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六章 アイオン落日編
囲碁と将棋とボクシング
「巴とエマが揃って外出なんて珍しい」
鳶加藤にやたら興味津々だった巴はトアの足跡を追ったんだろうと予測がつく。
でもエマはどうしたんだろうな?
普段もあまり亜空を留守にする事がない彼女だけに二人で出かけるというシチュエーションが中々思い浮かばない。
「え。うん、識は学園で……澪は厨房。ん、了解。ありがと」
エマの代わりに家に詰めてくれてた翼人から報告を受けて皆の今の居場所はわかった。
ふむ……。
冒険者が入って来てるエリアは頭に入ってるから……そこを避けて少し街を歩くのも良いか。
普段は目的地に直接転移する事が多いし、窓から見る街は今も拡張と改良を繰り返されている。
今どうなっているのか、詳細を見物したい気持ちもある。
これが日本だと一回出来上がった所の再構築には緻密な計画や交渉が必要になるけど、ここは亜空。
魔術のおかげで工期は短い、都市の所有権は僕個人にあるという事にしてあるから権利がどうので揉めない。
相当スムーズに事が進む訳だ。
僕は漠然と民主主義、自由主義なんてのが人の理想的な社会だと思ってた。
ただ考えてみると僕が生きていた日本が人類が辿り着く理想の社会、である訳もなく。
何千年かの歴史の中でたまたまそういう状態にある国に住んでただけ。
そもそも亜空は人だけが構築する社会でもない。
いや、むしろヒューマンだけがいない社会だ。
これから先どうしていくのか、近い将来には考えなくちゃいけなくなるのかもしれない。
結構な人口になってるから何らかの秩序は絶対に必要になるとして、もしかしたら社会主義や独裁といった方式が一番ハマる可能性だってあるんだよな……。
うん、今日は少し難しい事を考えつつ闘技場辺りまで散歩してみようか。
なんて思っていたら珍しい取り合わせの客が玄関にあたる大扉をくぐった所だった。
「環に、サリ? どしたの、こんなとこまで」
「これは……もしかしてお出かけでしょうか若様」
巫女姿のまま訪ねてきた環が僕を見てずばり状況を言い当てる。
「急ぎじゃないよ。何かあったなら報告を聞くけど」
「ツィーゲは今緊急事態だと伺っておりますが……よろしいのでしょうか」
サリが誰から聞いたのかツィーゲの情報を把握していて僕に確認してくる。
まあ問題無い。
出来れば幾つか誰かに話して意見が欲しいとこもあるけど、一分一秒を急ぐような件でもないから。
「一応アイオンと戦争してるとこだね。ただ僕の出る幕はもうあんまり無いみたいでね」
「……少しはある、という事であればあちらに詰めておく方が確実では?」
「両軍がぶつかった後の事だろうからね。もしも女神の使徒がしゃしゃり出てくるようなら相手して欲しいってさ」
「女神の使徒……? 勇者に合流せずアイオン王国に協力しているというのですか?」
サリは女神の使徒を知っているのか。
彼女の読みだと勇者と合流しているタイミングだった?
「みたいだよ。女神の使徒がアイオンに手を貸したから革命軍の方は一気に旗色が悪くなったとか」
「……」
「私の情報は既に最新ではありませんが、アイオン王国に女神やその使徒が拘る理由などあるのでしょうか?」
環は沈黙のまま、サリは使徒の行動に納得いかないようだった。
「謎な事ばっかりだよ。アイオンの密偵を使ってツィーゲ内部の分裂を狙ってみたり、そこに革命軍も反神教も関わってきて一見協力しているような……。もうぐちゃぐちゃ。冒険者ギルドのトップもツィーゲに来るしさ、非常識な壁も出来て……レンブラントさん曰くそろそろ終局らしいんだけど、二人ならどう見る?」
「……どう、と申されましても。私もサリも両者の情報をあまり持っていませんので。一度は戦争をひっくり返した女神の使徒につきましてもサリは何か知っているようですけど私はさっぱり」
「はい、女神の使徒は魔族にとってもいずれ相対せざるを得ない相手でしたから出来る限りの情報は集めておりました。被害は覚悟の上で、ですが幾つか策もございます」
「……魔将関係で?」
「え!?」
いやそこまで驚かんでも。
サリが何か凄い驚いてる。
「あ、いや。ほら一度魔将の皆さんと試合したでしょ? その時にね、イオはあれでほぼ全力だったと思うんだけど……モクレンさん? とロナ。あの二人何か隠してる感じがしてたんだよ。女神の使徒なんて大仰な相手にあのゼフさんが物量で攻めるとも思えないし……サリと他の子たちは正直魔将より一つ二つ落ちる。だったらあの二人のどっちかが被害を覚悟の上で使徒と対峙する気なのかなーってね」
ごく簡単な推理だ。
魔族って本当に魔王がいて魔将がいて、その下に補佐やら部隊長やら兵士が続くシンプルな組織構成だ。
で、魔将は魔王の側近で色々な意味での魔族最強がその職を務めている。
実際界で確かめた時も少なくともあの都にはゼフや魔将を超えるような個人はいなかった。
サリが使徒に対策があるというならそれは魔将が担うしかない。
対抗できるような切り札があるんだろうな。
「恐れ入りました」
「若様、素晴らしい推察だと思います。しかしそれだけ思考に慣れたのであれば、レンブラントやツィーゲの策もある程度読めるのでは? 所詮は同じ人の考える事なのですから」
「……それがさ。レンブラントさんってもう既に戦争のずっと先を見てる感じがあるんだよ。さっき話した壁……まあ良い機会か。二人にも現状でわかってる事を知ってもらって、少し意見を聞かせてもらえる?」
「……よろしいんですか? 私はもとよりサリも亜空を出ぬようきつく命じられている身ですが」
「別に外の情報を知ったからって外に出るのとは違うでしょ。まあ、僕もこれで色々思うところはあってさ。無理にとは言わないけど」
『是非』
何故息ぴったり。
亜空でも退屈するような事は無いと思ってるけど、外の情報はやっぱり知りたいものなのか。
環なんかはたまに従者との摺り合わせで外の話もそれなりに出てくるのにな。
二人を部屋に案内して巴とエマがまとめてくれている情報資料を見せる。
環は落ち着いた様子、いやそう取り繕ってるけどかなり興味があるなこれ。
サリはわかりやすく情報を貪る様に読み込み始めた。
……なんというか。
意外と似た者同士か、環とサリって。
確かに亜空から出さないと初期に宣言したという共通点もある。
あ、意外と腹黒くて何を考えてるか読み切れないとこも似てるな。
環は……まだ正直好きにさせるには得体が知れない所がある。
今のところ大人しく寺社神殿の管理に心を砕いてくれてるし、大黒天様からの贈り物の一環だ。
契約も無事に交わしてるのにな。
ただ本当に不思議なのは僕自身が環のどこか心を許し切れない所をそこまで嫌いじゃないという事。
今の不安定な関係を心地よく感じる妙な自分も確かに存在するんだ。
サリは単純に魔族で立場もそれなりにあるから彼女自身がじゃなくその立場が危うくて商会関連の仕事には出せない。
ただ蜃気楼都市に関わる分には別に構わないから、海と陸の交流の中でこっち側の街の仕事も少しずつ覚えてもらうか。
この街に魔族がいる事はこっちの好きに押し通せるし。
……となると増々ヒューマンだけがいない状況が浮くかな。
うーん、ヒューマンかぁ。
難しいよなあ。
机に肘を置いて頬杖を突きながら眺めていると、何やら親しげに話を始める環とサリ。
親しげ? いやこれは上司と部下かな。
資料を手にアイデアを詰めている午後の会議室、みたいな。
「……綱渡り……非常識で……外壁の位置……冒険者は……?」
「……迷いが無い……意味は巧妙に、でも……使徒の排除……黄金街道を巻き込む……」
ぽつぽつと漏れ聞こえる単語。
外壁の位置ね、それは僕も意味がわからない。
新たに作るにしても、何故あの位置だったんだろう。
遠すぎないか?
使徒の排除、は出てきたら僕が引き受ける話になってる。
身体がふやけるかと思う程に温泉を満喫しながらそうなった。
黄金街道もなあ、その両脇に街の外壁を作るなんて前代未聞だ。
あれは冒険者ギルドと商人ギルドも関わってる大国も公認の中立地帯。
どうしたって黄金街道を跨ぐ往来には不便だってあるだろうし……。
後は大軍にどう対処する気なのかもよくわからない。
流石に頭数はアイオンが圧倒的に上だから壁があっても正面衝突は無い。
でも相当量の物資が壁の方に送られてんだよなあ。
応戦するから必要って考えるのが普通だよね?
無い頭で先を読もうとするものの、まあ上手くいかない。
一方の環&サリはお互いに頷くとサリが一歩前に出た。
「お、何か読み取れた?」
「……はい。ただ、今この状況で終局を語るというのならレンブラントなる商人はどうかしている、という結論が出ました」
「まあ、ただ者じゃないのは確かだと思う」
見れば環も頷いてるな。
「亜空に来て将棋を教わりましたが」
「……うん、もう僕じゃ相手にならないよね。二人とも強い強い」
「これまでの流れを整理すると例えるなら互角の中盤戦、というような状況に見えます」
「互角? 中盤だって?」
「はい、ここから終局を読み切るなど最難関の詰将棋でも及ばないかと。環様に教わって私も四十手程までなら解けるようになってきましたが、その程度ではとても」
……詰将棋。
亜空には意外と囲碁とか将棋好きが多い。
実際の軍略、戦争とは全く異なる思考遊戯だと僕は思うんだけど、ハマる人多いんだよ。
僕が今日向かおうとしてた闘技場にしても、近々傍に囲碁将棋用の塔を作る話が出てきてるほど。
僕が弱いからと言って反対する気もなく、何故塔なのかとは疑問はあったものの作るの自体は許可してある。
ちなみに僕は三手詰くらいなら全力で立ち向かえる。
五手はアウト。
四十手?
この子は何を言ってんのってレベルですよ。
それを解けるのはもう一部の変態か出題者くらいだろうと、一般人の僕は力説したい。
「正直、私も同感です。レンブラントという男が頭の中でどんな絵を描いているのか、全く読めません。直接対峙し人となりがわかっていればまた少し違いますが、現状はカオスそのものです。使徒を若様が討つのだとしても、純然たる戦力差をどう覆す気なのか……」
うっそ、環でも読めないのか。
サリの話しぶりからするとこいつも四十手以上読める変態なんだろうに。
「しかし読ませて頂いた資料を見ると、確かにツィーゲは既に独立後に向けて動き出しています。冒険者に壁の内側にあたる地域の魔物の掃討を依頼していますし一部では道の舗装も。明らかに独立を果たせるという確信のもと、動いている節があります」
「壁の内側を全部街として整備してしまおうとする無茶苦茶な発想は、若様とのお付き合いがある人物なら辛うじて閃く可能性はあるかもしれません。要は日本の都市のようなものですから。しかし……幾ら冒険者と良好な関係があって優秀な傭兵団とその指導があっても、決戦に勝利する決定打とするには時間が足りません。他国からの援軍も望めませんし立地を考えても黄金街道以外からの物資が見込めないのは明らか、つまり長期戦は最初から選択肢を外れる……」
二人ともまた唸りだした。
僕だけじゃないのは安心したけど、ツィーゲは大丈夫なのかという不安がおぎゃあと生まれましたよ。
でも、勝つ気なんだよな。
僕のとこにも主に中小の商会が情報収集に来たり庇護を求めてきたりしてるけど、あまりにもレンブラントさんが自信満々で次々と策を繰り出していくから、近頃は勝てるかどうかより戦争がいつ勝って終わるのかってとこに話題がシフトしている。
まあ、あれだね。
レンブラントさんには僕らでも把握できていない秘密兵器があるって事だ。
「魔族の知将と亜空の悪巧みがこれだけ悩んじゃう状況なのかぁ」
「申し訳ありません……お力になれなくて」
「これはわからないというより、うーん……って亜空の悪巧みとは何でしょう! 酷く不名誉な通り名に聞こえますが!」
「うん。多分ツィーゲ側には僕らも掴めてない策が何かあるんだろうね。それが決定打」
「……はい、そう感じます。でもこの盤上、どんな持ち駒が増えた所で勝利が確定しているなど」
環はオープンになってない手札がまだあって、それがカギではないかと悔しそうに呟く。
しかしながらどんな手札なら切り札になるのかはわからない、とも。
だとすれば、きっと。
「なら盤上にはないかもね」
『?』
「盤外戦術って類の奇策なのかもって事。いくら例えてみても戦争は戦争、将棋は将棋だからね。同じ条件で始まりもしないし、持ち時間だって不平等――」
「っ! そうか!」
「環?」
「いえ、仔細はやはりわかりはしませんが。レンブラントは軍師でも軍人でもない。ただもし彼が商人のままでこの戦いに挑んでいるんだとしたら。考えている戦術もまた一般的な戦争の常識は通用しないかもしれません」
「?」
「律義に相手のまともな戦争に付き合って不利な戦いをする必要などない。ツィーゲは最初から冒険者を巻き込むという非常識から交渉も戦闘も戦争も始めている。街が独立するのだといいながら壁を作り領土を勝手に切り取ろうともしている。これは、若様ならご存知かもしれませんが将棋ボクシングのようなものなのかもしれません」
「将棋ボクシングって、あの超色物の……?」
何となくは知ってるけど、何でもありという意味では戦争の実態には近い気もする。
「ええ、どっちで相手を倒しても良い。アイオンも使徒も、将棋で勝負しているつもりで、気付いたら殴り倒されてKO。そんな幕引き、あり得ますよ若様」
「そりゃまた……お気の毒、だね」
「お気の毒というか、私なら発狂しそうです」
サリが知らないなりに将棋ボクシングを想像したんだろう。
将棋サイドにいる人として極めて真っ当な感想を漏らした。
そりゃそうだ。
自分は相手の次の一手、その先を読んでいるというのに。
相手は数分後に彼女をどう殴り倒して黙らせようかとイメージしているんだから。
やってられない。
「はは。いや、二人のおかげで楽しかったよ。で、今日は元々何の用でここに? 珍しい取り合わせでさ」
「あ、ええ。闘技場傍に出来る例の塔について囲碁と将棋の施設使用割合について少々提案がありまして」
あの塔絡みか。
それで途中から将棋がどうのって例えが始まったのか?
仲良く半々で使えば良いだろうに。
どっちも弱々な僕は贔屓はしないつもりでいるんだけど。
こうやって話に付き合ってもらっちゃったし、仕方ない。
覚悟を決めて将棋派の二人の提案を聞かせてもらうとするか。
鳶加藤にやたら興味津々だった巴はトアの足跡を追ったんだろうと予測がつく。
でもエマはどうしたんだろうな?
普段もあまり亜空を留守にする事がない彼女だけに二人で出かけるというシチュエーションが中々思い浮かばない。
「え。うん、識は学園で……澪は厨房。ん、了解。ありがと」
エマの代わりに家に詰めてくれてた翼人から報告を受けて皆の今の居場所はわかった。
ふむ……。
冒険者が入って来てるエリアは頭に入ってるから……そこを避けて少し街を歩くのも良いか。
普段は目的地に直接転移する事が多いし、窓から見る街は今も拡張と改良を繰り返されている。
今どうなっているのか、詳細を見物したい気持ちもある。
これが日本だと一回出来上がった所の再構築には緻密な計画や交渉が必要になるけど、ここは亜空。
魔術のおかげで工期は短い、都市の所有権は僕個人にあるという事にしてあるから権利がどうので揉めない。
相当スムーズに事が進む訳だ。
僕は漠然と民主主義、自由主義なんてのが人の理想的な社会だと思ってた。
ただ考えてみると僕が生きていた日本が人類が辿り着く理想の社会、である訳もなく。
何千年かの歴史の中でたまたまそういう状態にある国に住んでただけ。
そもそも亜空は人だけが構築する社会でもない。
いや、むしろヒューマンだけがいない社会だ。
これから先どうしていくのか、近い将来には考えなくちゃいけなくなるのかもしれない。
結構な人口になってるから何らかの秩序は絶対に必要になるとして、もしかしたら社会主義や独裁といった方式が一番ハマる可能性だってあるんだよな……。
うん、今日は少し難しい事を考えつつ闘技場辺りまで散歩してみようか。
なんて思っていたら珍しい取り合わせの客が玄関にあたる大扉をくぐった所だった。
「環に、サリ? どしたの、こんなとこまで」
「これは……もしかしてお出かけでしょうか若様」
巫女姿のまま訪ねてきた環が僕を見てずばり状況を言い当てる。
「急ぎじゃないよ。何かあったなら報告を聞くけど」
「ツィーゲは今緊急事態だと伺っておりますが……よろしいのでしょうか」
サリが誰から聞いたのかツィーゲの情報を把握していて僕に確認してくる。
まあ問題無い。
出来れば幾つか誰かに話して意見が欲しいとこもあるけど、一分一秒を急ぐような件でもないから。
「一応アイオンと戦争してるとこだね。ただ僕の出る幕はもうあんまり無いみたいでね」
「……少しはある、という事であればあちらに詰めておく方が確実では?」
「両軍がぶつかった後の事だろうからね。もしも女神の使徒がしゃしゃり出てくるようなら相手して欲しいってさ」
「女神の使徒……? 勇者に合流せずアイオン王国に協力しているというのですか?」
サリは女神の使徒を知っているのか。
彼女の読みだと勇者と合流しているタイミングだった?
「みたいだよ。女神の使徒がアイオンに手を貸したから革命軍の方は一気に旗色が悪くなったとか」
「……」
「私の情報は既に最新ではありませんが、アイオン王国に女神やその使徒が拘る理由などあるのでしょうか?」
環は沈黙のまま、サリは使徒の行動に納得いかないようだった。
「謎な事ばっかりだよ。アイオンの密偵を使ってツィーゲ内部の分裂を狙ってみたり、そこに革命軍も反神教も関わってきて一見協力しているような……。もうぐちゃぐちゃ。冒険者ギルドのトップもツィーゲに来るしさ、非常識な壁も出来て……レンブラントさん曰くそろそろ終局らしいんだけど、二人ならどう見る?」
「……どう、と申されましても。私もサリも両者の情報をあまり持っていませんので。一度は戦争をひっくり返した女神の使徒につきましてもサリは何か知っているようですけど私はさっぱり」
「はい、女神の使徒は魔族にとってもいずれ相対せざるを得ない相手でしたから出来る限りの情報は集めておりました。被害は覚悟の上で、ですが幾つか策もございます」
「……魔将関係で?」
「え!?」
いやそこまで驚かんでも。
サリが何か凄い驚いてる。
「あ、いや。ほら一度魔将の皆さんと試合したでしょ? その時にね、イオはあれでほぼ全力だったと思うんだけど……モクレンさん? とロナ。あの二人何か隠してる感じがしてたんだよ。女神の使徒なんて大仰な相手にあのゼフさんが物量で攻めるとも思えないし……サリと他の子たちは正直魔将より一つ二つ落ちる。だったらあの二人のどっちかが被害を覚悟の上で使徒と対峙する気なのかなーってね」
ごく簡単な推理だ。
魔族って本当に魔王がいて魔将がいて、その下に補佐やら部隊長やら兵士が続くシンプルな組織構成だ。
で、魔将は魔王の側近で色々な意味での魔族最強がその職を務めている。
実際界で確かめた時も少なくともあの都にはゼフや魔将を超えるような個人はいなかった。
サリが使徒に対策があるというならそれは魔将が担うしかない。
対抗できるような切り札があるんだろうな。
「恐れ入りました」
「若様、素晴らしい推察だと思います。しかしそれだけ思考に慣れたのであれば、レンブラントやツィーゲの策もある程度読めるのでは? 所詮は同じ人の考える事なのですから」
「……それがさ。レンブラントさんってもう既に戦争のずっと先を見てる感じがあるんだよ。さっき話した壁……まあ良い機会か。二人にも現状でわかってる事を知ってもらって、少し意見を聞かせてもらえる?」
「……よろしいんですか? 私はもとよりサリも亜空を出ぬようきつく命じられている身ですが」
「別に外の情報を知ったからって外に出るのとは違うでしょ。まあ、僕もこれで色々思うところはあってさ。無理にとは言わないけど」
『是非』
何故息ぴったり。
亜空でも退屈するような事は無いと思ってるけど、外の情報はやっぱり知りたいものなのか。
環なんかはたまに従者との摺り合わせで外の話もそれなりに出てくるのにな。
二人を部屋に案内して巴とエマがまとめてくれている情報資料を見せる。
環は落ち着いた様子、いやそう取り繕ってるけどかなり興味があるなこれ。
サリはわかりやすく情報を貪る様に読み込み始めた。
……なんというか。
意外と似た者同士か、環とサリって。
確かに亜空から出さないと初期に宣言したという共通点もある。
あ、意外と腹黒くて何を考えてるか読み切れないとこも似てるな。
環は……まだ正直好きにさせるには得体が知れない所がある。
今のところ大人しく寺社神殿の管理に心を砕いてくれてるし、大黒天様からの贈り物の一環だ。
契約も無事に交わしてるのにな。
ただ本当に不思議なのは僕自身が環のどこか心を許し切れない所をそこまで嫌いじゃないという事。
今の不安定な関係を心地よく感じる妙な自分も確かに存在するんだ。
サリは単純に魔族で立場もそれなりにあるから彼女自身がじゃなくその立場が危うくて商会関連の仕事には出せない。
ただ蜃気楼都市に関わる分には別に構わないから、海と陸の交流の中でこっち側の街の仕事も少しずつ覚えてもらうか。
この街に魔族がいる事はこっちの好きに押し通せるし。
……となると増々ヒューマンだけがいない状況が浮くかな。
うーん、ヒューマンかぁ。
難しいよなあ。
机に肘を置いて頬杖を突きながら眺めていると、何やら親しげに話を始める環とサリ。
親しげ? いやこれは上司と部下かな。
資料を手にアイデアを詰めている午後の会議室、みたいな。
「……綱渡り……非常識で……外壁の位置……冒険者は……?」
「……迷いが無い……意味は巧妙に、でも……使徒の排除……黄金街道を巻き込む……」
ぽつぽつと漏れ聞こえる単語。
外壁の位置ね、それは僕も意味がわからない。
新たに作るにしても、何故あの位置だったんだろう。
遠すぎないか?
使徒の排除、は出てきたら僕が引き受ける話になってる。
身体がふやけるかと思う程に温泉を満喫しながらそうなった。
黄金街道もなあ、その両脇に街の外壁を作るなんて前代未聞だ。
あれは冒険者ギルドと商人ギルドも関わってる大国も公認の中立地帯。
どうしたって黄金街道を跨ぐ往来には不便だってあるだろうし……。
後は大軍にどう対処する気なのかもよくわからない。
流石に頭数はアイオンが圧倒的に上だから壁があっても正面衝突は無い。
でも相当量の物資が壁の方に送られてんだよなあ。
応戦するから必要って考えるのが普通だよね?
無い頭で先を読もうとするものの、まあ上手くいかない。
一方の環&サリはお互いに頷くとサリが一歩前に出た。
「お、何か読み取れた?」
「……はい。ただ、今この状況で終局を語るというのならレンブラントなる商人はどうかしている、という結論が出ました」
「まあ、ただ者じゃないのは確かだと思う」
見れば環も頷いてるな。
「亜空に来て将棋を教わりましたが」
「……うん、もう僕じゃ相手にならないよね。二人とも強い強い」
「これまでの流れを整理すると例えるなら互角の中盤戦、というような状況に見えます」
「互角? 中盤だって?」
「はい、ここから終局を読み切るなど最難関の詰将棋でも及ばないかと。環様に教わって私も四十手程までなら解けるようになってきましたが、その程度ではとても」
……詰将棋。
亜空には意外と囲碁とか将棋好きが多い。
実際の軍略、戦争とは全く異なる思考遊戯だと僕は思うんだけど、ハマる人多いんだよ。
僕が今日向かおうとしてた闘技場にしても、近々傍に囲碁将棋用の塔を作る話が出てきてるほど。
僕が弱いからと言って反対する気もなく、何故塔なのかとは疑問はあったものの作るの自体は許可してある。
ちなみに僕は三手詰くらいなら全力で立ち向かえる。
五手はアウト。
四十手?
この子は何を言ってんのってレベルですよ。
それを解けるのはもう一部の変態か出題者くらいだろうと、一般人の僕は力説したい。
「正直、私も同感です。レンブラントという男が頭の中でどんな絵を描いているのか、全く読めません。直接対峙し人となりがわかっていればまた少し違いますが、現状はカオスそのものです。使徒を若様が討つのだとしても、純然たる戦力差をどう覆す気なのか……」
うっそ、環でも読めないのか。
サリの話しぶりからするとこいつも四十手以上読める変態なんだろうに。
「しかし読ませて頂いた資料を見ると、確かにツィーゲは既に独立後に向けて動き出しています。冒険者に壁の内側にあたる地域の魔物の掃討を依頼していますし一部では道の舗装も。明らかに独立を果たせるという確信のもと、動いている節があります」
「壁の内側を全部街として整備してしまおうとする無茶苦茶な発想は、若様とのお付き合いがある人物なら辛うじて閃く可能性はあるかもしれません。要は日本の都市のようなものですから。しかし……幾ら冒険者と良好な関係があって優秀な傭兵団とその指導があっても、決戦に勝利する決定打とするには時間が足りません。他国からの援軍も望めませんし立地を考えても黄金街道以外からの物資が見込めないのは明らか、つまり長期戦は最初から選択肢を外れる……」
二人ともまた唸りだした。
僕だけじゃないのは安心したけど、ツィーゲは大丈夫なのかという不安がおぎゃあと生まれましたよ。
でも、勝つ気なんだよな。
僕のとこにも主に中小の商会が情報収集に来たり庇護を求めてきたりしてるけど、あまりにもレンブラントさんが自信満々で次々と策を繰り出していくから、近頃は勝てるかどうかより戦争がいつ勝って終わるのかってとこに話題がシフトしている。
まあ、あれだね。
レンブラントさんには僕らでも把握できていない秘密兵器があるって事だ。
「魔族の知将と亜空の悪巧みがこれだけ悩んじゃう状況なのかぁ」
「申し訳ありません……お力になれなくて」
「これはわからないというより、うーん……って亜空の悪巧みとは何でしょう! 酷く不名誉な通り名に聞こえますが!」
「うん。多分ツィーゲ側には僕らも掴めてない策が何かあるんだろうね。それが決定打」
「……はい、そう感じます。でもこの盤上、どんな持ち駒が増えた所で勝利が確定しているなど」
環はオープンになってない手札がまだあって、それがカギではないかと悔しそうに呟く。
しかしながらどんな手札なら切り札になるのかはわからない、とも。
だとすれば、きっと。
「なら盤上にはないかもね」
『?』
「盤外戦術って類の奇策なのかもって事。いくら例えてみても戦争は戦争、将棋は将棋だからね。同じ条件で始まりもしないし、持ち時間だって不平等――」
「っ! そうか!」
「環?」
「いえ、仔細はやはりわかりはしませんが。レンブラントは軍師でも軍人でもない。ただもし彼が商人のままでこの戦いに挑んでいるんだとしたら。考えている戦術もまた一般的な戦争の常識は通用しないかもしれません」
「?」
「律義に相手のまともな戦争に付き合って不利な戦いをする必要などない。ツィーゲは最初から冒険者を巻き込むという非常識から交渉も戦闘も戦争も始めている。街が独立するのだといいながら壁を作り領土を勝手に切り取ろうともしている。これは、若様ならご存知かもしれませんが将棋ボクシングのようなものなのかもしれません」
「将棋ボクシングって、あの超色物の……?」
何となくは知ってるけど、何でもありという意味では戦争の実態には近い気もする。
「ええ、どっちで相手を倒しても良い。アイオンも使徒も、将棋で勝負しているつもりで、気付いたら殴り倒されてKO。そんな幕引き、あり得ますよ若様」
「そりゃまた……お気の毒、だね」
「お気の毒というか、私なら発狂しそうです」
サリが知らないなりに将棋ボクシングを想像したんだろう。
将棋サイドにいる人として極めて真っ当な感想を漏らした。
そりゃそうだ。
自分は相手の次の一手、その先を読んでいるというのに。
相手は数分後に彼女をどう殴り倒して黙らせようかとイメージしているんだから。
やってられない。
「はは。いや、二人のおかげで楽しかったよ。で、今日は元々何の用でここに? 珍しい取り合わせでさ」
「あ、ええ。闘技場傍に出来る例の塔について囲碁と将棋の施設使用割合について少々提案がありまして」
あの塔絡みか。
それで途中から将棋がどうのって例えが始まったのか?
仲良く半々で使えば良いだろうに。
どっちも弱々な僕は贔屓はしないつもりでいるんだけど。
こうやって話に付き合ってもらっちゃったし、仕方ない。
覚悟を決めて将棋派の二人の提案を聞かせてもらうとするか。
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なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界札束ビンタ 〜異世界でメイクマネーしたおっさんの早期リタイア旅〜
bukocharu俺はしがないアラサーのビジネスマン、島田耕太郎。
サラリーマンではなくビジネスマンである。
趣味はこれといってなく、働いては眠り、働いては眠るの生活の人生をおくっていた。
おかげで金に不自由したことはない。
ある日の帰宅中、強烈な二つの光がオレに迫ってきているのを最期に地球での記憶はない。
気付けば、太陽が二つある不思議な世界にいた。
俗に言う異世界転生ってやつだな。
異世界に転生されたはいいが、お約束の神からのギフトなどなく、俺はスーツ姿のまま、見知らぬ草原に立たされていた。
それからはまあ色々あった。そりゃあもう色々あった。
どうにかこうにかして、異世界で自立できる基盤ができた時、俺はこの世界が前の世界より文化が遅れていることに気付く。
すぐにでも気付きそうなものだが、あの時の俺は生きることに精一杯だったのだ。
稼げることに気付いた俺は、また働きはじめた。
金はあるに越したことはないからな。
前の世界と同じよう、働いては眠り、働いては眠りの生活。
異世界に転生したかいがないと言われればそれまでだが、魔法にも魔物にも俺にはあまり関心がなかった。
最初はびっくらこいたけど、すぐに慣れてしまった。理屈はわからんが、そういうもんだと思って過ごしているうちに気にならなくなった。
つまりは、あっという間に俺はこの世界になじんだのだ。
働いて、働いて、働いて……
あれから幾年経ったかな?
立ち上げた商会もずいぶんとまあデカくなったもんだ。
俺も商会のこといまいち把握してないんだよな。
古い知り合いからの招待の手紙も溜まっていることだしちょうどいい。
ちょっと仕事から離れてみるかな。
転生したら貧乏男爵家でした。
花屋の息子 つまらない事故で命を落とした御門要一は、異世界で貧乏貴族の子供として転生を果たした。しかし実家の領地は荒地荒野そう呼べる物。子供を御貴族様として養うなど夢のまた夢と言った貧乏振り。
そうしたある日、ついに経営危機に陥った実家を離れ、冒険者として独り立ちせざるを得なくなった男の物語。