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extra22 その頃……④
しおりを挟むスサノオは苛立っていた。
当然だ。
格下の世界にわざわざ訪れて、そこの女神に正式に会う約束を取り付けたというのに、のらりくらりとかわされているからだ。
同行している二柱の神がいなければもう暴れだしていたかもしれない。
ほかならぬ兄神、月読の頼みだから礼節を辛うじて守っている状態である。
「少しは落ち着いたらどうじゃ、ほれ、お主も一局付き合わんか?」
「大黒の、あんたはムカつかねえのか? あんな小娘が、なんで俺たちをこうも待たせるのかってな」
「やらかした事を必死に親から隠そうとする子ども、そう思って待つほかあるまいよ」
どこから出したのか碁盤の前に座って黒石を弄ぶ翁。
大黒天。
力ある神だ。
その昔の荒ぶりようは、今の彼からは想像もつかないがスサノオよりも酷い。
「アテナ、お前はどう思ってんだよ」
「待たせれば待たせるだけ酷い目に遭うというのに、馬鹿な子だなと思います」
「お、おお」
冗談など微塵も感じさせない真面目な口調で。見惚れるような美しい姿勢で椅子に腰掛けた若い女性が顔だけスサノオの方に向けて応じる。
アテナ。
武装した状態で描かれる事が多い彼女は当然軍神としての性格を持っている。
流石に大黒天、スサノオと比べればその神格と実力は下であるものの、軍神である彼女が口にする酷い目、という言葉には本気しか窺えず、話を振ったスサノオも不覚にも冷や汗を流した。
その逸話には残酷なものが少なからず含まれるだけに整った顔に浮かぶ笑みは恐ろしい。
「お待ち下さい、お待ち下さい、ってまあ機械みたいに繰り返し繰り返し召使い共が。爺さんみたいに碁なんぞ打つ気もせんし、怒りだけが溜まっていくぜ」
「ほっほ……まだまだ若いのう……」
「では、波長が合う者を探してみては如何ですか? スサノオ殿」
アテナがスサノオに提案する。
「波長? ああ、そいつの目を通じてあの女神の世界を眺めるって事か? なるほど、アテナ、お前それで暇を潰してたのか」
静かに座って特に何をするでもなく時を過ごすアテナのしていた事をスサノオが指摘する。
「ええ。私も退屈はあまり好きではありませんから。ちょうど、良く波長の合う者を見つけましたので、その者から世界と、件の少年を見ております」
「っ!? なにい!? それって深澄真か!?」
「はい。運良く彼の近くにいる者と良く馴染みましたので、彼女の視界から真少年を観察して楽しんでいます。驚きました、あの子の世界を見ていたらまさか真少年を見る事まで出来るとは。最初は文化をあまり感じない場所だったのでハズレかとも思いましたが」
「なんて運が良い奴なんだ。日頃の行いが良い奴はこんな特典があるのか……」
「なんじゃ、真の事か? この間はあの坊、湖なんぞ作ったらしいのう」
「ええ、面白い子です。しかもその事にまだ本人は気付いていません。あの蜃とかいう竜、中々の腕です」
アテナとスサノオの会話に大黒天も加わって来た。
しかも彼まで、ここにいる三人が関心を持っている少年、深澄真の近況を知っているようだった。
楽しげに話す同行者の様子に疎外感を感じるスサノオ。
アテナの褒める蜃こと真の従者巴の“腕”、それが戦いの力ではない事は彼女の口振りから事情を知らないスサノオにもわかった。
流石に彼が顔をひくつかせる。
「ちょ、ちょっと待て。なんで大黒の爺さんまで知ってるんだ!?」
「そりゃあ、アテナの嬢ちゃんが波長を馴染ませておる者に、儂も上手く乗れたからじゃ。あれは良い巫の才がある娘じゃな」
「イジメか、これは新手のイジメかお前ら」
「本当に偶然でしたものね、大黒様」
「なあ、嬢ちゃん」
「く~、納得いかん! いかんが、暇つぶしには最高だ。認めよう。よし、その巫の娘を俺にも教えろ! あの馬鹿が出てくる前に俺も真を見たい!」
「仕方ありませんね。でも貴方までは波長を合わせられるとは限りませんので、そこはわかってくださいね」
「わかった、わかったから!」
「では。この娘です」
「ん、人間、いやヒューマンか、じゃないんだな。エルフの原型?」
「じゃな」
「ですね、ここでは森鬼と呼ばれているみたいです」
「で、このちっこいのか。大黒の爺さんみたいな節操ない破壊神でいけるんだ、この俺がいけない訳がない。っと、波長を、確かに受容エリアが広い娘だな。ぬお、なんと!?」
「……駄目みたいですね」
「やれやれ、運の悪い男じゃ。真の不運が伝染しとるんじゃないか?」
「馬鹿な! 俺はまだ見てもいないのにそんな事あるか! 何故だ、何故見れん! ぬあああああ、こうなったら誰でも良い、アテナ! 真を見れそうな奴を片っ端から教えろ! 誰かは俺とも合う筈だぁぁ!!」
スサノオはどうやらアテナと大黒天が上手く波長を合わせてその周囲を見る事が出来た真に近しい者、森鬼の娘と合わなかったようだ。
彼は本当に片っ端から関係者を漁って自らと馴染む者を探して挑戦を続ける。
「あの娘、かなりの素質ある巫だというのに……。色々と教えてあげるのも面白いし、それで怖がる真少年を見るのもまた楽しい。掘り出し物ね。名前も私の知り合いと同じだし。ふふ、エリス、聞こえますね。良いですか今日は魔法少女なる因果律さえ超える存在と、私に仕えているらしい聖なる闘士について教えてあげましょう……その少年に良く仕えるお前への褒美です」
アテナはスサノオの奮闘を他所に、エリスの夢にメッセージを届ける。
神からの託宣を受けたりする感受性の高い巫女に対してなら、波長の合う神は夢に関わる力がなくてもこのような事が出来る。
不思議電波の森鬼、エリス。
彼女はあろうことか原初の世界から来訪した神の波長を受け入れられた逸材であった。
異なる世界の神の言葉を聞ける。
それは巫女としては破格とも言える性能だ。
精霊の声が聞けるとか、あまり場所を選ばずに女神と交信出来るとか、そんなちゃちな力ではない。
どの位凄いかと言えば、凄すぎて誰にも理解されずに残念な子扱いされてしまう位に凄い事なのだ。
残念ながらヒューマンではない上にこの世界の女神とは波長が合わなかったエリスが、巫女として覚醒する機会は今後もなく、彼女は特殊な存在のままだが、とにかく凄いのである。
アテナのとんでも現代知識は今後もエリスを通じて真を悩ませていくだろう。
「ほう、アテナの嬢ちゃんは今回は“あにめ”でいくか。なら儂は……そうじゃな、また漢字でも少し教えてやるとするかのう。お勉強じゃ。なんにせよ、これで少し静かになるか。しかし、困った女神じゃなあ」
大黒天は若い二柱の神がなにやらしているのを見て呆れた顔を見せる。
後で真を見て、エリスにも何やら教える気でいるようだが、アテナとスサノオの話には加わらず背を向けて碁盤の前に戻った。
が。
一瞬の後その表情は怒気をはらみ、殺気すら感じさせる凄みをまとった。
「原初の世界から人間を流入させればその世界には確率の混乱と爆発的な平行世界が誕生するのは必至。人間とは可能性の化物なんじゃからのう。そして無限に枝分かれせんとする平行世界の管理と消滅は……にわか創造神のお前の仕事では無い。それは……破壊を司る神の仕事ぞ」
パチンと。
大黒天が座して碁盤に石を打つ。
打たれた石は何やら震え、そして打たれた一点に小さな破裂音を生んで静かになった。
それは一つの平行世界の事実上の消滅。
分岐した世界の未来を消滅させ、分岐する前の世界、本来あるべき世界の進む未来により合わせ合流させる行為。
非常に高度な破壊神の御技だった。
「こんな風にのう。よもや平行世界の消滅までやりだすとは……きつい灸程度では許してやれなくなったのう。然るべき連絡の後に破壊神の派遣を受けるのが当然の筋じゃろうに、愚かな事よ。本来ある世界への帰結、スサノオに付き合って、まさか出先の世界で昔の仕事をする事になろうとは」
細い目が僅かにあがり、鋭い眼光が漏れる。
「勇者たる二人の人間が可能性を広げ、本道たる世界の未来を不確かにする。果たして真がその楔となれるのか。なれねば……ちと荒療治が必要かもしれぬか」
大黒天が黒石を打つ度に同じ現象が起こり、小さな音がし続ける。
スサノオとアテナは気付いていない。
大黒天が女神が奔走している平行世界の処理を、彼女にすら知られずに手伝っている事を。
その原因は人間、つまり真を除く音無響と岩橋智樹らしかった。
碁石を打つ翁が言った、楔という言葉。
その意味する内容は、遂に大黒天の口から漏れる事は無かった。
女神との接触を果たせぬ三柱の神はそれぞれに時を過ごしていく。
「……こんな糞みたいな世界には俺と波長が合うような上等な奴はいねえ。ああ、そうだとも。あの女神、今度もう少しお待ち下さいとか使いの奴に言わせやがったら、力ずくで押し通る! もう我慢の限界だ! 早く来い、早く来てもう少しお待ち下さいって言ええええええ!!」
スサノオの悔しげな言葉が怒りとともに吐かれたのは、それからしばし後の事だった。
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