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七章 蜃気楼都市小閑編
予期せぬ拝謁①
不殺。
この文言さえ無ければ苦戦であったとしても死線を超える程の死闘ではなかった。
剣豪ビル=シートをリーダーとする冒険者パーティ『ビルギット』は蜃気楼都市の常連となった初期パーティの一つとしてツィーゲでは名が売れている。
彼らからもたらされ明らかになったかの都市の情報は多く、単に戦士としての技量だけでなくその情報収集能力からもビルたちの名は知れ渡りツィーゲの重鎮からの期待も大きい。
だが一つ盲点がある。
蜃気楼都市の側から見た場合も、期待の差こそあれある程度の評価を彼らが得ている事についてツィーゲの上層も、そしてビルギット自身もあまり認識できていない事だ。
二つの組織を行き来する以上は確かにあり得ない話ではないのだが、いかんせん蜃気楼都市はツィーゲと確かな関わりを持ちつつあるが未だに未知の要素が多すぎる存在。冒険者が向こうから評価されているという認識はまだ持たれていなかった。
少々悪く言ってしまえば便利屋扱いであれ蜃気楼都市の住民からみたビルギットはそれなりに使える連中だという評価を得つつあったのだ。
「少し頼みたい事がある」
そうエルダードワーフの職人が彼らに相談を持ち掛けたのは二時間ほど前の事だった。
「たのみ……私、私たちに?」
日々鍛錬をさせてもらっているような相手から切り出されたあまりに不自然な言葉に、ビルは思わず聞き返した。
ローニンからケンカク、そしてケンゴウへの道が拓けたのはここでの鍛錬があってこそだとビルは確信している。
未だ名ばかり剣豪だとか、本物ならこんなもんじゃなかろうに、だとか。
果てはジョブだけ剣豪などと非常に不本意な暴言が飛んできても唸る事しかできないのは蜃気楼都市の住人たちにそれだけの実力があり、またビルの知らぬ豊富な知識も有しているから。
彼にとってこの街は現状最高の学び舎だった。
もし、を考えればビルはカタナという最高の相棒にすら気付く事なく一生を終えたかもしれないのだから。
「そうだ。少しばかり面倒なのが暴れておってな。実力で言えばまあタフな戦士クラス、一対一なら命を落とすかもしれんがパーティで囲めば無理な相手ではないといったところか」
「……相手は一人、いや一匹なのか?」
面倒なのが暴れている。
その言葉でジエルの頼みの内容をある程度察するビル。
「おお、そうだったな。もちろん一匹だとも。相手は魔獣みたいなもんで、まあ言葉が通じんから一度暴れ出すと厄介な相手だ。大きさはこの街のオーク戦士より二回りほど大きいか。ツキノワグリズリーという」
聞いた事もない魔物の名にビルが眉を顰める。
冒険者の基本として、初見の魔物との戦闘は危険が多い。
それは荒野でも他でも、そして蜃気楼都市でも変わらない。
見た事はなくとも名前は聞いた事があるならまだしも、まったく未知の魔物でギリギリの相手は遠慮したいというのが冒険者の素直な本音だろう。
「ちょっとよろしい?」
ビルギットのブレーンであるヒーラーのラナイが口を挟んできた。
ビル自身は損得に徹しきれない甘い性分があるため、彼らのパーティでは交渉事は専ら女性陣が担当する事が多い。
つまり自然な流れだ。
頼み事をしてきたエルダードワーフの鍛冶職人ジエルも介入を気にした様子はなかった。
「うむ、何じゃラナイ」
「聞いてるとそれなりに危険みたいね。そうなるといくら恩人で友人の頼みとはいえ私たちは報酬を考える必要がある訳。だってその魔獣を調べてこいっていうんじゃなく、倒せっていうんでしょ?」
「いやラナイ。それを言ったら私たちはここに世話になりっぱなしなのだが」
「ビルよ、何を言っておる。その対価はきちんと外の話であったり冒険者の事情であったり情報という形でもらっておるではないか。ラナイの言い分はもっともなこと」
「む、むぅ……そうか? 流石に人として頷いてよいのかどうか……」
「さて報酬、報酬なあ。そうじゃな、お前さんらはコロシアムに興味を持っておったようだし特別に一度、門の先に連れて行ってやるというのではどうじゃ?」
『!!』
ジエルの言葉にビル以下パーティメンバー全員が息を呑む。
門の先。
それはヴェールに包まれ、おそらくまだツィーゲの冒険者は誰一人足を踏み入れていない領域。
ラナイが期待に震える。
比較的、俗な欲望が強い傾向にある彼女が貴重な機会とはいえ単なる通行許可みたいな報酬に目を輝かせたのにはもちろん理由がある。
冒険者としての未知への好奇心もほんの少しばかりはあったが。
彼女はその情報の価値におおいに期待していた。
次にツィーゲに戻った際、その情報にどれだけの値がつくか。
ひょっとしたらレンブラント商会が乗り出してきて途轍もない価格で買い取ってくれるかもしれない。
もっとも蜃気楼都市で知り得た事で口外は控えて欲しいと伝えられた情報について口外した場合、この街の門は閉ざされてしまう。
常連となった者でもパーティでも、例外なく。
そうなった場合のデメリットは計り知れない。
ラナイもそこは十分に理解している。
だから、きちんと確認しておかなくてはいけない。
単なる貴重な経験で終わるか、プラスアルファが見込めるかを。
言えない情報であれば何か報酬に色をつけてもらわなくては割に合わない頼み事になる可能性だってあるのだから。
「素敵。ねえジエル、確認なんだけどその門の先で見聞きした事って――」
「あとビルがダメにした刀の弁償を十本分チャラにしてやろ――」
「受けた!」
「ちょ、ビル!! このおバカ!!」
「馬鹿はお前だラナイ! 門の先を見せてくれるだけでなくドワーフの打ってくれた刀の十本分だぞ!? これ以上なんぞ要求するなら身を滅ぼすぞ!」
「あのねえ! 門の先に何があっても口外できるかどうかもわからないんじゃ報酬にならないでしょ!?」
「かかかか! 我らが武器を高く評価してくれるのは嬉しいぞ、ビル! そしてラナイの危惧も一々もっとも。流石に連れて行った時に何が起こるか全てはわからんから全部を確約は出来ぬが……内密に願う事はさほど多くなかろうよ」
「っ!! なら喜んで受けさせてもらうわ。で、そのツキノワグリズリーって魔物の情報で判明している事は?」
「今は完全にバーサーカーの如き有様じゃから単なるタフで凶暴な大型の獣じゃな。特に毒もなく敢えて言うなら物理攻撃よりも魔術による攻撃の方が有効というぐらいか」
「シンプルなパワータイプ、で良いのね?」
「うむ。だが一点だけ、気を付けてもらう事がある」
『……』
気づけばアコス、ギットという残りのメンバーも近くまで来て話に耳を傾けている。
「戦闘不能にしてほしいが、殺しは却下。今回は一切不殺で頼む」
「ぎ、ギリギリのパワータイプを相手に殺さず……か」
「生け捕り……道理で話の割に報酬が美味しいと思った」
「絶対俺の負担がでけえ。マジ短期決戦で頼む」
「海王の相手よりずっと良いかな」
殺さずという難しい条件を付けられても尚頼み事を断る事なく。
ほどなくビルギットは殺気が四方にまき散らされた森の一画に案内された。
道中木々に残された爪痕や破壊の痕跡からなるほど確かにパワータイプの獣だと確信しつつ歩を進め、捜索など本格的に始めるまでもなく接敵。
ツキノワグリズリーと遭遇、有無を言わさず戦闘に入った。
そして今。
彼らは完全に意識を絶った巨躯の熊が横たわる場から少しばかり距離を取って、警戒しつつぶっ倒れている。
一時間を超える死闘。
防御役を担うアコスの希望は叶わなかった。
初手から畳みかけるような連撃を浴びせ一度距離を取った時のラナイの表情が長期戦を物語っていた。
彼女の目には対象の生命力を量る特殊能力が宿っている。信頼性は極めて高い。
ツキノワグリズリーは苛烈だった。
強靭な肉体から繰り出される圧倒的なパワー、分厚い脂肪と筋肉に加えて出鱈目に硬い毛によるガード、そして無尽蔵じゃないかと幾度となくビルらを戦慄させたタフネス。
なにより大熊からは殺意や敵意よりも遥かに強い怒りの感情が常時迸っていた。
それでも相応の修羅場を超えてきたビルギットはジエルの見立て通り、何とかオーダーをこなして見せた。
これが相談事だったのか鍛錬の一環だったのか。
それとも試練と呼ばれるものだったのか。
ビルたちがその真相を知るのはすぐ先の事である。
この文言さえ無ければ苦戦であったとしても死線を超える程の死闘ではなかった。
剣豪ビル=シートをリーダーとする冒険者パーティ『ビルギット』は蜃気楼都市の常連となった初期パーティの一つとしてツィーゲでは名が売れている。
彼らからもたらされ明らかになったかの都市の情報は多く、単に戦士としての技量だけでなくその情報収集能力からもビルたちの名は知れ渡りツィーゲの重鎮からの期待も大きい。
だが一つ盲点がある。
蜃気楼都市の側から見た場合も、期待の差こそあれある程度の評価を彼らが得ている事についてツィーゲの上層も、そしてビルギット自身もあまり認識できていない事だ。
二つの組織を行き来する以上は確かにあり得ない話ではないのだが、いかんせん蜃気楼都市はツィーゲと確かな関わりを持ちつつあるが未だに未知の要素が多すぎる存在。冒険者が向こうから評価されているという認識はまだ持たれていなかった。
少々悪く言ってしまえば便利屋扱いであれ蜃気楼都市の住民からみたビルギットはそれなりに使える連中だという評価を得つつあったのだ。
「少し頼みたい事がある」
そうエルダードワーフの職人が彼らに相談を持ち掛けたのは二時間ほど前の事だった。
「たのみ……私、私たちに?」
日々鍛錬をさせてもらっているような相手から切り出されたあまりに不自然な言葉に、ビルは思わず聞き返した。
ローニンからケンカク、そしてケンゴウへの道が拓けたのはここでの鍛錬があってこそだとビルは確信している。
未だ名ばかり剣豪だとか、本物ならこんなもんじゃなかろうに、だとか。
果てはジョブだけ剣豪などと非常に不本意な暴言が飛んできても唸る事しかできないのは蜃気楼都市の住人たちにそれだけの実力があり、またビルの知らぬ豊富な知識も有しているから。
彼にとってこの街は現状最高の学び舎だった。
もし、を考えればビルはカタナという最高の相棒にすら気付く事なく一生を終えたかもしれないのだから。
「そうだ。少しばかり面倒なのが暴れておってな。実力で言えばまあタフな戦士クラス、一対一なら命を落とすかもしれんがパーティで囲めば無理な相手ではないといったところか」
「……相手は一人、いや一匹なのか?」
面倒なのが暴れている。
その言葉でジエルの頼みの内容をある程度察するビル。
「おお、そうだったな。もちろん一匹だとも。相手は魔獣みたいなもんで、まあ言葉が通じんから一度暴れ出すと厄介な相手だ。大きさはこの街のオーク戦士より二回りほど大きいか。ツキノワグリズリーという」
聞いた事もない魔物の名にビルが眉を顰める。
冒険者の基本として、初見の魔物との戦闘は危険が多い。
それは荒野でも他でも、そして蜃気楼都市でも変わらない。
見た事はなくとも名前は聞いた事があるならまだしも、まったく未知の魔物でギリギリの相手は遠慮したいというのが冒険者の素直な本音だろう。
「ちょっとよろしい?」
ビルギットのブレーンであるヒーラーのラナイが口を挟んできた。
ビル自身は損得に徹しきれない甘い性分があるため、彼らのパーティでは交渉事は専ら女性陣が担当する事が多い。
つまり自然な流れだ。
頼み事をしてきたエルダードワーフの鍛冶職人ジエルも介入を気にした様子はなかった。
「うむ、何じゃラナイ」
「聞いてるとそれなりに危険みたいね。そうなるといくら恩人で友人の頼みとはいえ私たちは報酬を考える必要がある訳。だってその魔獣を調べてこいっていうんじゃなく、倒せっていうんでしょ?」
「いやラナイ。それを言ったら私たちはここに世話になりっぱなしなのだが」
「ビルよ、何を言っておる。その対価はきちんと外の話であったり冒険者の事情であったり情報という形でもらっておるではないか。ラナイの言い分はもっともなこと」
「む、むぅ……そうか? 流石に人として頷いてよいのかどうか……」
「さて報酬、報酬なあ。そうじゃな、お前さんらはコロシアムに興味を持っておったようだし特別に一度、門の先に連れて行ってやるというのではどうじゃ?」
『!!』
ジエルの言葉にビル以下パーティメンバー全員が息を呑む。
門の先。
それはヴェールに包まれ、おそらくまだツィーゲの冒険者は誰一人足を踏み入れていない領域。
ラナイが期待に震える。
比較的、俗な欲望が強い傾向にある彼女が貴重な機会とはいえ単なる通行許可みたいな報酬に目を輝かせたのにはもちろん理由がある。
冒険者としての未知への好奇心もほんの少しばかりはあったが。
彼女はその情報の価値におおいに期待していた。
次にツィーゲに戻った際、その情報にどれだけの値がつくか。
ひょっとしたらレンブラント商会が乗り出してきて途轍もない価格で買い取ってくれるかもしれない。
もっとも蜃気楼都市で知り得た事で口外は控えて欲しいと伝えられた情報について口外した場合、この街の門は閉ざされてしまう。
常連となった者でもパーティでも、例外なく。
そうなった場合のデメリットは計り知れない。
ラナイもそこは十分に理解している。
だから、きちんと確認しておかなくてはいけない。
単なる貴重な経験で終わるか、プラスアルファが見込めるかを。
言えない情報であれば何か報酬に色をつけてもらわなくては割に合わない頼み事になる可能性だってあるのだから。
「素敵。ねえジエル、確認なんだけどその門の先で見聞きした事って――」
「あとビルがダメにした刀の弁償を十本分チャラにしてやろ――」
「受けた!」
「ちょ、ビル!! このおバカ!!」
「馬鹿はお前だラナイ! 門の先を見せてくれるだけでなくドワーフの打ってくれた刀の十本分だぞ!? これ以上なんぞ要求するなら身を滅ぼすぞ!」
「あのねえ! 門の先に何があっても口外できるかどうかもわからないんじゃ報酬にならないでしょ!?」
「かかかか! 我らが武器を高く評価してくれるのは嬉しいぞ、ビル! そしてラナイの危惧も一々もっとも。流石に連れて行った時に何が起こるか全てはわからんから全部を確約は出来ぬが……内密に願う事はさほど多くなかろうよ」
「っ!! なら喜んで受けさせてもらうわ。で、そのツキノワグリズリーって魔物の情報で判明している事は?」
「今は完全にバーサーカーの如き有様じゃから単なるタフで凶暴な大型の獣じゃな。特に毒もなく敢えて言うなら物理攻撃よりも魔術による攻撃の方が有効というぐらいか」
「シンプルなパワータイプ、で良いのね?」
「うむ。だが一点だけ、気を付けてもらう事がある」
『……』
気づけばアコス、ギットという残りのメンバーも近くまで来て話に耳を傾けている。
「戦闘不能にしてほしいが、殺しは却下。今回は一切不殺で頼む」
「ぎ、ギリギリのパワータイプを相手に殺さず……か」
「生け捕り……道理で話の割に報酬が美味しいと思った」
「絶対俺の負担がでけえ。マジ短期決戦で頼む」
「海王の相手よりずっと良いかな」
殺さずという難しい条件を付けられても尚頼み事を断る事なく。
ほどなくビルギットは殺気が四方にまき散らされた森の一画に案内された。
道中木々に残された爪痕や破壊の痕跡からなるほど確かにパワータイプの獣だと確信しつつ歩を進め、捜索など本格的に始めるまでもなく接敵。
ツキノワグリズリーと遭遇、有無を言わさず戦闘に入った。
そして今。
彼らは完全に意識を絶った巨躯の熊が横たわる場から少しばかり距離を取って、警戒しつつぶっ倒れている。
一時間を超える死闘。
防御役を担うアコスの希望は叶わなかった。
初手から畳みかけるような連撃を浴びせ一度距離を取った時のラナイの表情が長期戦を物語っていた。
彼女の目には対象の生命力を量る特殊能力が宿っている。信頼性は極めて高い。
ツキノワグリズリーは苛烈だった。
強靭な肉体から繰り出される圧倒的なパワー、分厚い脂肪と筋肉に加えて出鱈目に硬い毛によるガード、そして無尽蔵じゃないかと幾度となくビルらを戦慄させたタフネス。
なにより大熊からは殺意や敵意よりも遥かに強い怒りの感情が常時迸っていた。
それでも相応の修羅場を超えてきたビルギットはジエルの見立て通り、何とかオーダーをこなして見せた。
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※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です