月が導く異世界道中

あずみ 圭

文字の大きさ
549 / 551
終章 月と亜空落着編

幕間 日常の陰ひなた(上)

しおりを挟む
「ではよろしく」

 冒険者ギルドから一人の紳士が出てくる。
 彼の動きに合わせて何人ものギルド職員がぞろぞろと入り口前までやってきて深く一礼し、見送る。
 ギルド前の広場に待機している馬車にはレンブラント商会の印。
 冒険者も避けて通る紳士の名はパトリック=レンブラント。
 一時期レンブラント商会と冒険者、冒険者ギルドとの関係は最悪に近いものがあったがそれも今やもう昔の話。
 レンブラントを見送るギルド職員や避けて通る冒険者の目にマイナスの感情はあまり見られない。
 強大な財力や権力、そしてレンブラントの実績への畏怖はあれど大方彼の印象は良いものになっていた。
 馬車から出てきた部下が商会の代表を迎えるべくやや慌ただしく動く中、レンブラントの足が止まった。
 噴水そばの一角、露店をやるには中々好条件で数店が密集している。

「リノン画伯じゃないか。今日は店を出していたのだね」

「レ、レンブラントさん。ご無沙汰してます、いつも姉がお世話になってます!!」

 主に観光客向けに似顔絵を描く露店の主に声をかけるレンブラント。
 ツィーゲを代表する大商会の代表にして行政を司る自由議会の議長でもある人物に気さくに話しかけられ緊張に強張りながら答えたのはリノン。
 まだ幼さがしっかりと残る少女だ。
 とはいえ、おそらく世界で最も過酷な環境である果ての荒野での生活経験もあり、露店も一人で切り盛りする見た目よりかなり大人でもある。

「お姉さんには私の方がお世話になっているよ。本当に、頼り切りで申し訳ないと思っているんだ」

「いえ! 指名の依頼も頂けて本当に助かってます。でもあの……」

「ん?」

「画伯、っていうのはやめてください。私まだ半人前もいいところで……」

「先生の方が良かったかね」

「っ!? ど、どっちもダメですう!」

 大人の悪ふざけに翻弄されるリノン。
 が、レンブラントも半分は冗談だがもう半分は本気である。
 
「しかし……君の数百倍の報酬を出してわざわざ呼んだ画家よりも君の絵の方が妻にも娘にも評判が良い。ならばかの画伯だか先生だかよりもリノン君の方が余程私にとって上なのだが」

「奥様もお嬢様がたもふざけてらっしゃるんですよ……」

「執事のモリスも同意見だ。言うまでもなく私もね」

「勘弁してくださいぃぃ」

「ふむ、もう少し誇っても良いと思うが。そういうところはライドウ殿に影響されたのかもしれないね、彼もまた妙に謙虚だから。それはそれとしてだ、今度は相応の額を出させてもらうから、是非近い内に家族の絵を一枚お願いしたい。どうかな」

「あ、それは、はい。お請けします。皆さまお揃いでお時間がある日に呼んでいただければお伺いしますね」

「……うん。よろしくお願いするよ画伯殿」

「レンブラントさん!」

「はは、じきに皆も君をそう呼ぶさ。では、また」

 優雅に片手を上げて馬車へのルートに戻るレンブラント。
 そのまま部下に促されるまま馬車に乗り込む。
 モリスの姿はない。
 御者と、中で相対する形で座る部下一人、ツィーゲの慌ただしい街並みを豪勢な馬車が走る。
 レンブラントは普段護衛を付けない。
 以前は自前の護衛や冒険者を使って数名は帯同させていたが、ツィーゲに軍と警備隊を置いて以降は基本的にこのスタイルで行動している。
 
「……地価の高騰が続いているようだな、この辺りはどうだ?」

 レンブラントが向かいに座る部下に話を振る。

「! はい、やはり旧街区は現在も都市の中央部ですからトップクラスの地価上昇になっているかと思われます」

「……把握はしていないのか」

「今この街で地価が横ばいか下がっている場所など相当限られますので、私はそちら方面をチェックするようにしておりました。今後気をつけます」

 今馬車が走っているのはツィーゲの議会が買い上げて公用地として活用せんとしている区画だ。
 らしい事を言って殊勝に謝って見せながら肝心のアンテナが低い部下に、内心で嘆息するレンブラント。
 そう、これは世間話でなく評価の場である。
 話を振られた部下の青年ももちろん理解していて、それ故に普段より緊張していた。

「クズノハ商会であればどの従業員でも違った答えを返しただろうな。確か、君はウチで専門的に土地売買に携わりたいんじゃかったかね」

 正しい答えか、面白い答えか。
 例えば森鬼のアクアであれば正確に土地の扱いの違いを説明しつつ値上がりしていない事を指摘しただろう。
 例えばアクアの相棒であるエリスならば、その前にレンブラントがリノンと話していた事を思い出して、最近リノンが始めている漫画という新しい表現形式について賛辞を送って話をうやむやにしようとしただろう。
 漫画、という存在をレンブラントはまだ知らないがもしリノンと漫画について聞かされたら今すぐにでも彼女のパトロンになって新しい事業を立ち上げていたに違いない。
 幸か不幸か、今日この日についてはリノンの衝撃デビューは避けられた。

「お言葉ですが。れ、連中は代表のライドウ殿を除いて亜人ばかりですから。相応に努力というものをしませんと……」

「同じ能力ならヒューマンの方が上か」

「亜人も確かに勤勉なのも優秀なのもいるのはわかります。けれど一般的にどちらの接客が受けたいかと言えば大半はヒューマンを選ぶでしょう。その証拠にクズノハ商会以外であのスタイルは通用していないじゃありませんか」

「……同じ能力の亜人ならヒューマンよりも安く雇える、業種によっては非常に大きいメリットになり得るぞ。であれば努力の価値についてもお前の考え方は最早古いものではないかね」

 亜人蔑視。
 それなりに優秀で幹部候補として数えている彼の欠点はここだった。
 レンブラント商会では現在、亜人であれヒューマンであれ人種に拘らない能力基準の評価に舵を切りつつある。
 柔軟に対応する者もいれば、ヒューマン至上主義をすぐには捨てられない者もいる。
 前者が優秀、後者が無能であればレンブラントも無能を切って終われるが、残念ながら優秀であっても後者の価値観に拘る者もいるのが現状だ。
 だから、こうしてある程度の期間近くにおいて観察しつつ、時に諭しながらレンブラントは代表として個々の扱いについて見定めている。

「確かに奴隷としては非常に優秀だと思います。しかしながら現在我らがツィーゲでは奴隷の扱いについても事細かに定められ、利益を上げるのは中々難しくなっていると聞きます。住民の等級分けに関する法案が上手くまとまれば抜け道として機能しますから亜人の大量雇用も視野には入りますが、やはりリスクも大きいでしょう。人材は無難にヒューマン中心で揃えて育てるのが王道と考えます」

「……なるほど」

 落第だ、とレンブラントは断じた。
 ツィーゲは冒険者と商人の街だった。
 冒険者には亜人も数多く、故に住民における亜人の割合は世界屈指で高い。
 そして亜人は亜人の店員による接客も別に気にしない。
 では今は。
 ツィーゲは冒険者と商人の国家である。
 将来的なビジョンとして、亜人を蔑視し、給与の差について示しても極論として奴隷の話を持ち出してしまう人材では幹部とするのは危なっかしい事この上ない。
 レンブラント商会は手広く商いをするが、ブラックな事業は基本的に自分ではやらないのだ。
 そうする必要が無い程に力を持っているのだから。
 これからは亜人の客に対しても心から頭を下げられ親身になれる人物でなければ一定以上に引き上げられない、とレンブラントは感じている。
 わざわざクズノハ商会を話題に出しての問いかけも虚しい空振りに終わり、彼への面接も終わりつつあった。

「……代表、一つよろしいでしょうか」
 
「? なんだ」

 興味を失いつつあった青年が意を決した様子で口を開くのを見て、レンブラントが先を促す。

「そろそろ、神殿についても真剣に考えるべきではないでしょうか」

「しんでん、かね?」

 あまりに意表を突かれた単語の登場にレンブラントが思わず棒読みで聞き返す。
 神殿。
 女神を信仰する信徒の為の施設であり、また彼らを指す総称でもある。

「……はい」

「具体的に、何をどう考えるべきだと?」

「神殿との連携です。いつまでも彼らの専門である化粧品やエステから目を背ける訳にはいきません」

「……」

(いやクズノハ商会との協力でその方面なら数年で神殿を必要としなくなる状況が作れる予定だが)

「国として多くの領土を獲得したのに、神殿からの用地寄付要請を議会は無視し続けています。これでは神殿への敵対と見られてもおかしくありません」

「……」

(いや土地が欲しいなら信者から巻き上げた浄財とやらで買えばよかろう。神殿にだけ無料で土地の提供など出来る訳がない。現在の場所をそのまま所持させているだけで十分な対応だ)

「四大国との関係性についても神殿なら全てに顔が利きます。レンブラント商会が神殿に無関心だと思われる態度を取っている事が現在の神殿と住民との奇妙な関係を生み出しているのは明白です。代表、どうか神殿に胸襟を開いて話し合いの場を設けてください。商会からの実務担当は私がトップになっても構いません」

「……」

(アイオンは将来的に喰う予定だしローレルとは実質トップと太いパイプが既にある。リミアとグリトニアは魔族憎しでこっちをまともに見てない。思われるも何も最早私は神殿に興味がない。何故こちらが譲って話し合いと言う名の集りの場を儲けなくてはならんのだ。そしてお前は今降格寸前であって、多額の金が動く各種調整を取り仕切る立場になど到底置けん。それもあからさまに神殿より……ああ)

 しばらく沈黙を守って部下からの懇願を聞いていたレンブラント。
 そして内心でツッコミを続け一つの結論に至る。
 こいつ熱心な女神信者だったか、と。
 
「神殿の力と重要性、か」

「何よりこの地に住む者にとっての心の拠り所ですよ」

「女神への信仰か。確かに、難しい問題だが目を背けてはいかんな」

 利用するのならばともかく、宗教に呑まれるのはいただけない。

「! そうです! その通りです!」

 純粋に喜んでいる青年に真意は毛ほども伝わっていない。
 一番の問題は信者を紛れ込ませたのか、うちの従業員を信者に洗脳したか、だな。
 レンブラントはすっと冷たい目をしてそう思った。
 ああ、久々の喧嘩だ、とも。

「代表?」

「早急に、対応すべきだな。モリスと幹部連中を集めてくれるか」

「はいっ、直ちに!」

 或いは単なる買収か篭絡か。
 こちらであればある意味楽なのだがな。
 せっせと魔道具の準備をする青年。
 レンブラントは頭の痛い思いをしながら帰路で対策を考えるのだった。

しおりを挟む
感想 3,644

あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。