月が導く異世界道中

あずみ 圭

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終章 月と亜空落着編

幕間 日常の陰ひなた(上)

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「ではよろしく」

 冒険者ギルドから一人の紳士が出てくる。
 彼の動きに合わせて何人ものギルド職員がぞろぞろと入り口前までやってきて深く一礼し、見送る。
 ギルド前の広場に待機している馬車にはレンブラント商会の印。
 冒険者も避けて通る紳士の名はパトリック=レンブラント。
 一時期レンブラント商会と冒険者、冒険者ギルドとの関係は最悪に近いものがあったがそれも今やもう昔の話。
 レンブラントを見送るギルド職員や避けて通る冒険者の目にマイナスの感情はあまり見られない。
 強大な財力や権力、そしてレンブラントの実績への畏怖はあれど大方彼の印象は良いものになっていた。
 馬車から出てきた部下が商会の代表を迎えるべくやや慌ただしく動く中、レンブラントの足が止まった。
 噴水そばの一角、露店をやるには中々好条件で数店が密集している。

「リノン画伯じゃないか。今日は店を出していたのだね」

「レ、レンブラントさん。ご無沙汰してます、いつも姉がお世話になってます!!」

 主に観光客向けに似顔絵を描く露店の主に声をかけるレンブラント。
 ツィーゲを代表する大商会の代表にして行政を司る自由議会の議長でもある人物に気さくに話しかけられ緊張に強張りながら答えたのはリノン。
 まだ幼さがしっかりと残る少女だ。
 とはいえ、おそらく世界で最も過酷な環境である果ての荒野での生活経験もあり、露店も一人で切り盛りする見た目よりかなり大人でもある。

「お姉さんには私の方がお世話になっているよ。本当に、頼り切りで申し訳ないと思っているんだ」

「いえ! 指名の依頼も頂けて本当に助かってます。でもあの……」

「ん?」

「画伯、っていうのはやめてください。私まだ半人前もいいところで……」

「先生の方が良かったかね」

「っ!? ど、どっちもダメですう!」

 大人の悪ふざけに翻弄されるリノン。
 が、レンブラントも半分は冗談だがもう半分は本気である。
 
「しかし……君の数百倍の報酬を出してわざわざ呼んだ画家よりも君の絵の方が妻にも娘にも評判が良い。ならばかの画伯だか先生だかよりもリノン君の方が余程私にとって上なのだが」

「奥様もお嬢様がたもふざけてらっしゃるんですよ……」

「執事のモリスも同意見だ。言うまでもなく私もね」

「勘弁してくださいぃぃ」

「ふむ、もう少し誇っても良いと思うが。そういうところはライドウ殿に影響されたのかもしれないね、彼もまた妙に謙虚だから。それはそれとしてだ、今度は相応の額を出させてもらうから、是非近い内に家族の絵を一枚お願いしたい。どうかな」

「あ、それは、はい。お請けします。皆さまお揃いでお時間がある日に呼んでいただければお伺いしますね」

「……うん。よろしくお願いするよ画伯殿」

「レンブラントさん!」

「はは、じきに皆も君をそう呼ぶさ。では、また」

 優雅に片手を上げて馬車へのルートに戻るレンブラント。
 そのまま部下に促されるまま馬車に乗り込む。
 モリスの姿はない。
 御者と、中で相対する形で座る部下一人、ツィーゲの慌ただしい街並みを豪勢な馬車が走る。
 レンブラントは普段護衛を付けない。
 以前は自前の護衛や冒険者を使って数名は帯同させていたが、ツィーゲに軍と警備隊を置いて以降は基本的にこのスタイルで行動している。
 
「……地価の高騰が続いているようだな、この辺りはどうだ?」

 レンブラントが向かいに座る部下に話を振る。

「! はい、やはり旧街区は現在も都市の中央部ですからトップクラスの地価上昇になっているかと思われます」

「……把握はしていないのか」

「今この街で地価が横ばいか下がっている場所など相当限られますので、私はそちら方面をチェックするようにしておりました。今後気をつけます」

 今馬車が走っているのはツィーゲの議会が買い上げて公用地として活用せんとしている区画だ。
 らしい事を言って殊勝に謝って見せながら肝心のアンテナが低い部下に、内心で嘆息するレンブラント。
 そう、これは世間話でなく評価の場である。
 話を振られた部下の青年ももちろん理解していて、それ故に普段より緊張していた。

「クズノハ商会であればどの従業員でも違った答えを返しただろうな。確か、君はウチで専門的に土地売買に携わりたいんじゃかったかね」

 正しい答えか、面白い答えか。
 例えば森鬼のアクアであれば正確に土地の扱いの違いを説明しつつ値上がりしていない事を指摘しただろう。
 例えばアクアの相棒であるエリスならば、その前にレンブラントがリノンと話していた事を思い出して、最近リノンが始めている漫画という新しい表現形式について賛辞を送って話をうやむやにしようとしただろう。
 漫画、という存在をレンブラントはまだ知らないがもしリノンと漫画について聞かされたら今すぐにでも彼女のパトロンになって新しい事業を立ち上げていたに違いない。
 幸か不幸か、今日この日についてはリノンの衝撃デビューは避けられた。

「お言葉ですが。れ、連中は代表のライドウ殿を除いて亜人ばかりですから。相応に努力というものをしませんと……」

「同じ能力ならヒューマンの方が上か」

「亜人も確かに勤勉なのも優秀なのもいるのはわかります。けれど一般的にどちらの接客が受けたいかと言えば大半はヒューマンを選ぶでしょう。その証拠にクズノハ商会以外であのスタイルは通用していないじゃありませんか」

「……同じ能力の亜人ならヒューマンよりも安く雇える、業種によっては非常に大きいメリットになり得るぞ。であれば努力の価値についてもお前の考え方は最早古いものではないかね」

 亜人蔑視。
 それなりに優秀で幹部候補として数えている彼の欠点はここだった。
 レンブラント商会では現在、亜人であれヒューマンであれ人種に拘らない能力基準の評価に舵を切りつつある。
 柔軟に対応する者もいれば、ヒューマン至上主義をすぐには捨てられない者もいる。
 前者が優秀、後者が無能であればレンブラントも無能を切って終われるが、残念ながら優秀であっても後者の価値観に拘る者もいるのが現状だ。
 だから、こうしてある程度の期間近くにおいて観察しつつ、時に諭しながらレンブラントは代表として個々の扱いについて見定めている。

「確かに奴隷としては非常に優秀だと思います。しかしながら現在我らがツィーゲでは奴隷の扱いについても事細かに定められ、利益を上げるのは中々難しくなっていると聞きます。住民の等級分けに関する法案が上手くまとまれば抜け道として機能しますから亜人の大量雇用も視野には入りますが、やはりリスクも大きいでしょう。人材は無難にヒューマン中心で揃えて育てるのが王道と考えます」

「……なるほど」

 落第だ、とレンブラントは断じた。
 ツィーゲは冒険者と商人の街だった。
 冒険者には亜人も数多く、故に住民における亜人の割合は世界屈指で高い。
 そして亜人は亜人の店員による接客も別に気にしない。
 では今は。
 ツィーゲは冒険者と商人の国家である。
 将来的なビジョンとして、亜人を蔑視し、給与の差について示しても極論として奴隷の話を持ち出してしまう人材では幹部とするのは危なっかしい事この上ない。
 レンブラント商会は手広く商いをするが、ブラックな事業は基本的に自分ではやらないのだ。
 そうする必要が無い程に力を持っているのだから。
 これからは亜人の客に対しても心から頭を下げられ親身になれる人物でなければ一定以上に引き上げられない、とレンブラントは感じている。
 わざわざクズノハ商会を話題に出しての問いかけも虚しい空振りに終わり、彼への面接も終わりつつあった。

「……代表、一つよろしいでしょうか」
 
「? なんだ」

 興味を失いつつあった青年が意を決した様子で口を開くのを見て、レンブラントが先を促す。

「そろそろ、神殿についても真剣に考えるべきではないでしょうか」

「しんでん、かね?」

 あまりに意表を突かれた単語の登場にレンブラントが思わず棒読みで聞き返す。
 神殿。
 女神を信仰する信徒の為の施設であり、また彼らを指す総称でもある。

「……はい」

「具体的に、何をどう考えるべきだと?」

「神殿との連携です。いつまでも彼らの専門である化粧品やエステから目を背ける訳にはいきません」

「……」

(いやクズノハ商会との協力でその方面なら数年で神殿を必要としなくなる状況が作れる予定だが)

「国として多くの領土を獲得したのに、神殿からの用地寄付要請を議会は無視し続けています。これでは神殿への敵対と見られてもおかしくありません」

「……」

(いや土地が欲しいなら信者から巻き上げた浄財とやらで買えばよかろう。神殿にだけ無料で土地の提供など出来る訳がない。現在の場所をそのまま所持させているだけで十分な対応だ)

「四大国との関係性についても神殿なら全てに顔が利きます。レンブラント商会が神殿に無関心だと思われる態度を取っている事が現在の神殿と住民との奇妙な関係を生み出しているのは明白です。代表、どうか神殿に胸襟を開いて話し合いの場を設けてください。商会からの実務担当は私がトップになっても構いません」

「……」

(アイオンは将来的に喰う予定だしローレルとは実質トップと太いパイプが既にある。リミアとグリトニアは魔族憎しでこっちをまともに見てない。思われるも何も最早私は神殿に興味がない。何故こちらが譲って話し合いと言う名の集りの場を儲けなくてはならんのだ。そしてお前は今降格寸前であって、多額の金が動く各種調整を取り仕切る立場になど到底置けん。それもあからさまに神殿より……ああ)

 しばらく沈黙を守って部下からの懇願を聞いていたレンブラント。
 そして内心でツッコミを続け一つの結論に至る。
 こいつ熱心な女神信者だったか、と。
 
「神殿の力と重要性、か」

「何よりこの地に住む者にとっての心の拠り所ですよ」

「女神への信仰か。確かに、難しい問題だが目を背けてはいかんな」

 利用するのならばともかく、宗教に呑まれるのはいただけない。

「! そうです! その通りです!」

 純粋に喜んでいる青年に真意は毛ほども伝わっていない。
 一番の問題は信者を紛れ込ませたのか、うちの従業員を信者に洗脳したか、だな。
 レンブラントはすっと冷たい目をしてそう思った。
 ああ、久々の喧嘩だ、とも。

「代表?」

「早急に、対応すべきだな。モリスと幹部連中を集めてくれるか」

「はいっ、直ちに!」

 或いは単なる買収か篭絡か。
 こちらであればある意味楽なのだがな。
 せっせと魔道具の準備をする青年。
 レンブラントは頭の痛い思いをしながら帰路で対策を考えるのだった。

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