月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

似つかわしくない場所

「しばらく干しておくが最良でしょう」

「……干すって」

「! ああ、いえ。干すと言いましても拷問のそれではなく」

「?」

「しばらくは様子を見ながら放置する、つまり時間が必要かと。もうその恐れもあまりないでしょうが、大人しくしている場所もあった方が良いでしょう。はて、亜空には牢はどれほどありましたか……」

「ヒューマン用のが幾つか。種族に合わせたのは特にないね。必要ならその都度檻を用意してたと思う」

「……ああ、左様ですか」

 ツィーゲでのクズノハ商会の仕事が一段落しつつある。
 突然やってきて革命的な事を言い出すレンブラントさん案件は別にして、だけど。
 ツキノワグリズリーみたく亜空とこっち両方に関わる件も今のところ順調。
 ふと、しばらく前の会話を思い出す。
 セル鯨にレヴィの事を相談した時の事だ。
 干す、という言葉は僕にとって無視する、相手にしないというようなネガティブな意味を持つ言葉だった。
 いじめの一種の様な……だけど大人が社会的な意味でやるバージョンのような……どっちにせよ良いイメージは無いものだ。
 しかしこれが海王のセル鯨からすると、彼らにとって干すとはかなり凄惨な部類に入る拷問を指す隠語でもあったらしくて。
 また少し種族的なズレが判明した瞬間だったな。
 隠語ではなくただ干すという言葉にした場合、海王ではあくまでも目の届く範囲で様子を見つつ放置する、僕にとっては軟禁に近い意味を持つとか。
 
「そろそろ、かな」

 ローレルで圧倒的な敗北を経験したスキュラのレヴィは、その後かなりの情緒不安定に陥っていた。
 種族本来の姿なのか、亜空の住民というよりヒューマンの冒険者たちを標的にして絡んだり嬲ったり。
 弱者というだけなら亜空にだって戦う力の乏しい子供だっているのだけど、不思議とそっちにはあまり被害は出ていない。
 ヒューマン、ってのが力の強弱以上に大事な要素だったのかねえ。
 ……敗戦相手もヒューマンの女性だったしな。
 結果的にレヴィは僕とも関係がある冒険者パーティにいるのを含めて二人のヒューマンを死に至らしめ、僕は彼女をセル鯨に預けて彼がいうところの「干す」事に。
 罪だの罰だのという判断は後回しにして、スキュラの軟禁にも適した牢を有する海王に任せた訳だ。
 あの時のレヴィは正直もうどう扱ったものかさっぱりわからなかったから、とも言う。
 殺したかと思えば謝るし、かと思えばまた襲うし。
 そろそろ、というのは言葉通りレヴィも落ち着いた頃じゃないかって意味だ。

「罰、の方はなあ……」

 亜空にはヒューマン殺しの罪はない。
 同じ亜空住民に対しては簡単な法はあるのだけど……。
 ただ僕の言葉に逆らった、言う事を聞かなかったという意味でレヴィに罰を望む声はそれなりにある。
 中には冒険者に情が移ったゴルゴンやらエルドワやらからの声もあった。
 ならそのまま、僕に対しての不敬罪? 的な罪でレヴィを罰するのかというと。
 僕にとって非常に悩ましくて、受け入れがたい話でもある。
 いくら亜空での事だと言ってもさ。
 僕に?
 従わなかったから?
 罪?
 WHY?
 となる。
 ごく常識的に。
 正直に言って自分が王の器を持っているとは思わない。
 これだけ大勢に担ぎ上げられても尚、僕はそう思えずにいる。
 かなり客観的に自分を見つめてみた結果として……まずその能力が不足しまくっている。
 今の事態にかなり重要なところで言えば、今現在でも僕は朝令暮改が当たり前だ。
 こちらがいいと思えばころっと考えを変えるところ、ある。
 その僕の言葉、命令、意にそぐわない事をしたからといって不敬罪というのはあまりに無茶苦茶だと切実に思う。
 間違いなく僕自身が一番後悔する自信さえある。
 
「若様! お待ちしておりました!」

 連絡をしてセル鯨たちが亜空の海底に築く街に移動すると、唐突な訪問だってのに結構なお出迎えが待っていた。
 普段活発に亜空を移動している主要メンバーも、大体揃ってるって何事。
 レヴィの様子を見に来ただけなんだけど。
 あ、でも。
 この街にまともに来るのは実はこれが初めて、か?
 どうだったかな。
 なんだかんだ用事で中の特定の部屋で人にあったり、街の設計図を見せてもらったりは何度もしてるから他人の気がしない街というか、不思議な馴染み感はあるんだよな。

「レヴィも若様御自らお出でになるとは思っておらんでしょう。きっと驚きます」

「だと嬉しいね。まともに話せるなら色々聞きたいから」

 海王が主に生活するこの街は文字通りの海底都市だ。
 海中にもかなり伸びているから海中都市といっても良いかもしれない。
 海の中を生活の場とする者たちは大体ここを都だと思って暮らしているし地上との連絡も問題なく出来る。
 巴謹製の霧の門も設置してあるから直接港街に行く事も最初の街に行く事も出来る。
 満ちているのが水か空気かって大事な問題があるから多少の魔術を用意してからの移動になるけど、かなり便利になっていると思う。
 唯一残念なのは僕的に海の中の都やお城として定番でもある龍宮城の面影が欠片もない事くらいか。
 街の入り口で皆にお出迎えされて、そこからは海王のお偉方に案内される形で街の中央へ。
 ここは街の中央にセル鯨さん達が住み働く行政の中枢があってそこから放射状に街が広がっている構造になっている。
 レヴィは中枢の地下に増設された海種族用の牢にいるとの事。
 街の近況を含めて色々報告を聞きながら中央の……ん?

「どうされました?」

「しゃく……やく……きゅう?」

 芍薬宮。
 と書かれていた。
 んん?
 こんな名前だっけ?
 確か行政庁、ってシンプルなネーミングだったような……。

「ああ! はい、都市のシンボルだから何か良い名前はないかと悩んでおりましたら地上の花を思い出しまして。あれは……美しいものです。それで巴様に美しい花といえばどのようなものが思い浮かびましょうやとお聞きしましたところ、芍薬、牡丹、百合に決まっていると御教え頂きました。故にこことあの塔、それに今回作りました牢にその名をあてがわせてもらった次第です」

 芍薬、牡丹、百合って。
 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花ってあれか!
 セル鯨さんもさ、花が気に入ったのなら自分の好きなやつの名前を引っ張れば良かったのに。
 いやその三つのどれが駄目っていうんじゃなく、何かこう違和感があるというか。
 しかも牢にも名前をつけたって、つまり結構最近って事だし……。

「芍薬宮に牡丹の塔、それに百合咲く牢?」

 やっぱ駄目だ、凄い違和感。
 特に百合咲く牢は僕の……一瞬浮かんだ不埒な妄想もあって、もうそれなんて牢、としか思えない。
 敢えて言うなら芍薬の塔、よりは牡丹のが良いのか、な?
 芍薬だと塔がポキッと折れそうだ。
 牡丹ならハラハラと……でもどっちも散るのが潔いというかささっとした方だよなあ……。
 あとでこっそり改名をお勧めしてみよう。
 どうにも気に入っていたらもうどうしようもないけどね。

「はい。素晴らしい名だと皆喜んでおります」

 ニコニコしてる。
 これは無理かもしれんですね。

「え」

 芍薬宮の中に入ってしばらく、広間らしき場に出た時だった。
 水が空気に変わった。
 それに明るい。
 吹き抜けになっているとはいえ、ここは結構な海の底。
 少なくとも明るくはない筈なのに。
 演出とはいえ中々の光が広間を満たしていた。
 淡く青い優しい光に満たされた落ち着いた空間から一気に陽光の下に出てきたかのような衝撃だ。

「若様のもとで暮らす以上、可能な者には空気で呼吸する術も身につけさせねばとかような場所を幾つも用意しております」

「というのは建前で実はセル鯨様が園芸に目覚めただけでございます」

 セル鯨さんが僕の疑問にもっともらしい事をいって答えてくれた瞬間、横からしゃっと出てきた人魚のお姉さんが本当の理由を暴露した。
 園芸、花。
 なるほど、この立ち込める香りの方の正体は花か。

「園芸」

「はっ! メイ、お前という奴は突然! 若様の御前だぞ!」

 都名ツナさんが僕が園芸と呟くのに合わせて人魚の出現に気付いたのか彼女の名を呼んで声を荒げる。
 メイさんって言うのか。
 初めて見る人だ、と思う。

「あ、その若様、これはですな」

「いや、良いんじゃない園芸。僕もやってた事あるし」

「!!」

「花だったり野菜だったりハーブだったりだけどね」

「若様が、ですか?」

「うん。だから記憶資料には園芸項目は結構しっかりある筈だよ。またエマにでも頼んで見せてもらえば良いよ。海底にあるのに花も咲き誇る。凄い街になりそうだね」

「ありがとうございます!」

 セル鯨さんは嬉しそうに礼を言う。
 別にさほど感謝される事でもないだろうに。
 というか、喜色の気配が彼に留まっていない。
 上を慕う故の喜びというよりは園芸が大々的にやれるもんなんだと許しが出た事へのそれというか……。
 なに、海王の皆さん花好きが多かったの?

「あー……その。レヴィのとこ、行こっか」

「はーい、ご案内しまーす!」

 メイ、というらしい人魚が僕の手を引く。
 のをセル鯨さんの剛腕が阻止した。

「メイよ、思わぬ暴露と功績は相殺しよう。だが若様の先導というこの役までは譲ってやるつもりはない」

「ぶー! セル鯨様のけーち! ちょっとは若様を分けてくれてもいいでしょっ!!」

 分けるって。
 ……。
 海底都市でゆっくりする、見て回る機会か。
 近々作るべきかもな。
 こっちの種族の個々の人達とかその暮らしとか。
 僕はまるで知らないと言っても良い。
 軽く街を歩いてみても僕への不満を感じないのは海王の皆が優秀だから、でしかない。
 うん、レヴィの件が終わったら少し海を見る時間を作ろう。

 
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