月が導く異世界道中

あずみ 圭

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7巻

7-3

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     ◇◆ ジン ◆◇


「識さん、ちょ!?」
「ライドウ先生、本気、なんだよね?」
「本気だな。冗談の目じゃなかった」
「恐ろしい、やっぱりあの人は恐ろしい……」
「先生、一言くらい昨日のドレスに触れてくれてもよかったのに」
「お母様から言われた通り、私達から動かないと感想を聞けないかもしれないわね」

 ライドウ先生、トモエさん、ミオさんが部屋から去ったあと、皆がせきを切ったように口を開いた――ほぼ全面的に同意できる意見だ。でもレンブラント家の二名、お前らはいささか緊張感が欠けてないか?
 ホープレイズの阿呆あほから先日いきなり「おいライドウの生徒ども!」とちょっかいをかけられて宣戦布告みたいな事を言われたかと思ったら、先生からは彼と揉めたとあっさり言われ、しかも奴からの圧力や妨害も自分達で何とかしろとまで言われた。その上、本選でも本気を出すなと言う。
 ……いや、違うか。全力を出さずに本気でやれと言われた気がする。とことん、常識外れな人だ。
 闘技大会での生徒の戦績は講師への評価に繋がる。だから何が何でも勝てと言う人はいても生徒にかせを付ける人なんてまずいない。
 闘技大会だぞ? 結果は今後一年、学内で話題にされる。学年次第では就職もかかっている大会だ。
 もしかして、既にホープレイズ家から圧力があって、先生は奴からの嫌がらせの一環で俺達の実力に制限をつけざるを得ないのか?
 ……いや、ないな。俺達がこの試練にどう対処するかを楽しんでいるかのように見えた。
 これは、結構な正念場かもしれない。俺が今、望んでいる進路を叶えるための。

「ジン、あんたは何をするなって?」
「〝二刀流〟を使うなってさ。アベリアは?」
「あたしは弓に〝乗せるな〟って言われた。勿論、術師部門なんだから杖でやれって。皆は何を?」

 アベリアが俺の答えを聞くと皆を集めて小声で聞いた。

「俺、この前ツヴァイさんに決めた奴、ダメだって」

 ミスラだ。奥義みたいなものを禁止か……。悲惨だな。鉄壁しか見せ場なくなるぞ、お前。

「俺は〝二段階〟アウト。泣けてくる」

 ダエナ、可哀相としか言えないな。実質、一対一ならこの中で俺かこいつが最強だと思う。そのかなめになる特別な魔術なのに……。

「僕は〝機動詠唱〟封印。せっかく実戦で使えるレベルになってきたから、今回お披露目する予定だったのに……」

 イズモが悔しそうな声を上げる。移動しながらの詠唱術を先生と識さんに食らいついて何とか形にしてきたあいつには厳しい制約だ。自分に出来るレベルで習得した新しい詠唱方式を機動詠唱と名付けて大事にしていたのにな。
 識さんに教えてもらった詠唱言語まで禁止されなかったのは救いと言えるけど、イズモの真髄しんずいとも呼べる技の禁止。精神的に、きついだろうな。

「私は、武器使用一種限定だって」

 ユーノ。あの度を超えた器用さを封印しろと。

「私は〝合成魔術〟禁止です。土の精霊と火の魔術の融合が……。せっかく土属性の有用性を世に示せると思いましたのに」

 さ、最大攻撃力の封印。それでも十分な攻撃力を発揮できるのがシフの凄いところでもあるが。
 全員が夏休みを経て各々おのおの編み出した(先生達に誘導された感もあるんだが……)新しい戦闘のスタイルや技を封印されたみたいだ。

「先生、まさか本当はホープレイズ家からの圧力で……」

 イズモが俺も一瞬考えたうれいを口にした。他にも同じように考えていた者がいたのか、表情をくもらせた奴が何人かいる。

「ありえませんよ、それは」

 識さんがきっぱりと否定し、静かに続ける。

「今回の大会は最近気のゆるんでいた君達にはとても良い機会だとライドウ様は言っておられました。……何しろ、店でウチの従業員と無駄話をしている有様でしたからね」

 う……。反論のしようがない。現場をしっかり見られている以上、平謝りするしかない。

『……』

 全員が無言でうつむく中、識さんは一つ咳払いをした後、続けた。

「まあ、ちょっとした試験だと思って励んで下さい」

 試験? 引っかかる言い方だ。こういうのはすぐに聞いておくに限る。

「あの、識さん。試験って、どういう意味でしょうか。ちょっと、気になるんですが」
「おっと、私とした事が……少し失言でしたね」

 失言、か。多分違うよな。識さんがそんな下手を打つとは思えない。元々教えてくれるつもりだった話があるんじゃないだろうか。

「その試験って、先生の言った制約と大会に何か関係あるんですか?」

 俺の推測が合っている保証はない。ダメ元で尋ねてみる。
 すると識さんは、その質問を待っていたかのように、満足げな表情で答えてくれた。

「……仕方ありませんね。ライドウ様には内緒ですよ? 君達が今回の条件で良い試合を見せてくれるようなら、ライドウ様は学園祭終了後、講義に新しい生徒さんを増やすおつもりなのです。これがどういう事か、わかりますか?」

 新しい生徒を増やす?
 確かライドウ先生の講義は、今は希望しても体験参加すら出来ない状況だと聞いている。つまり、新規受付を再開するつもりなのだろうか。それが示す意味……。まさか、俺達への講義は終了!?

「ええっと、僕達が見限られる、とか……?」

 イズモ君。空気を読んで発言しやがれ。頷かれたらどうするんだ。

「まさか。それならむしろ、今までに教えた技と知識を存分に活かしてもらいませんと」
「なら、教える事はもう何もない、とか」

 ダエナー! お前もだ!

「それこそまさかです……。ふむ、わからないようですね。ライドウ様は、君達への講義をそろそろ次の段階に進めても良いのではとお考えになっているのです」

『!?』

 俺達の察しの悪さに少し呆れた様子を見せながら、識さんは話してくれた。

「そのためには、常に誰に対しても自分の手札を全てさらして戦うのではなく、己に制約を課してより深く考え、力と技を一層磨く姿勢を持って欲しいと仰っていました。たとえば一番の切り札を隠す、とかですね」
『……』
「七人全員がこの課題をきちんとこなせたら、新しく生徒さんを迎え、君達に教育を手伝わせて自分達が学んできた内容を再度確認してもらう。その上で、講義を次の段階に進めたいと、ライドウ様から今後の相談を受けています」


 どれだけ努力を重ねても、その背中はおろか影さえ見えない人から、評価され、認められるのは――。
 ――これほどまでに、嬉しいものなのか。


 俺は識さんの言葉をゆっくり噛みしめた。
 全身に力がみなぎる。歯を噛みしめる力が、静かに強くなる。
 足元からじゃなく、胸から全身に震えが広がっていく。顔が無意識に、笑みでゆがむ。

「……勿論、私も皆さんに期待しています。是非、受講希望者の受付を再開させてください。では、これから手続きでしょうから、私は外に出ていますよ。そうですね、時間がある子は、その後に遅めの昼食を私にごそうさせてください」

 そう言って、識さんは穏やかに笑ったまま部屋を去った。
 あの講義に次の段階がある――俺達はその受講資格を試されるところまできたんだ。
 良い試合を。出来る事を……全て。

「き、聞くんじゃなかった。緊張しすぎてやばくなってきた。下痢げりになりそう」

 人がやる気になっている横で、ミスラが細い声で緊張感のない言葉を口にした。いや、緊張しているからこそなんだろうが、内容がなあ。

「ミスラの気持ちはわかるわ。あんな話を聞いたら適当に流すなんて後ろ向きな考えは綺麗さっぱり消えちゃった。きっついわねえ」

 アベリアは笑みを浮かべている。

ざまな戦いは見せられないな。識さんに飯連れて行ってもらって、そのあと皆でまた集まるか」

 ダエナの言う通りだ。大会までに少しでもやれる事はしておきたい。

「お姉ちゃん、先生だけじゃなくて巴さんや澪さんも見るんだって。お父様達も来るし、これは凄いよ!? わけがわからなくなってきたかも……」
「ここまできたらやるしか、ありません。別の意味で、もう諦めの境地です……」

 レンブラント姉妹は観戦者の顔ぶれに緊張しまくっているようだ。ライドウ先生が来るまではそれなりにリラックスしていたんだけどな。
 そういえば、ライドウ先生が来てからひとつ気になっている事があるんだった。

「ねえ、シフ、ユーノ。聞きたい事があるんだけど」

 と思っていたら、アベリアがレンブラント姉妹に声を掛けた。

「なに、アベリア先輩」
「なんでしょう?」

 ユーノ、次いでシフがアベリアに続きを促す。

「先生といたトモエさんとミオさんって人。本当に識さんよりも強いの? 識さんですらどの程度の強さかわからない私が言うのはおこがましいけれど、識さんクラスだってそうそういるものではないと思うのよ……」

 ……先を越された。
 アベリアの質問に二人は静かに頷いたあと、口を開いた。

「ライドウ先生がそう言ったなら間違いないと思う。識さんは冒険者ギルドに登録していないからレベルとかはわからないけど、あのお二人は――」

 シフが遠い目をしている。

「私達もお父様から失礼がないようにって言われた上で教えてもらっただけなんだけど、お二人共ツィーゲでは知らない人がいない有名人で――」

 ユーノは熱のある表情で語っている。なんだ、辺境の街のエースなのか?
 ライドウ先生の側近そっきんにしては少し肩書きが弱い気もするんだが。
 絶対に秘密だと断ったあと、姉妹はお互いの顔を見て、決心したのか大きく頷いた。

『――レベル1500オーバーなの』
『……』

 姉妹の口から綺麗に重なって出た言葉。そして、俺達の沈黙。
 仲間内にしか聞こえない小さな声で言い放たれたそれは、聞きなれた共通語でありながら、すんなりとは頭に入ってこなかった。
 ――何だって?


     ◇◆◇◆◇


「恐い顔をしているねえ、リリ皇女。僕に用があると思ったんだけど、合ってた?」
「……ファルス殿。冒険者ギルドのおさである貴方が、どうしてあのような商人に関わっているのか、お教え下さるかしら?」

 ルトが真と別れて合流した相手はグリトニアの皇女、リリだった。
 上位竜ではなく、冒険者ギルドの長として。
 名前もルトではなく、ファルスとしてグリトニアの皇女と接するばんしょくの名を持つ竜。
 会場の入り口付近で目が合い、それとなく挨拶を交わしたあと、ルトは真の集団から抜け出し、人目につかない場所で落ち合い、盗聴やせったぐいの魔術を無効化する結界を張って、ようやく本当の会話が始まった。

「へえ、彼が商人だって知っているんだ? 最近のお気に入りでね」
「その無礼な言葉遣いを今更正すつもりはありません。でも、戯言たわごとまで許容する気はありません。ファルス殿、あの男との本当の関わりは?」

 皇女に対する言葉とは思えないルトのふざけた発言に、リリは不快感を表情に出しながらも彼の真意を尋ね直す。
 彼女の話しぶりもまた、世界に影響力を持つ者を相手にしているとは思えないほど険しかった。

「お気に入りなのは本当なんだけどねえ」
「クズノハ商会は冒険者ギルドを後ろ盾にしているの?」
「まさか。冒険者ギルドはどの国にもどの勢力にも肩入れしない。冒険者を認める全ての人に、平等に協力するよ」

 冒険者ギルドの理念の一つを口にするルト。勿論、その言葉に嘘はない。

「そう……ところで、あの商会にいる巴という女。我が国の勇者が自分のモノにしたいと言っているの。無視出来ない位の強さを備えているし、私としても彼の望みとなると断りにくいのよ。でも、彼女から明確な拒否をもらっちゃってね。手に入る望みは絶たれたわ。……この際、貴方が私に教え得る範囲の情報でも構わないわ。こちらの意に沿わない連中を野放しにしておきたくないの。私の力で潰せるかしら?」
「巴を気に入るとは、帝国の勇者も面白い子だ。……質問の答えは否、だね。クズノハ商会を相手にするのは魔族と全面戦争をするようなものだよ。幾らグリトニアでもオススメはしないね」
「魔族に伝手つてを持っているの!?」
「物のたとえさ。そのくらいの脅威になるのは確実だからね。君は目的を達成するための手札をもう十分すぎる程揃えたはずだ。あまりよそ見をするのは感心しないよ」
「ご忠告、感謝するわ。それでもね、目についたものをそのままにしておくのは性に合わないの。そう、クズノハ商会の戦力、やはり巴だけではなかったのね……」

 真が魔族と関わりを持っている事を知っていながら、ルトはそれをはっきりと告げなかった。リリもまた、たいする冒険者ギルドの長が、純粋に自分に有利になる事だけを話しているとも思っていない。その言葉から、少しでも情報を得ようと考えを深める。

「それより、こんな時期にここに来ていて大丈夫なのかい? もうじきだよね、君の戦争おまつりの幕開けは」
「……問題ないわ。ところでファルス殿、貴方はもしかしたら私にとても似ているのかもしれない」
「あはは、君と僕が? ないね。僕は君みたいに復讐に取りかれてなどいないよ。ただ、僕にも目指すものはある。そこに至る道が、途中まで君の進む道と重なっているだけさ」
「……私としては、事前にソフィアのはんや魔族の指環の情報をくれた貴方を敵に回したくないのよ。その目的というのを教えてくれない? 協力出来る事があるかもしれないわよ」

 リリの言葉は本心だった。この、不敵な面構えのギルドマスターは、実際リリにも協力している。
 有用な情報を渡したり、忠告をしたり……何度か彼に助けられたのも事実である。
 ただ、盟友ではない。彼の目的がわからない現状は、言いようのない不安をリリにもたらす。
 だが、ルトは首を縦には振らなかった。

「その必要があればいずれね。君は勇者と共に、君の理想とする世界を目指せば良い。僕は、君が冒険者を肯定する限り、これまでの関係を続けていくつもりだよ」
「冒険者を肯定する限り、ね」
「そう。……たとえどこの誰であろうと、冒険者を肯定しギルドを受け入れてくれるなら、僕はその人の協力者だ。それじゃ、すぐ顔を合わせるだろうけど、またね」

 笑顔でそう告げたあと、ルトは張り巡らせた結界を破壊する事なくすり抜けて去っていった。リリはその後ろ姿を驚きながら見守るしかなかった。
 ルトが意味ありげな微笑みと共に残した言葉は、リリの表情を一変させる。

「たとえどこの誰であろうと……か。お前は帝国どころかヒューマンの味方というわけではないのね。亜人、魔族であっても冒険者を肯定するのならその協力者だと。そう言いたいわけ?」

 リリは唇を強く噛む。

「……最初の接触もあちらから。既に私の目的をほぼ察していた。その上で女神の力を抑える指環の存在や、竜殺しソフィアの裏切りを教えてくれた」

 ルトの助力のおかげで、帝国はこの戦争を上手くかじ取り出来ている。
 ならば、今はルトの真意に迫るより眼前の目標達成が重要、とリリは思考を切り替えた。

(ステラ砦の陥落かんらくが今一番の目標。この大会で、目ぼしい逸材が見つからなければ早々に帝国へ戻るべきか。現段階でファルスがライドウと接触してくれていたのは良い事だと考えましょう。あいつと私の利害が一致している間、クズノハ商会に手を出すのは奴にとって都合が悪い。だからあいつは私に情報を教えたのでしょう)

 ――今度こそ、ステラ砦を攻め落とす。

 リリの瞳に、戦争への確かな気概が宿った。




   4


 貴族という人種を完全に舐めていた。
 念のために識を生徒達に張り付かせておいてよかったよ。
 たった一晩で、僕の生徒の大会参加を妨害するための工作が、フルコースで襲いかかってきた。
 夕食に初めて訪れた店の食事には数日間平衡へいこう感覚を失わせる毒、寮の部屋に給仕が用意する水には下痢や腹痛を持続して起こさせる類の毒、夜の間に刺客が数組……。
 全て識が未然に防いでくれたけど、報告を聞いて、予想の範囲内ながら物凄く呆れたものだった。
 そして大会当日。すなわち今日。もう災厄さいやくは切り抜けたと安心していたんだ。
 そしたら今度はレンブラントさんから突然の連絡。商人ギルドで僕に絡んだ問題があったらしく、僕の代わりにギルドへ出向いてくれたみたい。夫人も同行したため、今日はレンブラント夫妻は観戦に来ていない。何となく、これも大貴族の妨害のような気がしないでもない。
 貴族ってここまでするのか、と思ったね。と同時に、僕に代わってギルドへ向かってくれたレンブラント夫妻に申し訳ない気持ちになる。

「よくもまあ……」

 手元にある大会のパンフレットに目を落とす。
 そこにはトーナメント表が書かれている。
 昨日ちらっと見たのと明らかに内容が違う。
 戦士部門と術師部門に分かれているのは一緒。異なる山になっている二部門が決勝でぶつかる形になっている。
 うちの生徒ではジンにミスラ、ダエナとユーノが戦士部門。アベリア、シフ、イズモが術師部門だ。
 で、参加する生徒は本選出場者で四十名弱。ちなみに個人戦の後に団体戦がある。
 ジン達はどちらも出る。ついでにホープレイズ家の次男もだ。

「一回戦でジン対ミスラ、ダエナ対ユーノ。勝者が次回でぶつかる。術師部門は一回戦でアベリア対シフ、勝者がシードのイズモとぶつかる、か。トーナメント表まで操作するかぁ……」
「つまり若の生徒同士の対戦ですな。これは楽しみ」
「巴……凄い前向きな考え方だね。僕はただただ驚いてるのに。何でもありじゃないか、対戦相手まで操作するとかさ」

 巴が的はずれな事を言う。僕が言いたいのは貴族のルール無用っぷりなんだけど。
 まだ学生の身でありながらここまで見事に権力を行使するかね。

「思ったよりもずっと、ホープレイズ家ってのは権力を持っている。そして学園は公明正大こうめいせいだいな場所ではない、か。あそこにいる連中も……」

 一般席から遠く離れた、来賓席に座っている奴らを見る。
 顔しかわからない学園長の近くにいる数名は知らない顔だ。多分、四大国のどこかの人だろう。そこから少し離れた位置に座っているのは、冒険者ギルドの長であるルト。神殿関係者らしき列に並んでいる一人は、この前会ったシナイ司教。ローレルの偉い人、彩律もいる。彼女は端っこの方に座っていた。ああいうのって、格の違いで席次が決まってるのかな、やっぱ。たかだか学生の試合への工作を彼らは知らないだろう。でも、生徒が被害を受けている僕の目には、あそこに座っているであろうホープレイズ家の人間と同席しているだけで、連中も同罪に見えてきてならない。
 来賓席を眺めながら、ふと、自分がこの世界にやってきてからの人付き合いについて考える。
 異世界人というだけで、ずいぶん高貴な方とお近づきになったりしてるんだなぁ――。
 ……そういう人達と関わる度、僕は相手に嘘をついたり、ごまかしたりしてきた。それは……僕がこの世界に来てからずっとだ。お世話になっているレンブラントさんにすら隠し事をしている。思えば……たくさん嘘をついてきた。その時だけは何とか出来ても、所詮は嘘だ。確実に積み重なってだんだん見過ごせない程の面倒になってきている。これじゃあ、終わりがない。

「若?」
「そんな積み重ねが、あの来賓席に集約されているのかな。限界、かもな。なあ、巴」
「は、はい?」

 なぜきょどるんだ、巴。僕が真面目な顔をしちゃ悪いか。

「若様、面白そうな物がありましたから買ってきましたわ。……一応三人分」

 澪が嬉しそうな顔をして屋台で買った食べ物を持ってきてくれた。空気が変わる。助かった。

「ありがと、澪」
「気がくようになったのう、澪」

 澪から紙袋を受け取るとバジルに似た香りが鼻をくすぐる。今日は香り重視かな。手には熱が伝わってきて、温かい食べ物であるともわかる。楽しみだ。
 ここまでくればもう、ジン達もやれる事をやるだけ。思う所はたくさんあるけど、僕もそれを見守るほかないよな。
 闘技大会の開催を告げる声が響いた。


     ◇◆◇◆◇


「さて、次の試合は今大会出場者の最高レベル! 何と両名ともレベル97の二人です! まずはジン=ロアン! 学園高等部二年でありながら、実技成績では常に全体上位成績者に名前が挙がる秀才であります! 特に剣技に定評のある彼の戦いには注目されている方も多いのではないでしょうか! 対するはミスラ=カズパー! 術師から最も評価されている前衛! 鉄壁に近い防御力に加え、回復術まで扱う器用さを兼ね備えた剣士であります!」

 ハイテンションな司会の声が朗々と響いた。
 だが舞台上の二人の表情は、苦虫を噛み潰したような、何ともよろしくない顔をしている。理由は僕でもわかる。手に持つものだ。あと、この組み合わせか。
 ジンもミスラもいつもの武器ではなく木剣ぼっけんを手にしている。一般的な片手剣と同じサイズだ。
 他の生徒はそれぞれの愛用の武器を持ち込んでいた。中には明らかに武器の性能差で勝利している試合もあったくらいだ。
 僕は木剣でやれなんて指示はしていないし、当然、彼らの本意でもないだろう。

「まずは皆様にお断りを。今年の大会では数名がレベル90オーバーを達成しておりまして、彼らと他の生徒との均衡きんこうをはかるためにいくつかの制限を設けております――」

 なるほど。該当者はみんな僕の生徒かな。

「――彼らが持っている装備はその一つであります。では、開始前にルールの確認を! 試合時間は十分間。ダメージはドールが肩代わり致します。このドールの完全破壊は戦闘不能を意味し、その時点で試合終了となります。また戦士部門の試合では攻撃術、回復術は使用禁止となっておりまして使えるのは自己支援系統の術のみとなります。場外に出た場合は減点対象です。これは時間内に決着がつかなかった場合の判定に大きく影響します――」

 ドール。ダメージを肩代わりしてくれる便利グッズ。見た目は全長一メートル程度のひょうたんみたいな形状のおきあがりこぼし。こういう大会などで使われる事があり、非常に高価である。
 オーバーキルが起こった場合は残りのダメージが本人に返ってしまうので、一体の破壊で勝敗を決めるもののドールは一応一人につき一試合三体用意されていた。ブルジョワ学園の面目躍如めんもくやくじょだな。
 それにしてもミスラを虐めているとしか思えないルールだ。回復術を使うな、早期決着させなさい。回復術の使い手であり、持久戦を得意とするミスラには非常に不利な条件である。
 対してジンはこのルールで殆ど制約を受けないはず。それで容赦ようしゃするタマでもないから、ジンの一方的な攻勢で試合は終わってしまうだろう。判定になっても、当然ジンだろうな。

「それでは、ジン=ロアン対ミスラ=カズパー、試合開始!!」

 穏やかになっていた観客席からの声が、その合図を受けて怒号どごうと呼ぶに相応しい大音量に変わる。
 ジンが速攻で間合いを詰め、上段から木剣を振り下ろす。普段よりも格段に弱いその一撃を受け止めるミスラ。防御能力では随一のミスラだけあって、勢いに押されて体勢を崩す事はない。
 序盤だから飛ばしているのか、まさにラッシュと呼ぶに相応しいジンの連撃が、高速かつ隙の少ない所作で次々にミスラに叩き込まれる。
 予想した通り、ジンの速攻の前にミスラは有効打を放てずひたすら受けに回ってしまっている。
 多分、これも運だから悪く思うな、なんてジンの言葉に対して、それでも手は抜けない、とかミスラが言葉を返しているんだろう。実際に声が聞こえるわけじゃないけど、二人の口元の動きは確認できる。

「何ともまあ、地味で一方的な試合ですなあ」

 巴は試合を呆れたように眺めている。間違いなく見ていて面白い展開ではない。けれど剣士や近接戦闘を主とする連中なら、技術的な見地から彼らの戦いに見るべきものはあるだろう。攻撃の繋げ方、防ぎ方などが、学園のこれまでの戦闘とは違っているはずだ。

「……体当たり、とたとえたのは訂正しますけど、やはりこれだけ多くの人が見る価値のあるものかと言われると、私にはやっぱり理解できませんわ」

 澪には残念ながらつまらない見世みせものに映ったようだ。ミスラの戦い方は防御主体。玄人くろうと好みの地味なスタイルである。訂正したって事は、技量については少し見直したんだろうな。
 僕の講義を受け始めた頃と比べて、明らかに打ち合っているときの二人の思考がられたものになっているのが十分に伝わってくる。
 ――斬りかかってきたジンの動きを冷静に観察し、はんになって体を入れ替えるミスラ。いなされたかのように見えるジンはその動きすら計算に入れていたのか、一歩踏み込み素早く突きを放つ。しかしその一撃を、ミスラは的確に剣で受け止める。
 試合開始直後のように、闇雲やみくもにラッシュを仕掛けるわけではなく、守りの硬い相手の虚を突いて一瞬の乱れを作り出そうとするジンの攻撃。
 彼の猛攻を浴びて一見劣勢に見えるが、繰り出される斬撃すべてを無駄のない動作で受け切るミスラ。相手に有効打を与えないその立ち回りは、まさに鉄壁である――。
 二人とも実によく考えて戦っているな。多分、その場のひらめきだとかは既に僕よりも優れていると思う。実際、凄い才覚さいかくを持っているからなあ。
 観客もこれまでの試合より段違いに速く、多彩な技術を駆使している事に気づいたらしい。
 歓声がだんだん大きなものになっていく。しかしジンの攻撃が終わらないため、序々にミスラへのブーイングが増えている。やはり両者による激しい打ち合いが見たいのだろう。ミスラがびんだ。
 ミスラはジンの二刀流をさばける子だ。剣術のセンスはジンの方が文句なしで上なのに、講義中や自主的に行っていた模擬戦での経験を確実に吸収し、互角に渡り合っている。
 体の捌き方や距離の取り方もジンの気勢きせいを上手くいでいる。流れや勢いをあれだけ殺されて、それでも攻撃を継続できるのはジンだからだ。閃きと獣の勘を両立させながら剣を振る驚異的なセンスの持ち主。まあ、この試合のみで評価するなら僕はミスラを褒めるけど。
 ミスラへのブーイングが更に大きくなっていく。試合は既に勝敗ではなく、互いの動きや力、技を確認し合うようなえんに近いものへと姿を変えている。その事に気付いている人は少数だろう。
 巴はその変化の瞬間、感心したように「ほう」と目を細めていた。察したようだ。
 凄い試合なのにどこか違和感がある。多くの人の感想はそんなものだろうな。違和感の正体は、試合なのに二人が互いに相手の次の動きを予測して技をぶつけ合っている点にある。そうわかるのは、武術における演武や型というものを見た事がある人や、巴のようにそれなりの技術を持った人に限られると思う。ちなみに僕は前者。本気で行う剣術の演武を何度か見る機会があったからだ。雰囲気として似たものをジンとミスラは放っていた。
 澪もわかっているみたいだ。彼女は退屈そうに試合を見ている。手に持ったファストフードと試合、興味は八対二といった感じだな。
 時間切れを告げる鐘が鳴った。ジンはミスラを倒しきれなかった。
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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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