月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

前夜

 学園都市の大通り。
 もう深夜になろうかという時間になっても煌々と明るい光が漏れ出す店が数店ある。
 これは明らかに奇異な光景で、外から学園都市に来た人は大抵驚愕する。
 大国の大都市やここでしか夜遅くまで光でキラキラする街など見られない。
 陽が落ちて数時間もすれば街もまた眠りにつくのが世界の常識、普通であった。
 一箇所だけ、先に挙がった街よりも更に明るく、何だったら朝まで光が尽きないびっくり箱のような辺境都市があったりするがこれこそ例外中の例外。

「ジン=ロアン! 飲みます!!」

 喝采とともに注目を集めているジンが大きなジョッキをあおる。
 大きなジョッキに満たされた金色の液体と白い泡があっという間に消え、どっと周囲が盛り上がる。
 宴もたけなわ、いつもの光景がそこにあった。

「まーた、ジンは知らないのと意気投合しちゃって。いくら話は済んだといってもお気楽だわ」

「前夜なのに平常運転、それだけ大物だって事さ」

 アベリアとダエナが苦笑する。
 話にだけは聞いていた辺境都市ツィーゲ。
 都市でありながらこの世の魔境としても語られ、なによりも彼らにとって師であるライドウが活躍する街。
 興味が無い筈がない。
 と同時にどれほどの驚きと感動、経験がそこにあるのか。席を囲む学生たちの中では複雑な感情が渦巻いていた。
 最終的な持ち物確認、という名目で始まった飲み会はやがていつもの打ち上げに変わり。
 今は店中からよくわからんが頑張って来いよ若者たち、と送り出される壮行会のような意味不明な状況にある。

「ライドウ先生と一緒に学園生としてツィーゲに行く、と想像すると私達でも少し怖いのですけどね」

「だね……絶対何かあるんだろうし。先生とパ……お父様が組んだら一生かけても勝てる気しないもん」

 シフとユーノは帰省でもある特殊な修学旅行だが何故か他のメンバーより緊張気味だった。
 この世で最も危険かもしれない劇薬同士が出会って好き勝手している街だと彼女たちは知っているからだ。
 父親から、そして母親から送られてくる手紙や念話の内容から察するに何が起こっていても不思議は無いように彼女たちには思えてしまうのだ。
 荒野には行かない。
 ジンの無茶な要望にはっきりとライドウは答えた。
 だが荒野に行かないから安全と断じてしまうのはあまりにも早計だ。
 実際のところ、ライドウ自身は特段悪ふざけも何もしていない。
 多少識の方が仕込みをしている部分もあるが、修学旅行の名の通り基本的には安全で楽しい思いで作りが待っている筈である。
 しかし良くも悪くも疑ってかかる、いや慎重に物事を考える癖がついてきた学生らにとっては絶対に何かあると思ってしまう。
 そんな不安を隠す意味でも、今日はいつもよりも多少ハイペースでアルコールが消費されていた。
 表面上は変わらず他人を巻き込んで酒場を沸かせているジンをダエナが大物と評するのも無理はない。

「あの先生が後悔しないよう有り金は全部もってけ、なんて言う位だから相当なモノが転がってる。そう考えるだけでも俺は楽しみだけどなあ」

「心底羨ましいですよ、イズモ先輩たちが。お土産、思いっきり期待してますから!」

「任せとけ後輩ども。ツィーゲ銘菓の何かをちゃんと一人一個ずつ買ってきてやるから」

「……俺、魔剣とか護符、希少ポーションが良いんすけど」

「わかれ阿呆、そんな物は自力で行って買ってこいって事だよ」

 イズモは後輩たち相手にお土産攻防戦を繰り広げていた。
 クズノハ商会の品々はロッツガルド学園では高品質の代名詞。
 ツィーゲにはその総本山がある。
 武具はもとより、レアな薬やアクセサリの本場物が一つ二つ欲しいという学生は後を絶たない。
 ライドウも識も学生らにも客にも常々公言していたからだ。
 曰く、ロッツガルド学園店ではあくまで学生向けの品を中心に扱っている。
 ツィーゲの店舗では最果ての開拓や冒険に耐えうる一線級の品を並べている、と。
 
「あー何で俺たちは召喚獣の相手なんだよー」

「一緒に連れてってくれても良いのにさあ!」

「大体ジン先輩たちでギリギリ引率できる街なんて、ある訳ないだろ!」

「そーだそーだ! 街全部スラムか!」

「おーぼーだー! こちとら本校昇格組だぞ、一人ならまだしもパーティ戦で妖精種一匹くらい倒せるに決まってるだろー!」

 宿題を出された上で置いて行かれる二期生は総じて愚痴ばかりだ。
 酒の回りも相当なものだった。
 その内の一人から妖精種という言葉が出た時だった。

「……え、妖精種?」

 ロッツガルド学園界隈では妖精種は極めて珍しい。
 しかしその問い返された言葉には、驚きよりも若干の怯えが混じっていた。
 イズモだ。

「そうなんですよイズモ先輩!! 私達、ライドウ先生から課題の一つとしてアルエンポリとかってちっちゃい妖精の捕獲をするよう言われてるんですー! なんかちっこい羽虫みたいなのらしいんですけど、先生、いざとなればデッドオアアライブで構わないから死ぬなよとか!」

「おい、それをいうならアルAメロだろ!! ったく、あの強いオークには最初確かにやられたけど、この課題には参りましたよお、ホント! 俺ら……期待されてないんすかねえ」

「……アルエレメラ、だ」

「? あ、ああそういえば確かそんな名前だった気しますね」

 イズモの落ち着いた、静かな言葉に後輩の一人が頷く。

「二期生ども!」

『!?』

 突然のイズモの大声、変貌。

「もう、アルエレメラさん追跡課題を出されたならお前らは多分俺らの時よりずっと進んでるぞ!」

『っ!?』

「はっきり言っておくが、この課題は超キツイ。最初にやられた幻覚なんかよりよっぽどだ! でもな、それだけ期待されてるから課題がここまで進んでるんだ。頑張れ、超頑張れよ!」

「は、はあ」

 いつもクールで淡泊な先輩であるイズモが宿題を出された自分たちに熱く語っている。
 酒が入っても自分から親身になってくれる事など少ない先輩がだ。
 一体何事かと首を傾げていると、そこにイズモの熱血節を聞きつけた一期生のシフが首を突っ込んできた。

「ちょっと貴方たち、イズモに何か盛りましたね? いいですか、面白半分でそういう怪しげな薬に手を出すなんて――」

「違うんだ、シフ」

「イズモ?」

「二期生はね、俺たちがツィーゲに行っている間にアルエレメラ追跡、いや捕獲を課題に出されたらしい」

「な、なんですって!? ほ、本当なんですか?」

「はい、ちっちゃい妖精を生死不問で捕まえろって」

「……そう。二期生は優秀なのね……でもアレの相手は……。貴方たち、気を強く持ちなさい。今回駄目でも決してそれは恥ではありませんから。私たちの時ですら成功できたのは三度目でした……」

「ああ、そうだったね……」

『!?!?』

「先生には叱られてしまうかもしれないけど、私あの試練に挑む後輩には全力で協力するって決めてたんです。助言よ、捕獲とか追跡とか思わない事。ドラゴンをぶちのめすつもりで戦闘準備をしておきなさい。あと余裕があれば瞑想とか精神鍛錬も」

「シフ、精神の方はもう手遅れだって。まあ、妖精と思って侮らないようにね。ただ、超頑張れ。本気で応援してるからな」

 ごくり。
 妖精の名前を聞いた途端にやたらと親身になる先輩二人の姿を見て二期生の誰かが息を呑む。
 アルエレメラ捕獲。
 それは一期生の脳裏に一生消えないであろうトラウマを刻み込んだ課題の一つ。
 この場にはいないが比較的温厚なミスラが聞くに堪えない罵詈雑言を講義中に絶叫した、伝説の試練でもある。
 ユーノが思い出し笑いをしながらその日の彼を肴にもう一杯。
 修学旅行前夜はこうして明るく更けていった。
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