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六章 アイオン落日編
倉庫という禁句
口を湿らせる程度にお酒を頂いた僕はロッツガルド学園に到着。
全く酔ってはいない。
えっと、なんだこれ?
目をこすってみても景色は変わることなく。
講義の場には識とジン達がいて、妻子持ちのダエナが識の正面で正座していた。
実技中心の講義が僕らのスタイルのメインなんだけど、特に誰かが何かをしている様子もない。
なんだこれ、である。
「遅れては、いない筈だが……これは一体何事だ?」
さっきまで商人だったから講師の口調にするのに一瞬戸惑ってしまった。
普通に話してると同期みたいで勘違いするって学生には不評だから筆談の時のままの言葉遣いでやってるからなんだけど、結果僕のが負担に感じてるってどうかと思う。
「ああ若様。講義まではまだ少し時間がございます。これは、今回は若様にもいらしていただく予定でおりましたので彼らにちょっとした宿題を出したのですが……」
「ダエナが忘れた、のか?」
珍しいもんだ。
基本ロッツガルド学園の学生はあの騒動後は特にだけど、やる気がある。
僕の講義の場合は倍率が高い人気講義扱いされるようになったから特に向上心や野心に溢れる子たちが集まる傾向がある。
だから講義自体への熱もさることながら、課題や宿題という講義外の指導についても非常に貪欲だ。
食後のデザート的な感覚で彼らの方から講師に次回までの、或いは中長期的な課題を求められる。
メインを食べてなお食欲旺盛な人物がデザートを食べ忘れる事なんてあり得ない。
残す事も稀だろう。
余程相性が悪かったとか好みから外れていたとか。
つまるところ、ロッツガルド学園の学生が課題を忘れるなんて珍事な訳だ。
「いえ、課題自体は全員やり終えて準備は整っているのです。しかしダエナが学生としても、教育に強く興味を持つ者としても少々良くない考えを持っておりましたので軽いお説教を」
「良くない考え?」
「はい。ダエナは最近になって教育者を目指すという目的を手にして目覚ましい成長を遂げつつあります」
「うん。あ、いや、そうだな」
分身とかジョブに頼らず能力として身につけてるもんな。
ロッツガルド学園生というのが本格的に天才と秀才の巣窟だって思い知らされたよ。
肩書き狙いの一部の貴族や商人の子以外は冗談じゃなく世界の未来を担うような才気溢れる若者が揃ってる。
「今回、私は生徒たちへの課題としてある論文が明らかにした事実から自分ならどんな発展形を見出すかという課題を出しました」
「……」
うんうんと頷いておく。
論文の読解と自分なりの将来における利用法の模索ってところだろう。
戦闘実技中心の講義でやる事かは論文の内容次第……だけど。
どうも外れている気がしなくもない。
「全員の回答に落第点はありませんでしたが、概ね予想通りに収まりましてしばしの雑談になりました。そこで論文に絡んで図書館や司書の話題に触れたところ」
「ふむ……」
図書館に司書。
まあその論文もそこから持ってきたものだろうからおかしくないか。
まさか識の研究を論文にしたものだったりしたらかなりショッキングなものもあるだろうし。
「ダエナが図書館を本の倉庫だと、司書は倉庫番だと、ええ、口にしまして」
「あー……」
「図書館の意義、知の探究、司書の役割について少々考えをただしておりました」
識は元々研究者だったし今も亜空で数々のテーマを究めている学者肌の魔術師だ。
そう、魔術師で戦闘もこなす識だけど本来の彼は部屋に篭って研究に没頭するタイプなのです。
僕の従者の中では唯一のインドア……じゃないな、勉強好きとでもいおうか。
魔術や知識そのものに価値を見出すタイプ。
巴と近いけど、あいつはあくまで目的の為に色々やる方だからちょっと違う。
いかに魔術を戦闘で活用するかに特化した魔術師が世界では主流で、冒険者でも頭角を現すのもこちらだ。
研究や探究が大好きな識の場合、冒険者型の魔術師より遥かに図書館への理解やリスペクトが深い。
ダエナがうっかり図書館を軽んじてる事を見抜かれるような発言をして怒られている、って事なんだな。
「……なるほど。確かにダエナが今後何らかの形で教育に関わっていこうと考えているのであれば、図書館を軽視する姿勢は問題外だな」
満足気に頷いてくれる識やシフ、アベリア、イズモ。
逆に意外そうに見てくるのがジンやダエナ本人、二期生の面々。
なんでさ。
「……なんだ、ダエナ」
正座したまま、おずおずと僕を見て手を挙げるダエナ。
「あの、ライドウ先生って本読むんすか」
「お前、私を何だと」
講師ですけど、一応。
「その、だって。先生こそ直感の化身。天才の権化じゃありませんか。やる事成す事どころか言う事全部常識の外からですし……」
「狭い世界の小さな常識に縛られて人を化け物呼ばわりするな」
失礼な。
「……先生」
「ん?」
「俺らが最初の頃言われた属性一個に拘るなっての」
「ああ」
折角一番得意なのほどじゃなくても扱える属性があるなら手を増やす方が選択肢が増えて総合的な成長も期待できる。
学生の常識はともかく冒険者たちは普通にそう考えていた。
僕も同感だ。
「あれ学園のスタンダードでどの教科書にも書いてあるんですけど」
「……」
「それに戦闘をターン性のボードゲームみたいになぞらえながらレベルよりも更に実戦的な思考を鍛えていく方針にしたって、図書館の本にも講師の教本にも全く無かった考え方なんですけど……いや全部俺らにとって身になる事ばかりだったんで文句なんてありません。ただ……本の知識って所詮は古いものって意識はあって。常に最前線、最新の手法が求められるような命のやり取りの場で、そんなものが役に立つのかってのは……正直あります」
教育に目覚めたといっても、ローレルでの死闘、死線を超えてハイになった結果だもんなあ。
あっちからこっち、両極端な認識に振れてしまうのはあるあるなのかもしれない。
「はぁ、ダエナ――」
識の溜息からの言葉を制して僕が続ける事にした。
「私の講義で触れるものが本やこれまでの知識と全く違って、かつお前にとって役立つものだったのは講師として素直に喜ばしい。だが図書館の本にこうした手法や技法が本当になかったのか、その点は疑問だな」
「? いえ、でもあんなやり方や知識なんて」
ダエナが見つけられなかったのはわかる。
でもそれと無かったは同義じゃない。
「広大な図書館、膨大な蔵書量。その全てを把握するのは至難の業だ。例えば……識」
「はい」
「課題の論文、見せてもらえるか」
これも図書館のだろ。
「……あ、こちらになります」
?
何故か少し動きが鈍る識。
ひょっとしてこれからの課題について、少し問題が出たりする?
何か問題があったら突っ込んで欲しいとアイコンタクトを送ってダエナに向き直る。
で内容、内容っと。
ぶっ!!
こ、これは!?
「……この論文もロッツガルドの蔵書から司書の方に見つけてもらったものだ。ダエナはこの論文の存在については知っていたか?」
変異体事件前の夏休みにね。
エヴァって司書に見つけてもらった……僕が魔力体を習得するに至った論文でした。
おかげでパラパラ流し読みしただけで内容は思い出せた。
あの夏、超読み込んだもんね。
「いえ。かなり古いもので主流とも外れてる論文でタイトルも執筆者も知らないものでした」
「だが確かに存在した。この様に、目立たず古い論文や書物は例え蒐集されたものであっても容易く埋もれる」
「はい」
「そうさせないのも司書の仕事の一つだ。お前が想像するような単なる倉庫番じゃあない。図書館についても……」
待てよ。
そもそも本をただの紙の束みたいなものだと思っているから図書館を本の倉庫だと言ってしまう訳で。
ああ、ならあの論文を読んでるって前提なんだから一つの実例を見せれば良いのか。
「先生?」
「ダエナ、お前この論文読んでどう思った? 今どんな事に活用できるって思ったんだ?」
識が今回の課題を用意して僕を呼んだって事は多分、そういう事でもあるんだろう。
彼の答えを聞いてから見せるとしましょうか。
今の僕が頼りにする、魔力の使い方ってのを。
全く酔ってはいない。
えっと、なんだこれ?
目をこすってみても景色は変わることなく。
講義の場には識とジン達がいて、妻子持ちのダエナが識の正面で正座していた。
実技中心の講義が僕らのスタイルのメインなんだけど、特に誰かが何かをしている様子もない。
なんだこれ、である。
「遅れては、いない筈だが……これは一体何事だ?」
さっきまで商人だったから講師の口調にするのに一瞬戸惑ってしまった。
普通に話してると同期みたいで勘違いするって学生には不評だから筆談の時のままの言葉遣いでやってるからなんだけど、結果僕のが負担に感じてるってどうかと思う。
「ああ若様。講義まではまだ少し時間がございます。これは、今回は若様にもいらしていただく予定でおりましたので彼らにちょっとした宿題を出したのですが……」
「ダエナが忘れた、のか?」
珍しいもんだ。
基本ロッツガルド学園の学生はあの騒動後は特にだけど、やる気がある。
僕の講義の場合は倍率が高い人気講義扱いされるようになったから特に向上心や野心に溢れる子たちが集まる傾向がある。
だから講義自体への熱もさることながら、課題や宿題という講義外の指導についても非常に貪欲だ。
食後のデザート的な感覚で彼らの方から講師に次回までの、或いは中長期的な課題を求められる。
メインを食べてなお食欲旺盛な人物がデザートを食べ忘れる事なんてあり得ない。
残す事も稀だろう。
余程相性が悪かったとか好みから外れていたとか。
つまるところ、ロッツガルド学園の学生が課題を忘れるなんて珍事な訳だ。
「いえ、課題自体は全員やり終えて準備は整っているのです。しかしダエナが学生としても、教育に強く興味を持つ者としても少々良くない考えを持っておりましたので軽いお説教を」
「良くない考え?」
「はい。ダエナは最近になって教育者を目指すという目的を手にして目覚ましい成長を遂げつつあります」
「うん。あ、いや、そうだな」
分身とかジョブに頼らず能力として身につけてるもんな。
ロッツガルド学園生というのが本格的に天才と秀才の巣窟だって思い知らされたよ。
肩書き狙いの一部の貴族や商人の子以外は冗談じゃなく世界の未来を担うような才気溢れる若者が揃ってる。
「今回、私は生徒たちへの課題としてある論文が明らかにした事実から自分ならどんな発展形を見出すかという課題を出しました」
「……」
うんうんと頷いておく。
論文の読解と自分なりの将来における利用法の模索ってところだろう。
戦闘実技中心の講義でやる事かは論文の内容次第……だけど。
どうも外れている気がしなくもない。
「全員の回答に落第点はありませんでしたが、概ね予想通りに収まりましてしばしの雑談になりました。そこで論文に絡んで図書館や司書の話題に触れたところ」
「ふむ……」
図書館に司書。
まあその論文もそこから持ってきたものだろうからおかしくないか。
まさか識の研究を論文にしたものだったりしたらかなりショッキングなものもあるだろうし。
「ダエナが図書館を本の倉庫だと、司書は倉庫番だと、ええ、口にしまして」
「あー……」
「図書館の意義、知の探究、司書の役割について少々考えをただしておりました」
識は元々研究者だったし今も亜空で数々のテーマを究めている学者肌の魔術師だ。
そう、魔術師で戦闘もこなす識だけど本来の彼は部屋に篭って研究に没頭するタイプなのです。
僕の従者の中では唯一のインドア……じゃないな、勉強好きとでもいおうか。
魔術や知識そのものに価値を見出すタイプ。
巴と近いけど、あいつはあくまで目的の為に色々やる方だからちょっと違う。
いかに魔術を戦闘で活用するかに特化した魔術師が世界では主流で、冒険者でも頭角を現すのもこちらだ。
研究や探究が大好きな識の場合、冒険者型の魔術師より遥かに図書館への理解やリスペクトが深い。
ダエナがうっかり図書館を軽んじてる事を見抜かれるような発言をして怒られている、って事なんだな。
「……なるほど。確かにダエナが今後何らかの形で教育に関わっていこうと考えているのであれば、図書館を軽視する姿勢は問題外だな」
満足気に頷いてくれる識やシフ、アベリア、イズモ。
逆に意外そうに見てくるのがジンやダエナ本人、二期生の面々。
なんでさ。
「……なんだ、ダエナ」
正座したまま、おずおずと僕を見て手を挙げるダエナ。
「あの、ライドウ先生って本読むんすか」
「お前、私を何だと」
講師ですけど、一応。
「その、だって。先生こそ直感の化身。天才の権化じゃありませんか。やる事成す事どころか言う事全部常識の外からですし……」
「狭い世界の小さな常識に縛られて人を化け物呼ばわりするな」
失礼な。
「……先生」
「ん?」
「俺らが最初の頃言われた属性一個に拘るなっての」
「ああ」
折角一番得意なのほどじゃなくても扱える属性があるなら手を増やす方が選択肢が増えて総合的な成長も期待できる。
学生の常識はともかく冒険者たちは普通にそう考えていた。
僕も同感だ。
「あれ学園のスタンダードでどの教科書にも書いてあるんですけど」
「……」
「それに戦闘をターン性のボードゲームみたいになぞらえながらレベルよりも更に実戦的な思考を鍛えていく方針にしたって、図書館の本にも講師の教本にも全く無かった考え方なんですけど……いや全部俺らにとって身になる事ばかりだったんで文句なんてありません。ただ……本の知識って所詮は古いものって意識はあって。常に最前線、最新の手法が求められるような命のやり取りの場で、そんなものが役に立つのかってのは……正直あります」
教育に目覚めたといっても、ローレルでの死闘、死線を超えてハイになった結果だもんなあ。
あっちからこっち、両極端な認識に振れてしまうのはあるあるなのかもしれない。
「はぁ、ダエナ――」
識の溜息からの言葉を制して僕が続ける事にした。
「私の講義で触れるものが本やこれまでの知識と全く違って、かつお前にとって役立つものだったのは講師として素直に喜ばしい。だが図書館の本にこうした手法や技法が本当になかったのか、その点は疑問だな」
「? いえ、でもあんなやり方や知識なんて」
ダエナが見つけられなかったのはわかる。
でもそれと無かったは同義じゃない。
「広大な図書館、膨大な蔵書量。その全てを把握するのは至難の業だ。例えば……識」
「はい」
「課題の論文、見せてもらえるか」
これも図書館のだろ。
「……あ、こちらになります」
?
何故か少し動きが鈍る識。
ひょっとしてこれからの課題について、少し問題が出たりする?
何か問題があったら突っ込んで欲しいとアイコンタクトを送ってダエナに向き直る。
で内容、内容っと。
ぶっ!!
こ、これは!?
「……この論文もロッツガルドの蔵書から司書の方に見つけてもらったものだ。ダエナはこの論文の存在については知っていたか?」
変異体事件前の夏休みにね。
エヴァって司書に見つけてもらった……僕が魔力体を習得するに至った論文でした。
おかげでパラパラ流し読みしただけで内容は思い出せた。
あの夏、超読み込んだもんね。
「いえ。かなり古いもので主流とも外れてる論文でタイトルも執筆者も知らないものでした」
「だが確かに存在した。この様に、目立たず古い論文や書物は例え蒐集されたものであっても容易く埋もれる」
「はい」
「そうさせないのも司書の仕事の一つだ。お前が想像するような単なる倉庫番じゃあない。図書館についても……」
待てよ。
そもそも本をただの紙の束みたいなものだと思っているから図書館を本の倉庫だと言ってしまう訳で。
ああ、ならあの論文を読んでるって前提なんだから一つの実例を見せれば良いのか。
「先生?」
「ダエナ、お前この論文読んでどう思った? 今どんな事に活用できるって思ったんだ?」
識が今回の課題を用意して僕を呼んだって事は多分、そういう事でもあるんだろう。
彼の答えを聞いてから見せるとしましょうか。
今の僕が頼りにする、魔力の使い方ってのを。
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