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extra6 その頃現代④
しおりを挟む「くぉら! 真をどこに隠した、夏!」
年の頃四十を超えた位、中背でがっちりとした体格の男が一軒の道場を訪ねていた。
体格から予想される通りの、野太く大きな声は確実に奥の縁側に居た道場主の元に届き、彼女に湯のみを置かせる。頭痛に耐える様子に似た額に形作られる皺と口から漏れる遠慮の無いため息で、来客が好ましい相手かどうか容易に窺えた。
「あの馬鹿、三日と置かずじゃないか。自分の弟子の面倒でも見ていれば良い物を……」
座していた姿勢から音も無く立ち上がると、声のする玄関へ向かう。そこには彼女が全く予想した通りの中年、いや日に焼けた顔や彼から生み出される空気から見ると壮年、と表すに相応しい男の姿。ただ中年と呼ぶには、彼は体力、気力ともに漲っていた。
「おい、一昨日も同じことを言いに来たな、玄の字」
不機嫌を隠すことも無く。
夏と呼ばれた女性は仁王立ちで来客に言い放った。こちらも威圧感が凄い。やりとりの様子から対面する男と恐らく同じ年代にいると思われるが、彼女の肌はまだハリを保ち、白くキメ細かい。三十後半、いや半ばで通るだろう。表情にも見て取れる老いの特徴は少ない。
「真の消息がまるでわからんのだ!あいつは今どこに行っとる!?」
「知るか! 聞くな! 帰れ!」
「隠すな! 教えろ! 帰らん! 俺はまだ真に居合いのほんの先っぽを教えただけだぞ!? お前だって教えて良いって言っただろうが!!」
「好きに教えれば良い! 止めんわ! 大体、私はあいつに今や道場を使わせているだけだ! 既に皆伝もくれてやったし、私に真を隠す理由など微塵も無いわ!」
舌戦が途絶える。荒く息を吐く二人の呼吸だけが聞こえる。
真の弓の師匠にあたる夏こと、宗像夏は今二人が居る宗像道場の主である。彼女もまた若き日に師から弓術を教わるも、その技術をあまり活かす事も無く、アウトローな生活を送っていた。紛争地帯に飛び込んでいっては傭兵として銃を片手に暴れまわる、そんな刹那的な生活を。
戦場では限られた状況以外で弓矢を扱う事も無く、夏自身、弓よりも銃の扱いに長けていった。スコープを使った単眼での照準が、いつしか若き日に学んだ両眼での照準より得意になる程だった。
やがて戦場を去った夏は日本に戻り、硝煙の匂いを消し、昔の伝手を頼ってこの道場の主に納まることが出来た。戦場を去った理由は特に広まってはいないが、ある意味戦争という異常な経験に浸っていた時期のおかげか彼女は年齢以上の落ち着きを得ていた。
現在は目の前にいる男が日を置くことなく毎度毎度同じ事で道場に押しかけるので沸点が大分下がっているが。
まあ、二人の関係がそれだけ気の置けぬ、近しい仲だとも言える光景だった。
「……本当に、知らんのか!?」
「知らん。まあ、死んではいまいが……。それより玄の字、お前、自分の弟子はどうした?筋の良い奴が何人かいたじゃないか?真なんて後回しであの子たちに修行をつけておあげよ」
そう。夏の指摘通り。
この玄の字こと石堂玄一は現代に残る数少ない純粋な剣士だ。何人かの優秀な弟子も居て、本来このように暇な事をしている御仁ではない。
「めぼしいのは外に修行にだしてな。それ以外は紹介状を渡して見切った」
「!! 見切ったって、どうしてだい?」
「そりゃあお前、真に教えてやりたかったからよ」
「……わからないねえ。アレに剣の才は無いよ? わからない玄の字じゃなかろうに」
「おお、清清しい位に無いな。みっちり教えて半年か一年でようやく巻藁斬れるかどうかってとこか」
はっきり言って才能の欠片も無いと言っている。だからこそ、夏にはその無才の少年にここまで拘る石堂の考えがわからなかった。彼は、矢を中てる。ただその一点においてのみ変態なだけである。後、弓を一心に愛してくれている所も真を評価する点だと夏は思う。
「なら、戻ってくるまで待ってやりなよ。別に急ぎでも無いんだろう、道楽なら」
「道楽、か。それとは、ちょいと違うかもしれん。斬った張ったの剣術を叩き込む気はねえがな。まず居合いの型を覚えさせて一個一個ゆっくりと確かめてぇんだろうな多分」
玄一は顎を手でこすりながら真の印象を話していく。
「最初んとこは天才の弓使い少年に興味があったんだが、今は真の愚直さが気になってる」
「愚直、ねえ。確かにあの子はそう呼ぶのがしっくり来るけどさ」
それでも夏には真に入れ込む気持ちまではわからなかった。
「俺はあいつにごくごく基礎的な練習を教えた。家でも出来るやつな。重り入りの木刀渡して刀の振り方。後は基本になる握力の鍛え方な」
「……本当に基礎だねえ。それでもあの子、二ヶ月ちょっとやって巻藁ひとつ叩き斬れなかったのかい」
弟子の事ながら、夏の声はどこか呆れ気味だ。
「ああ、打ち込んじゃあ手痺れさせて左手斬ってらあな。まあ聞けよ」
「……」
「それでもあいつはな、俺が師匠から聞いたみたいな歪みの無い体の鍛え具合をしてくるんだよな、貧弱ながら。つまり、教えた事を我流を交えずにひたすらに続けてたってことだ。俺は筋トレその他、結構我流混ぜ混ぜでやってこんな体になったわけだが」
確かに、剣士というよりは熊である。小型の熊。
「……面白いと思ったね。才能やセンスが無くても、これまで俺らがずっと繋いできた技術を純粋に獲得できるんじゃないかって思った。そうしたら最終的にはどうなるのかって思うと見てみたくなったんだ」
小さく、夏の溜息が漏れた。真を哀れんでのものだった。玄一は恐らく真を諦めまい。愚直といっても才能はない真だ、玄一が求める所に至るまでずっとこれに付きまとわれて修行させられるのだと思うと儚まずにはいられなかった。
「真が帰って来たら、真っ先に逃亡を勧めておくよ」
「おいおいおい!! 今ちょっと良い話だったとか思わねえか!? っかしいな、お前も似たような気はあると思ってたんだが」
「私ゃ、もう脂も落ちたからねえ。真が手を離れてからは悠々自適、道場のお姉さま生活さ」
「ぶっ! おね、おま、図々しい、あまりにも図々しいだろうが! ぶふっ、夏、四十……」
「年に触れるかい、玄の字?」
「……。や、お姉さま、止めとこう。で、真面目な話、真は本当にどこにいったんだよ? ご両親のとこにゃ、聞きに言ったんだろ?」
玄一は外気より何度か冷たくなった玄関の雰囲気に表情を正す。危うく禁忌に触れてしまう所だと、彼は一応反省した。
「まあ、ねえ。久々にお会いしたけど……理由はきっと、ご存知なんだろうねえ。ただそれは私らには言い難い、そんな感じかねえ」
夏の言葉は彼女には珍しく歯切れが悪かった。
「だが感じの良い夫婦なんだろ? 夏の事も全面的に信用してたって聞いたが?」
「ああ、何度か真に両親に売られた、とかドナドナみたいな悲壮な顔をされたことがあるね。きついかも、な修行の前には一応お伺いに行ってたから」
「……聞いても?」
「ああ、ちょっとした現代風流鏑馬の練習とかね」
現代風流鏑馬。流鏑馬は、時代が変わっても流鏑馬であろうと、玄一は言葉に不安な物を感じた。つつと、汗が流れるのがわかる。
「後は打根の使用術についてとか……」
打根。弓を扱う者が接近を許した際に使う近接用の武器だ。形状も独特で、槍の穂先を先端につけた不恰好な短い矢の飾りを思わせる獲物で、基本は手で持って短刀の様に扱う。しかし持ち手の下には矢羽がついていて、また柄に当たる部分からは尾の如く紐が続いている一風変わった物。
さらにはその紐を掴んでの分銅鎖術的な中距離武器としての使用法、同じように紐を持って遠くの相手に投げて使う投擲武器としての使用法もある。当然のことだが、手に持って刃物を扱うわけでかなり危険だ。
夏の場合、師から伝授された流派に加えて戦場でのナイフ術や経験も加えているせいで余計に血生臭く仕上がっている。
「なるほどなあ、ご両親は了解してくれたわけか。そりゃあ真も哀れな。打根は何となくわかるが、現代風流鏑馬ってなんだ?」
「ん?馬の代わりにジープを使う、あ、運転は私な。真はまだ免許持ってないから」
「ジ、ジープだぁ!?」
「ああ。助手席に乗せてな。で立たせて」
「立たせて!?」
「アップダウンのある野外コースを左右に振りながらアクセル全開で回して、真は姿勢を保ちながら隠してある的を射抜くってやつだ」
「……」
「玄の字、どうした?」
「……真には、もう少し厳しく修行をつけても大丈夫だとわかった」
玄一は何やら悟った様に呟く。自分が彼の才能の無さに無意識に遠慮してしまって優しいメニューを組んでしまっていたと、自身の甘さを理解した。彼は意外とタフなようだ。結構ギリギリまでやっても大丈夫だと上方修正した。
「そうだな、真は意外と根はあげないから結構いけるぞ。ダメだ、と死にます、と無理です、は何とかやれますと訳して問題無い。本当に駄目そうな時はむしろ元気になって妄想を話し出すから目印にしろ」
真、哀れである。師に限界をきっちりと見極められている模様。
「そんだけやらせてくれるご両親は真の事、何て言ってたんだ?」
かなり危険と思われる事でもGOサインを出してくれる寛容さ(放任とも玄一には感じられたが)を示す両親が真の安否を聞きに来た夏に、事情を知りながら隠すだろうか? 玄一から見ると何があったのか話してくれる方が自然にさえ思える。
「……笑うなよ?」
「……お、おお」
「……世界」
「は?」
「異世界に行ったんだと。帰りはいつになるかわかりませんと言われた」
「イセカイって何だ?」
真顔で聞き返す玄一。訪れる沈黙。
「そりゃ、あんた。異なる世界、ってことじゃないかね。私にもよくわからないんだよ! 言わせんじゃないよ、恥ずかしい!」
夏が、彼女には珍しく赤面して説明を加える。荒唐無稽な内容だ、改めて説明を加える恥辱は計り知れない。
「そんな場所があるのか?」
「言わせるなって! 真のお父さんから真顔で言われたんだよ。その後お母さん出てきて有耶無耶になっちゃったしね。あの母親何か習ったことあるのかね。黙らせる時のあれは、見事な鳩尾への一撃だった。ま、それ以来どうにも聞き難くてねえ。まあ死んでないならその内に戻って来るんじゃないかって放置してるんだよ」
「むぅ」
「直接聞きたいなら住所は教えてやるよ。私の知り合いだから一応大丈夫って一筆書いてやるし。どの道、居合いなんぞ教えていくつもりなら近いうちに挨拶に行くべきだろう?」
「ま、それもそうだな。じゃあ今夜にでも付き合ってくれ」
これには夏が固まる。一筆書いてやると言ったのだ。どうして一人で行けと言われている事をこの熊は理解しないのか、この熊は。彼女は二度そう思った。
「玄の字、私も一緒に来いと?」
彼が訪問してきた時の再現を見ているような苦悶の表情を浮かべる夏。
「ああ、夏だって真の事、気にはなってるんだろ? だったら一緒の方が迷う心配も無い」
俺が、を彼は付け足しておくべきだろう。ご町内の、しかも知己の家を訪れるのに迷うほど夏は愉快な人物ではない。
「そうか。あんた、馬鹿だったな。忘れていたよ。良く私の家まで迷わずに来れたと褒めてやるべきだったか」
玄一の極度の方向音痴と地図の見れなさは伝説的にひどい。夏が玄一と初めて出会ったのも、彼の特筆に値する方向感覚の産物だった。
「さて、初めて会うが真の家族はどんな人達か。楽しみだな!」
「……まあ、驚かないように。びっくりするくらい真に似てないからね」
「そりゃ楽しみだ!」
玄一の豪快な笑い声が響く。ご近所迷惑な声量で。
夏は眉間に皺を寄せるものの、玄一の強引な手で同行することになったことを少し感謝していた。
何とも微妙な言い回しで誤魔化されてしまったと感じていたから。足が向かなくなってはいたが弟子の事だ。気にならないわけが無い。
(急な事だが、土産は何を持っていこうか。玄一は戦力外だからな、置いていくかね)
茶でも飲んでいろ、と玄一を客間に上げる。
訪問の約束を電話で取り付けると、夏は玄一を置いて買い物に出るのだった。
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