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七章 蜃気楼都市小閑編
終わりの始まり
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黄金街道を行く彼らを見送って手を振ってやる。
さっさと転移で帰ればいいものを、なにをどうしたら世界の大きさを感じる為に歩いて出発したいなんて話になるんだか。
いくら面倒見の良い識だって笑顔で同行を拒否したのは当然の事だろう。
……まあ次の街まで行って転移陣に乗り換えるだろ、流石に。
「もって次の街でしょうね」
「二つは頑張れねえでしょう」
「……賭けが成立せんな」
「多少ここで濃い経験をしてハイになったところで、半日も歩きゃ気分も落ち着くでしょうよ」
僕の横で識とライムが全く同感な会話をしてる。
半日ほど歩いて自分たちの選択を後悔して、でもここに戻ってくるのはカッコ悪いから次の街まで頑張って皆で転移陣に乗る、か。
うん、僕もそうなると思う!
「では若様、私は一足先にロッツガルドへ戻り彼らを迎えます。あちらも順調だと報告は受けておりますが、幹部クラスが誰もおらぬようでは問題が起きぬとも限りません」
「うん、ありがとう。あまり亜空で根詰めてもだし、少し気晴らしもしてね。ゴテツは程々に」
食べてる物のラインナップゆえだけど、識のゴテツは完全にジャンクフードみたいなものだ。
生クリーム鍋にしろマヨネーズ鍋にしろ常食するのは多分まずい。
「ところでさ、ジンが妙に張り詰めた感じだった気がするんだけど」
「あー確かに。ルトの旦那に連れてかれてから少しばかり様子がおかしいような」
「どちらかと言えばジンの変調はソフィアに会う度に起きているような気もしますが……ふむ」
「流石のルトもジンに手を出したりはしないとは思うけど、一応気にかけてやってくれる識?」
「かしこまりました」
今のソフィアとジンが仲を進展させるとも思えない。
かといってルトがジンに性的なちょっかいをかけるとも思えない。
まあ最終日は皆思い思いの自由時間を過ごしたようだし、アレが毎回原因になってるとも限らないか。
前科が色々あるとはいえ毎度いきなり最有力容疑者にしちゃうのは悪いかもしれないな。
「……で、何か御用でしょうか?」
僕と識、ライムが同じ所を見ていた。
二人とも声をかけないから僕が切り出したけど、さっきから見られてる。
ジン達を見送っても僕らに視線が向いてるから目的は僕らの誰かなんだろう。
建物の影として自然に存在した薄闇が不自然に膨らんで、そして人物の姿を残して弾けて消える。
闇属性の魔術だろうか。
「失礼。敵意は無いよ」
「貴女は……」
あればもう対処してるけど、この人は確か……。
「リスイじゃねえか。シフのお嬢もいたのに何でわざわざ隠れてんだ?」
リスイ……。
ああ!
シフの魔術の先生、そんな名前だったな。
顔はすぐに思い出せたんだけど、名前はそういえばうろ覚えだった。
先日も僕はあまり絡まなかったし名乗りも特にはしなかったもんな。
けどシフの見送りをこっそりやるには、少しばかり様子がおかしい。
既に出立してるし、僕らに意識を向ける必要もないだろうに。
「何用でしょうか?」
「……なぁライドウ殿。ちとあんたに話があってね」
識をちらりとみたリスイさんは、すぐに僕に視線を移してそう切り出した。
「? ええもちろん構いませんけど」
シフの知り合いだしベースに篭ってる魔族だ。
この機会にどんな人なのか知っておくのも悪くない。
「有難い。お手間ついでにもう一つ頼みたい。ライドウ殿、どうかサシで話を聞いてはもらえないかい?」
「……ほぅ?」
「おいおい、リスイ。あんま面白くねえ冗談だな?」
サシねえ。
識とライムは信用できない、そういってる訳か。
僕よりもライムとの付き合いの方が圧倒的に長い筈なのに、わからないな。
「リスイさんは僕よりもライムと親しくしていて信用も彼の方があるでしょう。なのに僕と一対一の話し合いを望まれるんですか?」
「……念には念を入れて、だよ。事は勇者や魔族に関わる話さ、勇者はどちらも抗い難い魅了の力を持つらしい。仰る通りライムの事は信用してるが、絶対はない。だがあんたは別だ。あんたを侵せる程の状態異常スキルや魔術なんて存在しないと私自身が確信できる」
「っ!」
勇者、魔族。
リスイさんは魔族だが、荒野のベース、今は確か臨河ってとこに定住してた筈だ。
僕らよりも早く重要な情報に触れられるとは思えないけど……内容は気になる。
何やら心当たりがあるのかライムは苦虫を嚙み潰したような顔してるし。
こっちはこっちで何があったんだか。
「……なるほど。ちなみに識を外させる理由も同じですか?」
「……私は見た目よりも年寄りでね、ラルヴァを頭から爪先まで信用できる魔族なんて滅多にいるもんじゃないよ」
ラルヴァときたか。
また懐かしい、かつての識の通り名を聞いたな。
ふと横目で識を見ると古い過去を思わせる名前に思わず困り顔をしている。
ちなみにリスイさん、本気で怖がってる感じだな。
ラルヴァとしての識の所業を全部は把握してないけど、魔族にもヒューマンにも見境ないとこがあるのは知ってる。
ふむ……。
「んー、わかりました。じゃ二人とも、ここで別れよう。また商会でね」
「よろしいのですか?」
「同席は致しませんがお傍に控えるだけでも」
「いや、リスイさんと二人で話をするよ」
「わかりました」
「……」
識は大人しく引いてくれて、ライムは渋々といった様子で頭を下げてくれた。
「じゃ、適当に歩きながら話を聞きましょうか。防音はこちらでやります」
密室なら安全な訳じゃない。
聞かれない環境を構築するだけなら立ち話でも十分に整えられる。
「……器用だね。もっと強力で大雑把な魔術を扱うのかと思ってたよ」
「納得してもらえたなら、どうぞ? 頼み事なら場合によっては意に沿えないかもしれないですけど」
何でもこいやとは言えない。
シフが世話になったとはいえ、勇者とか魔族ってワードが出てきてるもんね。
「長話は得意じゃない。不愛想な話し方も」
「気にしませんよ、貴族や王族でもなし」
街の雑踏を二人で歩きながらリスイが話し始めた。
「帝国がね本格的に動き出した」
「らしいですね」
修学旅行とは関係ないしツィーゲとも関係ないからそこまで気にしてなかったけど、帝国がヒューマン側の勢力圏に入ったステラ砦から北に兵を向けてる。
智樹も相変わらず先陣に立ってるみたいだ。
「寒さも緩んできたからね、好機と捉えたんだろう。私も魔族の魔術師として昔、軍で戦っていた事もある。ステラより北にヒューマンが進軍する事態は向こうも当然想定してる」
「……」
今回はリミアは兵站担当だったかな。
あそこは帝国よりも魔族侵攻のダメージが大きかったからか、響先輩は慎重策を取ったのかまではわからない。
ケリュネオンについては小細工が効いたのか今のとこ素通りして、ヒューマンの遠征軍は魔族の都を探索しつつ絶賛進軍中って訳だ。
進軍がこのまま順調に進めば流石にどこかで結界に気付かれてケリュネオンも発見されちゃうだろうけども、その時はアーンスランド姉妹が頑張るしかない。
が、状況をそれなりに把握している感じのリスイが戦況を口にする中でケの字も口にしないところを見るとまだ安心ってとこか。
「あの雪深い帝都を今でも使ってるんなら決戦はまだまだ先かもしれないが、港や農場、鉱山との立地を考えて利便性の高い場所に遷都していたなら……いよいよ魔族も終わりかもしれないねえ」
雪深い帝都。
僕が行ったとこだ。
ゼフ陛下は都を移したって仰ってたから旧帝都になるのかぁ。
ちらりと僕を見るリスイさん。
?
別に魔術を使われたでもないな、顔色を探られるってこういうのを言うんだろうか。
「驚いた、あの街にも言った事があるのかいライドウ殿は」
「? え」
「ああ、誓って魔術やスキルを使っちゃいないよ。ちょっと表情を読んだだけさ。上手に隠してるが、私みたいな人の顔色ばかりを命懸けで見てきたのにはまだ修業が足りないのさ」
「まあ、招待された事がありまして。氷原は貴重な体験でした」
「ふふふ、そうかい。今の魔将どもはイオにロナ、レフトにモクレンで合ってるかい?」
「ええ」
「私は一代前の魔将に仕えていてね。今の若いのにはあまり面識はないが、そうかい。確かにあの頃から力は抜きんでていたものな」
リスイが昔の記憶を辿って懐かしんでいる。
先代か。
そういえば僕もその魔将しか知らないな。
後はゼフと魔王の子たちだけだ。
引退後は教官にでもなるのか、それとも死んだら後釜が来る世紀末仕様か。
前者であってほしいと思う反面、魔族なら後者のような気もする。
「決死隊みたいな魔族軍でよく今みたいなセカンドライフやれてますね」
「ぷっ、セカンドライフか。あははは、面白い言い方をするねライドウ殿」
「失礼であれば謝ります」
「私はそんな上等なもんじゃない。ちょっと面倒な逃亡兵なのさ。だから、荒野に引っ込んでいるなら見逃されてる。みっともない老いぼれだよ」
「……」
「話が逸れたね。そんな訳で私は多少魔族軍のあれこれに人よりも詳しい。でね、先日魔将が交代すれば更新されて二度と使われる事がない筈の通信が私に届いた。魔道具を使った特製のもんで、念話を傍受される可能性を考えてた私のボスが考案、採用していたもんだ」
「念話の傍受、ですか。随分と慎重なんですね」
僕らはやってるけど。
念話の改良を魔族もやってるのは驚いたけど、そうか。
昔から気にかけてるのがいて着手してた結果か。
とことん、魔族って種族は地道だな。
尊敬する。
「頭の出来が違ったからねえ、あの方は。実務向きよりは研究向きの性格だったのが惜しいとこだった。その分後釜のロナは開発するより使うのに長けたタチになったね。あれはあれで頼もしいんだが、手を選ばないとこが玉に瑕だ」
「任務遂行に忠実、魔将としては優秀なのでは」
「任務遂行は大事さ。でもそれでもっと敵を増やしていたら意味が無い。例えば、あのラルヴァみたいなね」
「……識、ですよ」
「ああ、済まないね。識さんだね。魔族としても、極めて厄介で面倒な相手だったからついね」
「いえ。それで通信の内容が私やここにも関わる事だったんですか?」
「……ああ」
リスイさんが理解に苦しむ、といった顔で言葉を区切った。
ロナが滅多な事を思い付きでするとは思えない。
わざわざ昔の連絡手段を使って元軍属のリスイさんに連絡する理由もわからないけど。
口ぶりからいって、知人ではありそうだなリスイさんとロナは。
「すぐに行くからライドウに連絡をつけろ、だとさ」
「? ロナが貴女にわざわざそれだけを?」
あり得ないだろう。
意味がわからない。
直接念話をすれば済むものを。
大体すぐっていつだよ。
無理だろう。
魔族領から帝国軍の目をかいくぐってツィーゲまでだぞ?
「正確には……すぐにお前の所へ行く。ライドウを殺すから奴を呼び出しておけ、だ」
「????」
お前ってのはリスイさんの事か。
で?
あのロナが?
帝国に魔族が攻められている状況下で?
勝てる見込みもないってわかってるだろう僕に?
わざわざ呼び出しをかけて殺しに来るだって?
「あー……その通信、どっかで間違ってるんじゃ」
「私もそう信じたいが間違ってはいないんだ。意味がわからない気持ちは正直ライドウ殿よりも私の方が強いんだが、本当に魔将になったロナがそう連絡をしてきた」
「まあ、えっと」
「?」
「一大事なのはわかりました。で、その感じだと呼び出す場所は臨河周辺ですか」
「……あ、ああ、そうだよ」
「はぁーっ。絶対に面倒事だな。それはわかりきってる。ロナの奴一体何を考えてるんだか。詰まらないサプライズとかだったら多少痛い目みせちゃる」
悪ふざけなのか。
何かの策なのか。
勇者が魔族領で暴れて、ロナが僕を殺しに来る、ねえ。
どちらにせよ、修学旅行が終わっても一休みまでにもう一仕事ありそうだ。
さっさと転移で帰ればいいものを、なにをどうしたら世界の大きさを感じる為に歩いて出発したいなんて話になるんだか。
いくら面倒見の良い識だって笑顔で同行を拒否したのは当然の事だろう。
……まあ次の街まで行って転移陣に乗り換えるだろ、流石に。
「もって次の街でしょうね」
「二つは頑張れねえでしょう」
「……賭けが成立せんな」
「多少ここで濃い経験をしてハイになったところで、半日も歩きゃ気分も落ち着くでしょうよ」
僕の横で識とライムが全く同感な会話をしてる。
半日ほど歩いて自分たちの選択を後悔して、でもここに戻ってくるのはカッコ悪いから次の街まで頑張って皆で転移陣に乗る、か。
うん、僕もそうなると思う!
「では若様、私は一足先にロッツガルドへ戻り彼らを迎えます。あちらも順調だと報告は受けておりますが、幹部クラスが誰もおらぬようでは問題が起きぬとも限りません」
「うん、ありがとう。あまり亜空で根詰めてもだし、少し気晴らしもしてね。ゴテツは程々に」
食べてる物のラインナップゆえだけど、識のゴテツは完全にジャンクフードみたいなものだ。
生クリーム鍋にしろマヨネーズ鍋にしろ常食するのは多分まずい。
「ところでさ、ジンが妙に張り詰めた感じだった気がするんだけど」
「あー確かに。ルトの旦那に連れてかれてから少しばかり様子がおかしいような」
「どちらかと言えばジンの変調はソフィアに会う度に起きているような気もしますが……ふむ」
「流石のルトもジンに手を出したりはしないとは思うけど、一応気にかけてやってくれる識?」
「かしこまりました」
今のソフィアとジンが仲を進展させるとも思えない。
かといってルトがジンに性的なちょっかいをかけるとも思えない。
まあ最終日は皆思い思いの自由時間を過ごしたようだし、アレが毎回原因になってるとも限らないか。
前科が色々あるとはいえ毎度いきなり最有力容疑者にしちゃうのは悪いかもしれないな。
「……で、何か御用でしょうか?」
僕と識、ライムが同じ所を見ていた。
二人とも声をかけないから僕が切り出したけど、さっきから見られてる。
ジン達を見送っても僕らに視線が向いてるから目的は僕らの誰かなんだろう。
建物の影として自然に存在した薄闇が不自然に膨らんで、そして人物の姿を残して弾けて消える。
闇属性の魔術だろうか。
「失礼。敵意は無いよ」
「貴女は……」
あればもう対処してるけど、この人は確か……。
「リスイじゃねえか。シフのお嬢もいたのに何でわざわざ隠れてんだ?」
リスイ……。
ああ!
シフの魔術の先生、そんな名前だったな。
顔はすぐに思い出せたんだけど、名前はそういえばうろ覚えだった。
先日も僕はあまり絡まなかったし名乗りも特にはしなかったもんな。
けどシフの見送りをこっそりやるには、少しばかり様子がおかしい。
既に出立してるし、僕らに意識を向ける必要もないだろうに。
「何用でしょうか?」
「……なぁライドウ殿。ちとあんたに話があってね」
識をちらりとみたリスイさんは、すぐに僕に視線を移してそう切り出した。
「? ええもちろん構いませんけど」
シフの知り合いだしベースに篭ってる魔族だ。
この機会にどんな人なのか知っておくのも悪くない。
「有難い。お手間ついでにもう一つ頼みたい。ライドウ殿、どうかサシで話を聞いてはもらえないかい?」
「……ほぅ?」
「おいおい、リスイ。あんま面白くねえ冗談だな?」
サシねえ。
識とライムは信用できない、そういってる訳か。
僕よりもライムとの付き合いの方が圧倒的に長い筈なのに、わからないな。
「リスイさんは僕よりもライムと親しくしていて信用も彼の方があるでしょう。なのに僕と一対一の話し合いを望まれるんですか?」
「……念には念を入れて、だよ。事は勇者や魔族に関わる話さ、勇者はどちらも抗い難い魅了の力を持つらしい。仰る通りライムの事は信用してるが、絶対はない。だがあんたは別だ。あんたを侵せる程の状態異常スキルや魔術なんて存在しないと私自身が確信できる」
「っ!」
勇者、魔族。
リスイさんは魔族だが、荒野のベース、今は確か臨河ってとこに定住してた筈だ。
僕らよりも早く重要な情報に触れられるとは思えないけど……内容は気になる。
何やら心当たりがあるのかライムは苦虫を嚙み潰したような顔してるし。
こっちはこっちで何があったんだか。
「……なるほど。ちなみに識を外させる理由も同じですか?」
「……私は見た目よりも年寄りでね、ラルヴァを頭から爪先まで信用できる魔族なんて滅多にいるもんじゃないよ」
ラルヴァときたか。
また懐かしい、かつての識の通り名を聞いたな。
ふと横目で識を見ると古い過去を思わせる名前に思わず困り顔をしている。
ちなみにリスイさん、本気で怖がってる感じだな。
ラルヴァとしての識の所業を全部は把握してないけど、魔族にもヒューマンにも見境ないとこがあるのは知ってる。
ふむ……。
「んー、わかりました。じゃ二人とも、ここで別れよう。また商会でね」
「よろしいのですか?」
「同席は致しませんがお傍に控えるだけでも」
「いや、リスイさんと二人で話をするよ」
「わかりました」
「……」
識は大人しく引いてくれて、ライムは渋々といった様子で頭を下げてくれた。
「じゃ、適当に歩きながら話を聞きましょうか。防音はこちらでやります」
密室なら安全な訳じゃない。
聞かれない環境を構築するだけなら立ち話でも十分に整えられる。
「……器用だね。もっと強力で大雑把な魔術を扱うのかと思ってたよ」
「納得してもらえたなら、どうぞ? 頼み事なら場合によっては意に沿えないかもしれないですけど」
何でもこいやとは言えない。
シフが世話になったとはいえ、勇者とか魔族ってワードが出てきてるもんね。
「長話は得意じゃない。不愛想な話し方も」
「気にしませんよ、貴族や王族でもなし」
街の雑踏を二人で歩きながらリスイが話し始めた。
「帝国がね本格的に動き出した」
「らしいですね」
修学旅行とは関係ないしツィーゲとも関係ないからそこまで気にしてなかったけど、帝国がヒューマン側の勢力圏に入ったステラ砦から北に兵を向けてる。
智樹も相変わらず先陣に立ってるみたいだ。
「寒さも緩んできたからね、好機と捉えたんだろう。私も魔族の魔術師として昔、軍で戦っていた事もある。ステラより北にヒューマンが進軍する事態は向こうも当然想定してる」
「……」
今回はリミアは兵站担当だったかな。
あそこは帝国よりも魔族侵攻のダメージが大きかったからか、響先輩は慎重策を取ったのかまではわからない。
ケリュネオンについては小細工が効いたのか今のとこ素通りして、ヒューマンの遠征軍は魔族の都を探索しつつ絶賛進軍中って訳だ。
進軍がこのまま順調に進めば流石にどこかで結界に気付かれてケリュネオンも発見されちゃうだろうけども、その時はアーンスランド姉妹が頑張るしかない。
が、状況をそれなりに把握している感じのリスイが戦況を口にする中でケの字も口にしないところを見るとまだ安心ってとこか。
「あの雪深い帝都を今でも使ってるんなら決戦はまだまだ先かもしれないが、港や農場、鉱山との立地を考えて利便性の高い場所に遷都していたなら……いよいよ魔族も終わりかもしれないねえ」
雪深い帝都。
僕が行ったとこだ。
ゼフ陛下は都を移したって仰ってたから旧帝都になるのかぁ。
ちらりと僕を見るリスイさん。
?
別に魔術を使われたでもないな、顔色を探られるってこういうのを言うんだろうか。
「驚いた、あの街にも言った事があるのかいライドウ殿は」
「? え」
「ああ、誓って魔術やスキルを使っちゃいないよ。ちょっと表情を読んだだけさ。上手に隠してるが、私みたいな人の顔色ばかりを命懸けで見てきたのにはまだ修業が足りないのさ」
「まあ、招待された事がありまして。氷原は貴重な体験でした」
「ふふふ、そうかい。今の魔将どもはイオにロナ、レフトにモクレンで合ってるかい?」
「ええ」
「私は一代前の魔将に仕えていてね。今の若いのにはあまり面識はないが、そうかい。確かにあの頃から力は抜きんでていたものな」
リスイが昔の記憶を辿って懐かしんでいる。
先代か。
そういえば僕もその魔将しか知らないな。
後はゼフと魔王の子たちだけだ。
引退後は教官にでもなるのか、それとも死んだら後釜が来る世紀末仕様か。
前者であってほしいと思う反面、魔族なら後者のような気もする。
「決死隊みたいな魔族軍でよく今みたいなセカンドライフやれてますね」
「ぷっ、セカンドライフか。あははは、面白い言い方をするねライドウ殿」
「失礼であれば謝ります」
「私はそんな上等なもんじゃない。ちょっと面倒な逃亡兵なのさ。だから、荒野に引っ込んでいるなら見逃されてる。みっともない老いぼれだよ」
「……」
「話が逸れたね。そんな訳で私は多少魔族軍のあれこれに人よりも詳しい。でね、先日魔将が交代すれば更新されて二度と使われる事がない筈の通信が私に届いた。魔道具を使った特製のもんで、念話を傍受される可能性を考えてた私のボスが考案、採用していたもんだ」
「念話の傍受、ですか。随分と慎重なんですね」
僕らはやってるけど。
念話の改良を魔族もやってるのは驚いたけど、そうか。
昔から気にかけてるのがいて着手してた結果か。
とことん、魔族って種族は地道だな。
尊敬する。
「頭の出来が違ったからねえ、あの方は。実務向きよりは研究向きの性格だったのが惜しいとこだった。その分後釜のロナは開発するより使うのに長けたタチになったね。あれはあれで頼もしいんだが、手を選ばないとこが玉に瑕だ」
「任務遂行に忠実、魔将としては優秀なのでは」
「任務遂行は大事さ。でもそれでもっと敵を増やしていたら意味が無い。例えば、あのラルヴァみたいなね」
「……識、ですよ」
「ああ、済まないね。識さんだね。魔族としても、極めて厄介で面倒な相手だったからついね」
「いえ。それで通信の内容が私やここにも関わる事だったんですか?」
「……ああ」
リスイさんが理解に苦しむ、といった顔で言葉を区切った。
ロナが滅多な事を思い付きでするとは思えない。
わざわざ昔の連絡手段を使って元軍属のリスイさんに連絡する理由もわからないけど。
口ぶりからいって、知人ではありそうだなリスイさんとロナは。
「すぐに行くからライドウに連絡をつけろ、だとさ」
「? ロナが貴女にわざわざそれだけを?」
あり得ないだろう。
意味がわからない。
直接念話をすれば済むものを。
大体すぐっていつだよ。
無理だろう。
魔族領から帝国軍の目をかいくぐってツィーゲまでだぞ?
「正確には……すぐにお前の所へ行く。ライドウを殺すから奴を呼び出しておけ、だ」
「????」
お前ってのはリスイさんの事か。
で?
あのロナが?
帝国に魔族が攻められている状況下で?
勝てる見込みもないってわかってるだろう僕に?
わざわざ呼び出しをかけて殺しに来るだって?
「あー……その通信、どっかで間違ってるんじゃ」
「私もそう信じたいが間違ってはいないんだ。意味がわからない気持ちは正直ライドウ殿よりも私の方が強いんだが、本当に魔将になったロナがそう連絡をしてきた」
「まあ、えっと」
「?」
「一大事なのはわかりました。で、その感じだと呼び出す場所は臨河周辺ですか」
「……あ、ああ、そうだよ」
「はぁーっ。絶対に面倒事だな。それはわかりきってる。ロナの奴一体何を考えてるんだか。詰まらないサプライズとかだったら多少痛い目みせちゃる」
悪ふざけなのか。
何かの策なのか。
勇者が魔族領で暴れて、ロナが僕を殺しに来る、ねえ。
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キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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