院長らしき男性を見て、セーナに尋ねる。
「はい! 院長のキマロ=ハンザです! 昔あった大きな商会の遠縁でこの孤児院も――」
「……そうだ。セーナさん、今日は折角お招きいただいたので手土産を持参しておりまして」
何か関係なさそうな話題で話が伸びそうだったから、悪いけど割り込ませてもらう。
凄く、長くなりそうな予感がした。
姉妹に挟まれて育った男子の感だ。
「手土産、ですか!? いえ先日もライムから差し入れだと頂いておりますが」
「それはライム君が個人的に用意したものでしょう。こちらはクズノハ商会から。巴」
「はっ。どうぞセーナ殿」
「あ、ありがとうございまっ! 重っ!!」
巴からセーナに、ずしっとした布袋が手渡される。
片手で担いでいた巴だが、それは巴だから出来る事で。
セーナはやはり、予想通りに両足で踏ん張って両手で何とか持っているような状態になった。
さて、中に入れてもらいましょうか。
「では、そろそろお邪魔させてもらってもよろしいですか?」
何食わぬ顔でセーナに問いかける。
「は、はい。ご案内、します!」
「ええ、私どももそろそろ収穫を、と考えておりましたので。丁度良いタイミングのお招きで、本当にありがたい事です」
わざと不穏な言葉を織り交ぜてにこにこと彼女に続く。
ちなみにこれは巴の発案だ。
ちょっと慇懃で悪そうな感じで行きましょう、と言われていた。
おかげでというか。
セーナに頭を下げ、かつ手土産を片手に荷物持ちに使われた巴は上機嫌だった。
一方、収穫なんて言葉を聞いたセーナは肩をびくりとさせていた。
「若、ナイス越後屋でしたぞ」
忍び笑いまで聞こえてきそうな嬉し気な巴の声を背に。
僕はウェイツ孤児院に足を踏み入れた。
そうそう。
ここにいる子ども、216人らしい。
それにしては建物が狭いような……ではなく。
煩悩の二倍の数字、凄い偶然だよね。
と思ったんだけど。
こじつけですな、と。
巴にはあえなく一蹴されました。
さーて。
越後屋による孤児院寄場仕様改造劇場、始まり始まり。
2,030
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出版社: アルファポリス
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
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こうご期待。
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これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
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勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
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そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ママと中学生の僕
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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